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48:魔帝ノア

 いまだに体を起こすこともできない俺は、ストレインとワイルが必死に立ち上がろうとする姿をただ見ていることしかできなかった。

 二人とも消耗しすぎている、もう限界がきているのだ。

 くそっ、なんで俺はこんな……。


 近づいてくるサンライト・ヴァルファリオン。

 迫る危機を前にしてなんとか打開策は無いかと焦る俺は……

 ふと、空を見上げた。


 声だ。

 誰かの声が空に響き渡っていたのだ。


(歌……?)


 耳に届くのは流れるような旋律。

 それはまるで聖歌隊が歌う賛美歌のように力強い。

 聞いていると、ふしぎと体の奥底から力が湧いてくるような感覚を受ける。

 実際にはそうでなくとも、少なくとも今の俺には何よりも尊いものに感じた。

 

「ーー  ーー  ーー」


 耳をすませば聞こえてくる言葉。

 歌じゃない、これは……呪文?


 警戒したヴァルファリオンが歩みを止めた。

 すると、いまだ膝をついたままのワイルが笑いを堪えるように低く唸り始める。


「……おせェ〜よ姫サマ。待ちくたびれたぜ」 


 こうも切迫した状況だというのに、ワイルが気楽なままで愚痴をこぼした。

 その横では、震える足をどうにか支えて立ちあがっていたストレインが嬉しげな笑みを浮かべている。


「……フッ、この美しい詠唱を耳にするのもあの頃以来……。随分と懐かしいものです」


 二人とも、先程までの絶望感もかくやといった様子である。


 なんだーーいったいーー?

 

 一瞬の戸惑い、しかし俺はすぐに事態を飲み込んだ。

 この声、この呪文……。

 そうか彼女がついにーー


「対象を目視にて指定ーー捕捉完了。接続開始ーー同調を確認」


 呪文の詠唱が終わると、機械的な口調で詠唱者が淡々と言葉を紡ぐ。

 俺は辺りを見回し、声の主の居場所を探した。

 するとーー

 崖のように切り立った小高い岩山。

 その頂点部に、小さな人影が立っていた。

 太陽を背にした逆光でよく見えないが、あの覚えのあるちっこい姿は、そう、間違いないーー! 


「待たせたわね、貴方達。ここまでご苦労様」


 きらびやかなドレスの裾を風にはためかせながら、颯爽と登場した少女。

 魔帝ーーノア・ディアスペレッゾ。

 少々発育がよろしくなかったのか、見た目はまるで小学女児のようにちんまい彼女だが……。

 アルカダ大陸では『国守りの英姫』と呼ばれるコルダ王国のお姫様だ。


「ーー来たか、ノア!」


 遅れて登場しといて何とも偉そうな彼女に、しかし俺は文句一つこぼす事無く歓喜に身を震わせた。


 正直もうダメかと諦めかけていた。

 この絶体絶命の窮地に、俺の心は折れかけていた。

 そこに現れた最後の一人、王女ノア。

 世界最高峰の魔法使いにのみ与えられる二つ名、”十魔帝”の一人に名を連ねるほどの実力者である。

 今この場においてこれほど頼もしい存在はいない。

 当初の予定通りとはいかなかったが、これでようやく全員揃ったのだ。


「最初から全力でいくわ、覚悟なさいな」


 高い岩山の頂から、俺たちに向かって手をかざすノア。

 

(なんだ? 一体何をするつもりなんだ……?)

 

 助けに現れたノアに心躍らせる俺であったが、ふと冷静になってみると一抹の不安を覚えた。

 ノアがどんな魔法を使うのか知らないが、相手はストレインとワイルほどの猛者を相手取り、それでもなお立っているような正真正銘の化物だ。

 いかに強力な魔法だろうと、果たしてあの魔物に通用するのか?


 そんな俺の弱気を見透かしたかのようにノアが高みから嘲笑った、ように見えた。

 すると、目の前にいるストレインとワイル、しまいには俺までも、全身が突如青白い光を放ち始めた。

 その青光は空に伸びていき、かざしたノアの手に集束されていく。

 次の瞬間、俺の体がどくんっと跳ねるように鼓動した。


 うお、うお、うお……なんだこりゃ!?

 力が……魔力が、みなぎってくる……!!

 ぬおお……

 ぬおおおおお! 

 今、すごく、思いっきり走り回りたい気分だぜ! 


 まともに立てないほどダメージを負っていた俺の体だったが、今はもう痛みも感じない。

 俺は驚きを隠せないまま、間抜けなツラで体を起こした。

 治癒魔法……ってやつか? しかし傷自体は一切治ってないんだが……。

 

「そういやァ、先生は姫サマの魔法は初めてだったか。クク、”病み付き”になるぜ」


 ワイルはもう立ち上がっていた。

 俺以上に傷を負っているはずなのに、血だらけのその姿は負傷する前より力強く逞しい。

 その横ではストレインが大剣を構え、すでに戦闘態勢をとっていた。

 そして呆然とする俺に向かって楽しそうに口を開く。

 

「これが彼女の極めし魔法、”魔帝”たる所以ですアキュラ殿」


 人使魔法。

 一系統につき十個のスペルが存在する、人間にのみ扱えることのできる魔術。

 その種類は炎魔法や氷魔法などの自然系統のものから、空間魔法や治癒魔法といった特殊系統の魔術まで多岐に渡り、一から順に十までで効果が強力なものになっていく。

 その中で十つ目のスペルまで行使できるようになった者を、人々は畏敬と畏怖の念を込めて”魔帝”と呼ぶのだ。

 魔帝ノアーーならば彼女が極めた魔法とは……


「さあ、踊りなさいーー我がしもべ達よ」


 指揮者のように高らかと両手を振り上げるノア。

 その動きに合わせて、俺たちに繋がっている青い光が動きを変える。

 なるほど、今の俺は傍から見たらノアが操る糸人形のようだろうな、などと青い光に包まれながら呑気に考えた。

 もはや先程までの絶望感などどこ吹く風である。

 なんだろう、この安心感は。


(これが……魔帝の力……)

 

 体の内からみなぎる”力”はまだまだ収まることなく膨れ上がり続ける。

 そしてついに、ノアが手を振り下ろすと同時に魔法を発動させた。

 

「”強化魔法”、第九スペルーーー『シェア・グロウ』ーーー!」


 その直後、稲妻のように激しい青光が俺たちを包み込みーー

 そしてーー

 




 最後に。

 サンライト・ヴァルファリオンと目が合った。


 魔物にも人間のような高い知性や知能があるのかは分からない。

 だが俺には何かその瞳の奥に、ある種の意思めいたものを感じた。


 奴は俺に何を伝えたかったのだろうか。


 ただの気のせいだったのかもしれないし、意味があると思い込みたいだけなのかもしれない。

 しかし俺は、今日のこの瞬間を決して忘れることは無いだろう。

 




 ーーそうして、崩れ落ちるヴァルファリオンの姿を瞼に焼き付けながら、目を閉じる。

 決着が、ついた。

 

 




(魔物ランク★8『煌翼獣』サンライト・ヴァルファリオンーー討伐、完了ーー)


ーーーー

ーーーー


 




 



 

   










 

 ある島で、動きがあった。


 深い霧がかかった森の中。

 大きく開けた場所に一つ、柱が立っている。

 全長十数メートルもの巨大な石柱だ。


 その石柱に突如、変化が起きた。

 上部からガラガラと音を立てて崩れ落ち始める。

 ほどなくして崩壊が止まり、舞い上がった粉塵が徐々に引いていく。


 その中から現れたのは、先程まで立っていた石柱の代わりに鎮座する、大きな石像が一つ。

 獰猛なる獅子の体に六枚の大翼。

 見る者を威圧し震え上がらせるその魔物の容貌は、しかし作り物としての無機質さによってどこか哀しさを漂わせている。


 何も起きない。

 石像がひとりでに動き出すことも、ない。

 そもそもこの日、この島で新たな石像が生まれたことを知る者はいない。

 

 何者も踏み入れたことのない未踏の地。

 謎の島。

 いつか、この地を訪れる存在が現れるのだろうか。


 その問いに答える者は、誰もいない……

 

ーーーー

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