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52:日常

 山の木々が風に吹かれてざわめいている。

 枝葉の隙間から太陽の光が差し込み、本日の空模様を示していた。

 

 うーん、今日も快晴なり。

 そろそろ開けようか。

 俺は外に出て壁伝いに小屋の反対側に回る。

 店として使っている部屋の鍵を開け、ドアノブにかけてある札を『OPEN』にした。


 アンブレラ製作作業の際に一週間ほど店を閉めていたからな。

 待たせているお客さんの為にも、張り切ってものづくりといこう。

 数日ぶりの工房再開に意気込む俺。

 そうして小屋の中へと戻り、予約済みの依頼をこなしていこうと工房の作業台に腰掛けた。

 

(だがその前に……と)


 俺は先走る気持ちを抑えながら、ニヤリとほくそ笑む。

 その視界の先にある作業台の上には、黒く分厚い巨大な布……のようなものが切り分けて畳み置かれていた。


 ふっふっふ。

 これがなにかわかるか?

 ★8『煌翼獣』サンライト・ヴァルファリオンの翼だ。


 ヴァルファリオンを伝説足らしめる超特性の素材の数々、その中の肝というべき六枚の翼。

 アンブレラ製作時に四枚分の翼を使用したが、残り二枚分は未使用であった。


 この素材を使って俺が企むのはーー

 もちろん邪眼製造だ。

 伝説級の素材を使った初めての邪眼作り。

 その出来は今までの中でも至上最高のものとなるに違いない。

  

 誰にでも扱えるように性能を制限し幻を作ることのみに特化させた『アンブレラ』と違って、こちらは神経で繋がっている分、より繊細かつ幅広い性能を実現させることが可能だ。

 

(ただまあ特性上、邪眼の仕様にするより魔眼の仕様にした方がいいかもしれんな)


 眼を開けている間、その周囲が常に幻覚であふれかえるなんて(しかも本人制御できない)、とんでもない絵面になりそうで……。

 ストレインの右眼《竜化の魔眼ドラグナムアイ》のように自分の意思で特性をオンオフできた方がいいだろう。

 明らかに邪眼ではなく魔眼向きの能力だ。


 などと、依頼そっちのけで新しい邪眼開発に胸を躍らせる俺。

 しかし許してほしい。

 かねてより念願だった高ランク素材を手に入れたのだから、

 俺がはしゃぎたくなるのは自明の理というもの。

 ものづくり、たのしー!


 これだよ……これこれ。

 俺が望んだのは、こういう世界だ。

 戦争とか秘密結社とか……もう二度と関わりたくないね。


 慣れない荒事やミスの許されない緊張感がここしばらく続いていたので、精神的に疲れてしまっていたのだろう。

 そんな気持ちが穏やかになっていくのが自分でもわかるほど、今の俺はリラックスしていた。

 第二の人生を素晴らしいものにするためにも、守らなければならない。

 誰にも邪魔されることのない俺の望むものづくり。

 帰ってきた俺の日常ーー


「セレナ殿! その魔物の爪はそっちの棚ではなくこっちです!」

「なによストレイン、細かいわね。同じ爪なんだし、どっちも変わんないわよ多分」

「なわけないでしょう! いいから僕の言う通りにして下さい!」


 工房の両脇にずらっと並んでいる素材収納棚の前。

 ストレインが声を荒げ、適当に収納しようとするセレナに対して注意した。

 それを受けたセレナがふてぶてしい態度で文句を唱えている。

 そうして棚の前で二人が騒いでいると、いきなり工房の扉が勢いよく開いた。 


「うぃーっス、アキュラさん! 工房再開っすか? 遊びにきましたっスよー!」

「お、おじゃましま〜す……」


 町で俺が親しくしているお調子者の若者農夫、サント。

 そしてその幼馴染みであり婚約者のおさげ娘ヘレンが、二人で仲良く工房に入って来た。

 

「ちょっとあなたたち! 誰の許しを得てこの工房に足を踏み入れてるのよ!」


 ストレインの小言から逃げるようにして、入って来た二人にセレナが噛みつくように反応した。

 目をきょとんとさせて呆気にとられるサント達。

 すると、合点がいったとばかりにサントが手を叩いた。


「おぉ! 新しい人っスか! こりゃまた急な! しかし……ずいぶんと綺麗な人ですね〜♪」

「ちょっと」


 口笛を吹いてセレナの容姿を褒めるサントの太ももをヘレンがつねり上げる。


「ごめんなさい、こいつ馬鹿だから気にしないで」

「いてて……。けどその顔、どこかで見たような……」

「ギクッ!」

 

 訝しむサントに、自分で擬音を口にするほど慌てふためくセレナ。

 先の一件の後、セレナは正体を隠すため髪を下ろし伊達メガネをかけて雰囲気を変えている。

 服装などもアイリスに見繕ってもらい、可愛いながらも素朴なものを選んでいた。

 しかしなんだかんだで元王女セレナリア・ディアスペレッゾというべきか。

 その強烈な存在感がまったく隠しきれていないのだ。おもに胸が。

 どうしたものかとストレインが困った様子で見守っていると、またしても工房の扉が開いた。


「あっ、皆さんお揃いなんですねっ! 今、お菓子を焼いてきたんです。よかったら皆さんどうぞ〜」


 お菓子片手に工房にやってきたアイリスが、その場の空気を変える。

 一同がアイリスの側に集まり、口々にお菓子の感想を述べていた。

 工房内が男女の声でわいわいと盛り上がっている。


 そんな一連のやり取りを、椅子に座ったまま遠い目で見つめる俺がいた。

 

 誰にも邪魔されない……ものづくり……。

 俺の……日常……。 


 もはやそんなものは無く、どこかへ行ったきり戻ってこないようだ。


(いつのまにこんな賑やかになったんだこの工房は! 茶店か!) 


 コメダじゃねえぞ、ここは。

 俺のものづくりの邪魔をすんじゃねえ。

 

「ええ〜い! お前ら全員この部屋から出ていけ〜!!」


 限界を迎えた俺がついに怒鳴る。

 すると皆がひそひそと小声で囁き合いながら工房を出て居間に移動していった。

 パタン、と扉が閉まると、先程の喧騒が嘘かのように工房内に静寂が訪れる。

 床に転がりゴロゴロしていたクマ吉が、眠たそうに大きなアクビをした。


 ああ、クマ吉。

 お前だけが俺の唯一の理解者だよな……。


 寝そべるクマ吉の背を優しく撫でる。

 もふもふとした毛の感触が気持ちよかった。



 

「そういえばアイリス。最近町の様子はどうだ?」


 溜まっていた依頼を高速でこなし、一仕事終えた俺が居間に向かうと、まだ残っていたアイリスがストレインやセレナと一緒になにやら話し込んでいた。

 どうやらサントとヘレンはもう帰ったようだ。

 休憩がてら俺は空いた椅子に腰掛け、机に置いてあったアイリス手製のお菓子を口に運びながら話の輪に入る。

 うむ、うまい。


「あ、アキュラさん。お疲れさまですっ。さっきも皆でその話をしていたんです」


 アイリスが行儀良く頭を下げ俺に労いの言葉をかけた。

 そして可愛くぴょこんと人指し指を立て、俺の質問に答える。

 

「先日の、王国から兵士さん達が町に来てたことはまだ噂になってますっ。王女様の姿を見たと言う人たちもたくさんいまして、けっこうな盛り上がりです……。サントさんやヘレンさんも何があったのかと不思議そうに仰っていました。その度に王女様……あ、いえ、セ、セレナちゃんが慌てて……」

「セレナ殿、あれでは逆に怪しまれてしまいますよ」

「な、なによ。私だってまだ慣れないのよ……こんなこと初めてだし……」


 ストレインがたしなめるように言うと、セレナが困った顔でぶつぶつとぼやいた。

 まあ、しょうがないだろう。

 こればかりは慣れてもらうしかない。


「そうか……。ほとぼりが冷めるまでセレナは町に出るのを控えたほうがよさそうだな」

「むぅ〜。こんな山奥で引きこもってるだけなんて退屈ぅ〜……それになんか暗い」


 おい。

 それを俺に言うか。


「だってホントのことじゃない。町に住んだらいいのにわざわざ山の中でなんて」


 机に突っ伏したポーズで、非難するような目つきで俺を見上げるセレナ。

 あんた馬鹿ァ?とでも言いたげな態度である。


 悪かったな、暗くてよ。

 だがこの山は俺にとって生まれ故郷のようなもの。馬鹿にするのは許さん。


 俺が生意気なセレナの頭にアイアンクローをかましてやると、ぎにゃあ〜と情けない声を上げて苦しんでいる。

 その横に座るストレインが爽やかに笑いながら、眼を輝かせていた。


「退屈でしたらセレナ殿、僕と一緒に鍛錬なんてどうでしょう」

「えぇ……?」

「以前アキュラ殿にお聞きしましたが、なかなかのレイピア捌きとのこと。セレナ殿には剣の素質があるのですね! さあ、一緒に強くなりましょう! さあ!」


 ドン引き気味のセレナにもおかまいなしに鍛錬を勧めるストレイン。

 笑顔を固めたような表情でぐいぐいと迫るその姿に、さしもの俺も若干狂気を感じ背筋が震えた。

 この鍛錬厨が。

 お前のはトレーニングじゃなくてただの自傷行為だろうが。怖いわ。


「わぁ……さらに強くなっちゃうんですかストレインさんっ。凄いですね!」


 おいおいアイリス。

 優しいのはわかるが、そんな無邪気に褒めるんじゃあない。 


「ハッハッハ。アイリス殿、我が主をお守りする為にはまだまだ全然足りないのです。僕はもっともっと強くならなければいけないのですよ」

「……あの英雄『魔喰らい』のストレインがこんなのだったなんて……調子狂うわね……」

 

 ドヤ顔で胸を張るストレインの横で、セレナが憂鬱そうな溜息を漏らしている。

 そんな卓上の様子を眺めて、俺もやれやれと溜息をつくのであった。




 夜になってアイリスを町まで送った俺は、電灯に照らされた薄暗い山道を一人登っていた。

 山を吹き抜ける夜風が俺の頬を撫で、少しの肌寒さを覚えながら両肩をさする。

 アルカダ大陸が常に暖かい気候であるとはいえ、夜はやはり冷えるな。

 早いところ小屋に戻ろう。


 ほっほっ、とかけ声を上げて階段を登り始める俺。

 そしてふと立ち止まって、山の木々に隠れた月を覗くように上を見上げた。

 

(そういえば……ノア達は無事に王都に着いただろうか)


 このリュミエの町はアルカダ大陸においてコルダ王国から最も離れた場所に位置している。

 近衛兵たちは帰還するまでもうしばらくかかるだろうが…… 

 ノアとワイル、あの化物連中のことだ。

 来た時同様、強化魔法を使って爆速で帰路につくに違いない。

 あの二人なら道中の危険なんざモノともしないだろう。

 

(まあ心配するだけ無駄ってところか……だが)


 サンライト・ヴァルファリオンの討伐、そして二人の王女姉妹。

 それぞれの事情も無事に一件落着したかと思われる現状だが、俺の頭の中は懸念事項で一杯だった。

 まず一つ目は、次なる目標について。


 ヌエ・ラ・デリウスーーまたの名を『深淵』。

 ★8サンライト・ヴァルファリオンに並んで、アルカダ大陸に生息する★8ランクの魔物のもう一匹である。

 以前に、ヴァルファリオンを倒すための★8対策会議を工房でした時にも触れたが、その素材のもつ魅力は素晴らしい。是非とも手に入れたいと思っていた。

 ……『他者の精神に干渉する』という、とんでもない特性を。

 

(デリウスの素材を手に入れるには、『シモンズ』と対峙するのは避けられん……か)


 ノアが話した”王国の闇”の中で一つだけ確かなこと、それはシモンズが捕獲した魔物の正体がヌエ・ラ・デリウスということだ。

 つまりシモンズをなんとかしなければ、★8デリウスの超特性の素材は手に入らない。


 こちらの都合で秘密裏にシモンズの一員を害したため、すでに関係は敵対しているといっても過言ではない。

 向こうがそのことに気付いているかは知らないが、時間の問題だろうな。


 コルダ王国の闇ーー秘密組織シモンズ。

 人間を人間と思わないような下衆の集団。忌むべき鬼畜の集合体。

 頭痛に苦しむセレナの姿を思い出しただけで胸がムカムカする。


(くそっ……なんて奴らがいるんだこの世界は……。最悪だ)


 シモンズの連中がデリウスと人間を”融合”させたがっているのならば、早く決断しないと間に合わなくなるかもしれない。

 もしセレナ以外の”適合者”が現れてしまったらデリウスの素材を手に入れるのは難しくなるだろう。

 

 だが敵は巨大な組織。

 今のままではいくらストレインが強くても限界がある。

 

(どうしたもんか……)


 そして懸念すべき事柄、そのもう一つ。


 俺は初めてノアやワイルと出会った廃屋での出来事を思い返した。

 その中で、矢文の内容に言及した俺とノアのある会話が脳裏に浮かぶ。



『ウェムラ・アキュラ。貴方ほどの職人であれば、間違いなくその幼少時から目をつけられるはずよ。なのに貴方はつい最近までその存在すら知られていなかった』


『王族にのみ伝わる古い伝承本……その中に、あなたと同じように、突発的に発生した異端なる者の存在が書き記されているの』


『神が使わした世界の変革者……その名を”転士”……』


『ウェムラ・アキュラ、貴方……本当にこの世界の人間かしら? 貴方は、”転士”なの?』



「転士……か」


 誰に聞かせるわけでもない俺の呟きは、静まり返った夜の山に溶けて消える。

 俺の頭の中に、白い衣装に身を包んだある男の姿が思い浮かんだ。


(神様はいったいなんで俺をこの世界に転生させたんだろう)

 

 俺をエシュタルに送った謎の存在。

 最後に見た神様の顔を思い出し、その笑みの真意を考える。

 邪悪な存在には見えなかったが……けして善良にあふれているというわけでも無かった。

 もしや邪神とかじゃあるまいな。

 

 答えの出ない己の問いに嫌気が差し、俺は頭をわしゃわしゃと掻きむしった。


 ええい、うじうじ考えるのはヤメだ。

 今はとりあえず新しい邪眼の構想を練るんだ俺は!

 色々考えるのはその後でいい!


 俺はたくさんの問題を丸投げしつつ、とにもかくにもと邪眼工房へと帰路に着いたのだった。

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