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50:王女セレナリア

 店内に入った俺はさっそく話を始めた。


 王国のこと。

 秘密組織のこと。

 そして……彼女自身のこと。 


「……嘘よそんなの……信じられないわよ!」


 椅子に手足を縛り付けられた状態で激しく抵抗し声を荒げる第一王女セレナリア・ディアスペレッゾ。

 その豊満な胸がものすごく揺れている現実から目をそらしつつ、俺は短く嘆息した。

 まあにわかには信じがたいことだろう。

 自分が魔物との人体実験に利用されていたなんて、な。


「残念だが……本当らしいぞ。このまま城に帰ったらお前、モンスターになってしまうんだと」

「な、何をバカなこと……シモンズ? 魔物の精神支配? そんなの一度だって聞いたことない。私を騙そうたってそうはいかないわ! いいから早くこの縄をほどきなさい!」


 突然真実を聞かされたセレナリアはやはりというか、俺の言葉を一切信じていないようだ。


 むう……仕方ないか。

 が、こちらも引き下がるわけにはいかん。

 悪いがおとなしく従ってもらうぞ、セレナリア。


 俺が気を引き締めていると、さっきまでガタガタと椅子を揺らしてもがいていたセレナリアが急に大人しくなり、次第にその頬を染めていく。

 ん、なんだ? 何を照れてる?


「ウェムラ・アキュラ……あなた、う、嘘までついて私を縛りあげて……ど、どどど、どうするつもりよ!?」

「お前の頭の中はそれしかねぇのか!!」


 思わず飛び出た心からの突っ込み。

 腹一杯大声で叫ぶと、治りかけの傷が痛んで俺は顔をしかめた。 


 今大事な話をしてるってのに、こいつはホントにもう……。

 能天気にもほどがあるわ。

 

「……ったく、嘘だったら良かったがな。この話の真相はお前の妹、ノアが教えてくれたんだぞ」

「え? そうなの……? ノアが?」

「ああ。アイツなりにお前のことを想ってわざわざこの地までやってきたんだ。頼れる人間は周りにいないから助けてくれって俺に頭まで下げてな」

「そんな……うそ……」 


 ん? 頭は下げてなかったか?

 むしろ偉そうな態度でふんぞり返ってたような……気のせいかな。


 俺の言葉を聞いたセレナリアはとても驚いたようで、口を半開きにして呆然としていた。

 普段氷のように冷ややかなあの妹が、姉である自分を気にかけてくれたことが嬉しかったのだろう。

 あのツンツン妹サマは素直に認めたがらないとは思うけど。


「というわけで、そんなノアの協力もあって……”こいつ”が完成した。お前の依頼通りだ」


 俺はおもむろに、後ろ手に持っていた傘をセレナリアの目前に差し出した。

 彼女は「なにこれ……?」と、いきなり見せられた傘に対して困惑している様子であったが、俺は構わず説明をする。

 

「この傘の正体は開閉式幻影発生装置、その名を『アンブレラ』という。俺の作品だ。注文通り推定数百メートルほどの範囲までなら自在に……」

「きゃああ! ついに、ついに出来たのね!? よくやったわ、ウェムラ・アキュラ!」

 

 セレナリアが椅子をガッタガッタと揺らし興奮を全身で表現する。


 この喜びよう。

 作った俺としても鼻が高いってもんだ、へへ。

 だが最後まで説明させろ。


「……まあいいか。とにかくこのアンブレラを使えば、お前が言っていた『敵の大軍をまるごと欺ける』ような幻だって作れてしまうわけだ。どうだ、ん?」

「ふ、ふん! な、なかなかやるじゃないの……少しは見直したわ」

「そうだろうそうだろう。分かってもらえたようだな」

「何よ偉そうにしちゃって……。後はこの手足のひもをほどいてくれたら言うことないんだけど」

「それはダメ」


 俺がぴしゃりと言い放つとセレナリアがふて腐れた顔でそっぽを向いた。

 そんな彼女に苦笑しつつ、目の前に突き出したままの傘を引っ込める。

 そしてようやく本題に入るため、ひと呼吸。


 さて……、


「これで依頼は遂行された。約束通り”対価”は払ってもらう」 


 俺の放つ雰囲気が変わったことに気付いたのか、セレナリアが強気な瞳でこちらを睨んでくる。

 その凛とした風格はなるほど、確かに一国のお姫様にふさわしいと感じるものだった。

 腐っても王女……か。

 俺は感心した。

 

 ただし肩が小刻みに震えているのを見ると、俺の後ろに控えるストレインにいまだ怯えているようだ。

 これがこの娘の精一杯の強がりなんだろうな……やれやれ。


 俺は真面目な顔を保ちつつ、震える小動物のように身構えるセレナリアに向けて静かに問いかける。


「セレナリア。この注文を受ける時に俺が言ったこと……覚えているな?」


 ギクリ、と音が聞こえてきそうなほどにわかりやすく体を強張らせたセレナリア。

 この様子だとどうやら忘れていないらしい。


「うっ……! た、たしか、”この工房で一ヶ月間下働きしろ”、だったかしら……仕方ないわねまったく」

「違う。”俺の言う事に一つだけ従う”、だ。勝手に変えるんじゃない」

「ひう!!」


 なにが下働きだ。

 こんな胸がデカイだけのポンコツ娘などこっちから願い下げだ。


 気を取り直した俺は咳払いをし、改めてセレナリアに向き合った。

 そして緊張する彼女に向けてゆっくりと指を差す。


「俺の望みは、たった一つ……」


 ふと、これまでの出来事が俺の脳裏に蘇った。


 セレナリアとノア、二人の王女との突然の出会い。

 語られる王国の闇。その渦中にある姉妹それぞれの想い。

 伝説と称される魔物との死闘。

 そして、最後に見たサンライト・ヴァルファリオンの瞳。


 この短い間でよくもまあこれだけの出来事があったもんだ、と俺は内心で呆れた。

 最高の邪眼を作るためにものづくりを極めなきゃならんのに、何やってんだか。

 だがまだ終わりじゃない。

 ここまで関わった以上、俺にはまだやるべき事がある。

 お互い素直になれない二人の少女、この愛すべき姉妹たちが笑顔で日々を過ごせるように手伝ってやらなきゃな。

 それが男ってもんだ。


 そうして、俺はセレナリアに向けて条件を突きつけた。


「”名前を捨てろ”、セレナリア。それがこの依頼の対価、俺からのたった一つの命令だ」

「ーーーーっ!」


 セレナリアが息を呑む。

 俺の告げた言葉。

 その内容の重大さに驚き、絶句しているようだ。


「これから名を捨て、国を捨てて……。王女でも被検体でもない、ただの一人の女の子として生きるんだ」

「…………」


 セレナリアは何も答えない。

 ーー答えることができない。

 激しい葛藤に身悶えし、うんうんと唸っては考えるようにして黙り込んでいる。


 セレナリアにも分かっているのだろう。俺の命令の意味が。


 さきほど語ったコルダ王国を取り巻く真相の数々。

 もし俺の話が本当だった場合、もう自分のーーコルダ王国第一王女セレナリアとしての自分のーー居場所はどこにも存在しない。

 城に帰ればシモンズの構成員に捕縛され魔物との実験台に。

 かといって逃げるアテなど無く、長年信頼していたお付きの執事が敵側の人間という有様。そもそも自身の記憶すら紛い物だという。

 王女が消えることへの民への説明としては、大方普段の暴走気味の行動がたたって事故死したといった説明がなされることだろう。それを疑う民衆もほとんどいまい。

 純粋に国王による王女捜索命令で彼女を連れ戻しにきた近衛兵達には預かり知らぬ話ではあるが、セレナリアの運命は彼らの手によって決定されてしまうのだ。


 さあどうするセレナリア。

 といっても俺は彼女の言い分を聞き入れるつもりはない。

 拒否しても力づくで従わせるまでだ。

 ノアとの約束だからな。


 俺が一応セレナリアからの返事を待っていると、彼女は俯いたままの顔を気怠げに上げ、俺の方を向いた。

 顔色がさきほどまでより心なしか悪い。


「それよりあなた……ガウェイグを見なかった? 昨日の夜から外に出かけたきり、姿が見当たらないの……ねえ、何か知らない……?」

「だからガウェイグはシモンズの一員だってさっき言っただろ……それより俺の言葉に答え……ん? どうした大丈夫か」


 最初は適当なことを言ってはぐらかすつもりなのだろうと思ったが、セレナリアの顔色がみるみるうちに青ざめていく。

 荒い呼吸を繰り返し、しまいにはぐったりした様子で椅子に体を預けきっていた。

 

「ハァ……ハァ……ねえ、お願い……」


 熱い吐息がセレナリアの口から漏れ出る。

 意識が朦朧としているのか、その瞳の焦点は虚ろであった。


「はやく……ガウェイグの声を聞かないと、私……ウゥ、頭が……痛い……!」

「お、おい。しっかりしろ!」


 いったいなにが……?

 目の前で突如苦しみ始めたセレナリア。

 原因のわからない俺は混乱し、苦痛に喘ぐ彼女に対して呼びかける。


「ああ……あああぁぁ……あたま……あたまが……われちゃう……いたいよぉ……いや、いやあ!」

「くっ! セレナリア! 落ち着け!」


 ダメだ、俺の声は届かない。

 まさかこれがノアの言っていたシモンズが行う洗脳実験の副作用なのかーー?

 だとしたらこのままじゃ……。


 俺は狼狽えつつ、どうすればいいか頭の中から解決策を絞り出す。

 だが、原因がはっきりとわからない現状では何も思いつくことができなかった。

 するとーー、

 

「ーー失礼します」


 トッ、と。

 ストレインの優しくも鋭い手刀がセレナリアの首に当てられていた。

 いつのまにか後ろに回り込んでいたようだ。


 椅子に座ったまま意識を失ったセレナリアの体からくたりと力が抜ける。

 顔色はかなり悪いが、とりあえずこれ以上悪くなることは無いだろう。

 

「申し訳ありませんアキュラ殿。お二人の会話に一切口を挟むつもりはありませんでしたが、どうやら不測の事態が起こったようでしたので勝手ながら手を出させて頂きました」

「……いや、すまないストレイン……。助かった……」


 情けない。取り乱してしまった。

 俺は握りしめたままだった拳を開く。

 すると、手のひらが嫌な汗で湿っていた。

 くそっ……俺は……。 

 ざわつく胸の内を落ち着けるように深呼吸を繰り返す。 


(しかし、シモンズ……)


 ギリッと、俺は奥歯を強く噛みしめた。

 わかってはいたが、とんでもない外道共だ。


「アキュラ殿、どちらへ?」

「町へ行く。セレナリアを探している王国の兵士たちを騙して、もうこんなのは早く終わらせてやる」

「それでしたらアキュラ殿、僕も一緒に……」


 いや……と、俺はストレインの言葉を遮るように手で制止した。


「実はもうすぐアイリスが工房に来てくれる手はずとなっている。セレナリアのことはアイリスとお前に任せたい。落ち着いたら俺の方に来てくれ」

「……わかりました。どうかアキュラ殿も、ご無事で」

「ああ。近衛兵に幻を見せるだけだ。心配するな」

 

 ストレインが何か言いたげな表情をしていたが、今は一刻を争う。

 俺はアンブレラを片手に、部屋を出て町に向かったのだった。

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