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56:運命の日

 ーーシュッ、シュッ、シュッ。

 工房内に小気味良く響く擦れ音。

 手際よく丁寧で繊細、かつスピーディなそのリズムが俺の手の動きを更に速める。

 俺がもっとも大切にしている作業だ。


「ふふ……いいぞ、かなり磨き上がっている。もう少しだな……」

 

 手に持った山吹色に輝くアダマイトタートルの甲羅片を覗いては確認し、また特製のヤスリで磨き直していく。

 これは俺の邪眼作りにおける最後の工程。

 きっちり抜かりなく行うことが良い邪眼を作るための一番の作業なのだ。


(それに今回は新しく設計し直した新型の邪眼。細心の注意をもって全力であたるのが真の職人というものだ)


 新型の邪眼ーー新たな機構を組み込んだ、全く新しい魔眼。

 俺のものづくりの能力が更に成長したことによって為し得た、これまでの集大成とも言うべき作品だ。


 ターレットシステムというもので、人工眼球の内部に一枚の特殊な台座シリンダーを組み込んである。

 その台座に五つの凹み部を設けてあり、それぞれレンズをハメ込んで固定することができるのだ。

 シリンダーを回すことによってセットされた五つのレンズを眼球内でいつでも切り替えることが可能となる。

 今までは一種類のレンズを付け替えることしかできず、基本的に一つの邪眼につき一種類の能力しか扱うことができなかったが……。

 このターレットを駆使すれば、戦闘中でも五種類の能力を使い分けることができる。

 その事実が魔物との戦闘に際してどれほどの影響を与えるのかは……言わずとも知れることだろう。


(この邪眼をストレインに渡して……あいつにもっと強くなってもらう、誰も敵う者がいなくなるほどに。そして、これまで抱えたままだった色々な問題にケリをつけてやる)


 新型の仕様は、正確には邪眼ではなく魔眼なのだが……ええい、ややこしい。

 俺は強い決意を胸に秘め、作業速度を更に上げながら手を動かしていく。

 

 この世界で生活を始めてもう二年以上経つか。

 最初は山の中でクマ吉とのんびり好き勝手やりながら暮らすつもりだった俺が……

 ストレインと出会って世界を知りーー

 アイリスやサント達と出会って人々の営みの尊さを感じーー

 フィオーナに出会って種族間の因縁や魔法の仕組みを教わりーー

 セレナやノアと出会って王国に蔓延る薄暗い闇の一端を覗いてーー

 そしてーー


(気付いたら俺の邪眼工房が賑やかなことになっていたり……本当、人生とは不思議なもんだ。ましてやこれは神様から与えられた第二の人生。何が起きるのか自分じゃさっぱりわからん)


 前世での自分を思い出し、少しだけ感じた懐かしさを小さく笑った。

 未練なんてほとんど無い。

 心から打ち込めるモノを見つけた、この世界での人生が今の俺の全て。

 ものづくりを極めるのだ。


(魔物だったり闇の組織だったり危険や不穏な存在も多いが……この世界、エシュタルに転生してよかった)


 信頼できる友や仲間を得て、やりたいことをやりたいようにやる。

 これほど素晴らしい人生が他にあるだろうか。


 クマ吉やストレインと一緒に工房を立ち上げた時のことを思い出す。

 あの二人の協力があったからこそ、この異世界で今も俺は自由に生きていられる。

 これほど嬉しいことはない。


 そして俺の耳で揺れているのは、フォレストクロウベアをかたどったイヤリング。

 先日貰ったアイリスとセレナからの贈り物である。

 自分で作ったモノ以外はあまり身につけない俺だが、こいつは特別の一つだ。

 これを受け取ったときの自分の浮かれ具合を思い出すと流石に恥ずかしいのだが。


(ストレインやクマ吉、アイリスにセレナ……皆、最高の奴らだ)


 そうだ、もういい加減あいつらに俺の秘密を明かしてしまおう。

 別の世界から転生してきたこと。

 なんだったら日本のことを詳しく語ってもいい。

 俺はそんな風にどこか吹っ切れた気持ちで前世に思いを馳せ、黙々と作業を続けたのだった。 


 見事に磨き上がった山吹色のレンズをターレットシリンダーの凹み部にハメ込んだ。

 出来上がっていた眼球の外殻部を嵌め合わせ、シリンダーの動作を確認する。

 問題は無いようだ。


「よし、完成だ!」


 ついに完成した魔眼を頭上にかざし、俺は喜びに声を上げた。 

 山吹色のレンズが光に当たって妖しく煌めいている。


 幻惑の魔眼ーー《サンライト・ミラージュアイ》。

 魔物ランク★8以上の伝説級素材で作った、初めての新型魔眼である。

 

(とんでもないモノを生み出しちまった……フフ)


 なんせあの★8サンライト・ヴァルファリオンの特性を自在に扱える魔眼だ。

 身を以てその恐ろしさを知っている俺には分かる。

 これを使いこなせばどんな強者にでも立ち向かうことができるはずである。

 

(それじゃさっそく……ストレインを呼んで、と……?)


 椅子から立ち上がって大きく伸びをしながら、はたと気付いた。

 そういえば今日はストレイン達の姿を見ていない。


(朝から工房にこもって作業してたから皆がどこに行ってるのかわからんな)


 まあいいか、そのうち帰ってくるだろう。

 完成した魔眼を片手に俺が期待に胸を膨らませているとーー



 工房の扉が勢いよく開いた。


「ア、アキュラさんっ!」

「アキュラ!」


 アイリスとセレナが血相を変えて工房に飛び込んできた。


「おぉ……アイリスか、それにセレナも。どうしたんだ急に」 

「た、大変です! 町が……町が!」


 その先を口にするのを躊躇うようにアイリスが言葉を詰まらせる。

 俺が呆気にとられていると、セレナが切羽詰まった様子で俺に駆け寄った。


「いいから急いでアキュラ! 一緒に来て」

「お、おい……いったい何が」


 セレナに手を引かれ、半ば強引に工房から連れ出される。

 手にしていた魔眼を机に置き損ねた俺は仕方なくポケットにしまいこみ、先導する二人の後についていった。


 

「説明してくれ。何があった?」


 山道を下りながら、俺はアイリス達に事情を尋ねる。

 するとアイリスが顔を俯むかせたまま、ぽつりと呟く。


「……です……」

「え?」

「王国から来た兵士さん達が……いきなり町を襲い始めたんです……」


 アルカダ大陸コルダ王国が誇る最強の兵士達、『王国騎士団』。

 大量の兵を引き連れて王都からやって来た彼らに、突如リュミエの町が襲撃されたという。

 よく見るとアイリスたちの服装は、ところどころ煤や泥で汚れていた。

 まるで必死に逃げてきたと言わんばかりの格好だ。


「悪魔め……悪魔め、って……うわ言のように……うぅ」

「アイリス、しっかりしなさい。これは何かの間違いに違いないわ……こんなの……」


 不安に震えるアイリスを、セレナが気丈にも励ます。

 だが凛としているように見える彼女も、気丈に振るまい無理をしているのは明白だった。

 そんな二人の様子を見ながら、俺は未だに事態を呑み込むことができなかった。

 

(なんの冗談だいったい……)


 町が王国兵に襲われた? 悪魔とは……なんだ?

 なんなんだこの状況は……。

 

「そういえばストレインは……クマ吉は今どこに……」

「私達を工房まで逃がしてくれた後は、山のふもとで工房に押し掛けようとしている兵士達を抑えているわ。数が多いとはいえ、あの二人のことだから心配はいらないと思うけど……大丈夫かしら……」


 セレナが緊張した面持ちで現状を説明してくれた。

 どうやらストレインとクマ吉が、山に踏み込んで邪眼工房を襲おうとする輩を食い止めてくれているらしい。

 さっきまで俺が呑気に魔眼を作っていられたのもストレイン達のおかげだったようだ。

 

(何が起きている……? 何が目的だ王国騎士団……)


 胸が締め付けられる……痛い。

 頭の中では無数の疑問や憶測が浮かんでは消えていく。

 俺の知らない所でなにか取り返しのつかない事態になっている気がした。

 未知の不安に苛まれたまま、山道を早足で下っていく。

 いつもの慣れ親しんだ山の道、だがまるで底なしの沼に沈んでいくようなその感覚に、俺は気味の悪さを覚え身震いした。




 山を下りた俺は眼前に広がる景色を眺めながら呆然としていた。

 町が燃えていた。


「……そんな……ひどい……」


 アイリスがその場にヒザをつき、たまらずといった様子で顔を伏せる。

 南門を抜けた先の畑道、いつもなら農作業に励む町の人達の姿がそこにあるはずだった。

 だが……俺の記憶にある光景はいまや見る影も無い。

 目の前に映るのは無茶苦茶に荒らされた畑と、倒れたままぴくりとも動かない町の人間たち。

 死屍累々の惨状がそこに存在した。

 

「……どうしてこんなことに……なるのよ……!」

 

 あまりに酷い現実を直視し、ついにセレナもへたり込んでしまった。

 正直俺もその場で倒れ込み、これは夢だと自分に言い聞かせたい気分だ。

 誰が想像できる?

 こんな風に唐突に日常が一変するなんて、普通は信じられないだろうがよ。

 なんなんだよ……くそ……くそッ……!

 だが目の前の出来事は紛れも無い現実だ。

 

 しっかりしろ、俺。

 何が起きているのかわからんが、これ以上黙って見ているわけにもいかない。

 

「二人とも、立てるか?」


 座り込み涙を流すアイリスとセレナの手を優しく引き、なんとか立たせる。

 この場所に留まり続けるのは危険だ。


(さて……どうするべきか……)


 ストレインとクマ吉の姿が見当たらない。

 あいつらのことだ、この辺りにいた兵士達なぞ返り討ちだろう。

 その証拠に鎧を着た兵士がそこかしこに倒れている。


(となるとその後は、これ以上の被害を食い止めるために町の中に入っていったとみるべきか)


 どの道、四方を高い山に囲まれているこの町に逃げ場などないのだ。

 だからこそストレイン達も町に向かい、こちらから打って出る判断をしたはずである。

 ならば俺もじっとしている場合じゃない。


 ひとまず状況の推察を終えた俺は、手を繋いだままでおとなしくしているアイリスとセレナに視線を向けた。

 弱りきっているように見える彼女たち、だがその瞳の奥には意志めいた強い輝きを感じた。

 このまま黙って見ていられない、という無謀とも言える強烈な意志である。


「俺はこのまま町に入ってストレイン達と合流する。二人は工房に戻って待機して……」

「何を言ってるのよ、アキュラ! もちろん私達も一緒に行くわよ!」

「お願いしますっ! 連れて行って下さい」


 息巻く二人に気圧され、俺は口をつぐんだ。

 まあこうなるよな、仕方ないか。


「……そう言うと思ってたよ。こんな状況だ、工房に居ても安全とは言えないだろうからな。わかった、一緒に行くぞ! 二人とも、気をつけて付いてきてくれ!」

「ええ! 誰が首謀者なのかはわからないけど、お父様の顔に泥を塗るようなこんな真似、許さないわ! 一発ぶん殴ってやるわよ」


 握ったままのセレナの手に力がこもっていく。

 いてて……セレナめ、いつもの調子が戻ってきたな。

 俺は頼もしく思いながらも苦笑いを浮かべ繋いだ手を離した。


「アキュラさんっ……お父さんを……」

「ああ、わかってる。ドボルグたちも探しにいこう」


 俺は頷き、アイリスの懇願に応える。

 そして倒れた兵士の近くに行き、落ちていた剣を拾いあげた。

 こんなことなら何か持ってくれば良かったと悔やみつつも、工房に取りに行く時間すら惜しい。

 大した武器では無いが、身を守るものとして役立つだろう。

 頼りないが、今はこれでなんとかするしかない。


 セレナも同じように剣を拾いあげたのを確認し、俺たちは町の中に駆け出していく。

 この先何が待ち受けているかわからないが、これ以上好きにさせてたまるか。

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