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85:会談当日

 同盟会談の日がやってきた。

 ゴバル大陸からやってくるという使者は前日すでに首都アガートに到着したことはイースから聞き及んでいる。もうじきこの城内に着くはずだ。


 少しだけ緊張してきた。

 この日までに色々と準備はしてあるが、本番になると無意識のうちに気を張ってしまう。

 誰だって経験があるだろう。うーん。

 とはいえ、俺が会談に出席するわけではないのだがな。

 

 会談には王様とイースの二人で臨んでもらうことにした。

 俺は影から見守りつつ城内を警戒するつもりである。

 その役目は俺にこそふさわしい。


 幻惑の魔眼の持つ能力、その中の一つ、煌翼領域ヴァルファリア

 俺が名付けたこの能力は、発動した自身を中心に半径数十メートルまでの範囲を知覚できるという強力な感知能力だ。

 さらに煌翼領域の範囲内であれば、どこにでも幻を生み出すことができる。

 二年前に魔眼を使い初めてから俺が愛用している自慢の能力である。 


 ちなみにこの能力、なんと修練によって領域の範囲を拡大することに成功した。

 今では百メートルほどまで能力を適応させることができる。

 見えているぞ。

 たった今、使者たちが城内の廊下を歩きこの部屋に向かっていることは。

 

 数は……三人。

 うち一人は案内役の兵士であるはずだから、ゴバル大陸からの使者は二人か。

 と、あれ?

 見たところ、服装からして三人とも使者のようだ。

 兵士はどこに……おっと。


 ゴンゴン、と扉を叩く音が応接間に響き渡る。

 到着だ。

 俺はイースに一度目配せをすると、そそくさと部屋の隅に移動し物陰に身を潜めた。

 念の為、魔眼の幻惑でカモフラージュもしておこう。


 扉を開けて出迎えるイース。

 ギイィィ、と金属製の小気味良い音が部屋に響く。


「遠路はるばる、ようこそいらっしゃいました」


 イースは現れた使者達を見て、不思議な顔をした。


「おや。使いの者に案内するよう命じておいたのですが……」

「ああ、入り口までは同行して頂いたのですが、知らぬ間にいなくなっておりまして」

「なんと、これはとんだご無礼を。誠に申し訳ありません」

「いえ、構いません。お気になさらぬよう」

 

 恐縮して頭を下げるイースに対して、先頭に立つ使者の一人が柔和な笑みでそう答えた。

 その声色に険は無い。

 失礼を働いたことは特別気にしていないようだ。


 現れたゴバル大陸からの使者。

 煌翼領域で盗み見していた俺は、一応物陰から肉眼で確認してみることにした。

 やってきた使者は三人。

 先頭に立つのは穏やかな笑みをひとときも崩さない優男。

 後ろに並ぶのは……右に男と左に女だ。

 民族衣装か何かか、顔を布で覆っているため素顔ははっきりと見えない。

 

「本日はご足労いただき有難うございます。さっそく本題に入りましょう、どうぞおかけ下さい」

「……」

「なにか?」

「……いえ」


 部屋の入り口付近で足を止めた使者たちの様子に、イースがまたも不思議そうな顔をする。

 何か言いたいことでもあるのだろうか、イースはそう思ったに違いない。

 そのまま相手の出方を待つことにしたようだ。

 

 だが俺は違った。

 さきほどから、何か言葉には表わせないような怖気おぞけのようなものを感じていた。

 悪寒……なにに対してだ。

 分からないが、直感がビシビシと俺に告げていた。


 三人の使者の様子をしっかりと注視する。

 先頭のリーダー格の男。

 絶えず笑顔を崩さないその顔は、まるで能面のようにも見えた。



 強 烈 な 違 和 感。



 何かおかしい。

 俺には分かる、彼らは何か仕掛けている。

 だがなんだ?


 煌翼領域で確認してもしっかりと存在を感知できる。

 三人いることは間違いない。

 魔力による精神攻撃や、幻覚を用いた騙し討ちの線でもなさそうだ。

 

 俺の思い過ごしか、と思いたいがそれは無い。

 幻惑の魔眼を使い続け感知に長けた俺の眼はごまかせない。

 今、何かしているはず。


 俺は短く息を吐き、張り詰めた気分を入れ替えた。

 だが──、

 そこでふと、何か見過ごせない予感が頭をよぎった。

 

 魔力……攻撃、幻覚……騙し討ち。

 もしこれが、三人が存在していることは前提として姿だけカモフラージュすることに意味のある行為だったとしたらどうだ?

 その仮定で考えて、この行為にどんな意味がある。


(顔を見られたくない……面識のある相手ということか?)


 それとも魔力感知されることに対しての予防策?

 俺は魔眼の力によって相手の魔力反応を捉えることができる。 

 だが現に今、俺の煌翼領域でも彼らが何を仕掛けているかが判断しきれない。

 こんなことは初めての経験だった。


 しかし伝説級の魔物、★8サンライト・ヴァルファリオンの能力をもってしても見破れないカモフラージュなど存在するのか?

 それこそ同じクラスの幻影でないと話にならないが、そんなもの──

  

 いつかの日の、ある少女の笑顔が脳裏をよぎった。

 ”それ”を大事そうに抱えて、彼女は嬉しそうに帰る場所へ帰ったのだ。

 俺にとっても初めての、伝説級の最高の素材を使った作品──”それ”。


 こいつは……まさかっ!?


「イース! 王様! 今すぐ伏せろ!!」


 自身への幻惑をといた俺はすぐさま物陰から飛び出し叫んだ。

 次の瞬間──

 ザン、と。

 酷く耳障りな音が鼓膜に伝わる。

 刹那の後、部屋の壁が音を立てて突然崩れ落ちた。

 

「なっ!?」

「あひいいいい!?」


 イースに押し倒される形で地に伏せて頭を抱える王様が悲鳴をあげた。

 見たところ大した怪我は無い。

 よくぞ動いてくれたイース。間一髪よけられたみたいだ。


 攻撃された。

 今度は直接的な物理攻撃である。


 部屋の中に姿を見せた俺は、目の前に立ち並ぶ三人の使者たちを睨みつけた。

 いや! こいつらはゴバル大陸の使者ではない!

 こいつらは──、


「どうだい? オレの声真似もなかなかのもんだろぉ?」


 懐かしい声。人を食ったような不快な口調。

 先頭に立っていた使者の男の姿が、ノイズでも走るようにブレ始めた。

 そして後ろの二人も同じように姿がブレ始め、彼らが自らにかけていた”幻惑”が次第に解けていく。


 ゴバル大陸からの使者。

 その彼らの、本当の正体があらわになった。


「久しぶりだな先生ぇ」


 バサリと、大鷲があしらわれたマントがその場でひるがえった。

 腰には長剣、背には弓。

 相も変わらぬ無精髭が、過去の記憶を鮮明によみがえらせる。


 同盟と称して攻撃を仕掛けてきた輩。

 忘れもしない、憎き敵。

 その正体こそコルダ王国が誇る最強の騎士、ワイル・D・ロビンだった。

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