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63:魔帝VS魔帝

 現れたフィオーナは被っていたフードを外し、小さく溜息をつく。

 あらわになったその表情は面倒そうにしながらも、だがとても自信に満ちあふれていた。

 そしてどこからか取り出した杖を手に取り構える。


「なに? じーっと眺めて……私の顔に何かついてるかしら?」

「あ……いや」

「どういう状況かは大体分かってるわ。んふふ……残念だけどこの町を救いに来た、というわけではないの。ただここでアナタに捕まってもらっては困るのよ」


 だから魔力が切れちゃったアナタはそこでおとなしくじっとしてなさいな、

 そう言って甘い笑みを向けてくるフィオーナ。

 戸惑っていた俺はうろたえたまま言葉も返せない。

 

「その右眼……素敵ね。ますます欲しくなったわ、アナタのこと」


 俺の右眼ーー幻惑の魔眼を覗きこむように見つめ、フィオーナは艶かしく身じろいだ。

 彼女の首元の隙間から見える大きな胸の谷間が、俺の視界いっぱいに広がる。

 ハリと艶のある美しい肌色。ほのかな甘い香り。

 普段の俺ならばついつい飛びついてしまっていたかもしれないだろうな。

 だがそんな彼女を前にしても俺は反応もできず、ただ目の前の疑問について考えていた。

 

(こんな時に、何の目的でここに現れたんだ?)


 見聞を広めるためと語っていた旅人の彼女、とはいえこの状況下での介入は流石に『ただの旅人』としての範疇を超えている。

 フィオーナ……彼女は一体何者なんだろう?


「ほいっと」


 フィオーナが指をパチンと鳴らした。

 すると、いつの間にか俺達を取り囲むように迫っていた兵士たちの動きが、金縛りにでも遭ったかのようにその場で硬直した。

 ついでにもう一回、と指を鳴らす。

 またも俺の目の前の景色が変わり、俺たちはストレインの近くに瞬間移動していた。

 

「やっほーストレイン。不甲斐ないわねぇ」

「なっ……貴様、女狐! 何をしに……!」

「ちょっと、こっち見ないでよ。その左眼と目が合ったら体おかしくなっちゃうじゃない」

「ぐぬぬ……」


 数人の騎士を相手に奮闘しているストレインの後ろから茶化すようにフィオーナが笑う。

 そんな場合か、と俺はツッコミたくなるがどうも魔力切れで調子が悪い。

 

「もう……これじゃ落ち着かないわね。アナタたち、いったん手を止めなさいな」


 そう言ってフィオーナが指を鳴らすと、ストレインと剣を交えていた白兵隊の女騎士や兵士達の動きがビタリと止まった。


(こんな……一瞬で)


 ノアの魔法で強化されストレインでも複数相手にして苦戦するような敵なのに……この手際。

 こいつ、実はとんでもない魔法使いだぞ。

 

「ぐっ……ぎ……おい! 僕にまでかけてどうするんだ……!」


 ちなみにストレインも一緒に固まっていた。

 って、おい。

 なんでもアリか。


「おほほ、あら手が滑っちゃった。ごめんね?」

「こ……の……っ!」


 バツッ、という見えない何かがねじ切れたような鈍い音が響く。

 どうやらストレインが力づくで拘束を解いたようだった。

 

「さすがストレインね。お見事お見事パチパチ」

「ハァ……ハァ……本当にいい加減にしてくれないか……」


 うんざりした様子でストレインががっくりとうなだれた。

 そんな光景を見て、俺はますます困惑する。

 マジでなんなんだこの女は。

 マイペースってレベルじゃねえぞ。


(しかしさっきからなんだこの魔法は……強すぎる)


 ケラケラと笑うフィオーナの姿を眺めながら俺は感嘆の息を吐く。

 これが人使魔法の系統の一つ、空間魔法のスペルなのか。

 なんて強力な魔法なんだ。

 

 フィオーナの介入によって兵士達の攻撃の手が一時的に止まった。

 拘束はもう解けたようで、突然の乱入者を警戒してか彼らはさっと後方に下がった。

 場の空気はまたも停滞する。

 するとさきほどから黙っていたレスキンスが、思い出したかのように笑い声をあげた。


「ハハハ……! 滅多に存在しない空間魔法の使い手……亜人種の女エルフ……! これはこれは……とんだ大物が出てきたな。いや不味いぞこれは」

「なんだァ親父殿、あの長耳女の正体知ってんのかい?」


 なにかしらフィオーナの正体を知っているような口ぶりのレスキンス。

 そして次に続いたその言葉は、魔力切れで意識が朦朧としかけている俺の頭を覚ますには充分なものだった。


「間違いない。彼女は”F”という名で呼ばれ各大陸から恐れられている魔法使い……『十魔帝』の中でも最強の一角と噂されている、魔帝の一人だ」


 フィオーナが……魔帝!?

 レスキンスの言葉を聞いて、俺は驚きに目を見開いた。

 以前に話した時は第六スペルまでしか使えないと言っていたのに……。


(本当は第十スペルまで使えたのか……)

 

 俺はその正体に驚くとともに、妙に納得してしまった。

 どうりで底が見えないわけだ。

 するとフィオーナが、お立ち台に立つレスキンスに向かって言葉を返す。


「あ〜それって例の魔帝内における序列ってやつ? やーね、あんな誰が決めたかもわかんないようなもの……人使魔法の強さに優劣をつけるなんてナンセンスよ?あまりあてにはしないことね」

「ずいぶんと謙虚なものだな、F。君の魔法にはそう断言されるだけの力があるのは確かだろう。素直に誇りたまえ。……そういえば君の正体について、なにやらどこぞの国の女王でもあるとの噂も耳にするが……本当かね?」

「……! 耳の良いお爺さんだこと……。悪いけどノーコメントよ」


 レスキンスとフィオーナがそれぞれ含みのある笑みを浮かべ静かに睨み合う。

 表情は穏やかだが得体の知れない凄みを感じ、俺は内心恐々とした。


「Fよ。他国に来て何のつもりか知らないが……おとなしくその男をこちらに引き渡してはもらえんかね?」

「別にこの町もこの大陸もアナタたちの好きにしたらいいわ。どうぞご自由に。だけど、彼だけはダメ。申し訳ないけどアナタたちにアキュラを渡すわけにはいかないわ」

「……そんな言い分が通ると思っているのか?」


 俺の身柄を目的とする二人。

 二人のやりとりを見て、つくづく自分は恐ろしい立場にいるんだなと実感する。


(秘密組織のボス……十魔帝の一人……。こんな大物たちに狙われてるなんてな……人気過ぎるってのも考えものだ、ちくしょう……!)


 その結果この町にあらぬモノ達を呼び寄せ、ここまでの惨状を招いてしまった。

 後悔はある。罪の意識だって強烈だ。

 だが折れはしない。屈してなるものか。

 俺はプレッシャーに気圧されそうになる心を叱りつけるように奮い立たせた。


 そうして俺が気を引き締めていると、


「だってだってぇ〜」


 なんか、突然キャピっとした声がした。

 え、誰?

 フィオーナだ。


「アキュラは私が先に見つけたの。だ・か・ら、私のものも当然なの。わかる? お爺ちゃん?」

「む、何を言う。君より私の方が先に彼を見つけていたさ。だったら彼は私のもの、だろう?」

「はん、あなたが先に見つけたって? あらあら、なにか証拠はあるのォ〜?」

「証拠……? む、むう……だがアインシュトルム家の者をけしかけたりした時には既に……」

「はいブッブ〜! それより前に私の方がアキュラと会ってましたぁ〜。はい私の方が先〜」

「や、やかましい! この泥棒猫が! 君こそ証明できるのかね!」


 今まで俺に対してずっと涼しい顔をしてきたレスキンスが顔を真っ赤にして必死に反論している。

 そんな赤面ジジイをおちょくるわ煽るわで、フィオーナが愉快にはしゃぎ回る。

 その様子はなんとも言えない感じで、さっきまでの空気が台無しだった。

 

 うわあ。


 まるで子供がおもちゃを取り合うような軽さで、各々が勝手な言い分を主張し合っている。

 この二人の先ほどの威圧感はどこにいったのかと叫びたくなるほどで、戦闘態勢のまま待機している騎士団の兵士たち、それどころか黙って見ていたワイルやストレインも心なしか若干引いていた。

 そんなアホなやり取りを前に俺は呆れつつ、湧き上がる怒りに身を震わせた。

 

 ふざけんなフィオーナ、誰がお前のものだ!

 あとクソジジイ、俺はお前のものでもねぇ! キモイわ!

 くそ、こいつら……人を物みたいに扱いやがって……。

 

 さっきまで少しビビっていた自分が恥ずかしい。

 なんだか無性に腹が立って仕方ない俺であった。

 あと、気付くと知らぬ間にちょっとだけ魔力が回復していた。

 ん?

 

(これは……さっきも感じた変な魔力か?)

 

 邪眼を身につける前は感じたことが無かった。

 まさかこの感覚……

 俺が怒ると魔力が生成されるのか?

 

「ま、口で言っても埒があかないのは当然よね。だったらやることは一つ……」


 からかうのに飽きたのか、くるんと一度杖を回し、台上に立つレスキンスに向けてフィオーナが杖を構える。

 ふざけていた空気もどこへやら、キレのある動きでポーズを決めた。


「アナタたちに、格の違いを教えてあげましょう」

「む、ぐ……」

 

 魔帝としてのフィオーナの迫力に、さすがのレスキンスも言葉を詰まらせた。

 そうしてデリウスの方を見上げたフィオーナが、どことなく寂しそうな表情でその姿を見つめている。


「いつぶりかしら、アナタを見るのは……。こんな形で再会するなんて少し残念だわ、チビっ子ちゃん」


 同じ魔帝であるノアは、はりつけにされたまま依然として反応を示さない。

 今やレスキンスの命令に従うだけの操り人形と化していた。


「深淵の姫よ。あの忌々しい女エルフをこらしめてやりなさい」


 レスキンスが合図を出すと、縛られたままのデリウスが頭を振るう。

 すると再び、騎士団の兵士達がもの凄い速度でこちらに向けて襲いかかってきたのだった。


 再度切って落とされた争いの火蓋。

 ストレインが俺を守るべくすぐさま剣を構えた。

 だが連戦続きのその体には、あきらかに疲れが滲み出ていた。


「なんの、アキュラ殿をお守りする為ならばこの程度……!」


 そんな些事にはおかまいなしにと意気良く前に出ようとしたストレイン。

 だが、先に前に立ったフィオーナがその動きを制した。


「ストレイン、アナタはおとなしくしてなさい」

「なに……貴様?」


 怪訝な顔でストレインがフィオーナを見やった。

 フィオーナは振り向きもしないままゆっくりと歩いていく。

 そしてーー




 俺も、ストレインも、ただ見ているだけだった。

 あっという間だ。

 強化魔法第九スペルの効果を得ているはずの王国騎士団の兵士達は、フィオーナが指を鳴らすごとに位置を変えられたり動きを止められたり……

 思うままに翻弄されていた。

 一見してそこまで派手な魔法ではないように見えるのだが、見た目以上に空間魔法が凄いのか、はたまた彼女の使い方が素晴らしいのか。

 いや、悩む必要もあるまい。そのどちらもだろう。

 まさしく圧倒的。

 同じ魔帝が使う魔法にも、こんなに差があるものなのか?


「違うわアキュラ、あの子の力は本来こんなものではないの」


 片付いたと言わんばかりにフィオーナがくるりとこちらに振り返った。

 見ると、襲いかかってきていた兵士達は全員地に伏せるように倒れていた。


「強化魔法の真髄は、術者と強化される対象者との”繋がり”にあるのよ。繋がりというのは信頼関係だったり意思の疎通だったりね。だけど見ての通り術者に自由な意思が無く、ましてや強化される対象が洗脳にかけられて単調な動きしかできないような者達であるのなら、その効果は十分に発揮されているとは言いがたいでしょうね」


 後は強化される対象者自身の力量にもよるけど、と補足し俺に説明してくれる。

 とはいえ彼女が言ったことを差し引いたとしても、フィオーナの強さはここにいる誰よりも逸脱したものに感じた。

 世界に十人しかいない凄腕の魔法使いの一人、魔帝フィオーナ。

 なんて頼もしい味方なんだ。

 これならシモンズを追い返すことができるかもしれん……!


 思わぬ助っ人の登場に俺は胸を躍らせた。

 だが俺の期待とは裏腹に、フィオーナが次にとった行動はーー

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