60:辿り着いた先
俺の脳内に搭載されているエシュタルモンスター図鑑、その機能の一つに『モンスター分布』というものがある。
図鑑の魔物討伐数が50種類を超えたときにアンロックされたコマンドだ。
世界中に存在する魔物の生息地が分かる他に、特定の魔物の現在地などを簡易的に捕捉することができる機能を備えている。
(……中央区の大広場……おあつらえむきの場所だな……)
建物の陰に身を潜めながら、俺は頭の中に展開されているマップを確認していた。
捕捉対象はもちろん『★8ヌエ・ラ・デリウス』だ。
(マップ上のアイコンに動きは無い……移動などは全くしていないようだ……)
町の真ん中に位置する広場を占拠することで、町はもう自分達の手に堕ちたとでも言いたいのか。
デリウスを制御化に置いているであろうシモンズの意図を勝手に勘繰り、俺は短く舌打ちを打つ。
まあいい、そうやって油断していろ。
俺はもたれるように壁に背を預けたまま、右眼の辺りを手で強く抑えた。
依然として気が狂いそうなほどの痛みだが……大丈夫、まだ、やれる。
そう自分に言い聞かせ、激痛に耐えながらも右眼に魔力を込め始めた。
今、俺が隠れている場所は、道を隔てた大広場の向かいにある住宅街の中。
目的地へはもう目と鼻の先である。
ここまで近づけば、もはや”射程圏内”だ。
さすがに広場全体とはいかないが、入り口付近の様子を”視る”ことはできるだろう。
(……ここに到着するまで、相変わらず無事な兵士の姿はほとんど見られなかった……。ストレイン達はもう広場に着いているはず……)
本当は、はぐれてしまったセレナやアイリスを探したいところだが、事態は一刻を争う。
あれもこれも欲張って動いていては、決定的な瞬間を逃しかねない。
とにかくまずは広場の様子を確認し、ストレイン達やシモンズの現状を把握しよう。
状況も分からないまま突撃して、あっけなく捕縛、なんて間抜けなオチは絶対に避けたい。
魔力を受けた俺の右眼から、山吹色の淡い光が、ぼう、と辺りを照らしていく。
そしてその光は次第に輝きを増していき、そしてーー
(……幻惑の魔眼……発動……!)
キイイィィィインーーーー
自身を中心にして、特殊な感覚が周囲に広がっていく。
超高性能な空間把握能力とでも言うべきか。
人間が備えている五感とは別の、第六感とも言える超感覚が、邪眼の効果が及ぶ範囲内の全てを感知する。
これが幻惑の魔眼を発動している際に得られる能力、名付けて『煌翼領域』。
さながら人間レーダーの如し、だ。
そうして、感知している領域内の中でならば、光を操り脳裏に思い描く想像の産物を幻として自在に作り出したりできるのである。
そしてさらに驚くべき効果があった。
(……倒れた兵士が、1……10……30……。入り口付近に危険はないな……)
魔眼によるこの能力の効果は、地形や物体をただ感知するだけではなく、まるでその場で見ているかのように視覚的なイメージとして捉えることができるのだ。
(……そこまで鮮明に見えてるワケじゃないが、これでも十分だ……)
本来の持ち主であるサンライト・ヴァルファリオンが俺と同じように領域内を視覚で捉えることができたのかどうか、そういった情報は図鑑には記載されていない。
つまりこの能力はひょっとすると、俺の邪眼が影響して生まれた新しい特性なのかもしれないのだ。
邪眼は元々、寄生虫の同化能力により視神経と直接結合している状態にある。
そんな状態で魔物独自の特性を発動させていれば、肉体に何かしら影響が出ていてもおかしくはない。
射程範囲内の光に干渉する際の副次効果として、視覚に結びついた能力の発現をしている、という見方はあながち的外れというわけでもないだろう。
(……しかし思い返してみれば、サンライト・ヴァルファリオンも遠く離れた場所をまるで直接見ているかのように認識し、それに合わせた幻影を的確に生み出していた……。図鑑に詳細な情報が無いだけで、これは元からヴァルファリオンが持ち得ていた特性なのかもしれないな……)
まあ結局は憶測。
こんなところであれこれ考えたところでどうしようもない。
前を見ろ。
今やるべきことをやるだけである。
(……よし、今なら大丈夫だ……さらに近づいて……)
俺は自身の周りの光を操作し、自らの姿を景色に同化させた。
そして建物の陰から通りへと出て、広場の入り口へと向かう。
ストレイン達を感知できる距離まで移動しなければ……。
道を渡った俺は広場の外周に沿って植えてある並木に手をついた。
乱れた息を整え、一度深呼吸をして気分を落ち着ける。
大丈夫、誰の目にも俺の姿は映ってないんだ。心配ない。
それにそろそろシモンズの連中を捕捉できる距離まで近づいたはず……!
俺は領域内で捉えた景色に注意深く意識を集中させる。
人が大勢いる……。
なんだ……? 誰かが戦っている……? これは……
……! ストレインか……!
さすがストレイン、まだ無事なようだ。頼もしい。
じゃあ今戦っているのはシモンズの奴か……?
……相手は……
「ーー!? クソったれ……っ!」
ストレインの相手を視た俺は思わず悪態をついた。
(ちくしょう……! なんてことだ……マズい……!)
悔しさに噛みしめた唇から血がしたたる。
自身の体の痛みなど無視して、俺は慌てて広場の中へ走り出した。
広場へと駆けつけた俺の視界に映っているのは、一生見ることは無いと願っていた最悪の光景だった。
「……っ……クマ吉殿! 気を確かに! 目を覚まして下さい!」
「ガアアアァァァ!!!」
クマ吉が左眼の『閃光の魔眼』を使い、極太のレーザーをいくつも繰り出しストレインにけしかけた。
すぐに対応し、神速の剣技でそれらを切り裂いていくストレイン。
するとライトレイを放ちながらも同時に迫っていたクマ吉が、その長く鋭い爪をストレインの胴体目掛けて振り下ろした。
構えた極光宝剣でそれを受け止め、両者はギリギリと互いの武器を鍔迫り合う。
「ぐっ……! クマ吉殿……な……んて……力だ……」
「グルルウウゥウゥウゥ!!」
クマ吉が発する得体の知れない怪力に、ストレインが押されまいと踏ん張るが明らかに分が悪い。
だが……、
「ぬ、ぐ……いったい、どうすれば……!」
それでもなお、ストレインは手を出さない。
出せるはずがない。
ようやく辿り着いた目的の場所。
敵の本陣であり、仲間達と合流し反撃の狼煙を上げるために目指したその先で。
俺の目前で繰り広げられていたのはーー
ストレインとクマ吉の殺し合いだった。
「ヒッヒッ、ストレインの奴、まーだ粘ってやがるなァ。しかし親父殿、ちいっとばかしパンチが弱いんじゃねえのか?」
「ふむ……そうだな……。おい、もう少し出力を上げてみてくれ。データが欲しい」
「ですが機関長、今の融和率ではこれ以上の負荷は……」
「かまわんさ。限界ぎりぎりまで試してみようじゃないか」
「はっ!」
大広場にあるお立ち台、その壇上に立つ人間達の会話が聞こえる。
一人は俺も見知った顔であり当初この騒動の手引き主かと思っていたワイル・D・ロビン。
もう一人は初めて見る顔だ。
髪こそ白いが、年老いた印象を一切感じさせない風貌の初老の男。頬に傷があるのが特徴的である。
先ほど機関長と呼ばれていたこの傷の男。
だとしたらこの男こそがシモンズの親玉なのだろうか。
部下と思われる人間に指示を出し、傷の男は神妙な顔つきで顎に手を当てた。
「ふむ……ストレイン君か。やはり彼は強く、美しいな。是非とも我らの手で研究したい逸材だ」
「ケッ、相変わらず趣味の悪いジジィだぜ……」
「何を……君に言われたくはないな、ワイル。何だね、私がストレイン君に執着するものだから……おや、もしかして彼に妬いているのかね?」
「はっ。気色悪ぃこと言ってんじゃねェよ、馬鹿馬鹿しい……」
心底うんざりしたような顔でワイルが吐き捨てるように呟く。
その様子を見た傷の男がハッハッハと控えめに笑い声をあげていた。
ようやく見つけたこの騒乱の元凶。
悪事を究める秘密組織の頭目であり、俺にとって最も倒さなければならない敵。
姿が見えていない今なら、策を練ればもしかして奴を倒す最大のチャンスになりえるのかもしれない。
ーーだが今の俺にはそんなことを考える余裕など一切なかった。
シモンズゥ……!
この二人に……よりによってこの二人に、殺し合いをさせたのか……!
邪眼工房を共に立ち上げた同志、心から相手を認め信頼し合う仲間。
強くなるため、互いに切磋琢磨しながら過酷な鍛錬を積み己を鍛えていた。
全ては俺のものづくりへの願いを支えるため。
なのに、その思いを踏みにじり弄ぶようなこんな真似……。
……お前ら、絶対に許さんぞ……!
クマ吉に精神干渉し、ストレインと戦わせるという卑劣極まりない行為。
痛みを忘れるほどの怒りに、俺の体の奥底から膨大な魔力が湧き出てくる。
(……よくわからんが都合がいい……。滅茶苦茶にしてやるよ……!)
ズズズ……と溢れ出るような、空気が澱むほどの濃い魔力。
以前ストレインに感じた不穏なものと同じ気配がしたが、どうでもいい。
もう、どうでもいい……!
自分の思考が曇っていくのを自覚しながら、しかしそれでも俺は気に留めなかった。
そして、未だ戦わされている二人の方に目をやった。
激しい攻撃を繰り出し続けるクマ吉。
対するストレインはクマ吉の攻撃をいなしながら反撃もせず、なんとかやり過ごそうとしていたのだが、
「クマ吉殿……! どんどん、力が強くなっていく……! くっ、だが、このままでは……」
「グアアァア! ガアッ……! ガ、アァアアア!!」
苦しそうに吠え、なにか様子のおかしいクマ吉。
そんなクマ吉の様子を心配したストレインが焦りを見せた。
あれはおそらく強制力の反動。
シモンズが悪用しているヌエ・ラ・デリウスからの精神干渉の影響が強すぎて、肉体の方が音をあげているのだ。
しかしだからといってクマ吉自身にはどうすることもできない。
「ガアアアァァアアア!!」
クマ吉はその苦しみを吐き出すかのように、左眼の魔眼から最大級と思われる出力で光魔使魔法『ライトレイ』をストレインに向けて放ったのだった。
クマ吉の異変に焦るあまり判断が一瞬遅れたのだろう。
受けざるを得ない、と覚悟した表情でストレインが極光宝剣を前に構えた。
だがーー
(そいつを……もらうぞ……!!)
この瞬間を待っていた俺は思わずほくそ笑んだ。
ここだ。
幻惑の魔眼の能力によって、”あの光”に干渉する!
(この『煌翼領域』の中じゃあ……光系統の魔法は全て俺の支配下だ)
さあ、いくぞ悪党共。
これでも喰らえ。




