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81:始動

 突然現れ好き勝手やった挙げ句の俺の一言。 

 親方はなんとも間の抜けた声をあげ、困惑したような表情をみせた。


「あんた何言って……」

「いわゆる共同事業の提案というやつだ。一緒にこの国を盛り上げていこう」

「……?」


 俺の言葉の意味を計りかねた親方が返答に詰まる。そりゃそうだ。

誰だっていきなりこんなこと言われりゃ泡食ったようにもなるよな。

 

(とまあ、おふざけもそこそこにしてと)


 すぐ茶化をいれたくなるのは悪い癖だ。

 俺は少しだけ表情を引き締めると、いまだ戸惑う親方の方に向き直った。


「親方さんの懸念は正しい。じきに来るぞ、この国にも魔の手が」

「魔の手……?」

「コルダ王国の快進撃は知っているだろう?」


 コルダ王国。

 二年前俺を追いやった全ての元凶であるあの国は、因縁の敵国であったヴァレンティン王国を制圧してなおも止まることを知らず、海を渡りその侵攻の手を広げ続けている。

 そしてそれを迎え撃つは、ゼラ帝国。

 この世界でもっとも広大な大陸であるグランティア大陸を統べる軍事大国だ。

 優れた軍事力と大陸一の人口から生み出される経済力で、世界で一番強い国と言われている。


 どちらが勝つかは正直、今の段階ではわからん。

 だが、いずれにせよ勝った方が手に入れる力は莫大だ。

 そうなればもうどの国も太刀打ちできない。


「今のまま指をくわえて見ているだけでは、このファルナシア大陸だってあっという間に征服されてしまうだろう」

「……そんな」

「じきにコルダ王国とゼラ帝国の衝突は本格化していく。勝敗が決するのはまだ先のことかもしれんが、そう遠くはないはずだ」


 青ざめる親方、その顔色を見て俺はふと気付く。

 脅すように言い聞かせた俺の言葉は、まるで自分自身への忠告のようでもあった。

 

 とはいえ、今のコルダ王国の戦力は本当にかなりのものだ。

 フィオーナの協力をもとに二年の間で集めた情報によれば、その強さはあの頃の比ではないほど肥大している。

 俺の作った作品……俗に『魔宝具』と呼ばれる武器や装備の全てのうち、その半数以上を所持し、ヴァレンティン王国を占領して得た領地と兵力ーーその中でも際立つのは二人の魔帝の存在ーーを合わせ、今では計三人もの魔帝を有している。

 数だけで言えば、元々三人の魔帝を擁するゼラ帝国の軍事力がそう簡単に落ちるとは思わないが、それも時間の問題と俺は見ている。

 それほどに今のコルダ王国は強大だ。そしてその力は禍々しいとも言える。


「俺の勝手な事情だがな。この国が落とされては困る」

「…………うぬぅ」


 力の無い枯れた吐息が親方の唇から漏れ出た。

 おぼろげに捉えていた不安が俺の言葉によって一層の現実味を帯びたためか、話を聞いていた親方の表情は渋い。

 さてなんて声をかけたものか。

 そうして俺が思案し始めた矢先ーーそれまで一歩引いた距離にいた少女が突然、ダッと俺の方に駆け寄ってきた。


「おじちゃんおじちゃん! ねえ、ホントなの!? ホントにおじちゃんがあの謎の職人『名も無き名匠』なの!?」

「だからおじちゃんはやめろって」


 ウキウキという言葉がしっくりくるほどに少女が興奮気味で問いつめてくる。

 その折に少女が被っていたハンチング帽が落ち、その下からちょいと癖っ気のある小麦色の長い髪が垂れ落ちた。

 短髪だと思っていたのだが……こうして見ると歳相応に可愛らしいものだ。

 俺は少しだけ驚いたのち、少女の問いに答える。


「……俺の知らないところでそう呼ばれていたみたいだな……よく知らんが」

「へえええ……すごい、本物だぁ……すごーい」


 目を輝かせてこちらを見つめる少女。

 なにやら『名も無き名匠』という存在に対してある種の幻想を抱いているようだ。

 そんな彼女を前にして、だが当の俺はなんとも言えない気持ちになった。


 そのあとコルダの王都でなんて呼ばれてたか知ってるか?

 『悪魔の化身』だぞ? 悪魔の化身。

 泣きたくなるわ。


 シモンズの陰謀とはいえ自身に付けられた呼び名を思い返し俺は憂鬱になった。

 そうこうしている内に親方は幾分の冷静さを取り戻したらしい、なぜかヒゲをしきりに撫でている。自分を落ち着かせる際の彼の癖、なのだろうか。

 そして彼は口を開く。

 

「それにしてもあんた、生きていたのか。てっきり……」

「幽霊だと思うか?」

「ぬ……いや。だがよ、二年前に聞いた風の噂、遠いアルカダ大陸での”悪魔騒ぎ”に巻き込まれて消息不明と聞いていたからなあ」

「……まあ色々とあってな。アルカダ大陸を追われて今に至る」


 悪魔騒ぎ、ね。

 巻き込まれたというよりは中心にいたわけだが。


「大陸を追われて……? いったい何やったんだあんた……」

「何もしなかった代償、だ。気にしないでくれ」


 リュミエの町に関しての情報は、コルダ王国から他大陸に対して徹底した秘匿が行われている。

 あの時コルダ王国騎士団が実行したリュミエ侵攻の一件は、世間では”突然発生した悪魔のごとき凶悪な魔物を討伐すべく”ということになっているのだ。

 そんなふざけた隠蔽が可能な方法は、ただ一つ。

 ヌエ・ラ・デリウスの能力による情報操作。

 たいした荒業だぜ。


(ふん、シモンズめ)


 余計な情報が他の大陸に漏れるのをよほど嫌っているらしい。

 相変わらずやり方が陰湿と言うかなんというか……まったくもって不快な奴らだよ。まあ、こんな話は今はどうでもいい。


 俺はさっさと気持ちを切り替え、まっすぐに前を向き直った。


「それでどうする? 親方さん」


 そう言って俺は親方の前に手を差し出した。

 お互いの目的のための協力体制。

 俺の言葉を信用してこの手を取るか? それともーー?

 

 目の前に突きつけた選択肢。

 対する親方は眉間にシワを寄せたまま少しだけ逡巡する振りを見せると、 


「……ふん、オレの数十年越しのプライドを粉々にしてくれやがって……」


 さきほど俺が見せたものづくりの技術、その光景を思い出しているのか、親方が自嘲混じりに恨み言を吐き捨てた。

 そしてーー


 差し出していた俺の手をとると、その手を力強く握り返したのだった。


「へっ。伝説の職人……会えて嬉しいぜ。ウォーガン・マクスウェルだ。悪いが遠慮なく利用させてもらうぜ、名匠の旦那」

「こちらこそ。ウェムラ・アキュラだ。よろしく頼む」


 ぎちり、と。

 親方改めウォーガンと俺は固い握手を交わす。

 見た目は厳ついが話の分かるオッサンでよかった。

 しかしーー


(……似ているな)


 この荒々しくも親しみのある雰囲気……どことなくドボルグに似ている。

 ここにアイリスがいなくて良かったと俺は思った。


(やれやれ)


 シモンズに連れて行かれたアイリスの父親ドボルグの面影を思い出すも、今はそれ以上の感傷に囚われるのを俺は避けた。

 立ち止まっている暇はないのだ。


(思い出に浸るのは全部終わってからでいい)


 とりあえず、ここを拠点に始めよう。

 現地での協力人がいた方が何かと都合が良いからな。


 この国の職人と上手く協力関係を結べたことに俺が満足していると、

 

「なんだかよくわかんないけど…お兄さんと親方が手を組むってこと?」


 と、鋭く状況を察した少女がくりくりとした瞳でこちらの様子を窺っている。

 そして一人でに納得したかと思えば、嬉しそうにその場でステップを踏んだ。


「あたしパティだよ! お兄さん、よろしくね! さっきは助けてくれてありがとう!」

「ああ、よろしくな。もう悪党に捕まったりするんじゃないぞ」

「えへへ……」

 

 パティは恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、食い入るようにして俺の方を見つめている。その瞳はキラキラと輝いていた。

 どうやら『名匠』と呼ばれていた俺についてまだまだ聞きたいことがあるようだ。

 ったく、しょうがねえな。

 

(少しは子供の好奇心に付き合ってやるか。少しだけだが)


 などと強がってはいるが内心まんざらでもない俺は、パティの期待に応じようと身を屈めた。

 さあ、なんでも聞きなさいお嬢ちゃん。

 だがーー、


「ねえねえ、お兄さ……ひっ。……め、名匠様、あの……やっぱりなんでもありませんでした……ゆるしてください」

「……? 子供が余計な気を使うなよ。さっきまでの口調でかまわんぞ別に」

「そ、そんなこと言っても……」


 パティが困ったように俺の背後へ視線を向けるので何事かと振り向くと、そこには眼をギラつかせてゆっくりと剣を抜くストレインの姿があった。

 おーい。


「ストレイン、なに子供相手にムキになってるんだお前は」

「主への不敬は等しく罪。おい小娘、まずはアキュラ殿へのその無礼な言葉遣い、やめようか」

「ひぇ」


 血走ったその眼はパティを捉えて離さない。

 幼い少女を威圧する男の図。完全に事案だ。


「ええいストレイン! せっかく話がまとまったんだから引っ掻き回すんじゃない!」

「こればかりは僕も引き下がりません! 我が主の名誉のため!」

「お前なあ……!」

「うっ!?」


 今度はなんだ!?


「……あっ……ああー、手が、手が勝手にー。斬ってしまうー。斬ってしまうー」

「お前本当いい加減にしろよ!?」


 どこか棒読みでふざけたことをぬかし始めたストレインを、とりあえず一発思いっきり殴っておくことにした。

 その後、再び不信感を募らせたウォーガンとパティに対して、『言って聞かせますんで』と何度も頭を下げ、なんとかひとまずの信用を得たことについては、これ以上何も言うまい。いやホントに。


 勘弁してくれ。まったく。

 


ーーーー




 ウォーガンと協力関係を結んでから数日。

 突貫工事によってボロかった鍛冶屋を綺麗に改装し、狭かった家の中も増築に増築を重ね魔改造。

 ほとんど見向きもされない寂れた小さな鍛冶屋は変貌を遂げ、道を通る者の目を引いてやまない立派な工房へとその姿を変えた。

 その甲斐あって、さっそく街中で小さな噂となり始めている。

 もちろん家主のウォーガンと娘のパティが大はしゃぎしていたのは言うまでもないだろう。二人は現在、アガートの魚市場でお祝いの為の買い出しに出ていた。

 気が早すぎだ、まったく。


(まずは足下を固めないとな)


 武器や邪眼はまだ売らない。

 とりあえずの店の目玉は、街の住人たちの些細な不満などを解消する生活用品。

 ファルナシア大陸の首都、アガートにおける民衆からの信用を得るのだ。


(一番飛びつきそうなのは……やはり電話バッドフォンあたりか……)


 この国を強くするため軍に武器を直接売り込みに行くのも一つの手だが、どんな物事も、前提として周囲からの評価があるのとないのでは事の運びやすさが変わってくるというもの。

 ここは多少手間でも堅実に。

 向こうからこちらにやって来るくらいがちょうどいい。

 

(それに、もう少しこの大陸や国の内状を調べておきたいのもあるしな)


 表に立つのはあくまでウォーガン。

 俺は裏で動きつつ、本来の目的のために為すべきことをするつもりだ。

 

 アガートの新聞を広げながら作業台に腰掛けた俺は、見出しの欄に目を向ける。

 そこに書かれた文字を見て、短いため息をついた。


(……”いのりの巫女みこ”、ね。さて、どうやって接触するかな)


 と、新聞の記事を流し見しながら思案していると、


「ただいま戻りましたアキュラ殿」


 工房の戸が開き、外に出ていたストレインが帰ってきた。

 その背中に背負うはパンパンに膨れ上がった大きな荷物。

 中はもちろん魔物の素材でいっぱいだ。


「ご苦労ストレイン。邪眼と魔眼それぞれの調子はどうだ?」

「相変わらず実に素晴らしいものです。特に、この大陸に来る以前にお造り頂いた『偏歪へんわいの魔眼』〈ディストーション・アイ〉も試してみましたが、想像以上に強大な力でした」

「そうか。まあ今のお前ならその辺の魔物なんて苦戦すらしないだろうな」


 ストレインから期待通りの言葉を聞いた俺は思わず笑みを浮かべた。

 なにせ、現在のストレインの両眼のターレットにセットされた能力は、そのほとんどが伝説級と呼ばれる魔物ランク★8魔物の特性や魔使魔法で構成されている。

 魔人状態がもたらす魔力ブーストも合わせて、★7以下の魔物なぞ相手にもならないだろう。

 これならば相手が★8の魔物であってもストレイン一人で十分倒せるはずだ。


 邪眼の力を得てどんどん強くなるストレインの実力に満足する俺。

 しかし、そんな俺とは対照に、正面に立つストレインの表情はずいぶんと静かなものであった。

 そして思い立ったようにその口を開くと、


「……アキュラ殿、もうよいではありませんか。……もう十分です」


 穏やかな声色で俺に対して語りかけるストレイン。

 俺は新聞を畳んで、目の前に佇むストレインに向き合った。

 

「今すぐ僕にやらせて下さい」


 何を、とは聞かなかった。

 人を射殺さんばかりに鋭い眼光をしたストレインの姿が、全てを語っていた。


「奴らを……憎きコルダ王国を、ただちに、即座に、この手で終わらせてみせましょう。頂いた十つの眼を使い、奴らの首をくびり取って並べてもいい。だから早く、この僕にご命令下さい。『やれ』、と。アキュラ殿がそう命じて下されば、僕はそれだけでーーさあ、はやくはやくーー」

「落ち着け、ストレイン」


 次第にドス黒いオーラを体から漂わせ始めたストレインを俺は咎め立てた。

 たしかに、純粋な強さだけでの話ならば、今のストレインより強い『人間』はこの世界に存在するか怪しいところだ。

 ストレイン単騎でコルダ王国やゼラ帝国を相手にしたとしても、凄まじい損害を与えることすらできるだろう。


 とはいえ、それはただの無謀というもの。

 魔力は無限などでは無いし、ストレインといえど体力という限界もある。

 何より数が違いすぎる。少数で向かっても大軍を前に消耗させられるのは避けられない。

 唯一の味方であるフィオーナだって、あまりに無鉄砲な策では軍を貸してくれるはずもないだろう。

 

 それにそういった諸々の事情を差し引いたとしても、ストレインの状態が不安定な今のままではコルダ王国を相手にする上で失敗するリスクが高すぎる。

 しっかりと準備を整えてから、確実に奴らを根絶やしにするべきだ。


「俺だって焦る気持ちはあるがな。ストレイン、今は我慢してくれ」

「申し訳ありませんアキュラ殿……」


 たしなめる俺に対してストレインはゆるやかに頭を下げた。

 だがーー、


「無理です」


 はっきりとした拒否の言葉。

 ズズズ、と音でも聞こえてきそうなほどストレインの体から漆黒の闇が溢れ出ていた。


「この衝動は……もう……止められません……!」


 俺を前にして苦しそうに呻くも、その手は剣の柄を掴んでいる。

 工房の中はストレインの発する強烈な殺気で埋め尽くされていた。


(ちっ、そろそろ限界か)

 

 俺は内心毒づいて立ち上がると、すぐに頭の中のエシュタル図鑑を開いた。

 そしてメニュー《*魔人リスト》を選択し、ある機能を発動させる。

 すると、


「……うっ……ぐう……ぐっ……! かはっ……!」

「大丈夫か、ストレイン」

「……っ、は、はい……。ありがとうございます……アキュラ殿」

 

 ストレインの周囲に漂う闇が霧散していく。

 荒い呼吸を繰り返すストレインが、申し訳なさそうに俺を見つめた。

 その表情を見た俺はーー、


(これ以上は保たないか……)


 俺は決断しなければならない。

 このまま黙ってストレインの忘我を見過ごすか。

 ストレインをさらなる異質な存在へと”進化”させるかどうか。


 どちらを選ぶかなど決まっている。

 落ち着きを取り戻したストレインに近付くと、俺はその肩に手を置いた。


「……この大陸をだいぶ南に下った先に古い遺跡がある。そこを住処に生息しているランク★8の魔物がいるはずだ。見つけ次第狩れ。思い切りやってかまわん」

「はっ、かしこまりましたアキュラ殿。しかしよろしいのですか? 以前よりなるべく自分を抑えろと仰られていましたが」

「もういいんだ。好きなようにやれ。本能の赴くままに暴れろ」

「……! はいっ、お任せ下さい、アキュラ殿!」


 他に解決法がないか今まで模索していたが、やはり難しいようだ。

 となれば、毒を喰らわば。いずれ踏み込まねばならなかった道である。

 エシュタル図鑑の《*魔人リスト》に従って、ストレインを進化させる方向でいくしかない。

 

 ならばさっそく、新たなる邪眼作製の為に。

 そして魔人の”経験値溜め”も兼ねて、思うまま暴れてもらおう。

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