55(+α):カウントダウン
魔晶石。
エシュタルに点在する鉱石場や洞窟などから極まれに採れる特殊な性質を帯びた晶石である。
採れた石の色によってその性質が異なるという不思議な物質で、この世界においては非常に重宝される代物となっている。
その中で、魔力を込めると遠く離れた場所でも声や音を伝える性質を持つ、という青い魔晶石が存在する。
数ある魔晶石の中でも特に扱いやすいこの青の魔晶石は、エシュタルにおける遠距離間での通信手段として好んで用いられていた。
もっとも、魔晶石自体が希少なことには変わりないので、手にできるのは金や権力を有する限られた人間のみなのだが。
リュミエの町西区にある、少し小綺麗な建物。
王都にその本拠を置く、アルカダ大陸全土に情報を届ける報道機関『スターダスト通信局』のリュミエ支部である。
この町で魔晶石を有する数少ない場所の一つだ。
「おっかしいなあ……」
通信局の建物の前で、一人の男が魔晶石片手に頭を抱えている。
その様子を見た右隣りにある服屋の店主が、見かねて声をかけた。
「こんにちわ。どうしたんだい?」
「あ、どうもこんにちわ。いや、王都にある本部との連絡が繋がらないんですよ……」
通信局の男の話によると、王都に拠点を置く本部との月例報告の日なのに、魔晶石での通話に反応が無いとのことだった。
「すまんなぁ……。魔晶石なんて大層な物、馴染みなくてワシにはさっぱりわからん」
「先月本部と通話した時も調子がおかしかったし……だから嫌なんだよなぁ、魔晶石なんて。希少価値が高くて取り扱いに注意しろって上から散々うるさいですし」
ここぞとばかりに愚痴を始める男に、店主は愛想笑いで返した。
「消耗するから使用は極力抑えて月に一回だけ、って……田舎だからって舐めすぎなんですよ、まったく。それでも情報を扱う仕事かっての。本部の奴らめ……」
「まあまあ。リュミエの町で起きた事件や遠く離れた王都のことを知れるのは、おたくの新聞があってこそだから……」
「そう言って頂けるのはありがたいんですがね……。ああ〜本当に魔晶石は不便だなぁ。こんなの町にあるバットフォンの方が遥かに便利ですわ」
「ハハ、ちがいない。山の工房が作る物はとんでもないからねぇ。いったい彼は何者なんだか。いずれ王都とリュミエの間でも通話ができる超遠距離用バットフォンを作ってくれそうだし、待ち遠しいことだ」
店主はうんうんと頷きながら、男をなだめるように笑顔を向けた。
「今日は北区の方で村長の馬鹿息子がまた騒ぎを起こしたようだが……本日もこの田舎町リュミエはいたって平和だよ。向こうから連絡があるまで気長に待ったらどうだい」
「仕方ないか。はあ……最近は王都の情報が全く入ってこないって町の人達から文句が多いものでして。久しぶりに新しいニュースを町に向けて発信できると思ったんだけどな〜」
通信局の男は残念そうに肩を落とし、溜息をついた。
仕事熱心な男に感心しつつ、そして服屋の店主も思い出したように口を開いた。
「そういえば……ウチの店も一年に二、三度ほど王都から来る行商から流行の服を買い付けたりしているのだが、今年はまだ一度も見かけてないな」
「へえ、そうなんですか。何かあったんですかね」
「王都で一昔前に流行った物でもこの町では目玉商品だからねえ。困ったものだ」
それぞれが思い思いの不満を口にし、話に花を咲かせる。
だがその心の底では、言うほど心配もしておらず不安も感じてはいない。
変わらぬ日常の中に生じた一時の異変。
時がくれば自然と解消されるだろう、その程度の認識でしか事態を捉えていない。
明日も明後日も……その先いつまで経ってもこの田舎町はのんびり平和に過ぎていく。
そう信じて疑わない者たちは……いつのまにか近づいていた足音に気付くこともないままその時を迎えることになる。




