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77:女王陛下と三大将(後)

 ーーロンデミオン軍の拠城。


 巨大な城の中に存在する、寂れたとある一室。

 室内は薄暗いが、広い部屋の中には人が生活できるだけの最低限の備えはある。

 元々武道場であったこの部屋は現在、ある人間を監視するための場所として使われていた。


 ストレイン・アスガルド。

 さらりと流れる金色の髪に加え、美しく整った顔立ち。

 目の周囲に深い古傷はあれど、その美貌は異性を問わず魅了するだろう。

 比類なき剣技を操り、誠実な心で何事にも取り組む姿は、人々の心も強く惹き付ける。

 そうして主のため町のためにと奔走を続けた彼は、いつしか誰からも頼られる素晴らしい騎士になったのであるーー

 というのも、もう一年も前の話になるか。


 ロンデミオン軍の陸軍、その大将を務める一人のリザードマンが、広々とした武道場の中を歩いていた。

 微かな明かりに灯された武道場の奥の奥。

 そこには己の理性を制御できず本能のままに動く、ケダモノのような存在に成り果てた男、ストレイン・アスガルドの姿があった。

 手足には重い枷が幾重にもはまり、鎖に繋がれた姿で行動を制限されている。


 とはいえ、この男の実力からすればこの程度の枷は制限にもなっていない。

 ならば何故おとなしくーーそれには理由があった。 

 今のストレインは本来このような場所に意味も無く留まっていられる性質では無いのだが、唯一の例外といっていい存在ーーウェムラ・アキュラの手によってこの場に留まることを服従させられていたのだった。

 

 今までも度々ストレインの見張り役を買って出ている陸軍大将のリザードマンは、常に職務を忠実に全うし、これまで一言たりともストレインと接触したことはない。

 だが、この日は違った。


「調子はどうか」


 近くまでやって来るなり、唐突にストレインに話しかけたリザードマン。

 鎖に繋がれ俯いていたストレインは顔を上げ、ジロリと目の前の相手を睨んだ。

 左眼にかかる眼帯とは反対にあるその右眼は、血のように真っ赤だ。


「失せろトカゲ。殺すぞ」

「ふむ、その一方的な物言い……まさしく人間らしい。いや、今は魔物であったか?」

「……どうやら大した用も無いようだな……」


 ストレインがそう呟いた直後、室内に黒い魔力が吹き荒れ始めた。

 あまりの衝撃で四方の壁が悲鳴を上げるように大きく軋む。

 ミキ……と、亀裂の走る音が、ストレインの手足に繋がれた鎖から発せられた。


 ストレインの圧倒的かつ暴力的な魔力。

 そんな脅威を前にして、だが陸軍大将たるリザードマンはーー


「まあ待て」


 と、さして動揺すらせず落ち着いた所作で制止の声をあげた。


「ただの退屈しのぎだ。少しばかり付き合え、狂犬」

「ふざけるなよ……誰が貴様なぞ……」

「一つ尋ねたいことがあるだけだ」


 この城の中においてストレインの暴力に対抗できる者など一人しかいない。

 一歩間違えれば大惨事となりえるこの状況で、リザードマンは平然と話を続けた。


「女王陛下やお主の主君……名匠殿から経緯は聞き及んでいる。だからこそお主に問いたい」


 少しばかり思案するような素振りを見せ、


「今のお主は、いったい何の為に生きている?」


 リザードマンは恐れなく、眼前のケダモノに問うた。

 それは薄っぺらい禅問答のようなものではない。


 友を殺された恨み。故郷を焼かれた憎しみ。 

 そもそもそれ以前からストレインの中で膨らみ続けていた、負の感情。


 今のストレインが生きる意味とは、いったい何の為か?

 復讐の為か。

 ただ単に、抑えられない破壊衝動の為に、なのだろうか。

 魔人と化したストレインの心情は、本人以外誰にもわからなかった。

 

「……僕にとって生きる意味は一つだけだ」


 ややあって小さく呟いたストレインの声には、理性的な落ち着きが感じられた。

 リザードマンの問いかけが、奇特な生涯を歩んできたストレインという男の根幹に触れるものだったからかもしれない。

 ストレインはすぐさま澄ました表情を崩すと、邪悪ともいえる笑みを浮かべた。


「親愛なる我が主、アキュラ殿に害なす一切を斬り払うこと……それ以外のことなどどうでもいい。この世界に存在していいのはアキュラ殿ただ一人のみ。僕に光を与えてくれた、アキュラ殿こそが絶対だ。邪魔なモノはこの僕が壊して壊して……壊し尽くしてやる」

「……ほう」

「本来なら貴様ごとき今すぐ捻り潰してやるところだが……魔に堕ちたこの身も、何故かアキュラ殿の言葉の前では思うように動いてくれなくてな。フフ、さすが我が主……さすが我が主だ……。相変わらず、道理の枠から外れたお方だ……」

「なるほど。主君に仕える騎士としての矜持は、まだ欠片ほどは残っているようだな。安心したぞ、ストレイン・アスガルド」


 答えを聞き、満足気に頷いたリザードマン。

 ストレインに背を向け愉快に笑い声をあげた。


「お主、先ほど主君以外はどうでもよい、と申したな?」


 そうして再度ストレインの方に向き直ったリザードマンは、ストレインの真っ赤な眼をしっかりと見つめた。


「それは私も同じ。我ら亜人の為に尽くして下さる女王陛下こそ、私の生きる全てだ。その気高き御身の為ならば、この命いくら投げ打っても一向にかまわん」


 その言葉に嘘偽りが無いことは、ストレインにはわかった。

 他人の為に命を投げ打てる者。

 瞳の奥に垣間見えるその狂気の覚悟が、対峙するストレインには共感できるものであったからだ。


「だがな、そのために隣に立とうとする者が、荒れた獣のような粗暴者そぼうものではいかん。気品が求められるのだ、我ら従者にも。主の高潔さにふさわしい品位と風格がな」

「……何が言いたい」


 焦れたように聞き返すストレインに向かって、リザードマンはその大きな口をニヤリと歪めた。


「つまり、な。お主のような男は嫌いではない、ということだ。だから早く正気に戻れ。そしていつかお主が目を覚ましたあかつきには、武人として一度手合わせを願いたいものだ。『魔喰らい』……遠き地の音に聞きし、偉大なる英雄殿よ」

「……ふん」


 ストレインはなんとなく顔を逸らした。

 気に入らない。

 結局最後までこのトカゲ男の暇つぶしに付き合ってしまった。

 

「くだらん話だ。さっさと消えろ」

「そうさせてもらおう。ちょうどお主の主も来たようであるしな」


 その言葉とタイミングを同じにして、部屋の入り口の鉄扉が開かれた。

 中に入ってきた者の姿を見て、ストレインの濁った眼が輝く。


「アキュラ殿!」 

「ストレイン、今日も元気か? 今から一仕事行くぞ、お前の力が必要だ。付いてこい」 

「はっ! もちろんです! 


 快活な声とともに、バキャッと金属が破裂する音が響いた。

 自力であっという間に手枷や鎖を引きちぎったストレインは、歩いてくる主を出迎えるべくその場に膝をついた。

 その姿を眺めながらリザードマンは、


(ククク、まるで幼子のようだな)


 ーーと、声には出さないが、内心で愉快に笑った。

 確かにその本質は世を憎む破壊者であろう。

 だが本当は、純真で清らかな心もしっかりと持ち合わせている。

 早くこの男が己の闇を乗り越える姿を見たいものだ。


「ようこそ名匠殿。それでは、私はこれで」

「ああ、いつも悪いな。ご苦労さん」  


 事前に陛下から話は受けている。

 今日よりストレイン・アスガルドの身柄は名匠殿の好きにさせよ、とのことだ。


 ストレインの元までやってきたウェムラ・アキュラと一言だけ交わすと、リザードマンは部屋の出口に向かって歩き始めた。

 そうして鉄扉の前に着いた後、今一度振り返ってアキュラの後ろ姿を眺めた。

 

(名匠殿め……右眼の制御も、もはやお手のものであるな)


 この城に来た頃から、あの男は魔力のコントロールのために常に右眼を解放している。

 その右眼の邪眼が得意とするは幻惑。

 今見えているあの後ろ姿も、本物かどうか怪しいものだ。


(とはいえ……)


 毎日朝早くからドワーフ達と工房で作業を始め、空いた時間には魔力の鍛錬。

 さらには、自室でも夜遅くまで何かしらの作業をしているとの話も聞く。


(なかなかどうして……骨のある御仁よ。陛下が目をつけただけはある)


 あっぱれなり。

 そのひたむきな姿勢、ずいぶんと見上げた人間だ。

 彼に惹かれる同胞が増えているのも必定である。 


「……人間、か」


 リザードマンは微笑むと、それだけ言って視線を外した。

 どれ、たまには反人間派の過激思想をもつ亜人達をなだめに行ってやるか、などと中庸を自負する彼にしては珍しい思いで、武道場を後にしたのだった。




(あ〜あ……利用するつもりで近付いた私の方がまんまと利用されちゃってるわ……。ホント、大した男ね)


 城主であり亜人の軍団を束ねる女王、フィオーナは半ば呆れていた。

 ついさっきやってきた目の前にいる男に対して、である。

 

「アキュラ、本当に存在するの?」

「ああ。ここからだいぶ南に下った深い森林の奥地にいるはずだ」


 こともなげに言うアキュラからはかなりの自信が感じられた。

 この男、なんと明日からこのエストレアの地に伝わる伝承、その中で語られるような古来の魔物達を討伐しに行くと言っているのだ。

 どこにいるのか、本当に存在しているのか定かではないその実体も、どういうわけか正確に把握しているらしい。

 しかもーー


(その戦いに私も協力しろ、とはね)


 見返りは軍の装備や設備のさらなる性能向上。

 考えるまでもない。

 アキュラの持つ想像以上の腕前、モノづくりの職人としての異常性はこの一年間の帝国との小競り合いの中でしっかりと目にしている。

 今や世界でも最強クラスの軍隊になったはずの自分の軍が、更に強くなるなんて願ったりだろう。


 しかし引っかかる。

 強い邪眼を作るため、というのはわかった。

 だが、わざわざ危険を冒して強い魔物を狩る”別の”理由が他にもありそうだ。


(怪しさMAXだわね。いったい何を企んでいるのやら)


 とはいえ、この要求は呑まざるを得ない。

 要求の見返りと同時にアキュラが口走ったのは、こんな一言。

 ストレインがおとなしく言う事を聞くのは俺の言葉だけだぞーーと。

 これはつまり、わかりやすく言えば”脅し”であろう。


(ハッタリか……いえ、あの状態のストレインがアキュラだけに従っているのは事実。アレがこの城で暴れたら……流石にマズいのは確かよ。それにどんな理由があろうとも、話の上では私へのメリットが大きい)

 

 訝しむようにアキュラを見つめるフィオーナ。

 だが実のところ彼女の心は、アキュラからの要求がどんなものであっても呑むつもりであった。


「いいわよ。私も伝説の魔物、見てみたいわ」

「ありがたい。世話になりっぱなしで悪いな」

「それで?」

 

 何をすればいいのか。

 フィオーナはアキュラに尋ねた。


「お前の空間魔法第七スペル『テレポーテーション』は行ける場所に制約があるんだったな」

「そうよ。私が行ったことのある場所で、記憶に残るような目印があること。もしくは、私の魔力が込められた物……魔晶石とかを座標にできるわ」

「だったら多少歩く必要がありそうだな。ちょうどいい、その時に移動がてら魔物の特徴や弱点について詳しく話そう。お前だったらどんな相手でも対応できるだろう」

「簡単に言ってくれるわね。ま、できるけど。じゃあ準備とかはしなくていいのね?」

「大丈夫だ。全てこっちでやっておく」


 頼もしげにそう言うと、アキュラはほくそ笑む。

 その体からは、今のストレインにも似た黒い魔力がにじみ出ていた。


「これから俺やストレインの”眼”になってくれる魔物達だ……しっかりと討伐させてもらうぞ」

「アキュラ……アナタ……」


 聖気も邪気も併せ持つ、不可思議なオーラをまとう人間。

 そんなアキュラを見て、フィオーナははっきりと確信した。

 この人間は何かが違う。

 普通の人間とは何かが……。

 何が違うのかは、まだわからない。


(あるいはこの世界とは全く別のーー)


 空間魔法を使う自分だからこそ感じることもある。

 この世界とは別の世界が、この世には無数にも存在しているのではないか。

 それを匂わせるような大昔の文献だって事実発見されている。

 ならばこの男はもしかするとーー

 とはいえ、

  

(ま、正体が何だろうがかまわないわ)


 ウェムラ・アキュラ。

 アルカダ大陸の山奥で見つけた、モノづくりに情熱を懸ける者。

 だが住処を追われ、手にしていた物のほとんどを失ってしまった人間。

 しかしその内面は興味深く、面白い、なんともそそられるーー男。


 最近、ロンデミオン軍の内部においても種族間の意識に少しずつ変化が起きているらしい。

 人間と亜人の確執を越えてーーその原因となったのは、やはりこの人間だ。 


 フィオーナは目の前の存在に感心の眼差しを向けるとともに、同時に誇らしげ気持ちになった。

 自分の目に狂いは無かった。


「……フィオーナ? 変な顔して、どうした?」

「ううん。なんでもない。明日ね? ストレインのことは軍の大将達にも伝えておくわ」


 亜人が身を寄せ合うこの国を守り、人間と手を取り合えるような世界を作る。

 それこそが私の使命と思って生きてきたけどーー

 やっぱり間違ってはいなかったみたいね。 


「……って、待ちなさい。誰が変な顔よ!」

「あいた」


 叩かれたアキュラが頭をさすりながら文句を言う。

 そんな声を一切無視して、楽しそうに笑い続けるフィオーナの姿がそこにはあったのだった。


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