59:幻惑の魔眼使い
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リュミエの町南区。
中央区に向かう大通りから大きく外れた路地裏、その中を歩く人影が二つある。
一つは赤。一つは黒。
二色の影は町の景色に馴染む事無く、なんとも異彩を放っていた。
「おい、バルディロイ。貴様、もう少し速度を落とせ。この私を差し置いて前に出ようと言うのか」
「……いえ」
「心配いらん。急がなくても、もう『名無し』……ウェムラ・アキュラには逃げる気力もないだろう。これだけの絶望を見た後だ……立ち上がる気力すら湧くまい」
「……しかし」
「むしろ奴が死んでいないかが心配だ、まったく……。加減というものを知らんのか貴様は」
赤いスーツで己を着飾るゼクンツは、手にしているステッキで傍らを歩く黒衣の男の足を強く叩き付けた。
「だいたいこの私がこんな汚らしい場所をわざわざこうして歩いているのも、貴様が奴を飛ばしすぎたのが原因だろうが。この愚図が。またあの頃の惨めな奴隷時代に戻りたいのか?」
「……いえ、申し訳ありません」
「ふん。だったら黙って言う事を聞いていれば良い」
傲然としたゼクンツの態度に、表情を一切変えないバルディロイ。
握っているテツサイカリバーの柄を指でなぞりながら、黙ってゼクンツの側に控えていた。
「しかし機関め……。セレナリア嬢は本来であれば私のコレクションに加えるほどの上玉なのに……『手出し無用』と言われていては見逃す他なかったというのが口惜しい。……クソ! あのゴミ共が! いつまでも私を利用できるなどと思うなよ……! 調子に乗りよって……!」
興奮した様子でステッキを振り回すゼクンツ。
顔を紅潮させ怒りをあらわにする。
「ハァハァ……む、いかんいかん。汚い言葉は私にふさわしくない。誇り高き貴族としてはあるまじきことだ、注意せねばな」
肩で息をしたまま徐々に冷静さを取り戻し、再び歩き始める。
素が出るとつい口調が汚くなることをゼクンツは気にしていた。
そんな主の様子に目もくれず、バルディロイは黙りこんだまま後ろを付いていくのであった。
「この辺りか? おい」
屋根が半壊している民家の前で、ゼクンツは足を止めた。
吹き飛ばされたウェムラ・アキュラが着弾したと思しき場所。
問いかけにバルディロイが無言で頷いた。
「さっさと表に引きずりだしてこい」
ゼクンツは短く嘆息し、心底面倒そうに命令を出した。
指示を受けたバルディロイが半壊した家屋に足を踏み入れ、中に入っていく。
その背中をぼうと眺めながらゼクンツは、そしてすぐに邪悪な笑みを浮かべこの後の”お楽しみ”に胸を躍らせた。
さあて名無しよ、どう料理してくれようか……。
あの時はよくも私に恥をかかせてくれたな。堪え難い屈辱、忘れはせんぞ。
まずは……そうだな、足ぐらいなら斬り落としても問題なかろう。物を作る為の腕さえ残しておけば機関もガタガタ言うまい。
じっくりじっくりと、苦痛を与えてやる。
今更泣いて許しを請うたところで、止めはしないがな。
さあ、さあ。
早く出てきたまえ。私を楽しませろ! ウェムラ・アキュラ!
ハハハハハッ!!
「おい……ゼクンツ」
「……あぁ?」
妄想の中に耽ていたゼクンツは、横合いから突然聞こえた声に振り向いた。
そこにいたのはーー
「名無し、貴様!? なぜそこにいる!」
片手で顔の半分を覆うように隠している、アキュラの姿であった。
「……さあな……」
「くッ……! おい、バルディロイ! 何をしている! 奴は外にいるぞ!」
焦ったゼクンツは慌てて声をあげた。
見たところ目立った傷もない。
どんな偶然か知らないが、あれだけの攻撃を喰らって奇跡的に無傷で済んだということなのか?
死んでいないかと不安を感じてはいたが……なんたることだ。
狂犬め、まさか手を抜いたわけではあるまいな。
「グズが! 早く来い!」
「……おいおい……どこに向かって叫んでいるんだ……?」
「アァ!? 貴様、何を言ってーー」
ゼクンツが振り返るとそこには半壊した民家がーーない。
よく見ると自分が立っていた場所も路地裏ではなく、広い通りの真ん中であった。
まるで瞬間移動したかのように、周りの風景がさきほどとは別物に変わっている。
異常で奇妙な感覚に脳の処理が追いつかず、ゼクンツはぐらりと体をよろめかせた。
「いったいなにが……これは……」
「……この空間はもう……お前達の知っている場所じゃない……」
「なんだ……? 何を言っている……?」
ぶつぶつと呟くアキュラを怪訝に思い、顔をしかめるゼクンツ。
そこでふと、あることに気付いた。
「おい、待て名無し貴様……なんだソレは……」
片手で右目の辺りをわし掴むように覆い隠すアキュラ。
その手の隙間から、まばゆい光が漏れ出ていたのだ。
山吹色に輝く、妖しくも美しい光。
ウェムラ・アキュラの情報はもちろんゼクンツの耳にも入っている。
創り上げた武器や装飾を自分ではほとんど使わず、特に、肉体に直接取り付けるような物は一切身につけていない。
依頼で製作した物はもちろん、それ以外で作った物も少し経てばすぐに売りに出す。手元に残してある物はあまりない。
そうして従者であるストレイン・アスガルドに戦闘の大半を担わせ、魔物の素材などを調達しているのだ。
アキュラ本人の身体能力は高く潜在的な魔力も多いーーが、それだけ。
人使魔法も使えず、魔力も目を見張るほどのものではない。
元英雄ストレイン・アスガルドや突然変異して強力な力を得たフォレストクロウベアと比べて、現状、敵戦力として数えるレベルには達していない、というのが機関からの報告だ。
(これは、まさか)
だがゼクンツは背筋が凍るような、とてつもない悪寒を感じていた。
あれは、あの光は、見たことがある。
光の色こそ違えど、以前シモンズの実験室で見たものと同じ類いのものだ。
シモンズに誘拐された哀れな被検体が、最後の抵抗にその眼を輝かせていたのを思い出す。
「まさか貴様ーー」
いったいどこに隠し持っていたのか。
ゼクンツは戦慄した。
”悪魔”と呼ばれる前の、ウェムラ・アキュラの代名詞。
”名無しの名匠”が生み出す、唯一無二の逸品。
邪眼。
いかな常人だろうと、その身に『魔の力』を授ける神秘の宝具。
基本的には眼球の代替品として失明した者が装着するような代物であり、正常な目を備える人間には身に付けることすら不可能のはず。
だがそれが今、奴の右眼にある。
ということはすなわち……
その光景を想像したゼクンツは身を縮め、恐る恐るその言葉を口にする。
「貴様、自分の目玉を、抉り取ったのか……っ!?」
「……ふ、……ふふふ……」
不気味に笑うアキュラ。
その瞳の奥に覗く狂気に、ゼクンツは喉元から這い上がるような恐怖を感じた。
「……気をつけろ……もうお前の知っている俺じゃない……」
「ぐッ……! 貴様……!」
ゆらりゆらりと体を揺らしながら、アキュラがゆっくりとゼクンツに近づいてゆく。
そうして、ニヤリと口元を吊り上げた。
「……ストレインやワイルすらも化かしたこの力……お前らごときに見破れるか……?」
「この……化物がァ!」
抱いた恐れを振り払うように、ゼクンツがアキュラ目掛けてステッキを振り抜いた。
だがその手に伝わる感触は何一つない。
煙のように消えてゆくアキュラの姿に、ゼクンツは悔しげに唇を噛みしめる。
「クソォ……どこへいった! 出てこい名無し!」
怒りのままに叫び吠えるゼクンツ。
誰もいない大通りの真ん中でその声は虚しくこだまする。
なんなのだ! これは一体、何が起きている!
ついさっきまで奴は職人として腕が立つだけの無力な田舎猿だっただろうが!
この私に蹂躙されるだけの愚かな男……それなのに……!
ゼクンツの中でアキュラの存在が大きく膨らんでいく。
獲物だったはずの獣が、猛獣へと姿を変えた。
そうして今は、自分が獲物だ。
「そんなこと……認めはせんぞおおおぉぉ!!」
認めたくない現実を前に、気品の欠片もなく獣のように叫ぶゼクンツ。
その姿には貴族としての優雅さなど皆無であった。
周りを警戒しながらゼクンツはアキュラの攻撃に備えている。
すると、建物の影から黒衣に身を包んだ男が現れた。
そしてそのままゼクンツの方に歩み寄っていく。
「お、おぉ……! バルディロイよ、遅いぞグズめ……っ! だがまあいい、特別に許す! 今すぐに名無しを探して引きずり出せ!」
一転攻勢。
バルディロイを見つけたゼクンツは嬉々として命令を口にした。
(ハハ……残念だったなあ、名無し。貴様の時間はもう終わりだ!)
胸を撫で下ろし、得意気にゼクンツが笑う。
やはり最後に勝つのはこの私、三大貴族アインシュトルム家の次期当主たるゼクンツ様だ。
ウェムラ・アキュラよ、短い夢だったな。
ゼクンツの命令を受けたバルディロイ。
ーーだが、その歩みを止めることはなかった。
「あ……? おいバルディロイ、聞こえないのか? 名無しを早く……って、お、おい……!?」
ゼクンツの言葉を無視しながらずんずんと近づいてくるバルディロイ。
そして勢いよく手にしていた剣を振りかぶった。
「これも幻か……? ……いい加減にしろ……」
「ヒ……ヒェ……!」
あまりの恐怖に尻餅をついたゼクンツの頭上を、少しでも触れたら即死を免れないような斬撃が通り抜けた。
情けない悲鳴がゼクンツの口から漏れ出て、綺麗に整えられていた髪は滅茶苦茶に乱れ、その顔色はみるみる青ざめていく。
(本気だ……今、本気で私を殺そうと……)
先ほどのバルディロイの言葉。
どうやら幻影によって私と引き離されていた間、ずっと幻を相手にさせられていたようだ。
だからといって……私の姿でもおかまいなしに斬りかかるとは……。
今まで感じた事の無かった本当の身の危険を前にして、思わず涙目になったゼクンツ。
そこでようやく気付いた。
周りをよく見ると、いつのまにか自分と全く同じ姿の人間がそこら中にぎっしりと存在していた。
”気配の感じる幻”……こんなものを自在に生み出せるのか奴は……?
邪眼の恐ろしさを再度、身をもって知ったゼクンツだったが、今更どうにもならなかった。
「面倒だ……全て消えろ……」
「た、頼む……待て、待ってくれ……バルディロイ……」
地面に剣を突き立てたバルディロイに、消えそうなほど弱々しいかすれ声でゼクンツが縋り付こうとした。
だがバルディロイは気にした素振りも無く、剣に魔力を込めた。
本当に声は聞こえていないのか。
あるいはーー
どちらにせよ、もはや現実は変わらない。
「吹き荒べ!」
目の前で巻き起こる暴風の塊。
突き立った骨剣を中心に、破壊の嵐が辺り一帯を薙ぎ払う。
消え行く意識の中、ゼクンツは思った。
こんなところまで来なければ良かった、と。
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少し離れた場所で一部始終を見ていた俺は、しかしもう笑う気力も無い。
「……バカめ……勝手にやってろ……。お前らなんかに構ってられるか……」
壁に体を引きずるようにして町の中心部に向かって歩いている。
幻とは違って俺の体は傷だらけだった。
「……ぐっ……! ああぁ……ぐうぅぅう……!!」
痛い痛い痛い。
いっそ死んだほうが楽になるんじゃないかコレ。
一向に治まりそうにない右眼の激痛が、鋭さを増してガンガンと頭にも響く。
自分で目を潰して抉ったんだ。
当然の結果だろう。
(……だが……ぐっ……! おかげで……とんでもない力を得た……)
幻惑の魔眼。
サンライトヴァルファリオンの特性を自在に使うことができる最新型の邪眼。
本当はストレインに使ってやりたかったが……こうなっては仕方ない。
この力はなんとか俺が使いこなすしかないようだ。
それに……、
(……いちど『アンブレラ』を使った俺だからこそ……分かったこともある……)
”光を操る”ヴァルファリオンの特性に関して、開閉式幻影発生装置『アンブレラ』での使用感と『幻惑の魔眼』では、その扱いやすさがはっきり言って全く別物であるということだ。
アンブレラはアナログ的な扱いにくさがあったが、魔眼による光の制御は、なんというか、とてもしっくりと”馴染む”。
なにより、能力が届く範囲内のことならば、離れていても視覚的なイメージで捉え感じられるのが大きい。
(……こんなことまで可能だったのか? ヴァルファリオンの能力は……」
正直、不可解なことも多い。
やはり、神経で直接繋がっている邪眼の仕様により、能力に何かしらの補正でも入っているのかもしれないな。
この辺りはしっかり研究しないとずっと謎のままだが……
「……!! あぐぅう! がっ……っ……はぁ……はぁ……」
一際大きな痛みが襲いかかり、倒れそうになったのをその場で懸命に堪えた。
分かってる。
こんなこと気にしている場合じゃない。
早く、みんなのところへ。
右眼から流れ出る血を気にすることなく、俺は目的の場所に向かって歩き続けるのであった。




