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58:覚悟

(……どれだけ気を失っていた……俺は……)


 目を、覚ました。 

 まだ意識が朦朧としている。

 だが幸いにも俺は、気を失う直前までのことをしっかりと覚えていた。

 

(……ここは……どこまで飛ばされたのか……)


 自身の体が瓦礫の山に包まれていることはわかる。

 ということは建物に突っ込んだ形か。どこかの民家の中かもしれない。

 なんにせよ、元居た場所からずいぶん遠くまで蹴り飛ばされたようだった。 


(……腕も……足も頭も、くっついている……奇跡に近いな……)


 自分の肉体に意識を向けると感じられる確かな実感。

 俺みたいな未熟な魔力防御でも、ちょっとは効果があったのかもしれないな。

 とはいえ、

 

(……痛い、はずなんだけど……)


 俺はおぼろげながらもしっかりと刻み込まれた記憶を呼び起こす。

 バルディロイの蹴り、加えてここに飛ばされるまでに追突してきた建物の数々。

 いくら俺の肉体が特別とはいえ限度はある。

 さっきから体のあちこちに激痛が走っていて、逆にもう痛いかどうかもわからない状態だった。

 

(……あぁ……二人は大丈夫だろうか……)


 つい先程まで一緒にいた彼女達の姿を思い浮かべた。

 頼む。

 どうか無事でいてくれ。


(とにかく……起きて状況を……)


 俺は渾身の力を振り絞り、体にのしかかった瓦礫を払いのける。

 見るとそこは部屋の中であり、辺りには壊れた家具や割れた食器などが散乱していた。

 どうやら俺はやはり民家の中に突っ込んだようだった。


 ゼクンツ達はまだ近くにいない。

 となると、俺が気を失っていた時間もほんの数秒程度の出来事なのかもしれない。

 ならばチャンスは今しかない。 


(……くっ……早く、ここから……離れなければ……)


 いつゼクンツが追いついてくるかわからない。

 俺は震える膝を叩き無理矢理奮い立たせた。

 そして足を引きずりながらも玄関口に向かって歩き始める。


 だが、俺はすぐにその場で膝から崩れ落ちた。

 怪我のせい……ではない。

 歩けなかったわけじゃなかった。

 

 足を動かすだけの気力がとっくに消え失せていたのだ。


「……俺の……俺のせいだったのか……」


 口から漏れ出た想い。

 俺の心は、折れかけていた。


 ゼクンツは言っていた。

 実験はあくまでついでのこと。

 シモンズの本当の目的は俺の”生け捕り”。

 つまりこの侵攻の狙い、奴らが本当に欲しがっていたのは……

 『名も無き名匠』という存在。

 俺の職人としての腕だったのである。


 奴らはそのために町一つ犠牲にした。

 精神干渉能力の実験場、さらに口封じも兼ねている。

 罪の無い人々を切り捨て、洗脳操作がどこまでやれるかを試したのだ。

 

(……この分じゃ騎士団どころか、王様すら洗脳されている可能性が……)


 ここまで派手にしでかして後に引くなどしないだろう。

 コルダ王国を乗っ取り本格的に動くつもりなのかもしれない。

 シモンズの目的が世界征服なのかなんなのか知らないが……。

 魔帝であるノアに、ワイル含めた王国騎士団、伝説級魔物ヌエ・ラ・デリウスの洗脳能力、そこにストレインを加え、俺にあらゆる兵器を製造させればそれが夢では無く現実的な話に近づくのは確かである。


(デリウスの適合者はセレナだけじゃなかったんだな……。結局、俺はシモンズの手のひらの上で踊っていたにすぎなかったんだ……)


 セレナを助けたのは俺の意思であり、そこは誇るべきなのかもしれない。

 だが、そんなことはなんの慰めにも言い訳にもならない。

 虚脱感に苛まれた俺の心は死んでいるかのように何も感じられず、崩れ落ちた体勢のまま失意のどん底にいた。


 俺の脳裏に映るのは、美しいリュミエの町並み。そして平和に暮らす町人たちの輝かしい笑顔。

 それらがおびただしい血の色に塗れ、燃え盛る炎に包まれてゆく。

 そうして築かれた巨大な屍の山の上で、呑気に笑う男が一人。

 それが俺だ。


「……なんだ……あながち間違っても無いじゃないか……はは」


 悪魔、か。

 俺は王都で呼ばれているらしい自分の名を思い出し、自嘲するように呟いた。

 

(……俺は) 


 大した考えも持たず、相手の底を計りもしないで喧嘩を吹っかけた。

 ーーまだどこかで自分が神に選ばれた存在などと思っていたのかもしれない。


 周りに目を向けず違和感から目を逸らし、好き放題生きていいと自分に言い聞かせた。

 ーーこの世界での出来事がまるで他人事のように感じていたか? 転生してきた自分は他の人間とは違うと思い上がっていたのではないか? 


 俺は転生したとき、この世界では自分に正直に生きようと決めた。

 だが俺がやっていたのは現実を直視せずただ逃げ続けることだけ。

 その結果がこれだ。

 みんな、俺が殺したようなものだ。


 じわじわと湧き上がってくる暗く濁った感情。

 俺は心の底から叫び出したくなる衝動を無理矢理抑え込んだ。

 俺はただ……好きなように、自由にものづくりをしたいだけだったのに。

 ただそれだけでよかったのに……!

 俺は……!!


「……!?」


 すると突然、遠くから強烈な気配を感じて俺は顔をしかめた。

 くっ……この魔力は……。  

 徐々にこちらに近づいてくる強い魔力の反応。

 離れていても感じる、狂戦士バルディロイの禍々しい瘴気のような気圧だ。

 つまり今、ゼクンツ達が俺の元に向かってきているということを意味していた。


 今の俺に勝ち目は無い。

 武器もなければ、側にはストレインもいない。

 もしゼクンツ達に見つかったら今度こそお終いだ。

 気の済むまで奴らに痛めつけられ、その後にシモンズに引き渡され洗脳……。まあ、奴らが望む物を生み出すだけの只の”道具”として、死ぬまで延々とこき使われる未来が待っていることだろう。


「……いや……それも、いいか……」


 俺みたいな愚か者にはお似合いの末路かもしれない。

 惨めに生かされ、最後にはゴミのように捨てられる人生。

 それが無惨に殺された町の人達への贖罪になるのなら、なんてーー


  

 そして俺はキツく目をつむり、拳を強く握りしめた。


「……なんて、誰が言うか……」


 自分でも知らないうちに声が漏れていた。

 次第に俺の胸の中に沸々とした怒りが湧いてくる。

 その矛先は他でもない。

 希望を諦めかけている自分への強い怒り。


 確かにこれが前世の俺だったら、すぐに諦めて絶望していただろう。

 だが俺はウェムラ・アキュラだ。

 日本で生まれて日本で育った、日々を適当に生きていた上村晶じゃない。

 エシュタルに転生し新しく生まれ変わった、ものづくりのために生きることを決意したウェムラ・アキュラなんだ。

 

 俺はまだ、自分の”ものづくり”に満足しちゃいない。

 諦めない。

 ……死んでたまるか。


「死なせてたまるか……!」


 アイリスも、セレナも。

 ストレインも、クマ吉も。

 これ以上誰も死なせるわけにはいかない。

 俺のものづくりが、こんなところで終わっていいわけがない。


「これ以上好きにはさせんぞ、シモンズ!」


 絞り出した声は果たして何かを変える力となるのか。

 俺は突き立てるように天に向かって吼えたのだった。

 

 だが、かといって今の俺がストレイン達の元へ駆けつけたところで何の役にも立たない。

 力が必要だ……。

 強者に立ち向かうことのできる、新たなる力がーー。 


「……あ」


 それを今すぐ手にする方法を俺は知っていた。

 俺のポケットの中に存在する物。

 工房に置かず持ってきてしまった、”こいつ”がその鍵となる。

 

 しかしその力を得るためには、”代償”が必要だった。


「は……は……」


 生唾を飲み込む音が鼓膜に響く。

 その光景を想像するだけで胸が苦しくなった。


 だが、想像だけで止まらない。


「……ハァ……ハァ……!」


 視界に映る景色が急激に色褪せてゆく。まるで生きた心地がしない。

 それでも俺は落ちている瓦礫の中から尖った破片を両手で拾い、しっかりと握り締めた。

 そしてそれを自分の右目の前にゆっくりと持っていく。

 時間がない。

 もたもたしていたらゼクンツ達がここに着いてしまう。 


「……ふっ……ふっ……!」


 呼吸が荒い。息が苦しい。

 逃げたい。

 誰か助けてくれ、怖い。

 怖い。


 破片を握る両手がガタガタと震え、みっともなく声が漏れ出た。

 これではきちんと狙いが定まらない。


 一度だけ。

 目を閉じて息を吐いた。

 まぶたの裏に映るのは、工房で同じ時を共に過ごした仲間達の姿。

 少しだけ、肩の力が抜けた気がした。


 こんなところ、ストレインが見たら激怒するだろうな。

 ……ふ、ふふ。

 いつも勝手ばかりですまんな。

 許してくれ。


「……今ッ……行くぞ……! みんな……!!」


 俺は服の首元の布を強く噛みしめた。

 覚悟は済んだ。

 両手で握った破片を、俺は勢いよく右目に向けて振りかぶるーー

 


 手の震えはもう、止まっていた。


ーーーー

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