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91:もう一つの戦い(前)

ーーーー

ーーーー


 アシュレイ・スヴェンは迷っていた。

 たった十数人程度の人間を相手にして攻めあぐねていたのだ。

 

「こりゃこりゃ……どうしたもんか」


 アガート王国アガート軍兵長。それが今のアシュレイの肩書だ。

 軍を、兵士達を率いる者として常に最善の手を打たなければいけない重圧はもちろんあるが、これまで積み上げてきた数々の経験と実績が彼自身の存在意義を支えている。

 普段からのおちゃらけた性格が災いしイースから叱られることも度々だが、アシュレイの胸の内にはいつも軍団長としての確固たる信念と自信が息づいていた。

 敵が如何なものでも戦略と、そして最後は根性で必ずなんとかなる。


 その自信がたった今、崩れ去ろうとしていた。


「いやはや……お相手さん、とんでもないねえ」


 口ぶりの軽さとは裏腹に、アシュレイはこみ上げる焦りに苦心していた。

 敵は商人に扮した謎の勢力。

 イースとアキュラから事前にそう聞かされていたアシュレイは、そのために軍の精鋭及び多数の兵士達を街に配備し商人の一団を包囲していた。

 

 圧倒的な数で勝る自陣。

 だが追いつめたと思っていた獲物は兎ではなく、こちらの喉笛をあっさりと噛み千切ってくる虎の群れであった。 


「聞いてない……って文句はさすがにダメか~。オレっちの立場的にも」


 銃火飛び交う戦場の中で一人ごちるアシュレイ。

 住人を退避させてあるこの辺り一帯の街並みはすでに激しい戦場となっていた。

 敵が操るは魔宝具と思しき異形の武器の数々。

 さらに魔肢と呼ばれる義手の形をしたものもあり、なんと砲弾を使ってくる者まで存在した。


(噂には聞いてたけどさあ、ヤバすぎでしょ)


 アシュレイは王国転覆のクーデターの際に手を貸してくれた恩人でもあるウェムラ・アキュラのことを頭に思い浮かべる。

 敵の使う得物は彼が過去に作った物ばかり……。

 なるほど、敵の正体は──、

 

「うおっ、とぉ!」

「兵長!! ご無事ですか!?」

「かまうなかまうな。前見てねえとあっさりやられちまうぞ」


 足元を掠める敵の遠距離攻撃に冷や汗をかきながら、アシュレイは次に打たなければいけない手を考えていた。

 十数人の敵は建物と建物の間を飛び回るように動き、その手に持った剣や義手から魔法や銃弾を繰り出してアシュレイ達の軍を面で攻撃してくる。

 数で圧倒的に勝るはずのアガート軍は、その対応に手一杯で防戦気味になりつつあった。

 

「まともにやり合うなッ! 数はこっちの方が上なんだ! 複数人で距離を詰めて叩け!」


 アシュレイが部下たちに向かって激を飛ばした。

 たしかに敵の持つ武器はどれも強力だ。数の優位を覆しかねない戦力だろう。

 だがこちらの武器だってファクトリー産だ。

 量産のためにかなり簡略化されたものとはいえ、同じく名匠と呼ばれたあの男の設計した物には違いない。

 実際のところ数の差で有利な分、双方の間に戦力差はそこまでないのである。

 

(だけど……どいつも動きが硬いねえ。まー仕方ないけどな) 


 敵の一隊の練度が恐ろしいほど高く手強いというのはある。

 しかしそれ以前に、魔宝具や魔肢といった武器を使う相手と初めて敵対した状況に、軍全体の動きが萎縮してしまっていた。

 もちろんそれはアシュレイ自身も同じで、戦術が消極的になってしまっていることを自ら自覚していた。

 そういったことを踏まえて戦況はかなり不利と判断。

 だが、それでもアシュレイはへらへらと笑い顔を浮かべた。


「アシュレイ兵長! このままでは……!」

「分かってるって。もう少しだけこらえてちょーだい。目標の地点までは?」

「現在第三隊が交戦中! 間もなく突入します!」

「よお~し!」


 これは彼の癖だ。どうしても負けられない時ほど笑みがこぼれる。

 ならばこそ勝ってみせる、と。

 この男、これでもけっこうな負けず嫌いなのである。


「……さあ~て賭けだ。上手くいってくれよ」


 アシュレイは自らを鼓舞するように呟いた。

 部下からの伝令が入る。


「敵味方目標地点到達しました!」

「すぐに第三隊を下がらせろ! 第一隊前へ!」


 開けた街の広場に敵を誘導するように軍を動かしていたアシュレイの一手がついに放たれる。 


「射線クリア! いけます!」

「第一隊、構え! ”ストーム”を展開しろ!」


 アシュレイの号令とともに一斉に構えたのは槍を持った部隊の者共。

 そのただの槍ではない槍から放たれた風の魔使魔法は、街の広場を中心に幾重にも重なり合い、周囲を飲み込む巨大な竜巻と化して敵の一隊をもろとも巻き込んだ。

 自分達も巻き込まれないように注意を払いながら、アシュレイは間髪入れずに指令を飛ばす。


「第二隊、今だ! ”ライトニング”!!」


 屈強な男達が手に持った斧をすかさず振るうと、発生した雷の魔使魔法が荒れ狂う竜巻に向かって吸い込まれてゆく。

 そして竜巻は雷と混ざり合い、街の広場を中心にして破壊の嵐が吹き荒れた。

 烈風と迅雷がバチバチと激しい音を立てながら辺り一帯を削り取っていく。

 魔物ランク★7以上の魔物が使える上位魔使魔法『ライトニングストーム』の完成である。


「う、おおっ……!」

「兵長、危険です! もう少し下がってください!」

「す、すげえなあ。これがファクトリーで作られた武器の力か……」


 まばゆい閃光の中、目の前に繰り広げられる光景に開いた口が塞がらないアシュレイ。

 隊列の動きは事前に訓練していたのだが、そもそもファクトリーから武器が届いたのはついこの間のことなので半ばぶっつけ本番に近い戦術だった。

 結果は見ての通り、アシュレイの予想を遥かに上回った。

 

(これまで王様に資金をケチられてたせいでよその大陸に比べて明らかに劣っていたウチの軍事力が……一気に階段を登った感覚だねえ。メチャクチャ強いじゃないか)


 単品で見たら魔宝具には数段劣るファクトリー産の武器だが、現実に見せつけられた力の前では脱帽せざるを得ない。十分すぎるほどの威力だ。

 アシュレイはアキュラから聞いていた話を思い出した。


 強力な魔使魔法を発揮できるような武器を作るには、よほどの者でないと不可能なほどの複雑な作りが必要になる。それでは量産など夢のまた夢の話。

 ならばファクトリーで作れるように簡略化された武器で上位級の魔使魔法を操るのは諦めるしかないのか? だがその問いに対しては、否、そうではないと言う。

 ある一定以上の数が必要になるのだが、魔使魔法を構成する要素を細かく分担させ、合体魔法という形で再現することならば可能である、と。

 だからこそアガート軍に重要なのは、軍隊としての連帯力、そしてそれらを束ねる統制力だという話であった。


(正直なところ、すこーしだけ疑ってたんだよなあ。アキュラ君、ごめんね) 


 アシュレイは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 実際に目の当たりにしたアキュラの狙い、ファクトリーの武器がもたらした力は見事と言うほか無い。

 軍隊だからこそできる戦術。まさしく数の優位を活かした利用法だった。 

 

 稲妻荒れ狂う嵐が徐々に吹き止むと、広場には敵の何人かが倒れていた。

 雷風にあおられて完全に意識を失っている。


「気を抜くなよ! うまく避けた者たちも何人か残っているぞ!」


 アシュレイの言葉通り、破壊し尽くされた広場の隅には直撃を避けた敵の者たちがまだ何人もいた。

 だがやはり先程の魔使魔法の影響は大きかったようだ。

 敵の中にも未だ混乱する様子が見てとれた。


「いけ! 一気に畳み掛けるぞ!!」


 一気呵成と言わんばかりに号令をかけるアシュレイ。 

 兵士たちもそれに応えて我先にと広場の中になだれ込んでゆく。

 劣勢であった状況を魔使魔法一つでうまく覆すことに成功した。このまま敵の身柄を押さえてこの戦いを終わらせる。

 アシュレイは気を抜かずとも頭の中で勝ちを思い描いた。

 

 だがその時、戦場に一つ変化が起きた。


「白旗……?」


 敵の中から一人、白旗を掲げた女が広場の真ん中に立ち尽くしたのだ。

 これを見たアガート軍の兵士達は足を止め、指揮官の判断に従うべくその場で待機し始める。

 アシュレイは即座に思考を巡らせた。

 

(ここで降伏ってぇ? 罠の可能性が高い……かね?)


 とはいえ、確かに今の敵の状況からしたら降伏の選択をしても不思議ではない。

 アシュレイは一瞬だけ逡巡すると、白旗を挙げている相手の顔をじいっと目を凝らして覗いてみた。

 こういう時は相手の表情から真偽を判断する。

 アシュレイの長年の勘がその選択をさせるまでに至った。


 しかし、この選択は誤りだった。


「──!? か、体……がっ……!?」


 動かない。

 突如アシュレイを襲った肉体の硬直は、冷気を伴って足元からせり上がってくる正体不明の凍結現象。

 相手からの何かしらの攻撃であることは間違いなかった。

 

(い、いや、違う! 何かじゃない、これはあの女の眼の……!!)


 アシュレイは腰のあたりまで凍ってしまった自分の姿に戦慄した。

 前に並んだ兵士達もみな同様に様子がおかしい。

 足元からせり上がる凍結によって兵士達の姿も次第に氷漬けと化していた。

 その向こうで白旗を掲げた敵の女の眼が妖しく光っている。 


(じゃ、邪眼……! これほどか……!)


 敵の隠し持っていた秘密兵器。

 目が合った者を凍結させる効果を持つ、氷縛ひょうばくの邪眼。

 アシュレイ率いるアガート軍はまんまと敵の騙し手に引っ掛かってしまったのであった。


(かっ……は、油断、した。う、動かねえ……)


 初めて対峙する邪眼使いの攻撃に不覚をとった己を恥じるアシュレイ。

 すると、さきほどまで静止していた敵の集団に動きがあった。

 下ろしていた武器を構え広場の中心まで寄ってくると、凍って動けないアシュレイ達に向かって容赦なく銃口を向けてきたのだ。

 その表情には邪悪な笑みが浮かんでいた。


(く、くそっ……すまんみんな。オレっち、ヘマうっちった……。イース、アキュラ君……ごめんなあ)


 首元まで凍ってしまったアシュレイは、敵が放った火球の魔法や砲弾を前にして為す術もなく死を覚悟した。

 軍団長としてはなんとも情けない格好だ。

 最期にそんなことを思って、アシュレイは目を閉じ──、


「もうっ。なーにやってんのよ。だらしないわね」


 不意にアシュレイの鼻腔をくすぐったのは花の甘い香り。

 戦場に似合わぬ女の声がした。

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