62:激化する戦場
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《No.724 ヌエ・ラ・デリウス:ランク★★★★★★★★》
《本来の種族性質とは全く異なった、特殊変異種の鬼。音を自在に操ることができる。その特徴的な角を用いて超音波などを作り出すことに長けた魔物で、争いを嫌う傾向にある。誰の目にもつかない深い洞窟の底で音を反響させた場所を最上の住処とし、ひっそりと生息するのを好んでいる。闇属性の魔法を主に使用する》
【素材の持つ特性】
《角:ーー振動によって多種の超音波を発生させる。生み出した超音波には催眠効果や意思伝達能力を付与することができ、また、音波自体を攻撃手段として用いることもできる》
《眼:ーー外気に触れると充血し、筋力・魔力を一時的に上昇させる。興奮状態になる》
《耳:ーーどんな音も聞き取ることができる。魔力を音として認識することもできる》
《声帯:ーー自身が記憶している音と同じ音を声に出すことができる。角の特性による催眠を行う際の催眠導入手段として、その声を対象の精神領域に刷り込ませることができる》
《※対処:音を一切遮断することにより、特性による干渉を防ぐことができる。また、得意とする催眠性の超音波にはそれぞれ特性にクセがあり、欠点もある。属性魔法による弱点は無いが、光属性の魔法を嫌がる》
ー催眠性超音波ー
①即効性一時的強化催眠:一定時間、対象一体の肉体の自由を奪い、一時的に筋力・魔力を増幅。対象者は副作用として興奮状態になる。一度使用すると次の発動までインターバルが必要。
②暗示性広範囲意識催眠:音を聞いた相手の意識にイメージの刷り込みを行い、暗示をかけることができる。効果は持続性があり、暗示をかけるたびに強く信じ込むようになる。対象数は無制限だが、同時に二種類以上の暗示を扱うことはできない。対象者には副作用として混乱・幻覚などの症状が出る。
③長期浸透型覚醒催眠:相手の精神を蝕む強力な超音波。長い刻を要するが、完全に蝕まれた相手は術者に服従し、内に眠る潜在的な能力を開花させることができる。定期的に対象へ催眠を働きかけないと催眠効果は次第に薄れてゆく。対象者には副作用として頭痛、精神破壊、人格分離など様々な症状が出る。
*共通して催眠のかかりやすさに個人差がある。本人の資質や力量、耐性によって効果を軽減できる。また、魔物に対しては特性使用者のランク以下であれば無条件で催眠にかかる。
《主な使用魔法:ーー『メトローム』『レイス』『メガレイス』『ダークスクロール』『エヴァリ・スペク』『アンクルバルヴォ』》
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「どうかねアキュラ君? これが我らの研究の成果……実験の集大成! かの伝説に聞きし催眠鬼、ヌエ・ラ・デリウスと人との融合体だ! 変わり果てた彼女の姿はおぞましく、しかし女神のように美しい……まさに芸術! そうは思わんかね!?」
高らかに笑うレスキンスが、手を広げ崇めるようにデリウスーーいや、ノアの方を向いた。
ノアからの反応は無い。
彼女はまるで眠っているかのように目を閉じ、デリウスと共に存在していた。
いや、実際に意識は無いのだろう。
「とはいえ……見ての通り、繋がっているだけで融合はまだ完全では無いのだがね。やはりこればかりは時間をかけて慣らしていかなければならん。でなければすぐに”壊れて”しまうからな……。それに催眠における細かい制約もあるようでね……難しいものだよ、まったく」
憂鬱そうに溜息をつくレスキンス。
俺はデリウスの胸部にいるノアを見上げ、呆然としていた。
(ノアが……デリウスと融合……)
適合者……適合者。
セレナがデリウスの能力に適合できる稀有な存在であったのは確かだろう。
だからこそ止めた。
その唯一と思われたセレナという適合者の存在を奴らの魔の手から救い出し、実験を阻止できたと思っていた。
だが、見通しが甘かった。
適合する人間は他にもいたのだ。
同じ血を分けた妹であるノアも、デリウスの精神干渉に堪えうる素質が充分にあったのだろう。
気付けたはずだ、こんなこと。
少し考えれば、わかったはずなんだ。
こんなーー
「アキュラ殿ッ! お気を確かに! ……来ます!」
「あ、ああ……わかってる、大丈夫だ……」
余裕の無いストレインの忠告に対して、なんとか返事をする。
あまりのショックで呆けていた自分に気付き、俺はすぐさま気を取り直した。
だが、揺さぶられた心の衝撃はいまだ消えない。
正直、もうこれ以上は勘弁してくれ、と俺の精神が悲鳴を上げていた。
なぜノアと戦わなければならないのか。
しかし敵は待ってはくれない。
「さあ行こうか、深淵の姫君。君の得意な歌声を、彼らにも聞かせてあげなさい」
ピクリ、とデリウスの頭が動き反応を見せる。
レスキンスの声がキーなのか、ノアの閉じていた目が突如、カッと見開いた。
そしてその小さな唇と連動するように、デリウスの大きな口も同じように動きを始める。
「ーー ーー ーー」
空に響き渡る声ーー
いつかの平原での記憶が蘇る。
相変わらず何と言ってるか判別できないが……
聞き覚えのある、歌声のようなノアの呪文詠唱だ。
だがデリウスを介しているからか、以前の聞き惚れるような美しい音色では無かった。
(クソ……下手をうった……)
こちらの攻めようとしたタイミングで心を揺さぶられたせいか、
俺は奴らに先制の隙を許してしまった。
そして、焦る。
なぜならーー
(この魔法は……マズい!)
俺は知っていた。
この詠唱の後に起こる展開をーー。
(全員は無理だ……! せめてアイツだけは……!)
くっーー間に合え!!
「ーー対象を、目視に、て指定ーー捕捉完、了。接続開始ーー同、調、を確認ーー」
ノアとデリウスの混ざったような不気味な声が、機械的に紡がれる。
すると、周囲にいる王国騎士団の団長や隊長、兵士達の体から突如青白い光が湧き出し、デリウスの角に向かって一直線に伸びていった。
「洗脳と強化……ったく、えげつない存在になっちまったなァ姫さん」
腕を組みながら呑気に欠伸をするワイル。
そんなアイツも、もちろん強化魔法の指定対象としてノアにカウントされているはずだ。
だが周りの騎士団の人間全てが光を発する中、ワイルだけはその肉体に何の変化も見られない。
なんとか間に合った……か?
「クク……必死な先生の頑張りに免じて、ここは一つ傍観といくかィ」
「おい、ワイル。なぜ妨害を止めなかった? 君が私を裏切るなど……あってはならないことだぞ」
「そう怒んな親父殿。誰も裏切ってねェよ。パワーバランスをとっただけだ、俺はまだまだ楽しみてえからな。危なくなったらちゃんと手伝うさ」
「……ふん、好きにしろ」
台上ではワイルとレスキンスがなにやら言い合いをしている。
それを見た俺は安堵した。
一瞬の猶予しか無かった為、ワイル一人に集中するのが精一杯だったが……
ノアが周りを見渡したあの瞬間だけ、幻惑の魔眼によってワイルの姿を見えなくさせた。
どうやらノアの目を誤魔化すことには成功したようだ。
「ずいぶんと余裕そうなのが腹立つが……せいぜいそうしていてくれ、ワイル」
「あいよ。だが先生……俺抜きとはいえ、果たしてこいつらの攻撃に耐えられるかァ?」
嫌らしく下卑た笑みを浮かべるワイルに、俺は悔しさに唇を噛みしめた。
癪だが、その通りである。
サンライト・ヴァルファリオンを倒した時のあの凄まじい力が、今度は自分達に襲いかかってくるのだ。
その光景を想像した俺は、思わず息を呑んだ。
「ストレイン……」
「分かっています、アキュラ殿。くれぐれも気を抜かぬよう」
ストレインが左眼の眼帯を外し、身に纏う魔力を一気に高めていく。
そしてついに、ノアとデリウスの口から発せられる呪文が、宣告のように下されたのだった。
「ーー第九スペル、シェア&グロウーー」
まるで雷でも落ちたかのような激しい光。
そんな強烈な閃光が辺り一面を包み込んだ。
人使魔法の系統の一つ、『強化魔法』の第九スペル、『シェア&グロウ』。
その膨大な力の恩恵を受けた騎士団の兵士達が、青い光を身に纏いながら俺たちをじっと凝視していた。
一時静寂に包まれる広場。
張りつめた空気が場を支配していた。
そして、
「いけ、お前ら」
ワイルの一声。
最初に飛び出してきたのは……
白銀の鎧を身に纏う長身の女騎士ーー白兵隊隊長だった。
その長い巻き髪が揺れたと思った次の瞬間、お立ち台の上にいたはずの彼女は俺の目の前でストレインと剣を交わしていた。
速い、速すぎる。
両者とも動きがケタ外れすぎて、いつ動いたのか俺には全く認識できなかった。
「隊長……ストレイン隊長……なぜ……邪魔をするのですか……私たちの剣は……正義……悪魔は、斬り倒さなければ……」
「目を覚ませ、シャルティア! 悪魔なんてここにはいない! 今の君は白兵隊の隊長だろう! しっかりするんだ! 僕の眼を見ろ!」
「私……頑張って……隊長の代わりに……なのに……ああ、どうして私……助けて……隊長……」
「ちっ……! アキュラ殿、危険です! 姿を消してお下がり下さい!」
かけられた強化魔法の耐性によって、痺縛の邪眼はわずかしか機能していないようだ。
女騎士は濁った瞳でストレインを見つめながら、幾度も剣を振り襲いかかる。
そんな彼女をストレインが強引に押し返し弾き飛ばした。
そしてそのまま回転するように剣を振り、いつの間にか左右より迫っていた兵士達の攻撃を防ぐ。
それぞれの力量を合わせ倍増させる強化の魔法。
だがやはり、ワイルの分だけでも妨害して正解だった。
この短い攻防を見るだけでも、まだまだストレインの方が強いと分かる。
ワイルとストレインの力は他の者に比べそれほどに抜きん出ているのだ。
しかし当のストレインは焦りを隠せない表情だった。
当たり前だ。
「数が多すぎる……! 抑えきれない……!」
ストレインの言う通り、ノアの魔法を受けた数十もの兵士達がとんでもない速度でこちらに襲いかかってきていた。
騎士団の団長と白兵隊隊長の力が含まれている分、ストレインより劣るとはいっても充分に手強い力量を有しているだろう。
兵士一人一人がみな同じ状態なのだ、全てを相手にするのはストレインといえど到底無理である。
「ストレイン、今援護する……!」
俺はすぐさま右眼に魔力を込め、兵士達を分断させ同士討ちさせるように幻影をイメージしていく。
数さえ減らせば残りはストレインで対処できるはず。
そう思いながら光を操作しようとして……
俺は地面に膝をついた。
「アキュラ殿!?」
「……あ、れ……?」
体に力が入らないこの感覚……覚えがあった。
魔力切れだ。
なんで? いつの間に?
(いや待て、俺はいつから魔眼を使っていた?)
大した魔力量も無いのに、ずっと煌翼領域を展開していた。
体の痛みや精神的な苦痛に気をとられ、自身の状態を把握しようとしなかった。
自分でも気付かない内に、俺はとっくにガス欠だったのだ。
さっき胸の奥底から異質な魔力が湧き出たせいで、まだいけると勘違いしてしまった。
あの時から限界を迎えていたのだろう。
(……こんなところで……? ……俺は、なんでいつも……!)
あまりの情けなさに涙が出そうになる。
皆を救うと覚悟を決め、自分で眼まで抉り取ったのに。
肝心なところで結局こうなのだ、俺は。
「あらら……もうお終いかい、先生?」
拍子抜けといった様子のワイルの声にすら反応することもできない。
足が、体が、言うことをきいてくれない。
頼む、俺!
さっきの変な魔力でもなんでもいい、奇跡よ起これ!
動いてくれ!
「おい、お前ら。ストレインはどうでもいいが先生は絶対に殺すなよ」
「ワイル。ストレイン君も生け捕りだと言っただろう」
「しまった……!? アキュラ殿……っ!!」
複数の兵士を相手していたストレインの脇を抜け、何人かの兵士が後ろで膝をついたままの俺に襲いかかる。
いつかどこかで見たような光景ーーだがあの時とは違いストレインはもう間に合わない。
奴らに捕まったら終わりだ。
(ぐ……ぐううぅぅ……動けええぇぇ……!)
俺は迫りくる兵士達を前にして必死になって体に力を入れようとする。
無我夢中だった。
だから、俺の指にはめてある赤い石のついた指輪が人知れず光を放っていたことに、この時の俺は気付いていなかった。
この指輪はいつからかずっと身につけている、ある者から俺への贈り物だ。
パチン、という小気味よい音が鳴った。
その音を聞いた俺は、はっとして我にかえった。
すると、先ほどまで俺の目の前にいたはずの兵士達の姿が無く、どこかに消え失せていた。
いや、違う。
よく見ると離れた場所で同じ体勢のまま立っていた。
(いや……違う!)
俺自身が、さっきまでいたあの場所からいつの間にか移動していたのだ。
この感覚。
自分がまるで瞬間移動したかのような……
この感覚はーー。
「ギリギリ……ってところかしら?」
懐かしい声がした。
膝をつく俺の隣に立っているのは、この状況を作りだした張本人だ。
その者から漂う気配は、こんな戦場においてもどこか艶美で妖しげである。
「はぁい、久しぶり。元気してた?」
場の雰囲気をぶち壊すような陽気な挨拶。
その態度は相変わらずであり、まったくもって底が知れない。
ローブを身に纏いフードを被っているため相手からは素性が掴めないだろうが……
その下に覗く魅惑的な美貌には、俺はもちろん見覚えがあった。
もちろん、その特徴的な長い耳にもだ。
世界を旅して回る変わり者。
俺がこの世界で初めて出会った、人間ではない種族、亜人種の女性。
その際に俺の作った邪眼とこの指輪を交換し合った相手でもある。
もう会う機会は無いと思っていた。
その名は、
「フィ……フィオーナ! なんで……!!」
「遅れてごめんなさいね、アキュラ。ホントはもう少し早く駆けつけるつもりだったけれど、タイミング悪く帝国からの攻撃があったものだから……。はあ、まったく、少しは休みたいものね」
空間魔法を使う女エルフ。
その名をフィオーナ。
突如現れた彼女の手によって、俺はすんでのところで兵士達の魔の手から逃れたのだった。




