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73:二年前のあの日から

 アルカダ大陸、コルダ王国。

 その影に潜む秘密組織シモンズの陰謀により、俺、ウェムラ・アキュラが暮らしていた町は襲撃され壊滅した。

 様々な紆余曲折を経て命からがら逃げ延びた俺は、まだ見ぬ新たな地に足を踏み入れたのだったーー

 

ーーーー

ーーー

ーー



「ここは……」


 浮遊感を感じた直後に視界に映っていた景色が変わり、地を踏む感触が足の裏に強く伝わってくる。

 燃え盛るリュミエの町から無事に転移し、なんとか脱出できたようだ。

 だが一秒前とは全く違う景色を目の当たりにして、俺は少し戸惑った。

 すぐさま辺りに目を凝らす。


 どうやらここは室内のようだ。部屋はあまり大きくない。

 足下には大きな魔方陣……転移用の部屋なのか?

 石造りの建物で、綺麗に切り分けた石を丁寧に積み上げて建築されている。

 表面を見るに年季を感じさせる、建物自体は古いと見受けられるが……、


「……ふう、無事に帰ってこれたわね。お疲れ様、アキュラ。それにアナタ達も」


 俺があれこれ考えていると、後ろから声がかかった。

 リュミエの町で窮地に立たされた俺達を救い、ここまで導いた人物。

 世界屈指の魔法使い『十魔帝』の一人、フィオーナ。

 杖を下ろした彼女が、振り返った俺達に向かってニコッと笑っていた。

 

「……あのっ、フィオーナさん、これは……」

「もう大丈夫よ、アイリス。ここは私の城の中、何も心配いらないわ」

「私達……ホントにあの町から移動したの……?」

「ええ。セレナ、私の『家』にようこそ。歓迎するわ」


 俺と同様、戸惑いを隠せない様子のアイリスとセレナを安心させるようにフィオーナが言葉を返した。

 どうやらここがフィオーナの言っていた国の中なのだろう。もう安全なようだ。

 俺達は深い安堵のため息を吐き、強張っていた肩を撫で下ろした。


「フィオーナ、俺達は今どの辺りにいるんだ?」

「後で詳しい話はするけど……ここはエストレア大陸よ。わかるかしら?」


 ……確か……。

 俺はすぐさまエシュタル図鑑を起動させ、メインメニューの《*モンスター分布》を開き世界マップを確認した。


 エストレア大陸。

 七つある大陸の中でも一番小さな大陸で、四方を他の大陸に囲まれたように広大な海の真ん中に存在している。

 前世の地球での地形と似たこの世界で例えるなら、オーストラリア大陸がそれに当たるか。

 自分が立っている場所を確認し納得した俺は、頭の中の図鑑を閉じた。

 

「とりあえず今は休息をとりましょう。アナタ達もすでに限界でしょうし」


 フィオーナの言葉に頷き、俺は地べたに倒れたままだったストレインを担いだ。

 うぐ、キツい。


「……悪いけど、ストレインには縛りつけた状態で休んでもらうわ。今の彼、目を覚ました時に何をするかわからないから」


 ちらりと表情を曇らせたフィオーナは、なにか苦い記憶を思い出したかのようだった。

 かく言う俺も気を失ったまま眠っているストレインを見て、フィオーナの言葉に異を唱えるつもりは全くなかった。

 リュミエの町で黄金兵と戦っていたストレインの姿を思い起こす。


(ストレインはもう……以前とは何かが違う……)


 《魔人リスト》。

 クマ吉が殺された時、ストレインの様子が豹変すると同時に現れた新たなワードだ。

 増えた図鑑の謎の一つ。

 まだ確認してはいないが、その中にストレインの名前があるのは確実だろう。

 

(人と魔人。いったい何が違う……? 何が変わったんだ?)


 とりあえず今わかることは一つだけ。

 闇っぽい何かに堕ちたストレインが、目を覚ました後に何をするかわからないということだけだ。

 このままストレインの身を自由にさせておくのは危険すぎる。

 今はフィオーナの言う通り、心苦しいが目を覚ますまでは拘束しておくしかないだろう。


(魔人リストに関しても、皆と別れた後にしっかりと調べなければな)

 

 とにかく今は身を休める時だ。

 見ると、俺達にはいつも余裕だったフィオーナの、エルフ特有のその長い耳がへたっと下を向いていた。

 いかに魔帝といえども、彼女ももはや限界寸前なのだろう。

 

 すると、

 

「お帰りなさいませ、フィオ様」


 カツーン、カツーン……。

 部屋の先にある出口に続いた階段から、降りてくる足音とともに若い女性の声が響いた。

 直後に姿を現したのは、フィオーナと同じような長く尖った耳に艶のある黒髪を揺らし、黒のタイトな服装できめている、そしてなんといっても褐色の肌が目を引くエルフの女性だった。

 厳しそうな雰囲気からくる印象が、まさしく社長秘書って感じだ。

 そんな彼女の腕には、白を基調にした上品なドレスがかけられていた。


(いや、エルフ? なにか違和感が……)


 フィオーナと見比べても、似てはいるがどことなく独特のオーラを感じる。

 エルフ……褐色の肌……黒……。

 前世の創作物知識に照らし合わせて考えるなら、これはいわゆるダークエルフというやつか?


「あら、ネルネ。ただいま」

「はい。お疲れ様でした。そしてさっそくですが、もう一仕事お願いします」

「えっ」

「大講堂にて、帰還した軍部の皆様がお待ちです。お召し物のご用意はできておりますので、このまま着替えてすぐに登壇して下さいませ」

「……ハード……ねぇ……」


 テキパキと澱みない口調で続ける彼女に、フィオーナが遠い目で答えている。

 あっ。

 雰囲気だけじゃない、これはマジで秘書だ。それもキッツいやつ。


「アキュラ、アイリス、セレナ。紹介するわね」

「初めまして。フィオ様の専属秘書を務めております、ネルネと申します。以後、お見知りおきを」


 ネルネと名乗る女エルフがフィオーナの言葉に続いて頭を下げ挨拶をした。

 なので俺達も自己紹介をしようとしたのだが……。

 彼女はさっさと身を翻しフィオーナの世話に戻ってしまった。

 どことなく素っ気ない態度である。


「んもう、ネルネ。二人のときはその言葉遣いやめてって言ってるでしょ」

「そういうわけにもいきません。特に、お客人がいらっしゃる前では。それにこれでもかなり譲歩しているのですよ? 本来であれば貴女様と私ごときが対等に言葉を交わすなど……」

「ったく固いんだから……。はいはいわかったわ、もういいわよ。着替えるわ」


 そうこうしていると、ネルネの手にしていた白のドレスを受け取ったフィオーナが俺達に向けてくるりと背を向けた。

 この部屋を出て着替えてくるんだろうな。

 肩に担いだストレインが重いが仕方ない、着替え終わるまでここで待ってるか。

 などと俺がのんびり考えていると、いたずらっ気満々な笑みでこちらを振り向くフィオーナと目が合った。


「うふふ……? アキュラ、私の誘いを受けてくれたお礼よ。さ、どうぞ」

「……なんだ?」


 俺に背中を向けたまま、ボロボロになっていたローブに手をかけるフィオーナ。

 すると(?)、俺の目の前で突然服を脱ぎはじめたのだ(!?)。

 はらり、と彼女が着ていた服が静かに床に落ちてゆく。

 

 真っ白にも見える美しい肌が、薄暗い部屋の中で燦然と輝いて見える。

 綺麗な背筋と形の良いお尻が髪の隙間にのぞき、その抜群のスタイルがこれでもかと視界に入ってきた。

 今までローブで隠されていたフィオーナの生の体、とても艶かしい。

 細い背中越しからはみ出た横乳が見え、あ、けっこう大きいんだな、胸。

 うーん、なるほどね。うん!

 あ、えっと、それから……、 


「ってダメー! アキュラさん、ダメですっ、目を閉じて下さい!」

「こらぁアキュラ! やっぱりあなた、い、い、い、いやらしいことばっかり考えて! このヘンタイ! このケダモノ! このっ! このっ!」

「うおお!?」


 ぐあっ! 目がっ!?

 左右から女の子が二人がかりで俺の目を潰しにかかってきた。

 ストレインを担いでいるせいで防御ができない。

 痛みに耐えかねた俺はその場で身悶えする。


「や、やめるんだ、二人とも」


 俺が望んだわけじゃない! これは不可抗力なんだ!

 だが必死の訴えもむなしく、なおも二人からの不当な目潰しは続いた。

 セレナに至ってはもう一方の手で俺の腹を殴りつけてやがる。ぐは。


「もうっ、フィオーナさん!」

「あはは、ごめんなさいねアイリス。アキュラの反応が面白くてつい……あはは」


 笑いながらさっさと用意された正装に着替えていたフィオーナは、アイリスとセレナから暴行を受ける俺を眺め愉快に腹を抱えていた。

 くそ……覚えてろよ、フィオーナ。

 彼女の頬が赤く染まってはいたが、羞恥のものか笑いすぎただけなのか判別はできなかった。


「フィオ様? 貴女様の御身は軽々しく人目に触れていいものではないんですよ? ちゃんと自覚していらっしゃいますか?」 

「はひ……ごめんなさい……」


 そんなフィオーナも、割と本気の目をしたネルネに睨まれて情けなく固まっていたのだった。

 ダークエルフ、恐るべし。




「アナタ達、休みたいのはやまやまでしょうけど最後に少し付き合ってちょうだい。見ているだけでいいから」


 ハリウッド女優さながらのドレス姿で前を歩くフィオーナが、長い廊下の途中にある扉の前で足を止めた。


「皆にはこれからここに滞在してもらうのだから隠したってしょうがないわね。すぐにわかってしまうことだもの」

「何を見せてくれるんだ?」


 転移してきた部屋を出て階段を上った後、そのまま後ろを付いてきた俺達としては彼女の言葉に従うほか無い。

 別に逆らいたいわけでもなし。


「私の本当の姿を見せてあげる」


 そう言って扉を開けたフィオーナに続いてネルネが、そして俺達も中に入った。

 暗い。

 目の前には小さな段があり、その先から眩しい光が差し込んできている。

 まるで舞台の裏側のような場所だと思った俺は、そういえばさきほど講堂だと言っていたなと思い出した。仕切りの向こうからは、大勢の者達の喧騒が聞こえてくる。


「それではフィオ様」

「ええ」


 キリッとした顔で返事をするフィオーナ。

 見ると、さっきあれだけへたっていた耳がピンとしていた。

 彼女とて相当疲弊しているというのに……流石と言うべきだろう。


 感心しつつも、俺は担いでいたストレインを一度地面に下ろす。

 重いからな。

 すると舞台に上がる直前で、フィオーナが俺の方をじーっと見つめてきた。

 なんだ?


「……笑ったら殺すからね」

「は?」


 ぶっきらぼうにそれだけ言うと、彼女はさっさと舞台に上がっていった。

 何のことだ、いったい?

 俺達はネルネの誘導の元、舞台の脇にある幕の陰から講堂の様子を覗き見た。

 するとーー


「諸君! 今帰った!」

 

 ステージの中央。

 フィオーナが大声を張り上げ、手にしていた杖を勢い良く地面に突いた。

 カンッ、という音とともに、あれだけうるさかった講堂内の喧騒がピタリと止んだ。そしてその直後、


「陛下!」「陛下のご帰還だ!」

「女王様ァ!」


 トカゲの顔をした者。緑の肌に小鬼のような体躯の者。

 フィオーナと同じようにエルフの者もいれば、狼男と呼べる見た目の者まで。

 様々な者が、現れたフィオーナを讃えるように大喝采を上げた。

 広い大講堂の中では、人間では無い種、いわゆる亜人と呼ばれる者達の大勢が、武器を片手にひしめき合っていたのだった。

 そのあまりの光景に俺は圧倒され、息を呑んだ。


「先の帝国との一戦、ご苦労であった!」


 フィオーナが敬礼のポーズで声を上げると講堂が一斉に静まり返り、皆が同様に敬礼の姿勢をとった。まるで統制のとれた軍隊のようである。

 すると、集団の先頭に立っていたトカゲ顔の者が、一歩前に出て恭しくその場でひざまずいた。

 その姿をじろりと睨みつけたフィオーナは杖を鳴らした。


「まずは報告を」

「はっ! 我らリザードマン部隊率いるロンデミオン陸軍、上陸してきた帝国兵と一戦交えるも、その被害は軽微。Aラインより先は侵入を許しておりません」

「結構」


 軍人のようにハキハキと戦果を報告するリザードマンの男。

 その隣にいた半人半鳥の女も、すぐ後に続くように跪いた。 


「次はアタシらね。ハーピー部隊率いるロンデミオン空軍、帝国兵どもの上空から急襲・攪乱を繰り返し戦場をコントロール。ついでに後方に控えた魔法士集団を狙い撃ち、陸軍を支援しました」

「素晴らしい働きだ」


 満足げにフィオーナが頷いている。

 すると、講堂の真ん中になぜかある小さな池が突如波打った。

 水面から顔を出したのは、尾ヒレが特徴的ないわゆる人魚であった。


「さ、最後はワタシです。マーメイド部隊率いるロンデミオン海軍、敵の船をことごとく罠にかけ妨害。いつものように沈まないギリギリまで船を滅多打ちにしてやりまして、相手の早期撤退を促しましゅた! あっ!?」

「……ご苦労」


 妙な間を置いてフィオーナが労いの言葉をかけた。

 途中で噛んでしまった人魚っ娘は恥ずかしそうに顔を赤らめている。

 軍隊のように厳しいこの集団にも、どうやらドジッ娘はいるようだな。

 安心したぞ。


「ワシらドワーフ技術部隊からも報告を」


 背の低いヒゲ面の男達が集団の隙間からずいと前に歩み出た。 


「改良した『EE』試作タイプ、陸軍の協力を得て実戦投入するも、その成果は見込みの30パーセント程度。やはり再現以上となると今ある情報では厳しゅうて厳しゅうて。なかなか難儀しとりますわい」

「それについては朗報がある。明日以降になるだろうが、後で追って連絡しよう」

「ほう? 陛下よ、まさか……ついに『マスター』が……?」

「フフ、楽しみにしているがいい」


 なんの悪企みをしているのか、フィオーナとドワーフが互いにほくそ笑む。

 それを見た俺の背筋にぞわっと妙な感覚が襲ったのだった。

 

 報告も一通り終わったのか、白いドレスで着飾ったフィオーナが一歩前に出た。


「諸君らのおかげで今日もまた、我ら亜人種の楽園、エストレアの地は安寧を保たれた! ここに居る皆と、なにより戦場で散っていった同志達に、最大の賛辞を」


 ウオオオ、と大講堂いっぱいに割れんばかりの歓声が巻き起こる。

 叫びを上げる者達のほとんどが、心からフィオーナを敬いその姿に心酔していることが見てとれた。

 圧倒的なカリスマ。

 これが十魔帝の一人フィオーナの、もう一つの真の姿なのだろう。


(……笑えるかこんなの)


 なんだこれは。撃鉄を起こせ的な?

 いつものフィオーナどころでは無い。

 誰だお前、状態である。

 一国の王であることは薄々分かっていたが、いざその姿を見せつけられると驚き以上の衝撃を受けざるをえなかった。

 雰囲気に飲まれてこっちまで跪いてしまいそうである。


「種族は違えど我らは家族。そしてこの地は守るべき我らの家だ。ならば王たるこの私、フィオリテシア・ハイエン・アルヴァジーナはこれからも諸君らの為にこの身を尽くすことを誓おう。ゆえに諸君らも、我らの守るべき家の為、家族の為、なによりこの私の為に、今以上によりいっそう励むことを期待する。以上だ」


 そうして締めくくったフィオーナが舞台を下りた後も、溢れる大歓声は一向に止む気配をみせることはなかった。




「……あ〜、だる」

「お疲れ様でした、フィオ様」


 舞台から下りてきた途端に肩を落とし気怠げに呟くフィオーナ。

 こっちが本音の顔だと分かってはいても、さきほどの衝撃で俺もアイリス達も気軽に声をかけることができなかった。

 フィオリテシア・ハイエン・アルヴァジーナ。

 それが女王としての彼女の本当の名前なのだろう。


「ネルネ。どこを使ってもいいから、誰にもバレないようにアキュラ達を匿ってあげてちょうだい」

「すでにご用意できております。……とはいえ、くだんのアキュラ様以外にも、これほどの人間がお越しになるとは思ってもいませんでしたが……」


 露骨に顔をしかめたネルネに、フィオーナが苦笑いをする。


「そんな顔しないの。ほら、早く。お願いね」

「フィオ様は如何なされるので?」

「まだやる事が残っていたわ。それだけ済ませてくる」


 暗い舞台の裏を歩き、入ってきた扉に向かうフィオーナ。


「それじゃアキュラ、またね。アイリス達も」

「お、おい、フィオーナ……」

「アキュラ様。それとそちらのお二人も。こちらへ」


 ひらひらと手を振り一人先に出て行ってしまったフィオーナに困惑していると、ネルネが案内をしてくれる。

 どうやら俺達は別の出口から出ていかなければならないようだ。

 俺は再びストレインを担ぎ、彼女の背中を追う。


「フィオーナさんっ……やっぱりすごい人だったね〜」

「なによ、どうなってるの?」


 後ろではアイリスとセレナがそれぞれ無邪気な感想を述べていた。

 そうして俺達は案内の元、舞台の裏を通り抜け、入ってきた側とは反対にある扉から出た。

 そしてそのまま長い廊下を歩き、しばらくすると見えてきたいくつかの扉の前で、割り当てられた部屋に入るよう指示される。

 アイリスとセレナが同じ部屋で俺は一人別の部屋。男女別のようだ。 


「アキュラ様がお担ぎになられているそちらの方は申し訳ありませんが、私共の手で拘束し一時隔離させて頂きます」

「頼む。……だが、わかっていると思うがストレインは俺の大切な仲間だ。勝手な真似をすれば……」

「承知しております」


 淡々と答えるネルネに、俺は溜息をつく。

 なんともやりづらいな。

 するとどこからか現れた屈強なケンタウロスが俺の代わりにストレインを背負い、軽い会釈をするとどこかに連れて行ってしまった。

 本当に大丈夫だろうか。


「くれぐれも勝手に部屋から出たりしませんようお願いします。他の者に見つかったとき、面倒なことになりますので」


 パタリ。

 有無を言わさぬ様子で部屋の中に押し入れられ、扉が閉められた。

 アイリスとセレナにろくな挨拶もできず別れてしまった。

 用意された薄暗い個室の中で俺は一人立ちつくす。


(……以前に聞いていた、種族間にある確執は本当らしい)


 やはり亜人と人間には目に見えない深い溝があるようだ。

 少なくともネルネというあのダークエルフには好かれていないみたいだな。

 まあ今はどうすることもない。放っておくしかないだろう。 


 などと考え込みつつあお向けのままベッドに倒れこんだ俺は目を閉じた。

 限界が近いからか、すぐにでも意識が落ちてしまいそうだ。だが……。

 眠らないよう気を保ちながら、俺は頭の中にある鮮明な記憶を思い起こしてゆく。


 今日は怒濤の一日だった。

 早朝から幻惑の魔眼を作っていたかと思えば、コルダ王国騎士団に突如町を襲撃され、無我夢中で町中を駆け回り、自分の目を抉り、クマ吉を失い、ノアを救えぬままフィオーナに助けられ、なんとかアイリスやセレナと合流し、リュミエの町を離れ、それから、それからーー


 俺は再び目を開け、天井に向けて手をかざした。


(明日からさっそく動くべきだ)


 シモンズを倒す。

 そのために必要なやるべきことは山ほどあるだろう。

 それはエシュタル図鑑や転生の謎を解き明かすことにも繋がるはずだ。

 全ては俺のモノづくりにかかっている。 


(失ってから気付くなんて……大馬鹿野郎にもほどがあるな、俺は)


 もう見て見ぬ真似はしない。

 この世界を全て暴いてやる。

 そうしなければ、俺の求めた自由なモノづくりは実現しないのだ。

 

(最高の邪眼を作る……もう誰にも、邪魔はさせない)


 かざした手を強く握りしめ、決意を新たに空を睨みつける。

 そうしてそのまま、知らない内に俺は深い眠りへと落ちていったのだった。

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