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51:終わり、始まり。

 山を下りる途中、工房に向かうアイリスにすれ違った。

 俺はすぐに事情を説明し、急いでセレナリアの元に向かってもらうよう頼んだ。

 そして山から下りた俺は一人、そのまま町の中に入った。




(……いた)


 町の中心部付近、ドボルグの酒場がある辺りの地区まで来ると”それ”は見つかった。

 町人や自警団の人らが着ているような服装とは明らかに違う雰囲気。

 そうした格好の男たちが、何かを捜すようにして町中をうろついている。

 腰に差してある礼剣や綺麗に仕立てられた赤いコートが際立ってこちらの目を引いた。

 王室専用の赤色軍服、どうやらあれがセレナリアを捜しにきた近衛兵達の一団らしい。


 この辺りは確かここ数日間セレナリアたちが身分を偽り滞在していた宿があったはず。

 昨日の今日でもう居場所を突き止めたのか……中々優秀なようだな。

 

(だがすまんな、少しばかり”悪夢”を見てもらうぞ)


 町の人間たちはこんな辺境の地に突然現れた王室近衛兵の存在に、いったい何事!?といった様子でみな遠巻きに見守り萎縮している。 

 そんな町人たちに紛れながら近衛兵を観察していた俺は、人混みの中から一歩二歩と後ろに下がった。

 そして手にしていた傘ーーアンブレラを開き、日傘でも差すように自然と構える。

 

(イメージしろ……セレナリアの姿を鮮明に思い描け……)


 集中、集中。

 視線の先に元気よく動き回る彼女を妄想しろ。

 虚像に、命を吹き込め。


 傘の持ち手部を強く握りしめ、俺は魔力を送り込んでいく。

 俺の魔力を受けたアンブレラが光を放ち始めた。


(ーーよし、いくぞ)


 すると突如町中に、元気良く飛び跳ねるセレナリアが現れた。

 生き生きと動くその姿、誰もが本物だと信じて疑わないだろう。

 町の人間も王国近衛兵も、みな唖然としている。

 セレナリアはそんな近衛兵達に向けて挑発するようにお尻を二、三度叩く。

 そしてすぐさまきびすを返し駆け出した。


 オーケー、イメージ通りだ。

 あの娘の馬鹿っぽさも表現できている。

 我ながらナイス幻影!

 

 と自分を褒め称える俺であったが、内心では締め上げるような焦りを感じていた。 


 開閉式幻影発生装置ヴィジョンメイカー『アンブレラ』。

 本来は太陽光や魔法の光などを傘布部で吸収、魔力に変換し、一定量まで充填することで使用者への負担を大幅に減らす事ができる機能を備えている。

 だがもちろん充填速度は遅い。太陽などの光だけでは完全に溜まるまで丸一日以上はかかるだろう。

 今回は突貫工事だったため、魔力を充填する時間など無かった。

 ゆえにこの傘の内部に魔力はない。


 なので自分で全て賄う必要があった。




(ぐっ……やはり結構きついな)


 魔力を絶え間なく吸い出される感覚。

 俺は顔をしかめながら、町の外に向かって走る幻のセレナリア、その姿を追いかける近衛兵達の後ろに付いていく。

 問題は俺の持つ魔力量にあった。


 この世界での俺の肉体は、転生したとき神様からのサービスによって基礎スペック上MAXになっている。

 疲れにくく病気にもなりにくい屈強かつ健全な体。およそ理想的な肉体といえるだろう。

 いつか知り合った女エルフのフィオーナや、魔帝であるノアの話によると、俺の限界魔力量に関しても潜在的に常人より遥かに多いとの評価をいただいている。

 だがそれはあくまで魔力を適切にコントロールし、修練を続けた場合の話。

 鍛錬などをロクにしてない俺の魔力量は所詮、一般人に毛が生えた程度なのだ。


(俺はものづくりに命賭けてんだ……魔力なんて……っとと)


 しかも問題は魔力だけでは無い。

 ”幻を生み出し、意のままに動かす”というおよそ常人には理解できない行為そのものにあった。


(俺の姿が見えないようにカモフラージュ……しつつ……セレナリアが必死に走り回る姿を……イメージ……単調な動きだけでなく、多彩な仕草で……ぐうぅぅ、あ、頭がおかしくなりそうだ……)


 アンブレラを製作している過程で、この特性を操作するのは何度か体験している。

 その際には静止物はもちろんのこと、人間や魔物の虚像を作り出して動かしたりと、時間が無いなりに様々な試行を重ねた。

 だからこそ本番での操作難度における多少の誤差は想定内のはず……だった。


 ーーだがこれほどとは。

 状況と環境が違うだけで、こうも勝手が変わるものなのか。

 

(ぐっ……しまっーー)


 気を抜いた、その瞬間に俺を隠すカモフラージュの景色が消え、セレナリアの姿が”ブレた”。

 近衛兵たちが怪訝な顔をして足を止める。

 マズいーー今後ろを振り向かれたらバレるーー


(ふん、ぬ!!)


 気合い入魂。

 瞬時に脳内イメージを再構成した。

 その甲斐あってか、俺の姿は隠され、セレナリアの姿が再び鮮明に映し出される。

 そうしてまた、長い鬼ごっこが始まった。


 あ、危なかった……。

 俺は幻影の操作に苦心しながらも、なんとか集団の後ろに付いていくのであった。





 町を出て数分も走り続けると、一帯の四方を囲む山、その内の西側の山麓さんろくに差し掛かる。

 そろそろだ……と、俺はふらつく足を気合いで支えながらニヤリとほくそ笑んだ。


 少しこの辺りの山岳一帯の事情を説明しよう。

 中心をリュミエの町とすると、北側にある山が別名ヘヴンズゲートと呼ばれ人の手によって舗装、整備されている安全安心の山。交易の要となる、町にとっては重要な心臓部である。

 南側の山は知っての通り、俺が根城にしている邪眼工房が建っている山だ。

 しかし東側と西側の山中はほとんど人の手が入っておらず、常に魔物が活性化していて危険なので、町でも許可なく近づくのを禁じている。 

 

 そんな場所になぜわざわざ近づくのか。

 その理由はクマ吉との事前の打ち合わせ、その目的の場所だったからだ。

 だが……、


(くっそ……もう魔力が……)


 あと少し、もう、すぐそこなのに……

 俺の視界は霞んでいき、意識を失いそうになる。


 やはり一人では無理があったか……?

 俺は……また失敗したのか……? 


 またもや幻影の形が崩れ始め、もうダメかと諦めかけて俺はーー


「……強化魔法第三スペル、『チャージ』……」


 普段なら聞き逃してしまいそうなほど小さな小さな呟き。 

 突如俺の体の中に、大量の魔力が流れ込んでくる。

 

 横目で周囲を窺うと、セレナリアの妹である第二王女ノア・ディアスペレッゾが俺に引っ付くようにしてちょこんと隣にいた。

 

「お前……なんでここに……」

「しっ。貴方は前に集中する」


 ノアに注意され、俺は幻の維持に注力する。

 溢れんばかりの迸る魔力によって、あっという間に状況を立て直した。

 どうやら町を出るときに見つけられ、後ろからつけられていたようだな。

 しかしこれは……ノアの魔力が俺に流れ込んでいるのか?


「……しっかりしなさい。もうすぐでしょ?」 


 きゅっ、と。

 傘を握る俺の手の上にノアのぎこちない小さな手が重ねられる。

 真っ白で透き通るような肌、その中でやや俯いた顔の頬の辺りだけがほんのりと赤く染まっていた。


 ふん……いじらしいところもあるじゃないか。

 俺も、もうひとふんばりしなくちゃな。


「やってやるさ」


 空いている方の手を、ノアの手の上に重ねる。

 俺は勢い良くアンブレラに魔力を込め、最後まで近衛兵達を欺き続けたのだった。

  



 その後のことを簡潔に述べる。


 予定どおり西の山の麓に近衛兵を連れて来た俺は、待機していたクマ吉にセレナリアの幻影を襲わせた。

 クマ吉の動きに合わせてセレナリアの姿を傷つけていく俺。

 確実に”死んだ”と思わせる為、首を撥ねられるセレナリアをイメージなんかもしたのだが、これは精神的にけっこうキツかった。

 そして、セレナリアを助けようと襲いかかった近衛兵団をクマ吉が邪眼を使って死なない程度に痛めつけ、その目の前でセレナリアの死体(転がっている首もしっかりと)をくわえて山の中に消えた。

 くわえたといっても実体の無い幻だ。クマ吉も大した役者だよ本当。

 これを見た近衛兵たちが、ボロボロながらも慌てて町へ引き返していく。

 急いで王都に戻り、事の顛末を説明することになるのだろう。

 気の毒ではあるが何らかの処罰は免れないはず。

 まさしく彼らにとっては”悪夢”といえる出来事だった。



 

「それがお姉様から依頼された例の物? ……貴方、なんて物を作るの」

 

 近衛兵達が町の方向に戻っていった後、俺はアンブレラを閉じて幻影を消した。

 その横で、ノアが相変わらず無表情に見える顔で驚きを口にしている。


「その傘の価値……この世界においていったいどれほどのものか。貴方、本当にいいの? 国に、お父様に渡してしまって」

「気にするな。これはセレナリアからの正当な依頼であって、俺はそれに答えただけだ。ほれ、持っていけ」


 俺は、手にしたアンブレラを無遠慮にノアに押し付けた。

 受け取ったノアがまじまじとその手元を見つめる。

 そして大事そうにアンブレラを両手で抱えると、気品に溢れる仕草をもってゆっくりと頭を下げた。


「お姉様の代わりに私が、必ず、お父様にお渡し致しましょう。エシュタルの神々に誓って」

「ああ、任せた」

 

 俺はニッと笑って、サムズアップ。

 そんな俺の軽い対応に、ノアが小さくクスッと微笑んだ。


「……ありがとう。ウェムラ・アキュラ……」


 ノアの、はにかむように見せた心からの笑顔。

 これだけでも依頼を受けた価値があるというものだ。

 俺は胸の内が満たされていく感覚に、なんともいえぬ喜びを感じたのだった。



「それじゃあ、もういくわね。北の山を越えた先で、ワイルと落ち合う予定だから」

「そうか……。その、なんだ、最後に会っていかないのか。セレナリアと」

「もう別れは済ませてあるわ。必要ない。」


 どこか素っ気なく返事を返すノア。

 俺がどうしたものかと考えていると、ノアが顔を伏せて目を閉じた。


「それに……私の好きだった姉さんはもう……どこにも」


 悔しさを噛み殺したような声で、ノアが呟く。

 やはり彼女は今も許せないのだろう。

 変わり果てた姉の人格。 

 その姉の身に起きていた異変に気付けなかった自分の過ちを。

 

 これ以上は俺にもどうすることもできない。

 いつか来るのだろうか、彼女が自分を許すことのできる日が、いつかーー


 俺はノアの説得を諦め、黙って見送ることにした。

 その時であるーー


「……ノア……」


 優しく、慈愛に満ちたような美しい声。

 俺とノアがその声に振り向いた。

 するとそこにいたのは、まるで夢を見ているかのような足取りでゆっくりとこちらに近づいてくるセレナリアだった。

 その雰囲気は明らかに異様で、別人のようにも見える。


 なぜこんなところにセレナリアがーー? 体調は大丈夫なのかーー?

 セレナリアの後ろから一緒についてきていたストレインとアイリスに近寄り、事情を聞いた。

 

「ストレイン、アイリス……これはいったい……?」

「そ、それが……僕達にもさっぱりでして……」

「王女様が目を覚ましたと思ったら、急に工房を飛び出しちゃったんですっ」


 二人とも困惑した表情で、ここまでの経緯を教えてくれる。

 俺は混乱の極みにありながら黙って事態を見守っていると、セレナリアがノアに優しく抱きついた。

 いきなり抱擁されたノアが、混迷とした様子で呆然となる。


「お……姉様……?」

「私の後ろを付いてくるだけだったあの泣き虫ノアが……こんなに強く逞しく……。ごめんなさい、これまでよく頑張ったわね……ありがとう。私はもう大丈夫……後はあなたが自分の幸せを見つけるのよ」


 驚きに、ノアが今まで見た事ないような表情で大きく目を見開く。

 セレナリアは雰囲気だけでなく、その口調までも変わっていた。


 これは、まさか……。

 ノアの言っていた、昔のセレナリア……本来の人格……? 

 ガウェイグからの洗脳が途切れたことによって戻ったのか?


 しっかりと抱き合う姉妹。

 ノアの澄ました顔が次第に歪み、瞳から溢れ出る涙が頬を伝う。


「あ……あぁ……ね、姉さん……ごめんなさい……私……わたしぃ……」

「ほら、泣かないの。せっかくの顔が台無し」


 子供のように泣き出したノアを、あやすように頭を撫でるセレナリア。

 仲睦まじい姉妹、幼い頃の二人はこんな感じだったのだろうか。

 

「またいつか、会えるといいわね。ううん、きっと会えるわ」

「……うん」

「だって私達、かけがえのない姉妹なんだから」

 

 それまで元気でね、とセレナリアがすすり泣くノアに別れを告げる。

 そして彼女は俺の方に向き直り、深々とその頭を下げた。


「ウェムラ・アキュラ様。私の愛しい妹、ノアのこと、本当にありがとうございました……」


 穏やかな笑顔でセレナリアは微笑んだ。


 そうしてーー

 俺の知っているセレナリアではないセレナリア。

 彼女のその気配は完全に消えてしまったのだった。




 町から西側の山のふもと付近。

 ここからだと離れた町が一望できる。とてもいい見晴らしだ。


 ノアは恥ずかしそうに顔を赤らめながら、そそくさと旅立っていった。

 取り乱した姿を俺たちに見られたのがずいぶん堪えたようだ。

 ストレインはアイリスを酒場まで送るといって、さきほど町に向かって歩いて行った。

 後で二人には改めて感謝しないとな、色々と苦労をかけた。

 

 ここにいるのは俺とセレナリアだけ。

 そのセレナリアは遠くを見つめたまま、じっと立ち尽くしていた。

 

「お前はもう自由だ。どこに行くのも何をするのもな。顔を隠す必要はあるかもしれんが」

「……そう」


 どこか気の無い返事。

 魂が抜けたような彼女の声に、俺も黙って遠くを見つめた。


「はぁ……これからどうしようかな……」


 セレナリアは物憂げに遠くの町並みを眺めたまま、深い溜息を漏らす。

 もはや彼女は王女でも何でもなく、名も無い少女、有象無象の一人にすぎない。

 その後ろ姿はとても儚げで、ともすれば風に吹かれて消えてしまうのではないかと思うほどか弱く見えた。

 そんな彼女を前にして、俺は背を向けーー


「……そういえばセレナリア。依頼の対価、俺はまだ貰ってないぞ」


 独り言のように呟いた。

 これは聞き捨てならない、とセレナリアが耳聡く反応する。


「はぁ? ちゃんとあなたの言う通り王女の名を捨てて……」

「”工房で一ヶ月間の下働き”、だったよな? 忘れたとは言わせんぞ」

「……あ」


 風が、吹いた。

 はためくスカートを手で押さえながら、俺の言葉に目を見開くセレナリア。

 俺は溜息混じりにやれやれと両手を上げ、肩をすくめた。


「一ヶ月じゃ生ぬるい。お前みたいなポンコツ娘が一人前になるには一生かかるかもしれんな?」


 意地の悪い笑みを浮かべて、俺は愉快に話を続ける。

 立ちすくんだままのセレナリア。

 その姿にもう、先程までの消えてしまうような儚さを感じることは無かった。


「というわけでお前は今日から邪眼工房の雑用見習いだ。ビシバシしごいてやる、覚悟しておけ」


 ビシッ、とセレナリアに向けて力強く指を差す。

 有無を言わさぬ勢いで話をまとめた俺は、満足して鼻息を荒げた。


 俺に言われるがままのセレナリアが、顔を伏せる。

 

「……そうね。……ふふ、えらっそうに……まったくあなたは……」


 震える声で嬉しそうに文句を垂れるセレナリア。

 顔を伏せたまま、さっと一度だけ目元をぬぐった。

 そして元気よく顔を上げ、その大きな胸を持ち上げるが如く腕を組んだ。


「いいわよ、見てなさいウェムラ・アキュラ! すぐにあなたをギャフンと言わせてやるわ! 私を甘く見たこと、せいぜい後悔しないことね」


 まるでフゥーハハハとでも笑い出しそうな高笑いをするセレナリア。

 俺は元気過ぎるその姿に呆れつつ、ふと思うことがあった。


(そういえば本人に名前を捨てろと言っておきながら、俺がそのまま呼んじゃマズいよな)


 彼女の新しい名前……そうだな……。

 俺が考え込んでいると、セレナリアが一歩前に出て、俺に宣言する。


「コルダ王国第一王女セレナリア・ディアスペレッゾはもうおしまい! 私の名前はセレナ……。これからはセレナと呼んでちょうだい」

「セレナ……か。うん、良い名前だ」


 そのままじゃん、と俺は内心思いつつ、さすがに野暮なので言わない。

 五文字が三文字になった。うむ、言いやすいから良し。


 そして俺たちは山のふもとを後にし、町に向かって歩き始めた。

 

 さて、帰るか。マイホームたる我が邪眼工房に。

 新しい仲間とともに、な。


「……アキュラ様……」


 帰路につこうと歩みを進めたその直後のこと、俺は後ろを振り返る。

 胸の上に両手を添え、しおらしく可憐な雰囲気を纏ったセレナが俺を呼び止めた。 


「君は……」

「この子を……いえ、”私”をよろしくお願いします。色々とご迷惑をおかけすると思いますが」

「……ああ、まかせておけ。君は何も心配しなくていい」

「うふふ、頼もしい人。そして……温かい、人」


 にこやかに微笑むセレナが、とてとてと俺の側に近づいてくる。

 そして俺の手を優しく握りしめると、何を思ったか自身の大きな胸に持っていって……!?

 ファッ!?

 い、いきなりなにをーーーー!?


「知ってますアキュラ様? 本来、王族の体に許可なく触れた者は、弁明の余地なく処刑されてしまうんですよ?」


 いや、こっちはそんなこと初耳なんですがーーーー!?

 てか当たってる! 当たってるって!

 あばばばばば。


 ふよんっ、と何物にも代え難い魅惑の感触が俺の手の平に伝わってくる。

 顔を真っ赤にして狼狽える、そんな俺に向けてセレナがベッと舌を出した。


「なぁんて、私、もう王女じゃありませんでしたね。ふふっ……少しはあなたを困らせることができたかしら。いつもいじわるなことばかり言うのでおかえしです」


 いたずらっぽい微笑みをたずさえて、舌出しウインクをきめてくるセレナ。

 パッと手を離され、俺はうなだれるように膝をついた。

 あれ〜? こっちのセレナさんも、さっきと雰囲気違くないか〜?

 なんなんだよ〜ほんとにさ〜。消えたんじゃなかったの〜?


「それではごきげんよう……私の騎士ナイト様……」


 よく見ると耳を真っ赤にしたセレナが俺に手を振った。

 やっぱり、ちょっと恥ずかしかったんかアレ。




(やれやれ……これからどうなることやら)


 俺は今日何度目になるかもわからない深い溜息をついた。 

 セレナの精神構造にもまだ色々と問題はありそうだ。


 だがまあ俺のやるべきことは決まっている。

 誰にも真似できない俺だけの”ものづくり”。

 それを極めるため、邪眼工房とともに歩き続けるまでよ。



 先の分からないことに対して少しの不安と。

 そして大きな期待に胸を躍らせ、俺はセレナと共に工房へと帰ったのだった。



(セレナリアからの依頼内容/幻を生み出すことのできる物の製作ーー達成!)

(ノアからの依頼内容/セレナリア・ディアスペレッゾの存在抹殺ーー達成!)


【セレナリア救出作戦ーー大成功!】

ーーーーーー

ーーーーーー













 










 



ーーーー


 今日はなんて嬉しい日。


 もう二度と会えないと思っていた。


 また会えた奇跡に、感謝しなきゃ。

 

 そして……、

 あの人にも、いつかちゃんと恩を返さないと。


「ああ、”替えスペア”がダメになった」


 声がする。

 誰の声?


「だが当初の予定通り、目的の物は手に入れた。成果としちゃア十分だろ。……ガウェイグ? ああ、あの爺さんなら先に帰したぜ。ま、ホントに殺してやってもよかったがな、ヒッヒッ」


 いや、知っている。この不快極まる声は……、


「怒んなよォ、冗談だろ? ……あ? いや、”力”は使ってねェよ。怪しまれちまうからなぁ。そのおかげで犬っコロに殺されかけたが」 


 あれ……近づくにつれて嫌じゃない。

 なんか心地いい……なにかしら。 


「……わァ〜てるよ。……ああ、んじゃあな」


 ほんとに……なんなんだろう。


「ん? おう、来たかァお姫さま。待ちくたびれたぜェ」


 あ……さっきまでのうれしい気持ちが薄れてく……。

 怖い……怖い。

 でも、この声を聞いていると、とても気持ちよくて……。

 何も……かんがえられなくなって……いく……。

 ……あ。


「今”親父殿”に報告いれた。さァ、とっとと帰ろうぜェ」


 …………。

 はい……マスター……。


「……ったく、先生もクソガキも甘ェよなぁ。こういう適性っつーのは大体血筋で決まるもんなのよ。姉にあるんだったら、”妹”にもあるでしょ〜が」


 男は歩き始めた。

 その隣には虚ろな目をした少女が一人。


「シモンズ、ね……ホント、”ネクラ”な連中だよなァ。いつかブッ殺してやろうか。しかし……楽しくなってきやがった……! オレは楽しければなんでもいいんだよォ」


 男ーーワイル・D・ロビンは大鷲のエンブレムがあしらわれたマントを勢いよく羽織った。

 コルダ王国が誇る最強の兵団、その兵士にのみ授けられる王国騎士団の証である。


「さァて、もうとっくに目は付けられてるんだぜ? どうする先生ェ……?」


 クックッと喉から込み上げるように汚らしく笑いながら、

 ワイルはのんびりと王国への帰路についたのだった。

 

ーーーー

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