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75:方針

 重苦しい鉄扉の前で俺は足を止めた。

 ストレインが常駐……もとい幽閉されている場所まで辿り着いたのだ。

 

 今のあいつはフィオーナの命令の元、見張り付きでこの場所に押し入れられている。

 その手足には枷をはめられ、鎖によって壁に繋がれているような状態だ。


(とはいえストレインがちょっとその気になればそんな物、すぐに壊されてしまうだろうが)


 この城で今のあいつをまともに相手できるのはフィオーナくらいである。

 ゆえにこの処置はあくまで形式上のものに過ぎない。

 しかし、今はストレインが素直に従ってくれているからこそ成り立っている形であって、他の亜人達にとってはとても楽観視できる状況ではないだろう。

 過激な亜人達の集団におかしな動きが出る前に、なにか解決策を考えないとな。


 扉に手をかけ、俺はさっさと中に入った。

 元々武道場のような場所だったらしいこの部屋は中々に広い。 

 中に入ってすぐ隣には、今日の見張り役である陸軍大将のリサードマンが静かに立っていた。

 彼は武人としての矜持を重んじ、常に気配を抑え冷静に構えている。


「よう」

「……名匠殿、よくぞ参られました。今日は愉快な客人が一人、彼を尋ねて来ています」


 そう言いつつリザードマンが奥を指差すと、そこには地面に横たわるセレナの姿があった。

 その衣服は汚れ、ボロボロの酷い有様である。

 

「ぐっ……ス、ストレイン! もう一度よ!」

「セレナ殿。僕が言うのもなんですが、あまりグズグズしていると本当に殺してしまいますよ。正直、次で殺そうと思ってます」


 手足を鎖に繋がれ壁から数メートルしか動けないストレインが、棒切れを片手に冷ややかな視線を足下に向けた。

 あんな棒切れでもストレインが振るえば、簡単に人を殺せてしまうだろう。

  

(セレナめ……あいつまた……)


 少し前から、彼女はストレインに稽古をつけてもらおうとしてこの部屋に忍び込むことがあったのだ。

 その時にやめるよう厳しく忠告はしたはずなのだが……。

 あの馬鹿! さんざん釘は打っておいたのに……!


 俺は後ろを振り向き、なぜ止めてくれなかったと非難の目を向けた。


「私の立ち位置は中庸……。他の皆と同じように人間を憎んでいるわけではありませんが、かといって人間に対して肩入れするつもりもありません。敬愛する陛下の為に、それ以外の些事には興味がないのです。ご容赦いただきたい」


 陸軍大将のリザードマンは悪びれもせずそう言い放つ。

 まったく、このフィオーナ好き好きオジサンはどうしようもねえな。


 俺は短く溜息をつきとっとと前に向き直ると、急いで倒れているセレナの元に駆け寄った。


「あ、アキュラ……」

「おい、セレナ。いい加減にしろ。ストレインはもう以前のストレインとは違うんだ。あいつの言う通りこのままだと本当に殺されてしまうぞ。剣術の鍛錬にしてもあそこにいる陸軍大将さんとか、別の奴に頼んでくれ」

「い、嫌よ。私はシモンズに利用されているノアやお父様を必ず助けるわ。そのためにも、もっと力が必要なの!」

「……ちっ」


 分かってるよ、そんなこと。

 お前が大切な家族のために必死になって何かやろうとしているのはな。

 だがその気持ちが痛いほど分かるからこそ、こんな無茶はもうやめて欲しいのだ。

 俺はもう、仲間を失いたくはない。


「おい、ストレイン」

「はっ、アキュラ殿」


 相変わらず礼儀正しい所作でその場に片膝をつくストレイン。

 人間をやめようが鎖に繋がれてようが関係ない、俺の前ではいつも変わらない姿を見せてくれる信頼すべき相棒。

 そんなストレインの胸ぐらを俺は乱暴にぐいと掴み上げた。


「いくらお前でも、セレナを殺したら本当に許さんぞ」

「……アキュラ殿。申し訳ありませんが、そればかりは保証致しかねます。この衝動はもう、僕自身どうにも止められないのです」

「わかっている。けど、努力はしてくれ」


 魔人となったストレインは自身で理性をコントロールできない。

 エシュタル図鑑にある《*魔人リスト》に関しては後で詳しい説明をするが、魔人になったからと言って性格などが極端に変質するわけでは無いらしい。

 つまりこのストレインの姿はある意味本音そのもの。

 この男の心の奥底にこんな破壊衝動があることに、俺は気付けてやれなかった。


(色々なものから目を逸らしていた俺には見抜けるわけもないか……まったく、情けないもんだ)

 

 少し前までの自分を卑下し、だが俺はすぐさま気持ちを切り替えた。

 いまさら悔いてももう戻らない。

 今は前に進むために、為すべきことをするまでだ。


「アキュラ……怒ってる?」

「当たり前だ、本気で危ないところだったぞ」

「う、アイアンクローね」


 俺からのお叱りアイアンクローに身構えるセレナ。

 さすがにやりすぎたと思ったのだろう、その体は震えていた。

 そんな彼女の頭に向かって、俺は大きく手を振りかぶりーー

 そして、優しく手を置いた。


「……う?」

「いいか、セレナ。俺にとって、お前も、アイリスも、ストレインも。みんな必要なんだ。強いとか弱いとか関係ない。お前らの誰一人が欠けても俺は耐えられないんだ」

「……むむ」

「いずれお前にも頼みたいことがある。だからもう少し、自分の体を大切にしてくれ」

「……ふ、ふん。わかったわよ……アキュラがそこまで言うなら、もう無茶はしないわ」


 思いが伝わったのか、セレナはそっぽ向きつつも素直に俺の言葉に頷いた。

 まったく……これで少しは懲りてくれるといいが。

 ただ、彼女の熱意には俺も応えたい。


「でもな、剣術を鍛えるためにストレインと稽古するということ自体は悪くないと思う。時間のある時は俺が付き添うから、その時ならストレインの相手をしてもいいぞ」

「ホント!?」

「ああ、もちろんだ」


 ストレインほど剣技が秀でた奴も他にいないのは事実。強くなるための鍛錬としてもっとも効率が良いのは確かだろう。

 それに、俺と一緒に居る時のストレインは比較的おとなしくなる。

 いや”おとなしくできる”か。

 まあ何かあっても幻惑の魔眼でサポートすればいい。

 今は、本気で家族を思うセレナの気持ちも汲んでやらないとな。


 俺は倒れたまま喜んでいるセレナの体を起こしてやった。

 すると、


(あっ!)


 セレナ本人は気付いていないようだが、ボロボロの服の下からは彼女のみずみずしい生肌がちらほら顔を出していた。改めて見てみると、なんというかとても扇情的な格好だ。

 ……ごほん。

 見かねた俺は黙って上着を一枚かけてやる。セレナが不思議そうな顔をしていた。


 ストレインもリザードマンも一切興味はないのだろう。

 俺だけ動揺してんのがなんかすごく恥ずかしかった。


 軽い劣等感を覚えた俺は気を取り直すと、さっさと立ち上がってストレインの方に向き直った。

 

「それはそうとストレイン、また必要な素材が出た。この後フィオーナが迎えに来ると思うから、一緒に現地に向かって欲しい。他に試したいこともある」

「承知。かしこまりましたアキュラ殿。僕におまかせ下さい」


 俺からの指令がそんなに嬉しいのか、ストレインは機敏な動きで立ち上がり、目を輝かせながらその場に直立した。

 だが、


(……本当に大丈夫かな)


 魔人特有のドス黒いオーラを浮かべながら笑顔を見せるストレインが、ちょっとだけ怖かった。

 これがうわさの暗黒微笑ですか。そうですか。

 鍛錬鍛錬言ってた時も大概だが、やっぱりこいつは元からどこかイカれてるのかもしれんな。

 


 武道場を出てひとまずセレナを部屋まで帰した後、俺も自分の部屋に戻った。

 疲れにくい肉体だが、今日の一仕事を終えた後ということでつい溜息が出る。

 新しい生活環境にもずいぶん慣れた。

 種族の問題などはあるが、ひとまず平穏な日常を取り戻したと言っても過言ではないだろう。


(だが、こんなものは違う)


 俺は姿見に映る自分の姿に気付き、自身のその姿を深く深く睨みつけた。

 

 シモンズへの復讐。

 俺の胸中にある激しい怒りや恨みは、いまだ一向に治まることはない。

 こんなところで足踏みしているわけにはいかないんだ。

 さっさと次に進むぞ。


 やるべきことは大きく五つある。


 一つ。

 シモンズ操るコルダ王国の軍勢に対抗するための勢力を作り上げること。


 俺が作った武器を奪い、魔帝ノアや★8ヌエ・ラ・デリウスを手中におさめるコルダ王国はいずれ破竹の勢いで周辺国を侵略し始めることだろう。

 さらに巨大化していく奴らの勢力を前にして、少数ではロクに太刀打ちなどできるはずもない。

 そのためにフィオーナの国の軍力、そして他の大陸の戦力も取り込んだ新たな勢力を作り、対抗できるだけの準備を整えておかねばならないのだ。

 

(ふん、まるで陣取りだな)


 どの大陸も今のコルダ王国を警戒していないため、まだ手を出しにくい。

 その時になって各国に焦りが見え始めた時が、動くべき時だろう。



 二つ目。

 エシュタル図鑑の隠された機能を完全に解除するため、討伐数をコンプリートする。


 俺の作った道具で倒された魔物をカウントするエシュタル図鑑。

 その数が一定数を超える度に図鑑の機能が解放されていくようなのだが、今までの《*モンスター分布》や魔物の情報追加など、やはり神様から貰った能力なだけあって受けられる恩恵は凄まじい。

 戦況を優位に進める為にもこの機能はさっさと全解放したいところだ。

 


 三つ目も重要だ。

 それは、今のストレインを完全に制御することである。

 

 武力の無い俺にとっての生命線、ストレインの精神状態をコントロールする。

 魔人となった今のあいつはちょっとした爆弾だ。

 身体能力は以前よりもさらに上がっているが、あの破壊衝動は厄介極まる。

 なんとかできないか《*魔人リスト》から得られる情報を元に解決策を考えてみた。

 すると、ストレインをコントロールする術が無いわけでもなさそうなのだ。

 その辺りの可能性に当たりをつけ、なんとか方法を探っていくことになる。

 

 それに……あんなストレインの姿を俺はいつまでも見ていたくない。

 クマ吉だって同じように思うはずだろう。

 相棒として、早くなんとかしてやらなきゃな。



 四つ目は果たしてどこまでいけるか。

 俺自身の戦闘力強化だ。


(とはいっても今さら剣なんか振ったってしょうがないしな)


 神様に『製作の才能』はもらったが、『戦闘の才能』はもらっていない。

 というわけで俺の戦闘面における技能は並以下だ。

 だが身体能力は別。

 転生時に作り変えられたこの体は、体力も魔力も鍛えればかなり伸びるはず。

 つまり俺が強くなる近道は……、


(強力な邪眼を装備し、完璧に扱うことだろう)


 幻惑の魔眼クラスの能力なら相手がどんな強者でも通用するはずだ。 

 そのために俺個人に必要なのは、能力をより良く扱うための土台作り。

 ようは今ある魔力を鍛え上げることである。

 

(魔力さえあれば俺は戦える。もう、守られるだけの立場では無くなるんだ)


 それはあの時に嫌というほど痛感した。

 もうあんな無様を見せるわけにはいかない。



 そして五つ目、最後は……


「必ず、何か手はあるはずだ」


 俺は手の中に握っていたクマ吉の爪の欠片を見つめた。


 なんたってここはあの神様が俺を転生させた世界。

 俺を生き返らせたということは、方法自体は存在するかもしれないのだ。

 それにこんなファンタジーな世界なら、あったって不思議じゃない。

 

(蘇生……か。絶対に見つけ出してやる)

 

 エシュタル図鑑の中で再生効果の特性を持つ魔物はいても、蘇生までいくとそれらしい魔物は見当たらない。

 ならば人使魔法の中にその可能性があるのではと思ってフィオーナに尋ねてみたところ、『治癒魔法』という系統は存在するらしいのだが、その魔法を扱える者は世界に4、5人程度しか確認されておらず、そのどれもが第三スペルまでが精一杯とのことだ。

 基本的にこの世界はケガや病気には厳しい。

 死者の蘇生法も歴史上いまだ発見されていない。

 前世のゲームや漫画のように、回復魔法で「はい、復活」とはいかないのだ。

 

 だが俺の見立てでは、治癒魔法のスペルの中に『蘇生』という人智を超えた力が隠されている気がしてならない。

 問題点は、現状、治癒魔法の第十スペルまで扱える者が存在しないということだがーー


(一度、直にその使い手と会って話してみる必要がありそうだ)


 ある意味魔帝より希少とも言える治癒魔法の使い手は、もちろん所有するその国々が厳重に保護ーーという名の監禁状態にしているとのこと。

 その辺りもいずれ何か策を講じる必要があるだろう。


(待ってろよ、クマ吉)


 それに、無惨に殺されていったリュミエの町の人々も。

 俺は決して諦めるつもりはないからな。


 そうして俺は、俺のために用意された個室で今日も一人机に向かい作業を続ける。

 とにかくどの目的にしても強い力が必要だ。

 つまり一番優先するべきことはーー


(ターレット式の邪眼、その五つの枠を埋める強力な特性レンズの作成だ) 


 まずはストレインの両眼をターレット式に作り替える。

 そして空いたスロットを埋める特性レンズを製作していきーー

 幻惑の魔眼と同等以上の能力を、俺とストレインが手に入れること。

 目指すは魔物ランク★8〜10の上位勢、その討伐だ! 


 己を鼓舞するべく手を振り上げた俺は、すぐに作業に取りかかった。

 やることは膨大だが、復讐に燃える俺には生ぬるい。

 なんとしてでも成し遂げるぞ。


 そして月日は流れていく。

 こうして、俺の第三の人生が幕を開けたのだった。

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