87:開戦
さて、やるしかない。
軽口を叩いてはいるが、それが自信半分強がり半分であるのは俺自身いちばん理解している。
覚悟を決めろ。今までの成果を見せるときだ。
「フンッ!」
「よっ……と!」
神速と呼べるほどのワイルの剣を、俺は軽やかにステップで避けた。
よほどの猛者でないと本来は躱すことすら難しいだろう。二年間ストレインの剣を間近で見てきた賜物だ。
まあ理由はそれだけではないんだけど。
「ち、距離感が狂うなァ。部屋ん中全部偽物か、うっとうしい」
ワイルは手にしている長剣でポンポンと肩を叩くと、不機嫌そうに顔をしかめた。
「ずいぶんと手の混んだことしやがる」
「お前みたいな化物相手にゃ当然の備えだ」
俺の細工にさっそく気付いたワイルは流石と言いたい。
実はこの部屋全体のスケールが本来のものより微妙に縮んだり伸びたり見えるようにさっきから幻惑をかけ続けている。
そのせいで普段の距離感が狂って感じられるはずだろう。
マジックのタネは早々に暴かれてしまったようだ。だがそれがなんだ。
この二年間、俺は幻惑の魔眼を扱う技術に関しては磨きに磨きをかけてきた。
俺が生み出す幻はあのストレインですら、未だに完全には見破れん代物だぞ。
「ちったあやれるようになったみてえだな先生」
ワイルも、今の俺が昔とは違うことを実感したのだろう。
口調とは裏腹に探るような目つきで俺を凝視している。
「あのな、誰のせいだと思ってるんだ全く。職人の俺にこんなことさせやがって」
「ククク、そりゃ悪かった。オレだって今の先生の姿を見てると胸が痛むぜ」
「嘘つけこの野郎」
じりじりと睨み合う中で、だが俺はワイルの背後に注意を向けていた。
後ろに佇む二人の黒ずくめ、ゴーストとファントムにまだ動きはない。
どう出る? 何を仕掛けてくる──?
(っと、あれこれ警戒する余裕もないな……!)
さらに続いたワイルの攻撃を一撃二撃と幻影でいなした俺は、今の状況を打破するべくすぐに考えを巡らせる。
まずは自分の手札を確認。
①『幻惑の魔眼』(★8サンライト・ヴァルファリオン)
②『変質の魔眼』(★8アイオンゾーラ)
③『念動の魔眼』(★8ポポルクニス)
④『偏歪の魔眼』(★8ゾル・ゾナ)
⑤『凶震の魔眼』(★8タイタンベアヘルク)
俺の右眼のターレット式邪眼、そこにセットされた5つの魔眼レンズ。
剣術も武術もからっきしな俺にとっての生命線だ。
ゴバル大陸からの同盟申し出にキナ臭さを感じていた俺は、こんなこともあろうかと普段とは違う戦闘用のレンズに付け替えていた。どうやら正解だったらしい。
幻惑の魔眼以外のレンズはストレインのお古とはいえ、そのどれもが伝説級の魔物の力を有した代物である。能力は折り紙付きだ。
とはいえ、まさかワイルクラスの強者が相手になるのは大きな誤算であったが……。
同盟会談に際してのイレギュラーな事態への対処は、事前に各所に伝達は済ませてある。
城内にいる者たちも今ごろ退避を始めているはずだ。
(……あと数十分ほどってところか)
イースと王様は逃した。
城下の街に潜伏していた商人一団に扮するワイルの手下たちはアシュレイ軍兵長に任せてある。
国境を超えて侵攻してきたゴバル大陸の軍勢も、ファクトリーで量産した武器を持つ国境警備兵たちなら簡単には落ちない。
それにあの辺りは”あいつ”の旅の帰り道に重なっている。
昨日連絡した通り、こっちに向かってきているはずだろう。
今のこの時間は盤面を引っくり返すために必要な時間かせぎ。
俺の下準備が見事に実っていたとしたらもうじき形勢は逆転するはずだ。
とはいえ、
「……なんで俺っていつもこうなるんだか……」
狭い室内での三体一という絶対的に不利な状況。
我ながらつくづく策士には向いていないと思う。
仕方ないだろ? 本当は俺だって争い事なんて得意じゃないんだから。
「なんだァ先生? 威勢が良いのは最初だけかい」
「うるせえよ」
どうも俺は自分を窮地に追い込むクセでもあるらしい。マジで勘弁。
まあ、今さら弱音なんて吐くつもりは毛頭ないが。
こいつらに執念の恐ろしさってもんを見せつけてやらなきゃな。
(やられたらやりかえす……! 俺を舐めたこと後悔してもらうぞ)
その為にも、とりあえずこの状況をなんとかしなければ。
ワイルの強さは本物だ。そして後ろにいる謎の二人も未知数の存在。
このまま幻惑を使って防戦に回っていてはいずれやられるのは必定。
ならば──、
「こちらから仕掛ける」
「むっ!?」
陽炎が一瞬揺らめくと、周囲の床や壁が元の形に戻っていた。
展開していた部屋内の幻影を全て消したのだ。
突然の俺の行動。
何かを感じ取ったワイルが咄嗟に身を構えた。
すると、
「眼の色が……変わったァ?」
対峙する俺の顔を見たワイルが驚いたように声をあげた。
その通り。
俺の右眼は今、山吹色から灰茶色へと変わっているはずだ。
──いくぞ。
俺は気合を込めて相手を睨みつけると、右眼に魔力を込めた。
「凶震の魔眼──!!」
部屋に響く俺の叫び声。
呼応するようにカッ、と右眼が一際強い光を発した。
──しん。
ほんの一拍、何も起きない静寂が俺達の身を包む。
だが次の瞬間、その現実はあっさりと姿を変えた。
大地震が起きた。
「うおお!?」
マグニチュード7以上の超大型地震。
何者もまともに直立することすら叶わない世界である。
あまりの揺れにワイル達ですら片膝をついて身の安定を図る。
「地震……!? 魔眼の能力が一つじゃねェだと……!?」
正確には地震では無い。
この城のみ限定の超振動だ。
「こんなもん隠してたとはな……ぐ、動きづれェ……」
「ああ、すごい……揺れだな……! 身動きが取れん……!」
「ってアンタもかい、先生!」
使い慣れてないんだ。仕方ないだろ。
とはいえ、流石に伝説級魔物が誇る別格の能力だ。
ちょっと大雑把に力を発動しただけでこの威力か。
壁や天井が嫌な音をたてて軋み、ところどころに亀裂が生じ始めた。
「先生、アンタ、俺達全員道連れにしよってのかい」
「ちょ、待て。今話しかけるな」
亀裂から降り注ぐ粉塵をかぶりながら、俺は集中力を極限まで高めた。
この城は王様の趣味でずいぶん背の高い建物に作られている。俺達が今いる応接間などはかなり上層の位置にあった。
このままだと城はもうじき倒壊し、俺達は生き埋めになる可能性が高い。
(少しやりすぎたか……!)
それにまだ建物を崩壊させるわけにはいかない。
城内に残っている人間の退避にはもう少しかかるはずだ。
(振動の範囲を……この部屋だけに……!)
凶震の魔眼は振動を操ることができる魔眼だ。
それくらい造作もないはず。
範囲を、絞る。
(ふんぬ……ぐぬううぅぅぅぅ……!!)
立ったまま力一杯に踏ん張る俺。
その甲斐あって、城全体の振動が徐々にこの応接間のみに集中していく感覚が分かった。
ふう、これでよし。
「よし、じゃねェだろ。勘弁しろよ先生」
未だ揺れ続ける応接間。
物理的に無茶を受けている壁や床、天井などはもはや限界だった。
床が音をたてて崩れ落ちていく。
「ぬう!? ごちゃごちゃとめんどくせェな!」
天井からもおびただしい瓦礫が降り注ぐ中、宙に放り出されたワイル達は下の階へ着地するために空中で体勢を整える。
だがゴーストと呼ばれている鉄仮面の喪服女は、なぜか身動き一つしないまま墜落するように落下していった。
「ちっ。おいファントム! ゴーストは任せるぞ」
ファントムと呼ばれていた死神風の鉄仮面男が空中にもかかわらず急いで抱きかかえに向かう。
ワイルもそちらを気にしたのか、一瞬、俺の方から視線を外した。
ようやく隙を見せたな。
「とりあえずお前が邪魔だ、ワイル」
「あぁ?」
崩落する瓦礫越しに俺とワイルの視線が交錯した。
俺の瞳はすでに青紫色に変わっている。
悪いな。さっき言った三体一でも十分という、アレは嘘だ。
こんな奴ら俺一人じゃあキツイに決まってるだろ。
多勢は分断するに限る。
俺はワイルに向かって右手の手のひらをかざした。
イメージは弓。
そして、ギリギリギリ、と目に見えない力を引き絞るような感覚で魔力を練り合わせた。
「あばよワイル」
「クソッ……しまッ……!」
空中でこの力は回避できまい。
「ぶっ飛べ──!!」
放った見えない力の塊がワイルの肉体をガッチリと捉えた。
そうしてその力が一直線に外に向かっていくと、ワイルの体は壁を突き破り思いっきり空に向かって吹き飛んでいった。さながらギャグアニメの悪役のように。
超能力。
青紫色に光るこの右眼、念動の魔眼による力だ。
(やなかーんじー、ってか。っくっく)
いい気味だ。
飛んでいくワイルの姿を見てどこぞのロケット的な悪役キャラ達を思い出し、俺は内心ほくそ笑んだ。
どうだ。これがターレット式魔眼の本領だ。
戦闘中の魔眼能力の切り替えは、個人の戦闘経験値の差などあっけなくひっくり返す。
他ならぬこの俺自身で証明してやったぞ。
……ち、ちなみに、凶震の魔眼のくだりは相手を油断させる罠だ。
決して、行き当たりばったりじゃないからな。
(とにかくワイルは消えた。状況は傾いたはずだ)
あれで死ぬとは到底思えんが、分断には成功した。
今のうちにこの黒ずくめの二人組を叩く。
無事に下の階に着地した俺は、向かいに立つ黒ずくめに視線を向けた。
お姫様だっこの形でゴーストを抱えたファントムが、無言でこちらの方に顔を向けている。
俺に対して何か思うことでもあるのか、仮面越しにじっと俺を見つめていた。
(ファントム……得体がしれんな)
ワイルの手下、侮れない相手だ。
しかしワイルの手助けをしていなかったところを見るに、どのような存在なのかははっきりとしないな。
そうこう俺が考えているとファントムは抱えていたゴーストを後方にゆっくりと立たせた。
そしてこちらに振り返ると、手にしていた巨大な鎌状の武器を構えたのだ。
来るか。
俺もすぐさま身を構え、魔眼を使う体勢をとった。
そのときだった。
「……ウェムラ……アキュラ……」
ゾッと、身も凍るような悪寒が背筋に走る。
始めてファントムが発した言葉。
俺の名前を呼ぶその声には、すさまじい怨嗟の念が込められていた。
「ウェムラ・アキュラァアアアアァァ!!」
鉄仮面の下から響く獣のような咆哮が俺の身に突き刺さる。
だが俺の思考は恐れとは別の感情で埋め尽くされていた。
(なんだコイツは一体──!?)
真っ黒のローブの下から漏れ出している、黒い瘴気のようなオーラ。
見覚えがありすぎるその姿に、俺の脳内で最大限の警告音が鳴り響く。
こいつはヤバイな。
どうやら相手は魔人らしい。




