76:女王陛下と三大将(前)
うまく繋げられなかったので、前話を一部修正しました
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「なあ、アンタはどう思う?」
「ふぇ?」
雲一つ無い青天の空、極めて快晴のこの日。
いつのまにか話しかけられていたことに気が付いた人魚娘はビクリと身を震わせ、素っ頓狂な声をあげた。
話しかけていた半人半鳥の女は大きな溜息をつき、呆れた顔で口を開いた。
「なんだよ、聞いてなかったのかい? 相変わらずボケッとしてんねアンタは」
「す、すみませえぇえん……」
「今が何の時間かわかってる? ロンデミオン軍の将の一人として自覚はあんのかい全く……」
ぶつくさと文句をぼやく鳥女を横目に、恥ずかしさに頬を赤らめ申し訳なさそうに水面から顔を出す人魚娘。
その視界の先に広がる平野では、羽を生やし空を飛ぶ大勢の亜人達が武器を片手に激しく動き回っていた。
また、平野の横を流れている大きな川の水中でも、鱗やヒレの生えた様々な亜人達が緊張した様子で忙しなく動いていた。
亜人のみによって構成された軍隊、エストレア大陸を治めるロンデミオン軍。
その中で、それぞれ『空軍』と『海軍』を預かる立場の彼女達は本日、大勢の部下を引き連れて本拠の城から遠く離れた場所までやって来ていた。
目的は一つ。
それは、軍で定期的に行われる空軍と海軍による合同軍事訓練である。
各軍の大将であるハーピィとマーメイドのこの二人は、現場の監督役として訓練の指揮をとっていた。
「まあいいさ。もう一度言うぞ?」
空軍大将の鳥女は厳しい訓練の最中にある部下達に目を光らせつつ、地面に腰を下ろしあぐらをあいた。
「アンタは”あいつら”のこと、どう思う?」
「……あいつら……? ……ですか?」
川の水面から顔を出す人魚娘は、きょとんと首をかしげた。
そのあどけなさは、大将として海軍を率いているとは思えぬ無邪気なものである。
相手の察しの悪さに苛立った鳥女が声を荒げた。
「だからぁ……人間達のことだよ。ニ・ン・ゲ・ン」
「……人間……。あぁ〜! もしかしてアキュラ様やアイリスちゃん達のことですかぁ!」
手を合わせようやく合点がいった風の人魚娘に、鳥女はフン、と鼻を鳴らした。
「……あいつらがアタシらの城に来てからずいぶん経った。それでちょいとさ」
「とぉ、言いますと?」
「いやね、アタシんとこの部隊が人間大嫌いなの知ってるだろ? アタシも含めて」
「そうですねぇ。ハーピィさん達はアキュラ様方にいつも妙に突っかかってますよねぇ」
「……うぐ。なんか言葉にトゲがあるねアンタ……。まあいい」
鳥女は不機嫌に顔をしかめたまま、その者らの姿を思い浮かべた。
一年ほど前にロンデミオン軍の拠城に突如転がり込んできた数人の人間達。
女王陛下直々の客人とはいえ亜人だけの場所に人間がいるというのは、人間を嫌う彼女達ハーピィからすればそれだけで面白くない状況であった。
そのため一年経った今でも、城内では空軍の者らと居候の人間達との間に細かな諍いが多々発生していた。
だがーー、
「最近、ウチの連中の中にもあいつらと仲良くし出す者が増えていてね。軍の規律に乱れが生じてきてるのさ。どうしたもんかと思って」
「……何か原因が?」
「ん〜。まあ、分かりやすい理由はコレかね」
そう言いつつ鳥女が持ち上げたのは、穂先が三又に分かれた形状の槍、いわゆる三叉槍と呼ばれる物であった。
今の彼女が愛用する、彼女専用に作られた武器。
魔物の素材で組み上がったその槍は、どこか異質な存在感を放っている。
「人間の中でもあの男……あの職人の男が作る武器や道具の類いは文句無しだ。ウチの軍団内に配られた武器も量産用に簡単な作りにしてあるらしいが……戦果を見ればその有用性は明らか、さ。あれ以来、帝国との小競り合いでアタシのとこに戦死者が出たことは無いからね」
「わたしのところもですよぉ〜。すごいですよねぇ、アキュラ様」
ふにゃっと顔を緩め笑顔になる人魚娘。
口元に指を当て、考えるような仕草で鳥女の持つ槍に目を向けた。
「たしかその槍も、ハーピィさんの好みに合わせてアキュラ様がわざわざその形にお作りになったとかぁ」
「そうそう、そうなんだよ! なにやらアタシの好みに合わせて愛用の三叉槍の形に仕上げてくれたみたいでね。頼んでもないのにまあ、おせっかいな人間だよホント」
「あはぁ、うれしそうですねえ」
「バッ……べ、別に嬉しくなんかないさ! 何笑ってんだい、殺すよ!」
和やかに微笑む人魚娘に怒鳴りつつも、あたふたと慌てふためく鳥女。
その様子を気にして手を止めていた部下達に向けて鋭く睨みをきかせると、彼らはすぐさま顔を逸らし訓練を再開した。
ゴホン、と咳払いをした鳥女は、気を取り直して話を続ける。
「……と、ともかく。あの男のおかげで、アタシらは帝国との戦闘においては以前よりも格段に優位に立つことができているからね。そのことで感謝している奴はウチの軍にも多いのさ」
「なるほど〜。それで最近お城の雰囲気がほわ〜っとしてるんですねぇ」
「ああ。厨房で働く小娘が作る飯もとびきり美味いと城内で評判だし、少し前に陸軍に入団した王族崩れの小娘もそこそこ腕が立つようでリザードマンのおっさんも喜んでたよ。もう一人の人間とも言えない奴は、かなりヤバイ野郎だけどね」
「……ふふ、ハーピィさん。ずいぶんとお詳しいですねえ」
人魚娘がニヤニヤしながら鳥女の方を覗き込むと、鳥女はムスッとした表情で顔を逸らした。
「……たしかにあの人間達に利用価値があるのは認める。陛下がそのために連れてきたのも納得できる」
「でしたらぁーー」
「だが」
とそこで、鋭い声色で人魚娘の言葉を遮った鳥女。
一瞬の間ののち、険しい顔になった鳥女は再び声をあげた。
「だが、それとこれとは話が別だ」
譲れない思い。
強く言い放った彼女の瞳には、激情の色が浮かんでいた。
さきほどの弛緩した空気はとうに消え失せている。
「あいつらは人間だ。そして、人間はアタシの故郷を焼いた」
鳥女は空を見上げ、遠い何かを思い出すように呟いた。
そして再び人魚娘の方に向き直り、ギリッと奥歯を噛みしめた。
「人間という種族は許しちゃいけないんだよ。放っておけば、あいつらはまた平気な顔してアタシらに火を向ける。そんな奴らに心を許すなんて、愚か者としか言いようがないね」
「そんなことは……」
「アンタんところも”そう”だったろうが。アタシはむしろ、なんでアンタが平気なツラしてられるか不思議さね」
「……っ」
非難するような相手の言葉に、返す言葉を失う人魚娘。
その様子を見ておもわずバツの悪くなった鳥女は、乱暴に自分の髪を掻き乱した。
そうして乾いた溜息を吐いた後、
「ま、要はアタシの部隊にゃ再教育が必要ってことだな。うん、たるんでる。いいオモチャをもらったからって人間にほだされてるんじゃ亜人の名折れだよ。もうちょっと厳しくしなきゃね」
やれやれと肩の力を抜いて笑う鳥女。
そこまで言って話は終わりとばかりに、彼女は槍を片手に立ち上がろうとした。
すると、
「……しかたありませんねえ」
「ん?」
ふう、と深い溜息をついた人魚娘の様子に、鳥女は上げかけていた腰を留めた。
対する人魚娘の顔に浮かんでいた表情は、呆れ半分怒り半分といったところか。
「たしかに、人間嫌いの空軍の皆様がここのところアキュラ様達と親しくなられているのは、人間にほだされたというわけではなく彼の作る武器がとっても優れているからというのはあるでしょうね〜……でもでもハーピィさん」
相手に言い聞かせるようにして人指し指を立てている人魚娘の姿は、普段の抜けたような雰囲気が嘘のような佇まいだった。
「理由は、本当にそれだけだと思ってるんですか?」
「……どういうことさ?」
「あなたももう本当は分かってるはずですよぉ」
怪訝な顔をする鳥女に向けて人魚娘はニコリと笑った。
「わたし達のお城にいるアキュラ様方々は、”他”とは違います」
力強い意思のある言葉。
きっぱりと言いきる彼女のその瞳には、一切の迷いは無い。
「わたしも幼い頃から色々と見てきましたが、たしかに外の世界にいる人間は怖い人が多いです。帝国の兵隊さん達も恐ろしいですし」
「だったら……!」
「ですが。私達亜人の皆が憎んでいる人間の方々、それは一つのイメージだけで語っていい相手では無いのではないでしょうか? 少なくとも、アキュラ様たちは亜人だからなどと私達に石を投げるような人ではないですよぉ」
「……!!」
思わず口をつぐんだ鳥女に、かまわず人魚娘は話を続ける。
「女王陛下様がアキュラ様方をお救いになり城内にお連れになった理由……ただ利用価値があるからというわけでは無いとわたしは感じています。陸軍大将のリザードマンさんも同じような思いを抱いているはずですよ」
人魚娘はさらに一歩前に進み、水際に座る鳥女に近付く。
そしてこれが答えとばかりに、自信を以て口を開いた。
「人間に対してあまりにも偏った感情を見直す絶好の機会。これは、陛下様から私達に課せられた、亜人種すべての者が考えるべきことです」
そこまで言って人魚娘は少しだけ表情を緩め、
「大勢の部下をもつ軍の大将の一人として、視野が狭いというのは如何なものでしょうか?」
同じ軍を率いる者としての真摯な訴え。
今、彼女は同じ亜人として、人間を絶対悪とする鳥女の考えを真っ向から否定していた。
言われた鳥女は無言のまま、鋭い目つきで目の前の人魚娘を睨みつけている。
その周囲には今にも飛びかからんとしそうなほどの殺気が放たれていた。
大将同士の本気の争いーー張りつめた緊張感。
知らない間に訓練の手を止めていた大勢の部下達は、固唾を呑んでその状況を見守っていた。
すると、
「……フン。なかなか響くじゃないか」
ふいに呟いたのは鳥女の方。
彼女はスッと肩を落とし、小さく微笑んだ。
「まさかアンタに説教される日がくるとはね……アタシもヤキが回ったか」
鳥女は周囲に撒き散らしていた殺気を消し、諦めにも似た表情で自嘲した。
そんな彼女に対して、人魚娘はにへら〜と緩んだ笑顔を見せる。
「ええ、それはもう〜。気づいてます? お城の中で今もアキュラ様方に突っかかっているのは、一部の過激な人達とアナタぐらいなのですよ〜? もうほんとう、結構浮いちゃってて見てられないですよ〜」
「んなっ……!?」
「陛下もいい加減心配してますし。だからそろそろ素直になりましょ〜よ〜ハーピィさん。ね?」
「……ぐ、ぐぐ……」
川の水際から身を乗り出してくる人魚娘にぐいぐいと体を押される鳥女。
そんな彼女は嫌そうな顔をしながらも、一切の抵抗をしなかった。
相変わらず手を止めて遠巻きに様子を窺っていた軍の亜人達に対して「アンタ達! 何サボってんだい!」と一喝して散らすも、しかしそれが照れ隠しなのは誰が見ても明らかだった。
「……ま、まあ、アンタと陛下がそこまで言うんなら……アタシだってあいつらと仲良くしてやってもいいけど……?」
「ハア。まったく、頑固なんですから〜。本当はアキュラ様のこと、けっこう気に入ってるくせして」
「……!? バカ、誰があんな人間……」
「その槍、相当のお気に入りですもんね〜。毎日楽しそうに手入れして」
「だっ……や、槍には感謝してる! でも嫌いだ、あんな人間!」
「はいはい、わかりましたよぉ〜。そういうことにしといてあげます〜」
「〜〜う、うるさいっ! 調子にのるんじゃないよこの猫かぶりがっ!」
顔を赤くした鳥女が勢いよく羽ばたき人魚娘に飛びかかると、辺りに甲高い叫び声が響き渡った。
パシャパシャと跳ねた水に反射する太陽の日差しが、眩しく水面に輝く。
そこには、軍の立場も人間へのしがらみも関係ない、楽しそうにじゃれ合う二人の女の子の姿だけがあった。
訓練中のすべての亜人達が顔を見合わせその手を止める。
やれやれ、と。
自分達の軍の大将がこれでいいのかと疑問に思いつつも、そんな彼女達の微笑ましい光景を見て笑っているのであった。




