66:さらば
ーーーーーー《ピロリン♪》ーーーーーー
頭の中で軽快な音が鳴り響く。
エシュタルモンスター図鑑更新のお知らせ音だった。
(ーーハッ)
俺はキツく閉ざしていた目を開く。
すぐに気付いた。
フィオーナが魔法によって自分を逃がしてくれたと。
(今の光はーー)
何かがこちらに向かって物凄い速さで突っ込んできたのだ。
とんでもない衝撃だった。
直撃していたら今頃は……。
俺はさっきまで居た場所に目を向けた。
するとそこには黄金に輝く光の塊ーーいや、全身から光を放つ人間が立っていた。
先ほどノアの魔法を受けたアウダという名の若い一般兵だ。
着地の衝撃か、その足下には大きく裂けたような亀裂が走っている。
「……なんて素晴らしい力なんだ……今ならなんでもできそうだ……」
シュウシュウと音をたてて黄金の光を身に纏うアウダという兵士が、感慨深そうに自分の手の平を眺めている。
そしてその傍らでは、フィオーナとストレインがそれぞれ腕を押さえたり膝をついたりしていた。
「〜ったぁ……つつ、回避しきれなかったわ。私もヤキが回ったわね……。大丈夫? ストレイン」
「かはっ……き、貴様こそ、な。躱すのに専念すればできたものを……アキュラ殿を逃がしてくれたこと感謝する」
「ふふ、さっきも言ったでしょ? アキュラは誰にも渡さないんだからね。いざとなったらアナタを盾代わりに使わせてもらうわよ」
「ふん、望むところ。アキュラ殿の盾になれるのであれば僕も本望だ」
声をかけ合う二人の姿を見て俺はほっとした。
よかった、無事だったようだ。
(だが……)
お互い軽口を叩く元気はあるようだが……
負った傷は決して軽いものでは無いだろう。
どうやら直撃こそ免れたものの、無傷にとはいかなかったようだ。
ノアの唱えた第十スペル『限界突破』、いったいどれほどの……。
すると、黄金に輝くアウダの体がぴくりと反応を見せた。
「……残された時間は少ない……さて……」
そんな呟きが聞こえ、来るか、と俺が思った次の瞬間、
突然ストレインの体が一人でに宙を浮いた。
(ーー!?)
驚いたのも束の間、一秒にも満たない後にストレインが地面に叩きつけられる。
だがオレの目にはアウダが何か攻撃したようには見えなかった。
(まさか……速すぎて、見えない?)
もしかして今、ストレインを蹴り上げてから叩き付けていたのか?
そんな馬鹿な。
いくらなんでも強くなりすぎだろう。
「今の私の魂は同胞達の魂と共にある。もはや自分が何者であったかもほとんど思い出せないが、だが聞こえるぞ。混ざり合った同胞達の魂の叫びが……お前達を粛正せよと!」
アウダーーいや、黄金兵とでも言うべきか。
黄金兵が倒れているストレインの頭を掴み、無理矢理持ち上げ起こした。
「まずはお前だ。王国に背き悪魔についた裏切り者、ストレイン・アスガルド」
「ぐあ、あ……!」
おい、もう少し金ピカになった余韻に浸ってろこの野郎。
モブみたいな癖してこんなに強くなりやがって……
一人だけ超◯イヤ人なんて反則だぞ。
いつもなら冗談めかして言えるこんな文句も、この状況では薄ら寒い。
第十スペル『限界突破』の強化効果は俺の想像を遥かに超えていた。
まずい、このままじゃストレインが……。
「く、それ以上好きにはさせないわよ!」
「ほーぅ、こりゃ面白いもんが見れそうだ」
「……っ!?」
フィオーナがすぐに助けの一手を出そうと指を構えた瞬間、しなるほどの勢いで放たれた弓矢が彼女を襲った。
咄嗟に自分の体を転移して避けるも、転移した先々に寸分違わぬ精度と速度で矢が狙い射たれる。
目まぐるしい激しい攻防、俺の目ではとてもじゃないが追いきれない。
そうしてーー
少し離れた所にフィオーナが着地すると、黄金兵やストレインとの間に割って入るように弓を担いだ男が立ち塞がった。
男は騎士団のマントに身を包み、無精髭のアゴを執拗にさすっている。
ワイル・D・ロビンだ。
何がそんなに面白いのか、口元を歪めて嫌らしい笑みを浮かべていた。
「へへッ、長耳の姉ちゃんよォ。忙しいとこ悪いがちぃとオレの相手してくれや」
「……ここでアナタ、ね。このタイミングでなんて厄介なの、まったく」
「このままいけば面白れえんだホント。絶対にイイモノが見れるはずなんだよォ! だからあいつらの邪魔をされちゃア困るもんでな、乱入させてもらうぜ」
「だからって怪我した乙女を狙い撃つのがアナタの趣味なわけ? 最低ね……。生憎だけど、空気の読めない男は嫌いなの。さっさと消えてくれないかしら」
「そう邪険にすんなよ、楽しくやろうぜェ」
あの野郎、何がパワーバランスだ。
ハナから守る気なんてねえじゃねえか。
フィオーナとワイルがお互いに牽制しながらも戦闘を始めた。
その後ろでは、掴み上げたストレインの腹に一発、黄金兵が拳を入れている。
人を殴った音とは思えない音がした。
「元英雄と呼ばれながらも悪魔に下り今もなおシャルティア隊長を惑わせるお前には、死にはせずとも死にたくなるほどの苦痛を与えてやる」
「ぐ……ふっ……か、勝手なことを」
右眼を赤く光らせながら、ストレインが吐き捨てるように呟いた。
シャルティア、たしかーー大広場の台上で騎士団長に肩を担がれている現白兵隊隊長の女騎士を見て、そういえばさっきそんな名前だったなーーなどと俺は思い返し……って私怨バリバリだなコイツ!
アウダとかいう若僧の意識、まだけっこう残ってんじゃないか?
(なんて言ってる場合か、クソッ!)
勝てない。
黄金兵の強さはとっくにストレインを超えてしまっている。
このままではストレインは奴にサンドバックにされてしまうだろう。
俺がストレインを助けるしかない。
だがさっき魔力が多少回復したとはいえ、幻惑の魔眼による幻影作成はもってあと二回くらいが限界だ。
しかもよくて人影一つ程度といったところか。
それ以上使えばまたすぐ倒れてしまうに違いない。
(どこで使えば……!)
幻影一つ作ったところであの黄金兵をなんとかできるとは思えなかった。
それに無駄撃ちはできない、どうすれば……。
戦闘経験の浅さが浮き彫りになり、俺が判断を迷っていた、その時だった。
黄金兵めがけてどこからともなく、直径三メートルはあるであろう巨大なレーザーが突如襲いかかった。
「ふん、こんなもの」
掴んでいたストレインを手離しレーザーの方に向き直ったかと思ったら、黄金兵が両手を広げ素手で受け止めた。
そしてそのままバレーのレシーブでもするかのように腕を振り上げーー
強引に上空へと跳ね上げたのであった。
くの字に折れ曲がったレーザーが空に向かって消えてゆく。
無茶苦茶な光景だった。
一人だけレベルが違いすぎる。
俺は敵との絶望的な戦力差を目の当たりにし、震えあがった。
だがーー
それでもついつい口元がにやけてしまっていた。
「ナイスクマ吉!」
「ガウッ!」
ストレインを口にくわえたクマ吉が、俺の元に向かってダッシュしてきていた。
あのレーザーはクマ吉が放った陽動の『ライトレイ』だったのだ。
(そういえばさっき図鑑が更新されていたな……まさか)
俺は頭の中にあるエシュタルモンスター図鑑を開いて、お知らせのメッセージを見た。
《No.1001イビルアイベアのランクが★★★★★★から★★★★★★★+にアップしました。》
ランクが6→7+へ!
クマ吉め、さらに進化したのか。
そしてデリウスの催眠特性の効果も切れ、ストレインを助けるために動いてくれた。
なんて奴だ、最高だぜ。
「お……おお、ク、クマ吉殿……!」
「ガウゥ……ガウアア!」
口から血を流しボロボロになったストレインをクマ吉が地面に下ろした。
「……ハハ……面目ありません……クマ吉殿……」
「ガアッ! ガウガウ、ガアッ!」
「いえ……クマ吉殿も仕方ありませんでした。伝説の催眠鬼による催眠術が相手では……」
「ガウウゥ、ガウ! ガウガアァ!!」
「……はい。もちろん、まだ、やれます……! クマ吉殿、共にアキュラ殿をお守り致しましょう!」
クマ吉の鼓舞によって眼に活力を取り戻したストレインが気合いで起き上がる。
いつもお互いを励ましながら鍛錬してたんだ、これ位当然だろう。
そうして二人が俺の前に並び立った。
ストレインとクマ吉、そして俺。
邪眼工房初期メンバーだけで揃った光景をずいぶん懐かしく感じた。
「クマ吉! 俺もなんとか隙を見て援護する! ストレインを頼んだぞ!」
「グウウゥ、ガアッ!」
勢い良く駆け出すクマ吉とストレイン。
いかに黄金兵だろうとこの二人の連携攻撃は多少手こずるに違いない。
俺達は一筋縄ではいかんぞ。
後ろ姿を眺めながらそんなことを思い、魔眼を使う準備をし始めた俺は魔力を、
ーー行かせるな。
急にとんでもない悪寒が走った。
誰の声? いや、誰の声でもない。
これは直感、俺自身からの警告だ。
すぐにわかった。
俺は”選択”を間違えたのだと。
「二人とも、ちょ、待っーー!」
慌てて引き止めようと声を上げた視界のその先。
駆け出したストレインとクマ吉に向かって、黄金兵が手のひらを突き出していた。
「消し飛べ」
その直後ーー
強烈な閃光が辺り一帯を吹き飛ばしたのだった。
すさまじい爆発、そして衝撃。
吹き飛ばされそうになるのを俺は必死に堪えた。
(……ぐっ……ぐうう!)
よく見ると、閃光爆発でえぐれた地面が俺の足元スレスレまで届いている。
つまり運良くギリギリの所で俺には当たらなかったのだ。
もしこれが、奴が俺を殺さぬように調整したのだとしたらーー。
(ストレイン……! クマ吉……!)
巻き上がっていた砂煙が風とともに晴れていく。
その中に現れた人影が、はっきりと映し出された。
「……グ、グウゥゥ……」
「ク、クマ吉……殿……、な、何故……」
滅茶苦茶に破壊された地形の真ん中。
クマ吉が覆い被さるようにしてストレインを庇っていた。
攻撃をまともに受けたその背中は俺の場所から見えないが、どれだけ悲惨な状態になっていることか、容易に想像できてしまう。
そしてーー
「……クマ吉ぃ!」
クマ吉の胸に一筋の剣が突き刺さっていた。
その背後で剣を握り締めるは、黄金兵の姿。
「……クマ……吉……殿……」
「……ガアアァァ……」
クマ吉がストレインの頭の上に優しく手を置いた。
気に病むな、と。
そうしてゆっくりと俺の方を向いた。
その顔はクマらしくない穏やかな表情で、笑っていた。
なんだそれ。
まるで別れの挨拶みたいな……。
馬鹿やめろ。
お前は魔物だろクマ吉、人間なんかよりよっぽど丈夫で強くて……
そんなお前が、その程度で死ぬはずないだろうが。
なあ。
「邪魔だ、獣」
身も凍るような冷酷な一声。
黄金兵が剣を握る手に力を込めた、次の瞬間ーー
眩い光が膨れ上がり、クマ吉の肉体は跡形も無く破裂した。
「まずは一匹」
俺の足下にクマ吉自慢の爪の破片が転がり落ちた。
震える手を伸ばしそれを掴み上げ、辺りを見渡す。
クマ吉の姿はもうどこにも無い。
舞い散る閃光の残滓だけが、周囲を虚しく輝かせていた。
ドクン、と。
空気が脈打つかのように震えたのが分かった。
ストレインからだ。
それと同時に、突然俺の頭の中でけたたましいサイレンの音が鳴り響く。
すると、図鑑が勝手に作動し展開を始めたのだった。
『”****”を確認しました。”****”を確認しました。Estar monster図鑑の一時操作を要求』
『これより通常モードから緊急モードに移行します』




