49:決行の日
窓からうっすらと差し込んできた明かり。
ぼんやりと部屋の中を照らし始める陽の光を受けて、俺は今ようやく日付が変わっていたことに気付いた。
外ではちゅんちゅん、と心地よい小鳥たちの鳴き声が朝の到来を告げている。
「……よし、ついに完成した……」
ウェムラ邪眼工房、その工房内にある作業台の前。
額に流れる汗を汚れた手のままぬぐい、俺は盛大に一息ついた。
おでこが黒く汚れてしまったが気にしない。
今の俺には些細すぎる問題だ。
「なんとか間に合ったようだな……。我ながらよくやった……」
感動した!
本当に……自分を褒めてやりたい。
俺の眼前の台上には、長さにして約一メートル半ほどの畳んだ傘のような物体が置いてあった。
いや、ようなではないか。身も蓋も無いがその姿はまさしく”あの”傘だ。
前世において、雨が降る日には誰もが使う生活必需品の一つ。
ただし普通と違うのは、その先端に野球ボールほどの大きさの球体が取り付いていることである。
小さな鏡面が球状に沿って隙間なく貼り合わせて作られたこの球。
その姿はまさしくミラーボール。
ディスコホールの天井に吊り下がっているでっかいアレを縮めたような球体が雨傘の先端にくっついている、と言えば多少はイメージしてもらえるだろうか。
……なんじゃそりゃ。
もちろん俺が作った物だ。
開閉式幻影作成装置ーーヴィジョンメイカー。
傘を開いて強く念じると作動する。
依頼された内容通り、指定した任意の範囲に持ち主の脳内イメージを偶像として映し出すことができる代物だ。
魔物の翼を傘の布代わりに使用し、その特性を制御し遠方まで出力するために機能しているのが先端の鏡面球である。
他にも、脳内イメージを傘に伝達するための持ち手部の技巧や、全体を支えている”中棒”や”骨”に凝らした数々の趣向によって、この繊細な特注品は成り立っている。
光を操作するという並外れた規格外な魔物の特性を俺に扱いきれるか不安もあったが、無事に作り上げることができた。
邪眼の構造も大概だが、ここまで複雑かつ精巧に造られた物はこの世に二つと無いだろう。
さすが俺……なーんて、ちょっと調子に乗りすぎか?
この傘型幻影装置を『アンブレラ』と名付け(そのまんまか)ひとまずの完成とした。
後は試運転で効果を確かめ、依頼人に渡して依頼完了といったところだ。
ちなみにこの世界にも傘らしき雨除けの道具が存在するのだが、大したものではないので説明不要である。
長時間の作業でコリ固まった体をほぐすように、俺は肩を大げさに振り回した。
「あっ、痛っつ〜……」
鈍い痛みと鋭い痛みが思い出したかのように同時に襲いかかり、体のあちこちが悲鳴を上げる。
激しく動いたことによって治りかけの傷が刺激されたのだろう。
「いたた……。勘弁してほしいぞ、まったく……」
椅子の背にもたれかかり、大きな溜息を吐き出す俺。
まだまだ全快とはいかないな、と痛む体をさすりながら独りごちた。
ーーーー
サンライト・ヴァルファリオンとの戦い。
あれから一週間が経っていた。
あの時、王女ノアの強化魔法でブーストされたストレインとワイルが(あ、一応俺も)深手を負って弱っていたサンライト・ヴァルファリオンを見事討ち果たした。
初めてとなる伝説級魔物の討伐成功。
ウェムラ邪眼工房の掲げた困難極まる目標の達成に、俺もストレインも身を震わせて喜んだもんだ。
しかし喜んだのも束の間、強化魔法の効果時間が切れていくとともに蘇る蓄積したダメージや肉体の倦怠感。
少しでも気を抜けば気絶してしまうほどボロボロだった。
ノア以外みな満身創痍だったという事実を思い出した俺たちは、ヴァルファリオンの素材を急いで回収し慌てて町に帰った。
町の宿でノア達と一旦別れ、倒れ込むようにして工房に辿り着いた俺とストレインはそのまま丸二日ほど寝たきりとなったのだ。
そうして、徐々に回復していく体に鞭を打って急ぎ依頼品製作を進め、俺は精一杯励んだ。
余すことなく持ち帰ったヴァルファリオンの素材を使い、試行錯誤しながらも『アンブレラ』を組み立てていく。
六枚の翼、その内四枚をふんだんに使い傘としての布部分に用いた。
そうすることにより、開いた傘に太陽の光を浴びせるだけで、
【素材の持つ特性】
《翼:ーー①:周囲50メートル程度までの光を自在に屈折・遮断する》
《 ②:取り込んだ光を魔力に変換し、蓄える》
特性の一つである魔力変換を行い、自家発電した魔力を以て光を操作する。
完璧なエコ機能、ナイスなシステム。
あとはイメージするだけ、持ち主への負担はゼロになったのだ。
そして製作を進める内、その過程で分かったことが一つあった。
俺の討伐作戦を狂わせた要因、謎であった翼の特性の効果範囲、その秘密である。
答えは”鏡”にあった。
ここからの状況推察はあくまで俺の仮説だが……。
サンライト・ヴァルファリオンが使う魔使魔法の中に『ミラージュレーザー』という鏡の性質をもった光属性の魔法がある。
信じられないことだが奴は戦闘の最中に翼の特性によってレーザーを球形に整えたまま維持しつつ、いくつも空に浮かべていたのだろう。
その鏡面球に”加工した光”を当て、その反射光で遠く離れた場所を狙い幻影を発生させていた。
それを人数分同時に、俺たちに悟られることなく常時である。
あまりにも荒唐無稽な話。俺の仮説が間違っている可能性は高い。
だが鏡に”操作し変質した光”を当てると、幻影の範囲を伸ばすことができるのは事実。
俺が自身の手で確認したことだ。
ゆえに、急遽設計を変更し傘の先に特製の鏡面球を取り付けるに至ったのである。
これによって『アンブレラ』の有効範囲が元々の50メートルより一気に広がった。
本当に。
とんでもない怪物だった。
まさに伝説にふさわしい魔物、よく俺たちが勝てたものだ。
そしてそのままひたすら製作に打ち込み続け……
今ようやく完成に至ったという次第である。
ーーーー
(しかしいくら弱っていたとはいえ、ああも戦況を一変させるなんてな……)
俺はあの時の……、ノアの魔法によって絶体絶命の窮地を覆したあの光景を脳裏に思い返した。
強化魔法の第九スペル……だったか。
詳しくは教えてくれなかったが、あの『シェア&グロウ』という魔法はノアによって指定された複数の対象の力を混ぜ合わせ、その力を何倍も増幅させて対象全員に分け与える、といった効果をもつらしい。
対象達の力量がショボイと何人集まってもあまり効果は無いのだが、力量の高い者であれば少数でも絶大な効果を発揮する。
ノア自身、ストレインとワイルほどの強者を同時に対象として(あ、一応俺も、ね?)使うのは初めてだったらしく、その凄まじい効力に驚いていた。
ナントカ星人から教えてもらえるフュー◯ョンのようなものだろうか……?
ライバル同士の力を融合させ最強のZ戦士たちを誕生させる魔法。
俺は貴様を倒す者だ!……っていかんいかん。
(ストレインが騎士団を去った後にワイルが活躍し始めたらしいから、戦争ではお互い共闘する機会が無かったんだろうな)
だからこそ二人を知るノアも、実際に実現したコンビの強化量を目の当たりにして度肝を抜かれたに違いない。
今回は相手が伝説の魔物ゆえ苦戦は免れなかったが、やはりあの二人はあの二人で相当の化物なのだ。
(しっかし……ノアの方も大概化物だ)
あれだけでもとんでもない効果だったのに、人使魔法には第十までスペルがあるからして……。
さらに強い魔法が存在するということだ。
こっちに関しては聞いても一切教えてくれなかったが……恐ろしいことである。
俺は今まで魔使魔法ばかりを注目してたが、これからは人使魔法にも気をつけなければならないのかもしれん。
とまあ、俺がこの世界の魔法の凄さに改めて感心していると……
ガチャリ、と。
居間に続く工房の扉が開いた。
ストレインだ。
「アキュラ殿、セレナリア王女をお連れしました」
一礼して工房の中に入ってきたストレインに俺は無言のまま手を上げ応える。
そんな俺の姿を確認し、ストレインは言葉を続けた。
「今は店のカウンターにてお待ちいただいております。……抵抗が激しかったので手足を拘束させてもらいましたが」
「……そうか。近衛兵は?」
「はい、先程お会いしたノア王女によると、昨晩すでにリュミエの町に入っているようです」
本日正午前までには王女捜索に動き始めるでしょう、とストレインが恭しく現在の状況を報告した。
ついに来たか。
俺は椅子から立ち上がり、台の上に置いてある傘を手にとった。
失敗は許されない、だが大丈夫だ。
この俺が作った物に不可能は無い。
試運転のついでにさっさと済ませてしまおう。
俺の手にある傘を見たストレインが目敏く反応した。
「おお、アキュラ殿! それが件のーー」
「ああ、間に合ったぞストレイン。こいつで王国の人間達に一杯食わせてやろう」
「はっ! お供致します」
嬉しそうな表情で俺の後に続くストレイン。
痛む体をおして、俺はセレナリアがいるであろう工房の隣室に向かう。
そういえば……と、扉を開ける前に俺は足を止めた。
「執事の……ガウェイグの方は?」
「……はい。手はず通り、ノア王女が『なんとかする』と。先程お会いした際、ワイルの姿が見られなかったので、今頃は……」
「……ふぅ、そうか。わかった」
なんとかする、か。
これ以上はあまり考えないほうがいいだろう。
愛する姉の為ならば手段は選ばない、それが依頼を受けた時にも垣間みたノアの覚悟。
そして俺はそんなノアに手を貸すと決めたのだ。
いまさら迷ってられるか。
ガウェイグはシモンズの一員なんだ。
あいつがいる限りはセレナリアに安寧が訪れることはない。
仕方ない……そうさ、仕方ないんだ。
……落ち着け。
俺は一度深呼吸をし心を落ち着かせた。
そしてーー
セレナリアが待つ、部屋の扉を開けた。
さあ、救出作戦の始まりだ。




