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86:仇敵

 使者として姿を騙り、王城の中に突如現れたワイル・D・ロビンたち。

 ゴバル大陸からの同盟交渉は偽りだったのだ。


「あ~、肩が凝ったぜ。二度とやりたくねぇな」


 悪態をつきながら肩をグルグルと回すワイル。

 背後には同じように変装の幻惑が解けた黒ずくめの男と女が立っていた。

 両者とも鉄仮面で顔を隠しており素顔は見えない。


 イースと王様は驚きのあまりか、その場から身動きがとれないようだ。


「おい、”ゴースト”。オレが指示するまでは幻惑は解除しておけよォ」


 ゴースト──そう呼ばれたのはワイルの右後ろに立つ鉄仮面の女。

 その格好が特徴的で、前世で見覚えのある黒い礼装、いわゆる喪服にとてもよく似た服を着ている。

 フィオーナからのエシュタル知識授業によれば、あれはたしかアルカダ大陸の北に位置するコルビニア大陸の一部地域の正装だったはずだ。

 そしてその手に差しているのは開いた一本の傘。ただし普通の傘ではない。

 

 魔物ランク★8サンライト・ヴァルファリオンを倒して手に入れた翼をふんだんに使った、この世界での俺の記念すべき一品。

 開閉式幻影作成装置ヴィジョンメイカーーー『アンブレラ』。

 二年以上前にセレナの妹である王女ノアに依頼されて作った代物だ。

 俺の幻惑の魔眼と同様に、傘に魔力を込めると使用者の思うままに幻惑を操ることができる。

 ノアに渡した物だが、当然コルダ王国に回収されていたわけだ。

 

「それと”ファントム”てめえ、誰が斬っていいっつった。このオレ様がいいと言うまで動くんじゃねェよ」

「……」


 苛立つようにワイルに文句を言われたのは、ヤツの左後ろで構えをとっている鉄仮面の男──ファントム。

 まるで死神のような真っ黒のローブが妙な不気味さを醸し出している。その手に構えている大鎌もそのイメージの後押しとなっているだろう。

 さきほどこの部屋が攻撃されたのは、どうやらあの大鎌の仕業のようだ。


 現れたワイル率いる三人の刺客達。

 ヤツがここにいるということはゴバル大陸はすでにコルダ王国の手に落ちてしまっている可能性が高いだろう。

 その事実に俺はしばし驚きに目を見開くも、すぐに気を取り直して正面を見据えた。

 視界の先ではワイルの憎たらしい笑みが浮かんでいる。

 

 一瞬の静寂。

 先に口を開いたのは俺だ。

 

「……よお。久しぶり、ワイル」

「先生ぇ、会いたかったぜェ……って、前もこんなやり取りしたっけか、クク」


 そう言って愉快に笑うワイルに対して、俺はニコリとも応じなかった。 


「今回の会談、なにか裏があるとは思っていたが……まさかお前らコルダ王国が暗躍していたとはな」

「まあな。人使いが荒いぜまったく」


 ワイルは気怠げな様子で愚痴をこぼす。

 そしてボリボリと無精髭を掻くと、タメ息混じりに口を開いた。


「しっかし先生よォ。アルカダ大陸から逃げ出してどこでコソコソしてんのかと思ったが、こんなところでまだ何かやってたとはねェ。おかげで手間がかかったぜ」

「……アンブレラか……。あんなものわざわざ引っ張り出してきやがって」

「仕方ねえだろ? アンタらしき人間が近頃ファルナシア大陸で何かしてるって情報が入っていたからな」


 まさかサンライト・ヴァルファリオンの能力では、同じサンライト・ヴァルファリオンの幻惑を感知することができないなんてな。まんまと一杯食わされた。


「知っていたのか?」

「いんや、ただの思いつきだ。そっちのが面白いってな」

「……相変わらずだなお前は」


 適当さというか何というか……相も変わらず掴みどころの無い男だ。

 ワイルは呆れた様子の俺を見てフンと鼻で笑うと、


「それに、別にバレてもよかったんでなァ」

「……どういうことだ?」

「オレ達の次の目的はこの大陸の侵略だ。どの道そろそろ頃合いだったって話だァ」


 そう言うと、ワイルは心底意地の悪い顔でニタリと笑った。


「この街にもよぉ、すでに俺の手下どもを忍ばせている。もうそろそろ動く頃だぜぇ」


 なんだと……?

 その言葉を聞いた俺は一瞬だけ考える素振りを見せると、


「……なるほど、少し前から滞在している商人の一団か」

「ほーう、先生。勘がいいじゃねえか」

 

 正解とでも言いたいのか、得意げに種を明かすワイル。

 そして、


「ついでにこのファルナシア大陸とゴバル大陸の境には兵士を大量に集めてある。今頃ファルナシア大陸への侵攻を始めているだろうぜ」


 その直後に、イースの懐から音が響いた。

 あれは連絡通信用の魔晶石だ。


「クク、出ろよォ、眼鏡くん」


 俺とワイルが対峙する緊迫した空気の中、イースが慎重に懐に手を伸ばした。


『こちら国境警備兵! イース室長! 大変です! ゴバル大陸の者たちが突如国境を破りこちらに攻めてきました! 相手の兵は少なく見積もっても……万は超えています! 指示を!!』

「……慌てるな。て、手筈通りにしろ……」


 イースが震える声で通信を切ると、ワイルが大きな笑い声をあげた。

 

「これでファルナシア大陸も陥落。あとはグランディア大陸とエストレア大陸を落としてゲームセットだ」


 外からはゴバル大陸の大軍が。

 城下では商人の集団に扮したワイルの手下どもが。

 そして本丸のここ王宮内には直接ワイル自身が頭を取りにきたというわけだ。

 敵の奇襲としては満点だ。確かに窮地と言えるだろう。


「残念だったなァ先生。これでアンタの企みも全てパァだ! ヒャッヒャッ!!」


 ワイルの言う通り、このままでは終わりだ。

 俺が長い時間をかけて準備をしてきたことが、全てご破産になってしまう。

  

 ダメなのか?

 二年もの時間を費やして、またもコルダ王国やシモンズにしてやられるのか。

 俺は結局あいつらに復讐も果たせぬまま、終わってしまうのか?

 ちくしょう、俺は──。

 

 なんて、な。


「企みがパァ? いや……おかげで手間が省けた」

「あ?」

「すでに手は打ってある。残念だったな」

「なにぃ……?」

「悪いがここで討ち取らせてもらうぞ、ワイル」


 そう告げた俺は、一瞬だけ、展開していた幻惑を解いた。

 すると、へたり込んでいたイース達の姿が消え、次の瞬間には俺の背後にある窓に今にも飛び出さんばかりに足をかけるイースの姿が現れた。

 フッフ、いかんな。

 この能力を手に入れてからは人を化かすのばかり得意になってしまった。


「イース、後は頼んだぞ」

「アキュラ氏、くれぐれも無茶はせぬようにな」


 窓から王様を抱えて外に飛び込むイース。

 背中に仕込んだハングライダーに似た滑空装置が羽を広げ、城下に向けて滑らかに飛行していった。

 王様の悲鳴とともにこの場から徐々に遠ざかってゆく。


 もちろんアレも俺の作品。魔物の羽は使い勝手が良いから好きだ。

 視線だけでイース達の脱出を見届けると、俺は終始微動だにしなかったワイル達に向き直った。


「射たなかったのかワイル。弓はお前の得意技だろう」

「あんなもん、後でいくらでも殺せる。問題はアンタだけだ。それにどうせアレも幻だろうが……ったく、この部屋から映る景色は何ひとつ信用できねェなァ」


 俺に一杯食わされたのが気に入らないのか、ワイルに多少の苛立ちが見えた。


「手は打ってある……ね。ふん、何をやったかしらねえが、どうやらただの強がりじゃねェらしい。言うじゃねえか先生。二年前とは流石に違うってか」


 ワイルが神妙な顔つきで俺の方をじいっと睨むと、


「クク……いいねえ、昔みたいにまた面白くなってきやがった。そういえば、あのクソガキはどうしたんだ?」

「ストレインのことか? あいつはここにはいない。今は絶賛、全国魔物狩り巡りの旅に出ている」

「ヒャッヒャッ、先生ェ! 正直に言う奴があるかよ!」


 俺の正直な返答に、ワイルがブッと吹き出し笑い転げた。

 そしてしばらくして落ち着くと、


「だったらなおさら、あの男たちを逃してよかったのか? こっちは三人。アンタは今一人なんだぜ」


 楽しそうなワイルの口調に、だが俺は心を乱されないよう精神を集中させていた。


 侮っているな。

 自分たちが絶対的強者だと信じてやまない顔だ。

 気に入らない。


「大丈夫かァ? 先生一人で」


 ニヤニヤと笑うワイル。

 俺は一切の感情を押し殺して静かにワイルを睨み返した。

 相変わらず、よく喋る野郎だ。


「……充分だ」

「あ?」

「お前ら三人、俺一人で充分だ、と言った」


 ビシッ、と、空気に亀裂が入る音が聞こえた気がした。

 さて。誰の頭に血が昇ったことやら。


 しばしの間を置いてワイルが口を開いた。


「……先生ェ。アンタに一つ、いいことを教えてやるよォ」

「なんだ?」


 言いつつ、腰の長剣を抜いたワイル。

 そのまま有無を言わさぬ速さで俺に向かって剣を振り抜いた。


 もちろん、幻だが。

 斬られて消えゆく幻を間に挟んで、俺とワイルがニヤリと笑った。


「アンタの作ったアンブレラ、今は幻槍ミストルテインって名前だァ!」

「どうでもいい情報、ありがとよ……ッ!」


 向かってくるワイルに対して、軽口を叩きながら応じる俺。

 こうして、リュガーナ王国とコルダ王国、そして俺とワイル達との戦闘が幕を開けた。


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