74:それぞれの
「アキュラ。コルダ王国がついに、北のコルビニア大陸に向けて進軍を始めたようだわ」
「そうか」
亜人国家、ロンデミオン。
女王であるフィオーナの居城、その中にある巨大な工房内の開発室にて。
転移してきたフィオーナから他大陸の近況を聞きつつも、俺は机の上で淡々と作業を続けていた。
「あら? ずいぶんあっさりしているわね。気にならないの?」
「今は気にしたってどうしようもないからな。やらなきゃいけないことを急ぐだけだ」
「ふうん?」
不思議そうに首をかしげるフィオーナを横目に、目の前にある加工済みの素材を次々と組み立てていく俺。
ちなみに今作っているのは、完成後にロンデミオン陸軍内に配備されることになるであろう、俺特製の剣や槍などの様々な種類の武器だ。
もちろん全て魔物の素材からできている。
「なんじゃい、マスター。陛下の仰る通り、いやに淡白だのう」
とそこで、広い工房内を見回っていた技術部隊の隊長ドワーフが乱暴に開発室の扉を開け、俺達の元に寄って来た。
彼はフィオーナの素の顔を知る、数少ない者の一人だ。
「そろそろそのマスターというのはやめてくれドワーフの爺さんら。こっぱずかしい」
「何を照れておるか。ワシらが人間から教えを乞うというのは相当なものじゃぞ。胸を張らんかい」
多少照れくさいというのもあるが……。
可愛い女の子に「マスター♪」と言われるならいざ知らず、髭面の爺さんらに言われてもまるで嬉しくないのである。
俺の苦情を無視しつつ豪快に笑い飛ばす部隊長ドワーフ。
隣でフィオーナが笑い、やれやれと俺が肩をすくめていると、ふいに部屋の扉が叩かれた。
「申し訳ないマスター殿。いま少しよろしいか? この新型『EE』のワーム接合部に関してなのじゃが……」
扉を開け中に入ってきたのは、別の部屋で作業をしているドワーフだ。
ただ一見すると、部隊長ドワーフとそっくりで双子かと思ってしまう。
ほとんどのドワーフに言えることだが、皆、同じような格好で同じような髭面なため見分けがつきにくい。この城に来てから多少経つが、いまだに慣れないものである。
「ぬ……これはこれは陛下。今日も見目麗しいですのぉ」
「諸君らもご苦労」
「こちらには視察で?」
「ああ。存分に励め」
フィオーナはすっかり姿勢を正し、毅然として対応している。
大した変わり身だ。
城の中じゃ色々と大変だな、彼女も。
(どれどれ……)
俺はドワーフが持ってきた製作途中の『EE』ーードワーフ製の”邪眼”を手に取り、さっと全体を眺めその出来を確認する。
「及第点……だな。だが、外殻部の作り込みがまだまだ甘い。それとミネキシワームの切り口が微妙にズレている。これじゃ寄生虫が再生する可能性を完全に拭いきれないぞ。やり直しだ」
「かぁ〜、ダメですかい。ほんとうに難しいですのぉ」
「まだ序の口だ。次の工程は最も重要な『特性レンズ』を作るところだからな。道は遠いぞ」
「たはぁ〜……」
がっくしと肩を落とし溜息をつく邪眼開発担当主任のドワーフ。
両手を上げ頭の上でバッテンを作ると、部屋の外から中を覗いていた同じチームのドワーフ達が落胆の声をあげていた。
部屋から出て行くドワーフの落ち込んだ背中を眺めつつ俺が苦笑していると、すぐ隣で部隊長ドワーフがううむと唸り声をあげていた。
「邪眼、か。とんでもないモンじゃ。よくこんなものを思いついたの」
言いながら部隊長ドワーフは俺の右眼に視線を向けてきた。
「しかしそれにしても、いったい何者なんじゃお主は? モノづくりに長けたワシらドワーフ族がひと月以上経ってもろくに習得できんほどの技術を……こうもたやすくのォ。正直ワシらはお主が本当に人間なのかぶっちゃけ疑っておるよ」
「……人を化物みたいに言うんじゃない」
人間だってやるときゃやるんだよ。
とはいえ、俺の場合は少し反則か?
「……よし。一通り完成したぞ」
そんなこんなで作業を終えた俺は、机の上を手で払い椅子から立ち上がった。
「今日のノルマはこのくらいでいいか? 量産しやすいよう性能を抑えて簡易な作りにはしてあるが、耐久性は確保してあるし切れ味も問題ない。それに組み入れた魔物の特性もしっかり発揮できるはずだ。これならドワーフの皆でも比較的ラクに製造できるだろう」
「十分よ。お疲れ様、アキュラ」
「ぐぬぅ……。ワシらも認めとるとはいえ、まさか人間からモノづくりの腕前で情けをかけられるとはの……」
悔しそうに呻くドワーフを背に、俺はフィオーナに魔物の素材が足りないことだけ伝えると部屋を後にする。
工房で作業している大勢のドワーフ達に軽い挨拶を交わしながら、そのまま工房の外に出たのだった。
フィオーナが治める国に来てから1ヶ月以上経つ。
俺達は相変わらずフィオーナの居城で世話になっていた。
ここに連れて来たフィオーナが俺に望んだのは『自軍の装備や技術水準を引き上げて欲しい』ということだった。
このエストレア大陸は、海を隔てた北に位置するグランディア大陸、そこを統治しているゼラ帝国から度々侵略行為を受けている。
より優位に対抗するためにも俺の力が欲しかったのだろう。
約束通り彼女に協力する俺は毎日ドワーフ達の働く工房に向かい、今ある武器の改良や開発をしたり、邪眼の製作法などを指導しているわけだ。
最初はドワーフ達から舐めた態度などをとられたりもしたが、数日もすると俺の腕前を見て認めてくれた。嬉しいことである。
(……まあ、あくまでこれはフィオーナに対する恩義への報い。ある程度手伝いが終わったらそこまでの関係だがな)
だがいずれ、『俺の目的』のためにもフィオーナの協力は必要になる。
その為にも、彼女からの信頼は得ておくべきだ。
とそこで、長い廊下を歩いていると見知った顔を見つけた。
今日はいつものポニーテールでは無く、両サイドの髪をくくってツインテールにしているようだ。
エプロンを着けたアイリスが、窓から顔を出して楽しそうに外にいる誰かと喋っていた。
近くまで寄ってみると、向こうもこちらに気付いたようだ。
「アキュラさんっ! お疲れ様ですっ」
「よう、アイリス」
「あっ、あっ。ど、どうもアキュラ様ぁ」
「海軍の大将さんも一緒か」
外を覗くと、中庭にある大きな池からマーメイドの娘が顔を出していた。
水で生活する人魚達の生態上、露出が多い格好なので少し目のやり場に困る。
「今ですね、海軍大将さんに今日の献立のリクエストを聞いていたんですっ」
「ほう。相変わらずアイリスの作る料理は評判がいいな」
「も、もお〜。お二方、恥ずかしいので『大将』はやめて下さいぃぃ」
顔を真っ赤にした人魚娘がぷるぷると震えている。
たれ目がちで気弱な雰囲気の彼女は、会うといつもこんな感じだ。
だが、これでもロンデミオン海軍のトップっていうんだから侮れん。
基本的に亜人達は人間を嫌っているようだが、中には友好的な者もそこそこいる。
モノづくりにしか興味のないドワーフや、おとなしい気性のマーメイド達にはこういった者が多い。
この城に居候している俺達人間にとってはありがたい存在である。
「この後ストレインのところに行くつもりだが、何か伝えたいことはあるか?」
「う〜ん、そうですね……。あ、じゃあ今日何が食べたいか聞いてもらえませんか?」
「そんなことか。了解した」
「あ、えっと……それと、アキュラさんは?」
「俺か? 俺は別になんでもいいよ」
「……! もうっ!」
なぜそこで膨れるんだ。
アイリスの料理はどれも美味しいから、なんでもいいというのは俺的には褒め言葉のはずなのだが……。
(しかし……)
元気な彼女の笑顔を見ると相変わらず癒されるな。
この城に来たばかりの時はアイリスの精神状態が気がかりで仕方なかったが、全て杞憂だった。
彼女は自身の料理の腕を存分に発揮し、厨房の一員として立派にやっている。
持ち前の明るい性格から、友好的な亜人達の評判も良いと聞いた。大したものだ。
話もそこそこに、俺は二人と別れ再び廊下を歩き始めた。
巨大な城の中、目的の場所までまだ距離はある。
(多くの亜人が活動しているとはいえこの城は無駄にでかいな……。改善を要求したいところだが……ん?)
居候の身で文句をつけつつ俺が歩いていると、前方から大きな足音が響いて聞こえてきた。
その気配から誰かを察した俺は、思わず溜息をつく。
(ドワーフの爺さんらや海軍大将さんみたいな亜人ばかりなら話は簡単なんだがな……)
だがもちろん、この城にはそうでない者の方が圧倒的に多い。
視線の先。
歩いている長い廊下の向こうから、ぞろぞろと人影が近付いてくる。
その先頭には、剣呑な雰囲気をかもし出したハーピィの姿があった。
つり上がった目に体を覆う羽毛、野性味あふれる格好がよく目立つ。
大勢のハーピィ達を従える彼女は、この城の空軍の大将だ。
「おや……」
すれ違いざま、空軍大将が足を止めると後ろの集団も一斉にその場に止まった。
そうして先頭の彼女は俺の方を睨みつけ、不愉快そうに顔を歪めた。
「人間……アンタまだいたのか。陛下のお気に入りだか知らないが、あんまりちょろちょろしてると怪我だけじゃ済まさないよ」
「……相変わらず嫌われたもんだな。俺が人間だからか?」
「ハッ、当然だよ。アンタ達人間はアタシらにとっちゃ憎い敵さね。許すつもりはない」
こいつの過去に何があるのか知らないが俺に当たられても困るんだが。
声に出して気持ちも乗ってしまったのか、ハーピィの集団はそのまま敵意を剥き出しにして俺の方にじりじりと詰め寄ってくる。
世話になっているフィオーナの城で騒ぎを起こすわけにはいかない。
さて、どうしたものかーー。
「おやめ下さい、空軍大将様。それにアキュラ様も」
一触即発の空気の中、突如どこからか声がした。
俺とハーピィの間に割って入ったのは、黒髪褐色のダークエルフ、フィオーナの秘書のネルネであった。
いつの間にいたのやら。
彼女の冷たい視線が、対立していた俺達を非難するように睨みつける。
「……フン! 白けた、行くぞ」
ネルネに臆したわけでは無いだろうが、空軍大将のハーピィは取り巻きを連れてさっさとどこかへ行ってしまった。
どうやら助けられたようだな。
「すまんネルネ。恩にきる」
「……別にあなたの為ではありません。全てはフィオ様の為。あなたも、恩などと言わず気にしなくて結構です」
それだけ言うと、ネルネは素っ気なくその場から去っていった。
直接聞いてはいないが彼女も人間に対して何かしらの強い感情があるとのこと。
亜人と人間、なんだかなぁ。
俺はやれやれと思いながら、ストレインがいる場所に向かい足を進めたのだった。




