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65:第十スペル

 突如広場を照らしつくす光の奔流。

 その光源の中心、デリウスと向き合うように一人の兵士が立っていた。

 倒れている兵士達とは別にまだ残っていたようだ。

 おそらく彼がこの後ノアの魔法によって強化されるのだろう。


「くっ……! させないわ!」


 今まで見た事がないほどの焦った表情でフィオーナが杖を構え詠唱を始める。

 動作が指パチンでは無いことからもその事態の深刻さが窺えた。

 俺の目には見えないが、どうやらフィオーナがデリウスの前に立つ兵士に向けて詠唱ありの空間魔法を放ったようだった。

 しかし、


「は、弾かれた!? 強化魔法の第十スペルにはそんな効果まであるの!?」

「姫君と同じ魔帝であるFよ、君ならわかるだろう。”第十”は特別だ。第九までのスペルとは比べ物にならんよ」


 驚愕に目を見開いたフィオーナの姿を満足したようにレスキンスが眺めている。

 これは、ヤバイ。

 俺は得体の知れない恐怖みたいなものを本能的に感じた。


「なんだ……!? いったい何が起きているんだフィオーナ!」

「……やられたわ。第十スペルを使うつもりよ。もう止められない」

「第十スペル……」


 一から十まである人使魔法の各系統スペル。

 個人差によって得意とする系統の魔法が存在するのだが、それでも並の人間には第三スペルあたりの序盤までが習得の限界だ。

 いかに才ある者でも第六スペル程度の中盤までが関の山と言う。

 その中で選ばれたごくわずかな数の突出した者だけが終盤のスペルを扱えるようになり、”魔術師”という称号を得て広く世界にその名を轟かせる。

 だが、それでもまだ届かない領域がある。

 奇跡か、はたまた運命か、そうして最後のスペル”十”の境地まで到達した者こそが”魔帝”という名で呼ばれ、長く続く歴史にその名を残すのだ。


 以前にフィオーナやノアから聞いた、このエシュタルワールドの人使魔法とそれを使う者達の説明を思い出す。

 現在、世界中で十人しか確認されていない魔帝。

 その魔帝を魔帝たらしめる終点のスペル、それが第十スペルだ。 


 確かに、第九スペル以上の魔法というだけで恐ろしく強大であるのは想像に易い。

 だがそれにしたって、本人も魔帝の一人であるフィオーナが異様なまでに焦りを見せていた。


「人使魔法の各系統においての最上位スペルは、実質的には第九スペルなの。”まともな魔法”という観点において、ね」

「どういうことだ? そりゃ最後のスペルなんだからまともじゃないほどの強力な魔法とは思うが……」

「いいえ、そういう意味じゃないの」


 前方で光を放ち輝きを増すデリウスや兵士の方に視線を向けて、フィオーナは苦虫を噛み潰したかのような表情で目を細めた。


「第十は全くの別物。魔力を必要としない代わりに、それとは別に何か大きな代償を必要とする危険な魔法よ」

「代償……?」

「私に言わせればあんなもの邪法や外法の類い。よほどのことが無いかぎり、どんな魔帝も軽々と使おうとはしないわ」

「そう……そこが我々としても一番の懸念事項だったのだ」


 俺とフィオーナの会話にレスキンスが口を挟む。


「深淵の姫君……いや、ノア第二王女はね、どんな過酷な戦場においてもこのスペルを使うことだけは頑に拒否していたのだ。なぜだと思う?」


 訊ねておいて答えを待つ気はないのだろう。

 レスキンスは楽しそうに話を続ける。


「強化魔法第十スペルの代価は”他者の命”なのだ。術にかけられる者の命を燃やし、その命尽きるまでの間途方も無く莫大な力を与える。”強化”という枠の最終形とも言うべき魔法だ」

「命を……燃やす……だと?」 

「そうだ。……ただし他にも何人か生け贄となる命が必要なのだがね」


 生け贄。

 なんて単語が出てきやがるんだ。

 さっきフィオーナが言っていた邪法という言葉の理由が分かった気がした。


「ゆえにノア王女はこのスペルを嫌悪していた。……私に言わせれば、術者には何のデメリットも無い素晴らしい魔法なのだが」


 術をかけられた者は人智を超える力を手にする代わりに、死ぬ。

 そしてどんな制約かは分からないが、それ以外にも犠牲となる命がいくつも必要だと言う。

 それがレスキンスの話す強化魔法第十スペルの全貌だった。


「困ったことに、発動に条件があってな。双方の完璧な合意が無いと成立しないのだよ。騎士団の兵士諸君がいくら望んでも、今まで彼女は絶対に首を縦に振ることはなかった」


 これまでの苦労を思い出しているのか、レスキンスは大げさに深い溜息を吐く。


「我々に精神を蝕まれているにも関わらず、な。まったく、心の強い……いや、心の弱い面倒な小娘だったよ」

「レスキンス……てめえ……!」


 俺が以前ノアに強化魔法のことを尋ねたとき、彼女は頑として第十スペルについてだけ話そうとしなかったのだが、その理由がようやくわかった。

 表面上はツンケンしてるくせに本当は優しいあの娘のことだ、自らにも強く課していたのだろう。

 他者を犠牲にする魔法など一切使うつもりは無い、ゆえに話すことなど一つとして無い、と。

 それは彼女なりの覚悟だったに違いない。

 

 そんな思いを一笑に付すかのようにシモンズが土足で踏みにじっていく。

 リュミエの町も人も、邪眼工房も、仲間達も。

 俺にとって大切なものを全て傷つけられた。

 

 シモンズという存在が、俺は心から許せない。

 しかし、それでも今の俺に奴らを倒す力は無いのだ。

 

 (……悔しい……)


 ものづくりに励んでいる時には感じることのなかった暗い感情。

 無力なことがこんなにも悔しいと思うのは初めてだった。

 本当にーー悔しい。

 

「忌々しくも第十スペルを拒否する小娘に我々も苦汁を飲まされていた……だがそれも今日で終わりだ」


 にやりと笑ったレスキンスが、手刀を切るように勢いよく手を突き出した。

 まるで号令の合図だ。


「催眠鬼デリウスとの融合がここまで進んだ以上、もう誰にも止められはせん」

「白兵隊隊員、アウダ・マッカーロ! 王国に仇なす悪魔を捕らえる為に、この命を捧げられることを誇りに思います!」


 デリウスの前で直立していた兵士が、大きな掛け声を上げた。

 その声に呼応するかのように光は輝きを増す。

 すると、さきほどフィオーナに倒され地面に伏したままだった兵士達の体が皆、光の粒子となってさらさらと彼の体に吸い込まれていく。

 

(これは……!? さっきレスキンスが言っていた第十スペルの生け贄なのか!?)


 俺が前世の日本で生きていた頃に、創作ファンタジー物の定番として『命と引き換えに力を得る』なんて展開は紙の上や画面の中において幾度も目にしたことがある。

 それらを見る度にその熱さに胸躍らせたり、キャラクターが消える悲しみを嘆いたりしたものだった。

 だが、実際に現実として自分の目の前で行われるそれは、全く違った。

 人が消えていく。

 背筋の凍る、あまりにもおぞましい光景だった。




「ーーあ、ああーーああーーイ、ヤーー」




 ふいに聞こえた声。

 デリウスではない、はっきりとした少女の悲痛な叫びだった。

 まさか、まだノアの意識は生きているのか!?

 俺はデリウスの胸部にいるノアに目を向けた。


「王女様、さあ、どうぞ! このアウダに聖なる御力を! 正義の鉄槌を振るうための剣をーー!!」

「ーーイ、ヤーー誰ーーかーー止めーーてーー」

「ノアっ! しっかりしろ!」


 俺はノアに届くよう必死になって声を張り上げた。

 このままやらせてなるものか。

 あの娘が意識を取り戻せば、この状況もまだなんとかなるかも……!


 だがそんな俺の声も虚しく、ノアは命令に抗えぬまま詠唱を紡ぎ続ける。

 そうしてついにそのスペルは振り下ろされた。



「ーー第十スペルーー『限界突破アンリミテッド』ーー」



 次の瞬間ーー

 広場を覆う広大な光は一点に集束していく。

 あまりの眩しさに、中心となる兵士の姿はもはや肉眼では確認できない。

 そしてーー


 光が天に昇っていく。

 そのまま空に突き刺さるようにして、一筋の輝く柱となったのだった。

 

(う、美しい……)


 見る者全てを魅了するような色とりどりの光の雨。

 その光景があまりにも幻想的で、俺はつい目を奪われてしまいそうになる。


 強化魔法第十スペル、限界突破。

 ついに発動させてしまった。


 するとフィオーナが俺の服をぐいっと掴み寄せ強引に自分の方に振り向かせた。

 そんな場合じゃないという険しい表情だ。


「アキュラ、申し訳ないけどさっきの話は無しよ。もう待てない。あれはダメ、無理。二人とも、早く……!」


 フィオーナが急いで俺とストレインごと転移しようとした、その時だった。

 お立ち台の上から発射するように飛んできた巨大な光の塊が、目にも止まらぬ速さで俺たちの居た場所に直撃したのだった。

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