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78:時はきた

 俺がこの城に来てからすでに一年以上の歳月が流れた。

 その間にも世界の情勢は目まぐるしく変化し、

 大陸間の力関係は絶えず変動している。

 コルダ王国がヴァレンティン王国に勝利し征服を成したことが大きな要因の一つだろう。

 そして俺はというと、


「幻惑の魔眼、発動ーー」


 自室の真ん中で一人呟く。

 息を吐き終えると同時、俺は右眼に力を込めた。

 キイイィィィンーー

 魔眼を中心に広がっていく特殊な感覚。

 その状態で5分、10分、15分と時間が経過していくも、俺は能力を使い続ける。 

 そうしてどれくらい経っただろうかーー 


(今日はこのぐらいにしておこう)


 俺は魔眼の能力を解き、魔力の訓練を切り上げた。

 もうそろそろ時間だ。

 時計に目を通した俺は、すぐに支度を始めた。



 コルダ王国の驚異的な進軍による世界の乱れ。

 全てのきっかけはあの日のーーリュミエの町での出来事に起因しているだろう。

 自身に責が無いとは言えないが、焦っても仕方が無い。

 俺は着実に力を蓄えることに専念した。


(各大陸の動向について必要最低限の情報はフィオーナに教えてもらっているが……まるで浦島太郎にでもなった気分だな)


 なにやら世間では今、こんなおかしな話もあるらしい。

 以前に俺が作った作品が『災いを呼ぶ魔の宝具』などと噂され珍妙な価値が付けられているんだと。

 笑ってしまうよな、まったく。

 

 あれから色々とやった。

 掲げた五つの目的に向けて、俺は前進を続けた。

 一番に優先したのは俺とストレインの持つ邪眼の強化。

 空いたスロットを埋める特性レンズの製作、そのための魔物討伐だ。


 エシュタル図鑑が分類する魔物ランク★8〜10の怪物ーー


 世界に『10体』のみ存在するランク★10の魔物。


 さらに★9の魔物は『15体』。


 そして『22体』のランク★8の魔物。


 合わせて47体にもなる伝説級の魔物達をどう攻略していくか。

 邪眼を作る目的とは別に図鑑の討伐数を増やすためにも避けては通れない。


 本格的に動くようになったのはこの城に来て一年ほど経った頃。

 その頃には俺も自分の右眼『幻惑の魔眼』の扱いが習熟し始め、フィオーナとの約束であった軍の武装拡張も一段落ついていたからだ。

 だが時間にも限りがある。

 コルダ王国の戦力が現在どれほどのものか未知数な以上、急ぐ必要があった。


 そこで俺は、遅れを取り戻すべく多少強引な手をとった。

 いつぞやの煌翼獣ヴァルファリオン討伐よろしく、魔帝であるフィオーナの力を借りて確実な勝利をつかみにいったのだ。

 その甲斐あってこのエストレア大陸に生息していた★8の魔物は全て倒すことができ、さらには他の大陸にいた★8の魔物も何体か討伐に成功している。

 ストレインの力とフィオーナの力、そして俺の持つ図鑑の情報を合わせれば★8の魔物は安定して倒すことができるようになっていた。

 

(……シモンズ、今に見ていろ)


 気を緩めるのは全て終わってからでいい。

 コルダ王国を裏で操る秘密組織シモンズ。

 奴らを確実に殺すために、今の俺は生きているのだから。


 

 俺は愛用の工具を掴むと、腰のショルダーに差し込んだ。

 その上から手製である苔色の外套を勢いよく羽織り、衣服を整える。

 そうして身支度を済ませた俺は、部屋の扉を開け廊下に出た。

 すると、


「あっ、おはようございますっ」


 こちらに気付いたアイリスが近くに駆け寄り、元気な声で挨拶をした。

 いつものポニーテールは可愛いらしいリボンでくくられ、フリルのスカートが彼女によく似合っている。

 どうやら出迎えに来てくれたようだ。


「アイリス」

「アキュラさん、そろそろ約束の時間ですよ? 一緒に行きましょうっ!」

「ああ」


 短い返事だけすると俺とアイリスは二人並んで歩き始めた。

 そうしてしばらくの間、お互いに無言のまま長い廊下を進んでゆく。

 会話は無いが気まずさなど一切感じない、俺にとってはとても心の落ち着く時間だった。隣にいるのがアイリスだからだろうな。


 いい仲間を持った、と一人ひそかに感傷に浸る俺。

 だが隣を歩くアイリスがどことなく落ち着かない様子に見えるのは俺の気のせいだろうか。


「そのマント……かっこいいですね。よく似合ってます」

「ははは、だろう? カメレオヌスの体皮で作ったんだ。このマントには気配を抑える効果もあってな、着心地も悪くないぞ。今度アイリスにも作ってあげよう」

「ふふ、やった。私、楽しみですっ」


 ふいに口を開いたアイリスに対して俺が調子よく答えると、彼女はいつものあどけない笑顔で楽しそうに笑った。つられて俺も、ついつい笑ってしまう。

 穏やかで心地よい空気。

 本当はずっとこうしてられればいいんだけどな。


 ややあって間がありお互いに口を閉ざすと、


「あの……アキュラさん……」

「ん?」

「あらためて言わせて下さい。今まで……本当にありがとうございます」


 アイリスは真剣な表情でそう告げると、少しだけ俯いた。


「私、本当は何度もくじけそうだったんです。あの日、お父さんも連れていかれて町からも逃げてきて……着いた所が亜人の方々しかいない場所で……。あ、今はもう皆さんとも仲良くなれたし優しい人達だってわかっているんですけど。でもやっぱり、辛い時も多くて」

「……アイリス」

「そんな中で、ずっと、アキュラさんはいつだって一生懸命でした。その姿を見てきて……その、私も頑張らなくちゃって思えたんです」

「何を言うかと思えば……俺だってそうだ。アイリスがいなかったら今頃どうなっていたか」


 思えばこの世界に転生してから今まで、アイリスは情けない俺を側でずっと支えてくれていた。

 リュミエの町を、父親のドボルグを救えなかった俺に対して恨み言ひとつ言わず、ただ側にいてくれた。

 その明るさと笑顔に何度救われただろうか。


「アキュラさん、私、頑張れてたでしょうか? 私の存在は、アキュラさんの足を引っ張ってはいませんでしたか?」

「ああ、アイリスには充分すぎるほど助けられているよ。もちろん今でも、な」

「よかった……」

「俺が保証する。よく頑張ったなアイリス」


 噛みしめるように呟いたアイリスの頭を俺が優しくポンポンと叩くと、途端にアイリスの顔が真っ赤になった。

 子供扱いしているわけじゃないが……頑張っているこの娘を見てたらつい手が動いてしまったのだから仕方ない。

 しかしやっぱりコレは、やってる俺の方もちょっと恥ずかしい。


「ア、アキュラさん。あの、それでですね、あの……」


 顔を赤くさせたアイリスが遠慮がちに口ごもる。

 いつもハキハキと喋るアイリスにしては珍しく歯切れが悪い。

 

「それで……私、その、アキュラさんの邪魔をしたくなくて……今までずっと我慢してきました……。でも、私もう限界です……」


 アイリスはたまらずといった感じで呟き、不意にその足を止めた。

 何事かと思い俺も足を止めて振り向くと、頬を赤らめたアイリスが瞳を潤ませこちらを見つめていた。

 自分のポニーテールをしきりに撫でるその手が微かに震えている。

 そんな彼女の姿があまりにも可愛くて、俺はつい視線を逸らした。

 

「アイリス?」 

「あ、あの。あのですね……その、わ、私に……私に、頑張ったご褒美を、下さいっ」

「……? ご褒美ーーって」


 そこで俺の言葉は途切れた。

 再び向けた視線の先。

 アイリスがこちらを見上げるように顔を上げ、目を閉じていたのだ。

 薄く赤みがかった小ぶりな唇はキュッと閉じられ、何かを求めるように差し出されている。


 待て待て待て。

 これ……は、いったいーー。


(いや、誰にとぼけてんだ俺はバカ野郎が)

 

 突然の事態に混乱しかけていた己の脳内に喝をいれる。

 ここまできてその意味に気付かないほど、俺もアホではない。

 

(まさかアイリスが……俺のことを……)

 

 シモンズへの復讐、その感情に突き動かされるように日々を過ごす俺には気付けるはずもなかった。

 いったいいつから……?

 こんな可愛い子に好意を寄せられているなんて、奇跡に近い。


 俺はたまらず、アイリスの震える肩を力強く掴んだ。

 彼女はビクリと体を強張らせるも、目を閉じたまま俺に身を委ねている。


 俺だって、アイリスのことは大切に思っている。

 ならばこそ、彼女の気持ちにはちゃんと応えるべきだ。


 アイリスの肩を抱き寄せ、俺はゆっくりと顔を近づけてゆく。

 こういう時は男も目を閉じるべきなのか? いやしかし、目を閉じては彼女の可愛い顔を見ることができない。どうする……どうすれば。

 いや、もううだうだ考えるな。流れに身を任せろ。

 このままいけ、俺。


 近付いてゆく唇と唇。

 かすかに触れる彼女の吐息が、俺の胸を高鳴らせる。

 そしてーー


「これだから人間って奴らは……ところかまわず盛ってんじゃないよ」


 横合いから聞こえてきた声。

 俺が目だけを動かすと、呆れた顔で立ちつくす女ハーピィ、空軍大将がそこにいた。

 その後ろでは、滑車付きの大きな水槽を引く陸軍大将のリザードマンが、そして両手で顔を覆いながらこちらを凝視する海軍大将のマーメイドの姿があった。


「きゃぁ……アイリスちゃん、大胆ですぅ……」

「ふうむ。人同士の、なかなか興味深くはありますな。続けて、どうぞ」


 ババッ!

 俺達は勢いよく離れた。


「お、お前達、なんでここに……」

「なんでも何も、アンタらがここに来るって陛下が仰ってたし……」


 そう言われて俺が辺りに目を向けると、すぐ隣には重苦しい鉄扉があった。

 ここはストレインが待つ部屋の入り口。

 どうやら俺達は知らないうちに目的の場所に到着していたらしい。


「悪かったね、邪魔して」

「……ぐっ、別に……気にするな」

「ごめんなさぁい、アイリスちゃ〜ん」

「……うう、あんまりです……」


 二人の女どもから慰めの言葉を受け、俺とアイリスは互いに苦い顔になった。

 き、気まずい。


(もう〜、ハーピィさん〜! あとちょっとだったのに〜!)

(そ、そんなこと言ったって……つい)


 そしてよく見ると、ハーピィとマーメイドの二人がコソコソと何か話している。

 こいつら、さては楽しんでやがるな?

 

(……まあいいか、これ以上は墓穴を掘る……)


 女が恋バナを好きなのは世界共通事項だろう。

 下手につつけばこちらが痛い目を見るのは明らかだ。


(……やれやれ) 


 気を取り直した俺はさっさと鉄扉の前に立ち、扉に手をかけた。

 魔力を指先に集中させる。

 そして変になった空気を振り払うようにーー

 勢いよくその扉をこじ開けたのだった。


 扉の先には、眼を不気味に光らせた一人の男が立っていた。 


「ストレイン、待たせたな」

「ええ。アキュラ殿、ようやくですね」


 俺と同じ苔色の外套を身に纏ったストレインが、感慨深そうに答える。

 その身から漂う黒いオーラは、俺の作ったマントをもってしても抑えきれない。


「……ようやく、アキュラ殿が覇道を歩み始めるのですね」

「ストレイン、別に世界征服するわけじゃないぞ」

「ゴミ共の片付けは僕におまかせ下さい。アキュラ殿から頂いた新しい邪眼の力を以て、全てをチリに帰しましょう」

「……頼むから言うことを聞いてくれよ?」


 心の底から俺は懇願した。

 魔人ストレイン、じゃじゃ馬すぎる。


「アタシらはここで見送りだ。せいぜい頑張ってきな、人間ども」

「お主らの武運を祈ろう」

「いってらっしゃいませ〜。また帰ってきて下さいねぇ〜」


 大将達と別れの挨拶を交わし武道場を後にする。

 そうしてストレインを迎えた俺達はまた、揃って長い廊下を歩き始めた。

 

 この城に来てから、俺にとっては長いようで短い時間が過ぎている。

 色々とあったが……目的に向けて有効に使えたはずだ。

 そして今日で二年。

 ついに、その日がやってきたのだ。

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