79:Q・C
辿り着いたのは狭い一室。
初めてこの城に連れてこられた時の床に魔方陣が描かれた場所だ。
そこにはすでにフィオーナやドワーフの隊長、そしてフィオーナの秘書であるダークエルフのネルネの姿があった。
「来たわね」
「待たせたな、フィオーナ」
女王としての豪奢な服装ではなくいつものラフなローブ姿。
ローブの上から美しい髪が垂れ、エルフ特有の長い耳はピンとしている。
そんなフィオーナは現れた俺達の姿を見て得意気に唇の端を吊り上げた。
俺が視線を下に向けると、技術部隊隊長であるドワーフの爺さんが意地の悪い笑みを浮かべていた。
「なんじゃマスター。こんな日だというに、腑抜けたツラしとるの」
「……そうか? 俺はいたって平常だが」
「どうかの。おや……? なにやらこの辺り、甘酸っぱい香りが香ばしいのぉ」
と、ドワーフの爺さんはからかうような口調で俺とアイリスの方を交互に見やり鼻をひくつかせた。
まるで先ほどの俺とアイリスのやりとりを見ていたかのような反応だ。
なんだこのジジイ!? 鋭い!?
「くっ……ええいうるさい。余計なお世話だ」
「図星かね、マスターよ」
「さっき色々とあったんだよ……色々な……。ちくしょう」
「ガッハッハ、若いのォ」
ドワーフの爺さんが盛大に笑うと、俺は思わず顔をしかめた。
このジジイ、若い時はさんざん鳴らしたクチってか?
ふさけやがって……。
いや、そもそもこの世界のドワーフに若い時期なんてものがあるのか?
などと、俺がどうでもいいことばかり考えていると、ドワーフの爺さんはふっと優しげな顔をして微笑んだ。
「まあ、マスターにはワシらもさんざん世話になった。なにかあった時は頼ってくれい」
「……そうさせてもらおう」
彼らには魔物を使った武器の製造方法だけでなく邪眼の製作技術も教え込んだ。
まだまだちゃんと習得できているとは言えないが、もう俺がいなくてもある程度のモノは作れることだろう。
俺の目的において、いずれ彼らの力を借りなければならない時は必ず来る。
この国の軍のさらなる成長が楽しみだ。
(人間を憎んでいた亜人達と親密な関係を築けたのも大きい。これは強力なアドバンテージとなるはずだ)
この城でフィオーナと共に過ごした二年。
お互いに腹の底は見せ切っていないが、彼女とは良い関係を築けていると思う。
俺にとっては命の恩人であり、実力者としても十分に頼れる相手だ。
そんなフィオーナもある程度は俺を信頼してくれているのだろう、俺の無茶な頼みに対して積極的に付き合ってくれたりもした。
この世界で生きる俺が最も敵に回してはいけない相手の一人。
そんな彼女にはいずれ俺の転生事情なども話してみたいと思っている。
「セレナは……見当たらないな」
俺は部屋の中を一度見回すと、ここにはいない顔があることに首をかしげた。
するとフィオーナがにんまりとした笑みを見せる。
「あの子なら今日も樹海の深奥で剣を振るっているわよ。健気よねぇ」
「なに?」
「アキュラ様。セレナ様よりあなたへ言伝を預かっております」
フィオーナの後ろに控えていたネルネが口を開くと一歩前に出た。
女王専属の秘書であり、フィオーナの幼い頃からのお付き役の彼女。
褐色の肌に黒い衣装、そして艶のある黒髪を揺らすその姿はまさしく、俺が前世で思い描いていた冷徹なダークエルフのイメージに近い。
そんなネルネが俺の方を見つめながら、セレナからの言伝を告げ始めた。
「……こほん。『いい、アキュラ? 私を置いていくなんて許さないわ! 次に会う時までには必ずぎゃふんと言わせてやるんだからね!? もっと強くなってみせるわ、私! 待ってなさい!』……とのことです。それと、もう一人のセレナ様からは『アキュラ様、この私のことは私にお任せ下さい。私もこの私とは一度しっかりと向き合ってみようと思います。また会える日を楽しみにしておりますわ、私の騎士様』……だそうです」
なにも声色まで真似なくてもよかったんじゃないか。
さっきまであったダークエルフの威厳台無しだぞ。
ネルネ渾身の伝言に心の中で突っ込みつつ、セレナの言葉を聞いた俺はため息をついた。
「ったく、こんな時まで鍛錬とはな……どっかの鍛錬厨の狂気に染まってしまったか?」
「アキュラ殿なにを……あんな程度ではまだまだ。アキュラ殿には真の鍛錬というものをお見せしたほうがよろしいでしょうね」
「いや、いい」
ストレインの狂気じみた発言はあっさりとスルー。
今のこいつの鍛錬法が以前より酷い有様なのは言うまでもないだろう。
人外による自分イジメなんぞ付き合いきれん。
(ま、セレナのことはこれ以上心配しても仕方ないか。後はあいつ自身の問題だからな。それに……)
アイリスの方に目を向けると、彼女は不安そうな顔でこちらを見つめていた。
何か言いたげなその瞳。
だがアイリスは口を固く閉ざしたまま、堪えるようにしっかりと頷くだけだった。
相変わらず芯の強い娘だ。
何も心配いらない、後は彼女に任せよう。
「アキュラさん……」
「アイリス。また迎えにくる。そのときまでセレナのことを頼んだ」
「はいっ!」
アイリスの明るい元気な返事を聞いて、俺は胸の奥から力が湧いてくるような感覚になった。
すぐに迎えにくるさ、二人とも待っていてくれ。
俺達のやりとりを眺めていたフィオーナが嬉しそうに微笑んでいる。
「アキュラ。行き先はファルナシア大陸のリュガーナ国、その首都であるアガートでよかったかしら?」
「ああ、頼む。そこを活動の拠点にしようかと思っている」
「そう。直接転移するわけにはいかないから、ちょっと外れたところになるわよ」
「かまわない」
俺がそう答えるとフィオーナはこくりと頷き、魔方陣の中央に立った。
それを合図とばかりに、ストレインと俺を除いたこの部屋にいる者達が皆、陣の外側に出る。
「それとアキュラ、以前に自分で作った武器などはなるべく回収してもらっていい? あなたの作った物は多かれ少なかれ大陸の戦況に影響を与えるからね」
「もちろんそのつもりだ。勝手に恥ずかしい名前に変えられてるようだし、自分で蒔いた種は自分で刈り取るさ」
「ありがと」
そして杖を掲げたフィオーナが何か言葉を呟き始めると、床に描かれた魔方陣に沿って光が溢れ始めたのだった。
いよいよだ。
二年間もの雌伏の時を経て動き出す準備は整った。
これから俺が行うのは、自身の存在理由をかけた一世一代の大戦である。
「よし、それじゃ行くとするか」
「はっ」
ストレインが恭しく頭を下げた。
フィオーナを中心に俺とストレインはよりいっそう眩い光に照らされる。
その中で最後にもう一度だけ、俺は部屋の中にいる皆の顔を見回した。
俺は必ず勝ってみせる。
コルダ王国、秘密組織シモンズに絶対なる報復を。
そしてこの世界の謎、全容を解明し、俺の望みを叶えるために。
名付けてーー
「これより、QC活動を始める。皆、力を貸してくれ」
謎を解き明かす。
全ては俺の目指した理想のものづくりのために。
さあ、張り切っていこう。
俺は一言告げると、自身満々に笑った。
そうして、フィオーナの魔法によって転移した俺とストレインは、二年もの時を過ごしたこの城から姿を消したのだった。
ーーーー
ーーー
ーー
ー
こうしてエストレア大陸を離れた俺達は、新たな地、ファルナシア大陸に足を踏み入れた。
そこで待ちうける新たな展開。
俺とストレインによる邪眼工房再興のための物語が、今再び始まる。
72:プロローグに続きます。
時系列分かりづらくなってすいません。




