57:パンデモニウム
工房にもこの町にも、もはやどこにいても安全な場所など無い。
ならばと渦中に飛び込む覚悟で俺たち三人は町の中を進んでいく。
俺を先頭に後ろにはアイリス、その後ろをセレナが固める。
差し当たっての目標は酒場への到達。ドボルグの安否確認のためである。
くそ……こんなことならつい最近開発したばかりの『携帯型バットフォン』を皆にも作っておくんだった……。
町の端までの範囲しか繋がらない携帯電話など、工房を中心に生活する俺たちには必要ない。
なにか町に用がある時もストレイン達が直接赴いたり、家にあるバットフォンを使えば事足りる、そう思っていたため携帯型は依頼された分しか製作していなかったのだ。
こんな事態になるなんて……。
事が起きてから気付く迂闊さに、俺は悔しい気持ちを堪えた。
反省は後だ。
町の中心に向かって警戒しながらも、俺達三人は早足で目的地へと急ぐ。
周りの家屋には次々と火の手が回っている、急がないと俺たちも危ない。
「お父さん……無事でいて……!」
「アイリス、大丈夫だ! ドボルグは……お前の親父は簡単にくたばるほどヤワじゃない。それに右手には俺の作った骨鎧もある。自力でなんとかしているだろう」
「……っ! はいっ!」
俺の言葉に強く頷き、しっかりと後ろからついてくるアイリス。
よし、まだ元気はあるな。
俺はアイリスの調子を確認しながら、自分が言った言葉の内容を反芻する。
嘘では無い。
もちろん励ましの意味もあったが、それとは別に確信に近い根拠が俺にはあった。
(もうすぐ酒場に着くが……いまだに王国兵と遭遇していない)
いや、先ほどから兵士達は視界に映ってはいるのだが、皆一様に道端で倒れたまま動かない状態であった。よく見ると昏倒しているだけで、誰も死んではいないようだ。
この道で間違いない。
この道こそストレインとクマ吉が突き進んだルートだ。
どうやら敵を蹴散らしながら動いていたようである。
なんというか……流石だな……。
(痕跡を見ると、あの二人も酒場に寄った可能性が高い……! ドボルグを救出し、一緒に行動しているかもしれん。……しかしこりゃあ……)
アルカダ大陸最強といわれる王国騎士団。
頻繁に他国と戦争をしている手前、雑兵とはいえその練度は並ではないはずだ。
だがこの光景を見ろ、まるで台風が通り過ぎた後のように彼らはズタボロである。
「さっすがストレイン達ね! これで王国最強の騎士団だって言うんだから……た、大したことないわ! ね? アキュラ?」
「そう言ってやるな、セレナ」
王国騎士団が弱い、のではなく。
ストレイン達が強すぎる。
「……いけるか?」
思わず呟いた言葉。
いまだに状況の把握はおぼろげであったが、敵の脅威に比して自軍の戦力が大きいように思う。
まあ実際、別の協力があったとはいえストレインは魔物ランク★8の伝説級魔物をすでに討伐した実力がある。
そんなことが可能な人間はこの世界に数えるほどしかいないだろう。
その限られた者しか辿り着けないステージにもはやあいつは登っているのだ。
一騎当千の化物……相手からしたら悪夢だろうな。
(とはいえ、敵が王国騎士団となると”ヤツ”がいるのは間違いない……。気を引き締めろ、もう、あまり楽観視できるような状況ではないんだ……!)
道の端々で町人や兵士が倒れている惨状に目をやり、思わず顔を逸らした。
一時的とはいえ、”ヤツ”と力を合わせて一緒に戦った時のことを思い出す。
記憶の中で飄々と佇むその姿は、ストレインと同等の力を有する絶対的強者。
そして、やはり……という確信めいた思いと、そんな……という裏切られたような思いで、俺の胸の奥がじんわりと痛んだ。
馬鹿野郎め……敵として対峙したくなかったぜ……。
(何を企んでるか知らないが、今度こそ洗いざらい全て吐いてもらうぞ……ワイル!!)
コルダ王国、王国騎士団遊撃隊隊長、ワイル・D・ロビン。
王国内でも黒い噂の絶えない、一癖も二癖もある曲者。
今回の襲撃に関して、裏で糸を引いているのはワイルだと睨んだ俺は、まだ見ぬ奴の姿を思い浮かべた。
さすがにやり過ぎだ、許せそうにない。
俺は今までに自分でも感じたことがないほどの怒りを覚えながら、前へ前へと進んでいく。
ーーそしてすぐに思い知る。
自らの過ち、考えの甘さというやつを。
それはほんの一瞬の出来事だった。
王国兵に出くわすことなく、無事に目的地まで近づいた俺達。
辺り一帯はほとんど燃えておらず周りの建物も無事で、視界にはもうドボルグの酒場が見えていた。
俺は警戒しつつセレナとアイリスを先に行かせ、危険が無いか周囲に目を光らせる。
兵士たちの気配は無い……心配ないようだ。
しかしここはリュミエの町南区と中央区の区境付近。
町の中心地、中央区はもう、すぐ近く。
気づいた。
俺の真後ろに”誰か”が立っていた。
「ーーっ!? 離れろ、二人とも!」
俺は突如背後に現れた何者かの存在に驚愕しながら、咄嗟に叫んだ。
何者かーー黒衣を身に纏うその男は手にした剣を地面に突き立てた格好で、静かに呟く。
「……荒れ狂え」
次の瞬間、
突き立った剣を中心に暴風が吹き荒れ狂いーー。
凄まじい勢いで地面が爆ぜた。
「ーーなっ!?」
「アイリス伏せて!」
「きゃあ……!?」
まるで隕石でも衝突したのかと言いたくなるような衝撃。
セレナが咄嗟にアイリスを庇うように抱きつき身を屈めるが……
俺たちは為す術もなくそのまま吹き飛ばされた。
「……ぐ……はっ……!」
地面を転がり滑りながら、なんとか堪える。
体の芯から揺さぶられるほどの強烈な一撃。
魔力を身に纏って多少軽減できたが、それでも相当な衝撃だった。
(……っう……アイリス達は大丈夫か……!?)
倒れたまま後方に目をやると、抱き合うようにアイリスとセレナも倒れていた。
だが俺から離れていたおかげで、二人とも軽傷で済んだようだ。
ほっ、と安堵したのも束の間、俺は痛む体をおしてすぐに前に向き直る。
そこには、衝撃の中心にいたにもかかわらず何事もなかったかのように佇む襲撃者の姿があった。
気配を完全に殺す実力と、背後から不意打ちを仕掛けてきた冷徹さ。
黒い衣装を纏うその姿には見覚えがあった。
そしてさらに見覚えのある、男が手にしている”骨剣”。
あれは……!
「ハッハッハ! 愉快愉快! やはり地べたに這いつくばるのは貴様ら愚民が一番良く似合う!」
どこからか声がした。
目の前の男からじゃない。
俺は周囲を見渡しその気配を探る。
すると今まで隠れていたのか、近くの建物から声の主が現れた。
「待っていたぞ。久しいな、”名無し”よ。いや、今は”悪魔”だったか……? クックッ……」
シワひとつ無く綺麗に仕立てられた赤いスーツのような正装。
ウェーブのかかったブラウンヘアを手で払い、なんとも高圧的な態度の男が靴を鳴らして登場した。
「お前は……あの時の……! ゼクンツとかいう貴族か……!」
ゼクンツ・アインシュトルム。
コルダ王国に存在する三大貴族、その一つに名を連ねるアインシュトルム家の御曹司。
以前、俺という職人を召し抱えようとこの町にやってきた男で、あまりの態度に要求を突っぱねたら直接危害を加えてきた危ない奴である。
だが、なぜ今ここにいる……?
「なぜ、だと? ……ハッハッハ! 何も知らんのだなあ、貴様は!」
さも滑稽と言わんばかりに大口を開けて愉快に笑うゼクンツ。
その隣では先程俺たちを襲った黒衣の男ーーゼクンツの手駒である狂戦士バルディロイが表情一つ変えずただ立ちつくしていた。
その手にあるのは、いつだったかの俺の作品、骨剣テツサイカリバー。ストレインが初めての任務の際に使っていた剣だ。
すいぶん前に若い冒険者に売り渡した物だがなぜ奴が手にしているのか、色々と気になるが今はそれどころじゃない。
町が王国騎士団に襲撃された理由を知っているようなゼクンツの口ぶりに、俺は急かすように答えを求める。
「なんだと……? 俺が何を知らないというんだ」
「口を慎め俗物」
「あ?」
「下賤な貴様が貴族たるこの私に対等な口が聞けると思っているのか? 貴様と私には天と地ほどの格の差があると知れ」
「(ぐっ……この貴族は……)」
さも当然とばかりに断言し、問いかけに口を挟まれる。
貴族至上主義。
相変わらずの選民思想に辟易する俺をよそに、ゼクンツが深い溜息をつき歪んだ笑みを浮かべた。
「……まあいい、せっかくの興が削がれるのは私としても面白くないのだ。その無礼な口を今だけ特別に許そうじゃないか……クックック」
何がそんなに楽しいのか。
その異様な態度を不気味に思い俺は顔をしかめた。
「だったら答えろ。なぜお前がここにいる? なぜこの町は騎士団に襲われているんだ!」
余裕のあるゼクンツの態度に苛立ちを抑えきれず声が荒げる。
目まぐるしく急転する状況に、俺も内心穏やかではいられなかった。
「フフ……そんなことか。まさか貴様、『こんな平和な町が国の兵隊に襲撃されるなんてありえない! 何者かの凶行に違いない!』などと考えているのか?」
「……!!」
「だとしたら道化が過ぎるというものだ」
「……じゃあ何なんだ、言ってみろ!」
一日にして変わり果てたリュミエの町、騎士団による謎の襲撃の答え。
早く答えを喋りたくてたまらないといった様子で、ついにゼクンツが口を開く。
だが、ようやく得た真相は、俺の想像を遥かに越えるものだった。
「答えは簡単なことだ。彼ら……王国騎士団には正式に討伐命令が下されているのだよ。この町に侵攻せよとコルダ王から直々にな」
は……?
予期していなかった答えに唖然とする俺。
なんて言った、こいつ……?
王様からの討伐命令?
「名無し貴様……この町が、そして貴様自身が王都で何と呼ばれているか知っているか?」
言葉を失った俺の姿を満足そうに眺めながらゼクンツは喋りつづける。
「悪魔の巣喰う町、リュミエ。そしてその中核たる悪魔の化身”ウェムラ・アキュラ”」
「……悪……魔……?」
「名無し、貴様のことだ」
……何が起きている?
俺が見て見ぬフリを続けていた間に、外の世界でいったい何が起きていた!?
「魔物と人を融合させ、人外の化物を生み出す悪魔。辺境の地で刻々と育まれていく災厄を前にして、ついに王が重い腰を上げた、というわけだ。化物退治のな」
「……っ、ふざけるな! 俺のは融合なんて邪悪なものじゃない! 俺のものづくりは……」
「ふん、だが他にもいくつも罪状があるぞ? 三大貴族の一角、アインシュトルム家の者に対する暴行。これは私に対してのことだな。そして第一王女セレナリア・ディエスペレッゾの殺害。この報道で王都の民衆たちが一同に討伐要請を願い出た光景は圧巻だったぞ。クク。そして何より許されないのが、秘密裏に過剰な兵器を製造しコルダ王国への反逆を企てているという噂がアルカダ大陸全土に流れていることだ」
ゼクンツの口から次々と出てくる言葉に、しかし俺の頭は正常に機能していなかった。
なぜだ……どうして……なんなんだ……。
セレナを殺したという冤罪や、国への反逆罪に問われていることも不可解だが……この町の穏やかな景色や町人達を見れば何かの間違いだとわかるはずだ。
なぜ罪の無い人々を有無を言わさず皆殺しにしようとする……なぜ!
「『邪眼工房に侵攻し、悪魔の巣窟を壊滅させよ』。これが我らの王が下した命令だ。ゆえに”こう”なった」
キザったらしい決めポーズをとりながらゼクンツが話を締める。
俺はそんな奴の方を気にすることなく、一人悶々と考え込んでいた。
何がパンデモニウムだ、何が悪魔の巣だ。
今までこの町に外から何の情報も入ってこなかったのはなぜだ……。
王国は敵国との大規模な戦争に向けて準備しているんじゃなかったのか?
だったらアンブレラを作ったあの依頼は何だったんだ!
俺は頭を抱え、なんとか事態を呑み込もうと必死だった。
すると、俺の反応に飽きたのかゼクンツがやれやれと息をついた。
「とまあ、今語ったものは表向きの理由に過ぎん」
気怠げなゼクンツの一言。
反射的に俺は奴の方を振り向いた。
そこには魔物より恐ろしく邪悪な笑みを浮かべる人間の姿があった。
「徹底した情報操作と封鎖、国民たちの扇動……その辺りは私も手伝ったよ。パトロンの一人であると同時に貴様に意趣返しできるいい機会であったからな。私はそれで良かったが……だが奴ら、”機関”は徹底的にやるらしいぞ? この侵攻もある実験の成果の最終確認を兼ねているとのことだ」
「……機関……、……実験……? ……まさか」
「とても興味深い実験でな、私も支援してきた甲斐があった。まさかあの厳格な王国騎士団が、”悪魔”というイメージの刷り込みだけでああも冷酷に無慈悲に、無垢な民々に斬りかかるとは……本当に恐ろしい、そして素晴らしい!」
「まさか……まさか……!」
ある実験……。
少し前にその言葉絡みでとある人間を巡って大立ち回りしたことを思い出す。
実験内容は魔物を使った精神干渉能力の制御。
つまり本当の敵、それはーー
「シモンズ……! 奴らの仕業か……!」
諜報機関シモンズ。
コルダ王国の暗部。闇に揺らめく非人道的組織。
ここにきて俺はようやく事態の真相に辿り着いた。
この惨劇の裏で真に暗躍していたのはあいつらだったのだ。
そしてこいつもグルだった。
なんのために……?
まさか、
俺の為?
「本当ならば私の顔に泥をつけた忌々しい貴様らをまとめて嬲り殺したいところだが……生憎と”止められている”のでな。貴様は絶対に生け捕りにしろ、だと。癪だが、奴らを敵に回したくないのは事実。……だから半殺し程度で済ませてやろう。私は慈悲深き至高の貴族であるがゆえな」
「待て……! シモンズの実験は潰えたはずじゃなかったのか!? あれはセレナがいないとーー」
「問答はもういいだろう、やれバルディロイ」
ゼクンツの合図に構えをとるバルディロイ。
その禍々しい魔力が今にも飛び出してきそうな勢いで膨れ上がりーー
「さあ名無しよ、もっと私に悲鳴を聞かせろ。もっと楽しませてくれ! くれぐれも死ぬなよ?」
「……!! セレナ起きろ! アイリスを連れて逃げーー」
叫び終わるのを待たずして、魔力を練り上げたバルディロイの強烈な蹴りが俺を捉えーー
俺は意識もろともその場から吹き飛んだ。




