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89:勝敗の行方

 多少の自爆はあった。笑いたければ笑え。

 が、凶震の魔眼による奇襲は成功したのだ。

 これで差し引きゼロといきたい。

 

(……このまま──!)

 

 と、俺が次の攻撃の手を繰り出そうとしたときである。

 なにやら相手の様子がおかしかった。

 あの破壊衝動の塊のような魔人ファントムがこちらに背を向けていたのだ。

 

「何を……?」


 どうやら先程の振動波がこの部屋全体に及んでいたらしい。

 ファントムの後方に控える鉄仮面の喪服女ゴーストにも図らずダメージが入っていたようで、へたり込むゴーストの側でファントムがその体を支えていた。

 俺は混乱しかけた思考を振り払うと、すぐに気を取り直して敵を観察する。


(さっきから何か妙だな……ゴーストの方からはずっと生気を感じないし、ファントムは魔人のくせにあの女を気にしすぎているように見える。どんな事情かはわからんが、これがあいつらの抱える何か……弱点のようなものなのか?)  


 戦闘中なのだがこの戦いの初めから奴らには強い違和感を覚えてならない。

 俺に対して向けられている憎悪の感情もそうだが、あの二人にはなにか看過できない謎の事情があるのも事実だ。

 その辺りも戦闘を優位に進める鍵となりそうではあるが……。

 

(っと、いかん)


 俺は戦闘の際でも気になることがあると考え込むクセがある。自覚はしていた。

 実はストレインやフィオーナと一緒にランク★8魔物を狩りに行っていた時も何度も二人に叱られた経験があるのだが、まさしくこの時も悪手ではあっただろう。

 劣勢に追い込んだ相手に立て直す時間を与えてしまった。 


「……仕方ナイ。デキレバ使イタク無カッタガ」


 鉄仮面の下から聞こえるくぐもった声。

 ファントムがゴーストを部屋の入口付近に立たせると、その耳元で何か囁いた。

 すると、さっきまで生気が一切感じられなかったゴーストの様子が突如変わり、背筋を伸ばして立つその姿から瘴気のようなオーラを発し始めた。

 まるで人形に命でも吹き込んだかのような光景に俺は思わず面を食らった。

 

「この瘴気は……こいつも魔人なのか!?」

「ウェムラ・アキュラァ!!」


 俺の疑問を待たず鬼のごとき怒気を放ちながらぐるんとこちらを振り返ったファントム。

 すると何を思ったか、いきなりその手に持った鎌を床に向けて振りかざした。

 いったい何を!?


「ガアアアアアアアアア!!」


 さきほどの意趣返しか、ファントムが振るった馬鹿力による大鎌が部屋の床を勢いよくブチ抜いた。

 足元が激しく崩れ落ち、部屋の中心にいた俺とファントムだけがさらに下の階へ落下していく。


「やり返しか!? なんの意味が──」

「マダダァ!!」

「なっ!?」


 お互い着地したかと思った束の間、足元の床を立て続けにファントムが破壊する。

 崩落した瓦礫で舞い上がる粉塵。再度訪れる肉体の浮遊感。

 俺たちはさらにさらに下の階へ落下していく。


(野郎!? まさか一階層ずつ落としていくつもりか!?)


 意図は読めないが、相手が何をしているかは理解した。

 だるま落としじゃないんだ。いい加減にしろこの野郎。


「やめないか!」


 これ以上この城の形を変えられても困る。

 俺は即座に念動の魔眼に切り替えると、舞い散る粉塵の中、手当たり次第に念動力を押し付けた。 

 すると、  


「グハッ!?」

「阿呆が。捉えたぞ!」


 手応えあり。

 視界は悪いが、念動の魔眼によって物体を捕捉したのが伝わってきた。

 ややあって粉塵が晴れると、壁に叩きつけられたまま身動きのとれなくなっているファントムの姿があらわになった。


「ググ……ガアア……!」

「何がしたかったか分からんがそっちから隙を晒してくれるとは有り難い」

「……」

「抵抗しないのか? ならこれで終わりだ」


 この魔眼の特性である念動力とはいわゆるテレキネシス、サイコキネシスなどと呼ばれる意思の力で物体を動かすことのできる力だ。誰だって聞いたことがあるだろう。

 ただしなんといっても★8魔物の能力。その力の規模は並大抵ではない。

 

(お前もワイルと同じように、このまま城外にふっ飛ばしてやる)


 そして俺は一思いに、ぐっ、と右眼に力をこめると渾身の威力で念力を解き放った。

 奔流する思念の力が外に向かって一直線に伸びていく。

 俺の念力は部屋の壁を激しく吹き飛ばし、壁一面に大穴を空けた。


「やったか!?」


 確かな手応えに俺は思わず口を開いた。

 だがそれは言ってはならない禁句の一つ。

 それに気付いた俺はハッ、と口を噤むも、時すでに遅しであった。

 俺の不吉な感情は現実となって牙を剥く。


 ジジ……──。


 突如目の前の空間にテレビのノイズのような歪みが走ったかと思うと、サイコキネシスを当ててふっ飛んでいくファントムの姿がこつ然と消えた。

 そして飛ばしたはずの物体をよく見ると、それは崩れた天井の破片、ただの大きめの瓦礫であった。


(……幻!?)

 

 サンライト・ヴァルファリオンの能力!?

 いつの間にアンブレラを!?

 

「しまった……! 上の階の喪服女の仕業か」

 

 まさかこの為に階層を落としたのか。

 ゴーストをいったん戦闘から遠ざけることで俺からその姿を見失わせ、アンブレラの射程範囲内から幻影によって援護させる。

 そうしてまるでファントムが俺の攻撃を食らったように見せたのだ。


(クソ……ファントム、この演技派め。意外と冷静で厄介な野郎だ)


 ここにきて二対一での数の有利を利用してきたか。

 などと、この時の俺は悠長に考えていた。

 そんな余裕など、本当は一ミリも存在しないのに。


 ──ゾクリ。


 ぶつぶつぶつ、と肌の表面が逆立つような感覚。すさまじい悪寒が俺に襲いかかる。

 刹那、俺は理解した。

 この鳥肌は生存本能から肉体へ告げられた強烈なSOSであろう。

 ヤバい。コレはいつもの俺がよく使う手じゃないか。

 幻影で相手をすかした後には、その無防備をさらしたところへ攻撃を仕掛けて──。

 くる。どこからか、ファントムの振るう大鎌が確実に。


(右……たぶん右だ……!! 頼む!!)


 というより俺の視線はすでに右側を向いてしまっている。もう賭けるしかない!

 魔力通電、魔眼変更。

 そして俺は咄嗟に視界に映った右肩から右足首までを対象に魔眼を発動させた。

 

「偏歪の魔眼!」

「──!? チィッ!!」


 右サイドから俺の腰のあたりを狙っていた鎌が音もなく軌道を逸れて空を切る。

 間一髪だった。

 姿を見せたファントムが忌々しげに舌を打つと、だがすぐにその姿は景色に溶け込んで消えてしまった。


「くそっ……わからない」


 アンブレラを使うゴーストの仕業だろう、俺の周囲の景色がぐるぐると渦巻くと、気付いたときには元の部屋など原型が無いほどに混沌とした空間に変わり果てていた。

 さすがサンライト・ヴァルファリオンの幻影能力だ。視界から得る情報は無茶苦茶でもう何も信用できない。二年前に魔物そのものと戦った時の苦い記憶が蘇る。


(とにかく今すぐ俺も身を隠さないと……! このままじゃ狙い撃ちだ……!)


 俺はすぐに幻惑の魔眼に切り替えると、自身の周囲の光をいじくり身を隠した。

 これで相手からも俺の姿は見えなくなっただろう。

 そして敵の幻に対抗しようと俺も部屋の中の景色を幻影で塗り替えようとして、


「あ、あれ?」

 

 そこで異変が起きた。

 いつものような幻影作成のプロセスが上手く行かず、暴れ馬のような感覚に引っ張られ能力の手綱が握りきれなかったのだ。

 その影響で部屋のあちこちがいびつに歪み、ところどころに真っ黒な空間ができている。


「こ……これは……?」


 ヴァルファリオンの光を操って幻惑を生み出す能力には二つの使い方がある。

 一つは人や物を対象にその周囲の光を操作し、周りから景色と同化して見えるようにしたり全くの別人に見えたりするといった使い方だ。 

 そしてもう一つは俺もよく使う、空間全体の光の屈折などを操作し、景色全体を幻で塗り替えるやり方である。


 ワイルたちがこの城に乗り込んできた時は、奴らは自身の周りにしか幻惑の能力を使っていなかった。そのため俺の能力と交わることもなく、その影響は最小限のものに抑え込まれていた。

 だが今度は違う。

 『幻惑の魔眼』と『アンブレラの持ち主』。

 それぞれが自分の身を隠しつつ、空間全体に手をかけた。


 俺は長年この能力を使ってきた身として直感的に理解した。


(……なるほどな)


 理屈は単純だ。

 俺とゴースト、二人の能力が部屋の中の”光”に干渉してせめぎ合っている。

 そのせいでお互いの幻影が上手く生成できていないのだろう。

 一つしかない席に二人が座ろうとするのだから無茶が生じるのも道理である。

 つまり、だ──俺は思わず笑った。

 

(わかりやすくて助かる)


 より強く精密な幻影の方がこの場を支配する。


「舐めるなよ……っ!」


 ならば真っ向勝負だ。

 ★8サンライト・ヴァルファリオンの特性を扱う者同士の幻惑対決。

 俺も初めてだが、向こうとてこんな状況は初めてだろう。

 幻惑サンライトミラージュの扱いに関しては誰にも負けるわけにはいかない。

 俺の方が絶対に上手く操ってみせる。


「ふっ……ぬぎぎ……!」

「……!!」


 部屋の隅でゴーストの息を呑む気配が聞こえた気がした。

 やはり同じ階に降りてきていたか。そうでなければ的確に援護できないからな。

 お互いに姿は見えていないはずだが、まるで睨み合っているようにお互いの存在を意識する俺たちは幻惑の主導権を必死に奪い合う。


「出テコイ! ウェムラ・アキュラァ!」


 二人分の隠蔽に俺との幻惑争い。ゴーストの脳内処理は限界なのだろう。

 不完全な幻影の中から姿をあらわしたファントムが、俺が潜む場所に辺りをつけて鎌を振るい始めた。

 バカめどこを狙っている。

 だが、たしかに俺の方も限界が近づいていた。


(い、いかん。幻惑争いに集中しすぎて、自分への幻影が──)


 自身の隠蔽が疎かになればファントムにあっさり殺されてしまう。


(くっ……!)


 だがな、そんなことでこの俺がビビって負けてたまるか。

 こっちは二年分の執念だ。

 幻惑の魔眼使いを、見くびるんじゃない。


(うおおおおおおおおおおおお!!)

 

 激しい混沌が渦巻き、異次元のような空間と化した部屋の中。

 どちらかの決着をもってして、この混沌なる幻惑対決は終わりを迎えるだろう。

 そして──、


「ソコカ!!」


 一瞬だけ陽炎が揺らめいてあらわになった俺の姿をファントムは見逃さなかった。

 ドォン、と地を蹴る音が鳴り響く。

 ファントムが凄まじい動きでこちらに接近すると、目にも止まらぬ速さで大鎌を振り抜いた。

 その刃は見事に、確実に俺の姿を捉え肉体を断ち切ったのであった。


 パァン、と音でも聞こえてきそうな勢いで部屋の景色がはじけ飛んだ。


「……はあ……はあ。残念、そいつは幻だ」


 鎌を振り抜いた姿勢のファントム、その後ろで俺は口元をつり上げた。

 そして部屋の入り口近くに突っ立っていたゴーストもろとも、念動の魔眼で思いっきり上から念力を叩きつけた。


「……ッ!」

「ガアア!?」


 床が崩れないギリギリの力加減で叩き込むと、二人の黒ずくめが声を上げて地にひれ伏した。

 その衝撃でゴーストの持っていたアンブレラが手から離れ、ファントムの鎌も音をたてて床を滑っていく。

 制圧完了。


「動けないだろ? これが俺の作った魔眼が放つ絶対的な力だ」

「グッ!? ガ……カカ……ッ!」

「抵抗しても無駄だ。手を緩めるつもりは、ないっ!」

「ウグッ……!?」

 

 魔人の並外れた膂力りょりょくで抵抗しようとするファントムを、より一層の力をもって地に縛りつける。

 アンブレラを手放したゴーストの方も、もはやまともに抵抗する力はないだろう。

 

 勝った。

 幻惑対決を制して、さらに魔眼の力技で魔人をもねじ伏せたのだ。

 

(……ふ……ふふ)


 コルダ王国にリュミエの町を追われてから──。

 あの時から、もう二年以上もの時が経ている。

 こうして直接コルダ王国と対峙するのはあれ以来初めてのことだろう。

 そして俺は勝ったのだ。

 

(俺のやってきたことは無駄じゃない。俺は……)


 過去の記憶に少しばかり思いを馳せた俺は、だがすぐに振り払うように頭を振った。


(……感傷に浸ってる場合じゃないな)


 この戦いの決着がついただけでまだ全てが終わったわけではない。

 さっさと済まそう。


「さあて。せっかくだしその面拝ませてもらおうか」


 そう言いつつ俺は、念動の魔眼で身動きのとれないファントム、そしてゴーストに近づいてゆく。

 結局こいつらは一体何者なんだ。

 ワイルと共に現れた、謎の黒ずくめ二人組。

 なぜだか知らぬうちに自分の心臓の鼓動がバクバクと高鳴っているのが自覚できた。

 

(何を緊張しているんだ俺は)


 倒すべき敵の正体を知るため、ただそれだけのことだ。

 何を恐れることがある。

 そう思い俺は、その下に隠された素顔を暴くために鉄仮面へと手を伸ばした。

 

 だが、まさに次の瞬間だった──。


「がっ……!?」


 左肩に物凄い衝撃が走ったかと思うと、俺の体は勢い良く後方の壁に叩きつけられた。

 何が起きたのか瞬時には理解できなかった。

 あまりの衝撃に脳を揺さぶられ俺の意識が飛びかける。しかしなんとか歯を食いしばって必死でこらえた。


(あっ……くっ……)


 な、なんだ……いったい。何が起こった!?

 ぼやけた視界のまま、もがくようにして空いた右手で左肩の辺りを触ってみる。

 そこでようやく理解した。

 突然飛来して俺の左肩を貫き体ごと壁に打ち付けていた物の正体は……一本の矢だった。

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