80:まずはなろう
ファルナシア大陸。
前世の地球でいうアフリカ大陸の地形によく似た大陸だ。
安定した気候や豊富な資源が特徴で、人が住むには殊更適した土地とも言える。
「おいストレイン見ろ。さっきの市場もだが、この繁華街もずいぶん栄えているぞ。豊かな国だなここは」
俺は人通りのある広い繁華街の道を歩きながら辺りの景色を見渡した。
左右に立ち並ぶ商店の数々が所狭しと賑わいを見せている。
「すごいな。リュミエの町とは流石に規模が違う」
「それはそうでしょうアキュラ殿。リュガーナ国の首都であるアガート……ファルナシア大陸の主要都市ですよ。アルカダ大陸の田舎町と比べるのもどうかと思います」
「まあそうなんだがな。そういえばコルダ王国もこれぐらいなのか?」
「規模としては同じくらいですが城下町はこれほど繁栄してはいませんでしたね……大したものです。ーーむっ、アキュラ殿、あんなところに美味そうな茶屋が……行ってきます」
「こら、買い食いしてる場合か、いくぞ」
魔人になって理性がきかないからってガキみたいにフラフラするんじゃねえ。
あの子を見失うだろうが。
好物の甘菓子の匂いにつられて勝手にフラフラし始めたストレインを引っ掴み、俺は早足になって前方を歩く影を追っていた。
その視界の先には、大きな包みを両手で抱えて歩く少女の姿があった。
目深に被ったハンチング帽にうす汚れたオーバーオールの服装。
一見すると男の子のようにも見える格好だが、その実、女の子であることはすでにお見通しだ。
そんな少女の後ろをぴったりと付いていく俺とストレイン。
前を歩いていた少女が我慢の限界とばかりにこちらを振り向いた。
「なんで付いてくるの!?」
ついさきほど路地裏で悪党に絡まれていたこの少女を助けたわけだが、やはり勝手についてこられるのは気になるらしい。
「気が変わった。すまんなお嬢ちゃん、おうちにお邪魔させてくれ」
「……えええぇ」
少女が露骨に嫌そうな顔をする。
いや、俺だってイヤだぞ。年端もいかない女の子の後ろを追い回すなんて。
このままいくと変質者の謗りを免れない。
だがこの子が今手にしているのは俺が以前作った弓の一つ『エネルケスアロー』。
どこで手に入れたかしらんが、持ち主には興味がある。
(……なにやら鍛冶職人だと言う話だしな)
親方と言っていたか。
この街や大陸の産業事情についても色々と聞きたいところだ。
「おじちゃん達……何が目的なのさ……?」
「頼むからおじちゃんは止めろ」
小さい子に警戒心剥き出しでそんなことを言われて、俺は情けなくも懇願した。
心に刺さる。
「なあ、本当にソレ、こっちに渡してくれる気はないか?」
「……しつこいなあ。コレは親方とあたしにとって、とっても大切な物なんだ。助けてもらって悪いけど、いくらお兄さん達の頼みでもこればっかりはきけないよ」
「……だよな」
頑な少女の態度に少し腹を立てつつも、俺はしみじみと納得していた。
なにせ、会っていきなりソレ寄越せ、だからな。
やってることはさっき追っ払った薄汚い小悪党の兄弟と大して変わらない。
「わかったわかった。それなら代わりにもっとすごいの作ってやるから。それで手を打とう」
「はあ? お兄さん、あたしが子供だからって適当なこと言って騙すつもりでしょ? ふざけないで。コレは『名も無き名匠』ってすっごい職人さんが作ったとんでもない物なんだから。簡単に作るなんて言わないでよ」
「うーん……」
こりゃ言っても信じてくれないだろうな。
この歳で至極真っ当な主張ができる少女を偉いと思いつつ俺は内心くたびれた。
しょうがない、おとなしく後ろを付いていくか。
そうして少女への説得を諦めた俺は、彼女からの度重なる蔑みの視線に耐えながら、とりあえず黙って付いていくことにした。
しばらくして着いたのは、人通りの少ない繁華街の外れにあるボロい家屋。
かすれてはいるが『鍛冶』と書かれた大きめの表札が目についた。
「……親方、もう起きてるかな」
すると突然少女は様子を変え、怯えるような足取りで店に近付いてゆく。
そうして彼女は窓の外から店内を覗き込んだ。
ちらり。
「おう、パティ! オメエ、また勝手なことしやがったな!」
「ひっ、親方!」
怒鳴り声とともに、立て付けの悪そうな横開きのドアがガラガラと開いた。
現れたのは、むさくるしい黒ヒゲを生やした仏頂面の厳ついオッサンだ。
ガタイは良いがその頭部には白い髪がちらほら現れて見える。
歳は40〜50代くらいだろうか。彼が少女の言う親方であろう。
戸口から出てきた鍛冶屋のオッサンが、パティと呼ばれた少女の首根っこをむんずと掴み上げた。
「その手にあるのは魔宝具だな? 危ねえって何度言ったらわかるんだオメエは! 今日という今日はその身に沁みるまでたっぷりとお仕置きしてやる!!」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 色々あったんだってば!」
「言い訳無用だこんのクソガキ。さあ、おとなしくこっちにソレを寄こして……」
と、ようやく気付いたらしい。
オッサンは少女の後ろに立っていた俺達の存在に気付くと、うさんくさそうな眼差しを向けてきた。
「なんだあんたら? ウチに何か用か?」
「……客、かな。多分」
「そうかい。悪いが今日は忙しくてな。店じまいだ、帰ってくれ」
と、オッサンが手を払う仕草を俺達に向けた。
なんて野郎だ。とても商売人とは思えない態度である。
よほど少女の手にしている荷の中身が気になっているようだな。
「待って親方! この人達はさっき私のことを……」
「やかましい。いいからさっさとその荷物を中に入れるぞ」
少女の首根っこを掴んだままオッサンが中に引っ込むと、ぴしゃりと戸を閉められてしまった。
俺とストレインはしばしの間、無言で扉の前に立ちつくす。
取り付く島もないとはこのことか。
「アキュラ殿。この者ども、もはや家ごと斬り捨ててもよろしいでしょうか?」
「馬鹿やめろ」
剣を抜こうとしていたストレインを制止する。
発想が暴力的すぎるぞ。ちょっとおとなしくしてろ。
(……まあストレインの言う通り、目的のためにさっさと暴力的な方法で事を進めてもいいんだが……余計な火種を作りたくは無い)
とはいえ、せっかく新しい大陸に来てるんだ。
こんなところでウダウダやってても仕方ないだろう。
「この国の職人の腕前を見ておきたいのは確かだ。それにエネルケスアローのこともあるからな……よし、潜入するぞ」
「潜入……なるほど」
納得するようにストレインが頷くと、俺は自然と右眼に魔力を込めていたーー
「幻惑の魔眼、発動」
俺の右眼が山吹色に輝く。
扉が閉まったままの幻の映像で玄関口を覆うように映し、俺とストレインは極力音をたてずに鍛冶屋の中に足を入れた。潜入開始。
室内は薄暗く、ススやホコリで汚れている。
部屋には炉があり、中央付近には鍛金の為の金床が鎮座していた。
いかにも古い鍛冶屋といった雰囲気だ。悪くない。
かすかに戸が開いた音を聞いたのだろう、オッサンと娘が怪訝な顔でちらりとこちらを見たが、幻の景色で姿を隠して透明人間になっている俺達に気付くことは無かった。
「これが魔宝具No.108……『魔弓レーヴァテイン』……」
オッサンが手にした包みをほどくと一風変わった形の弓が姿を現す。
★1の蜘蛛型魔物、エネルケスの糸から作った『複射』の特性を持つ弓だ。
懐かしい。山でサバイバルしていた頃を思い出す。
てか誰だよ、レーヴァテインなんて名前を付けた奴は。
エネルケスアローの方がかっこいいに決まってる。
……よね?
「もう、親方ったら! あたしの話も聞いてよ。ねえ!」
「後でな。とりあえず今はコイツが先だ」
傍らで膨れる少女を横目に、鍛冶屋のオッサンは夢中になって弓を触っている。
「親方……こんなもの手に入れて、いったい何をするつもりなの?」
「フン、いいかパティ。聞いて驚くな。量産するんだよ、この魔宝具を。そんで国に売りつけんのさ」
「ええっ!? そんなことできるの!?」
「さあな。だがやるしかねえ。弱いこの国を今なんとかしなきゃ、結局最後はオレ達市民にツケが回ってくるからな」
「じゃ、じゃあ、もしうまくいけば、アタシ達もいい暮らしができるの!?」
「ハン、上手くいきゃだが……へっ。じきに良いもん喰わせてやる。待ってな」
喜ぶ少女の顔を見て、仏頂面ではあるがオッサンは得意気に頷いている。
大した自信だ。
(どれどれ……)
俺は部屋の中を見渡した。
無造作に壁に立てかけてある剣や斧、床に放り置かれた鎧などをじっくりと眺める。
物の扱いは雑だが、腕は悪くないようだ。
(それにしてはこの店、あまり繁盛していないみたいだが……)
そのまま眺めていると、オッサンが立ち上がって道具や材木などを集め始めた。
どうやら早速エネルケスアローの構造を真似た弓を作るらしい。
お手並み拝見だ。
だがーー
(ちっ、そうじゃないだろ)
作り始めて数分。
途端に難航し始めた模倣弓製作を前に、俺はイライラしていた。
「なんだこりゃあ? こんな形に何の意味が……?」
「親方ぁ……やっぱり無理なんじゃ……」
「おいパティ、ちょっと黙ってろ」
このオッサン、鍛冶職人らしく金属を主とした鍛造は得意のようだが、流石にものづくり全般には手が回らないようだ。
それにエネルケスアローの真髄は、ほどよい伸縮性と独特のしなやかさを兼ね備えたエネルケスの糸があってこそ。つまり全く同じ物をこの場で再現するのは困難を極める。
俺の作品は基本的に鉄などを使わず魔物の素材だけで組むことが多いので、この結果は致し方ないともいえるが……。
とはいえ、エネルケスアローは俺がこの世界に着いたばかりの頃に作った未熟な作品の一つ。特別に難しい技術が使われているわけではない……はずだ。
糸以外の部分は多分ここにある物でもそれなりに代用できるだろう。
つまり何が言いたいのかというと、
「見てられん……!」
部屋の中に突然姿を現した俺とストレインを見て、少女は飛び上がり驚きの声をあげた。
「お兄さん達……諦めて帰ったんじゃ……?」
そんな少女の問いかけには目もくれず、俺はズンズンとオッサンの方に近付いてゆく。周りから聞こえる雑音は全て無視だ。
「な……なんだテメエら!? いつからそこに……」
「そんなことはどうでもいい。貸せ!」
「ああ!?」
オッサンの手から作りかけの弓を引ったくると、俺は腰留めから自前の工具を引き抜いた。
そうしてすぐに作業に取りかかる。
「同時に複数の矢を放つ為には普通の構造じゃダメだ。絞りの加減が雑なんだよ。それじゃ精度が出るわけない。いいか?」
喋りながら最速最短の動きで木材を削り、形を完璧に整えていく。
「飛ばす矢の数と飛距離を少し犠牲にすればただの糸でも多少再現はできる」
この世界に着いたばかりの俺はこれ一つ作るのにどれだけ時間をかけてたことやら。
昔を思い出して俺は物思いに耽りつつも、手だけは超高速で動かし続けた。
そして三分ほど経った頃ーー、
「こうやって、こう。これで……こう! わかったか?」
完成した弓をオッサンの前に叩き付けるように置いた。
黙って俺の作業を見ていたオッサンは、その音でハッと我に返ったようだった。
「なんだとぉ? オメエ、適当なことを……」
減らず口を叩きつつもオッサンは弓を手に取り、その出来を確かめ始めた。
だが本人だってもう気付いているだろう。
俺の作り上げた弓に一切のムダは無いと。
(いかんな。ものづくりのこととなるとつい熱くなってしまった)
しかし、結果オーライだろう。
次第にその表情を強張らせてゆくオッサンは、信じられないものを見てしまった、といった感じで肩を落とした。
「オメエ……いや、あんたはいったい……」
「ま、オリジナルのは木材だけじゃなく魔物の素材も少し組み込んであるから、これでは劣化品と言わざるを得ないが……似たようなことは十分可能なはずだ」
「……その口ぶり……あんた、まさか……」
「正体なんてなんでもいい」
俺は一度死んだんだ。アルカダ大陸のあの地でな。
少しは俺達の話を聞く姿勢になったオッサンに向かって、俺はようやく本題を切り出す。
「それより親方さん、さっき面白いこと言ってたな。この国を強くするとか」
「あ、ああ。魔宝具が大量にあればこのリュガーナ国もよその侵略国に対抗できるだろうって……」
「それだ。頼みがある」
ちょうどいい。
親方たちの望みは俺の目的と一致している。
悪いがさっそく協力してもらおうと思う。
「その野望、俺も一枚噛ませてくれ」
「……は?」
邪眼工房再興の為の、そのイチ。
とりあえず、この国を内側から乗っ取るとしよう。




