47:覚醒 ②
「グッ……ストレインよォ、コイツはマズいぞ」
ガサガサと後方の茂みが揺れ、その中からワイルが姿を現した。
だが見るも無惨に血だらけ傷だらけ。
ここまでの戦闘でヴァルファリオンの攻撃を受け続けていたワイルの体はボロボロになっていた。
ストレインが溜息をつき、大剣を地面に突き刺した。
「……ワイルか。どうやら動くのもやっとのようだな。軟弱者め」
「抜かせガキが……と言いたい所だが、ちと喰らいすぎた。何も言えんわィ」
ワイルはそのまま地面にどっかと腰を降ろした。
無精髭を擦りながらくたびれたように息を吐き出し、辺りを指差す。
「見ろや、周りの景色が戻ってんだ。あの野郎、小細工を止めて全ての羽をこの攻撃の為に回してやがる。生存本能ってやつか? なりふりかまわずオレたちを消し飛ばすつもりだぜ」
ワイルが上を見上げた。
するとヴァルファリオン周辺の空が不自然に歪んでおり、蜃気楼のように揺らいでいる。
その原因は明らかだった。
「景色が歪むほどのとんでもねェ魔力密度。あれじゃオレ達どころかここらの大地まるごと消滅しちまうぜ。さすが伝説の……ってか? クソッタレめ」
手にしている弓に視線を落としたワイルは、ヘッ、と乾いた笑いを漏らす。
「これでは弓での妨害も満足にできん。お手上げだ」
大げさに肩をすくめるワイル。
すると、周囲を埋め尽くす魔力の圧力がさらに強くなる。
滞空しているヴァルファリオンの開いた口の先には、まるで太陽のように眩しい輝きを見せる魔力の塊……巨大な光球が存在していた。
極大の殲滅魔法。それが今にも放たれようとしている。
「……どうする?」
ワイルの問いかけ。
ストレインは少し離れた場所に倒れたままでいるアキュラの方に目をやった。
そして再び上空を見上げ、大剣を構える。
「やるしかあるまい」
”アレ”はこの世に存在する光の魔使魔法の中でも最高クラスのものだろう。
直接見るのは初めてだが、事前情報からして『イグニクションブラスト』に違いない。
この平原一帯を塵も残さずあっけなく焦土に変えてしまうほどの威力。
どの道逃げ切ることなどできない。それに、
主をーーアキュラ殿を守るーーただそれだけの為に自分は生きているのだ。
ストレインは静かに眼を閉じた。
限られた時間の中、瞑想するように思考を巡らせる。
(……思い出せ……あの頃を。魔法を切り裂いていた、極限の感覚を……!)
だがそれだけでもまだ足りない。
あそこまで強大な魔法を切り裂くには、自身の剣技のみならず練り上げられた強い魔力が必要だ。
しかし邪眼と大剣を常に全力で使い続けていたストレインには、残された魔力はほとんど無かった。
(……いや)
魔力なら、ある。
用意できる。
それも本来の自分の魔力とは別の、渦巻くように練り上げられた特濃の魔力。
とある方法を使えば……。
そしてストレインは躊躇うことなく”それ”を実行した。
(許すな……主を傷つけた”奴”を許すな……!)
ストレインがアキュラを傷つけたヴァルファリオンに対して感情を募らせた。
すると突如、ストレインの体内に凄まじい速度で魔力が生成されてゆく。
怒り。
その感情に体を支配された時に起こる、自身の謎。
それは、己の肉体から明らかに質の違う魔力が湧いてくるというものだ。
邪眼を身に付けてから度々ストレインを襲う衝動の産物である。
しかし、代償はあった。
ストレインの思考にモヤがかかり、次第に理性が失われていく。
だがそれでもストレインは止まらなかった。
(もっとだ……もっと……!!)
必要なのはあの魔法を打ち砕くための魔力。
アキュラを守るための”力”。
その為ならば、獣になろうが何に変わろうがかまわない。
(許さない……許さない……許さない……許さない……!!)
遥か高い上空で練り上げられたヴァルファリオンの魔力とせめぎ合うように、空間一帯がストレインの魔力で満たされていく。
ストレインのその姿を見たワイルが、心底愉しそうに大声で嗤う。
「ヒャハハ! おいおい、マジかストレイン。この魔力……もう人間じゃ無くなってきてんぞお前! いいぞ……いけ、そのまま堕ちろ! 堕ちてしまえ! そしたらようやくお前と仲良くできそうだなァ……クックッ」
そんなワイルの言葉は、しかしストレインの耳にはもはや届いていない。
ストレインの意識が深く深く、暗い闇の底に引き込まれていく。
闇の中なんとか我を失うまいと伸ばした手がむなしく虚空を掴む。
全身が泥沼に沈んでいく感覚に、ストレインは心地良さすら覚えた。
(ああ……何もかもが憎い……! 王国も……! 騎士団も……! 町も……! 人も……! 誰も彼も……世界が、憎い)
必要な魔力量はとうに充填されている。
だがストレインの怒りは収まることなく昂り続けていた。
自身の内に眠る、秘められた想い。
今までの人生において表に出すことなく抱え込み続けた負の感情。
理性が失われたことで胸の内から次々と湧き出てくる”モノ”に、ストレインは抗うことができなかった。
(も、もう……このまま……楽に……)
暗闇の中から伸ばしていた手が、力尽きたように下がっていく。
もういいんだ。
何を我慢する必要がある。
そうして、ストレインの思考が光の中に戻ることを諦め始めーー
「そ……それ以上は……ダメだ……帰ってこい……ストレイン……!」
闇の中に響いた確かな声。
その瞬間、夢から醒めたように正気に戻ったストレインは、空を見上げながら小さく微笑んだ。
「……ありがとうございます、アキュラ殿」
そして……
ついに、上空にいたヴァルファリオンが地面に向かって魔法を放ったのだった。
光属性の魔使魔法、最上級の内の一つ、殲滅魔法『イグニクションブラスト』。
その威力は絶大かつ無慈悲。
練り上げられた光球が地面に吸い込まれたのち地中を伝わり、直径数キロメートルに及ぶ巨大な光の柱が空に向かって跡形も無く全てを飲み込む。
最後に確認されたのは何百年も昔のこと、魔物の伝承と共に語られる秘法である。
強烈な光を放ちながら、巨大なエネルギーの塊が地上に向かって落ちてくる。
目も開けてられないような眩しい光。
アミール平原にいる全ての生物が、上を見上げることもできず身を震わせていた。
その中でストレインは足に力を溜め、落ちてくる巨大な光球目がけて思いっきり跳躍をした。
竜法で強化された弾丸のような跳躍で勢いよく空に上がっていくストレイン。
大剣を両手で握りしめ、真っすぐ上を見つめる。
「……やっと取り戻したんだ……」
ストレインは練り上げた魔力を剣に込め、前に向かって突き出した。
右眼と左眼、両方の邪眼がよりいっそう強い輝きを放つ。
その瞳の中に、もう迷いは無い。
「僕はもう……失いたくない! 失ってたまるか!!」
ストレインが叫んだ。
そうして……
そのまま光に吸い込まれるように、巨大な光球の中に消えていった。
「ス、ストレインーーーー!!」
眩しさの中、なんとか目を開けてストレインの姿を追っていたアキュラが、倒れたまま空に向かって叫び声をあげた。
すると、上から降ってくる光球の表面に亀裂が走った。
ピシ、ビキキと何か割れるような音が空に響き渡る。
その亀裂はどんどん広がりーーそしてーー
「ついに取り戻した……これが『魔喰らい』と呼ばれた僕の剣技、だ」
巨大な光の塊が、内側から破裂した。
まるで打ち上げ花火のように光の粒が弾け、空一面を覆い尽くす。
その中からストレインが颯爽と姿を現した。
「やりやがった……ストレイン、あいつめ!」
ふわりふわりと降り注ぐ光を掴むように、アキュラが拳を握りしめた。
昔のように魔法が斬れなくて思い悩んだこともあったあのストレインがようやく……。
魔法を、それも極大の魔使魔法を打ち砕いたのだ。
アキュラが嬉しさのあまり勢いよく両手を空に突き出した。
「いてて……」
若干間抜けな姿を晒すアキュラだったが、かまうことなく喜びの声を上げる。
そんなアキュラを視界に捉えたストレインが、光とともに地面に降り立った。
そうして倒れたままガッツポーズをするアキュラの元に近寄る。
お互い視線を合わせると、晴れやかな笑顔で向き合った。
「アキュラ殿、帰って参りました!」
「よくやった! ストレイン!」
あお向けの姿勢で倒れたまま真上に突き出すアキュラの拳に、ストレインが優しく拳を合わせた。
ストレインの胸を埋めていく充実感。
その感覚を嬉しく思い、ストレインは思わず笑みをこぼす。
やはり自分の居場所は”ここ”なのだ。
アキュラ殿の側で、アキュラ殿を命懸けで守り抜く。
それが今の僕の生きる全て。
憎しみに囚われて破壊を求めるなどと……。
二度と考えてはならない。
意識を闇に飲まれかけていた先の自分を思い返し、ストレインは心から恥じた。
すると安心したからか、力尽きたように膝をついた。
「ハハ……申し訳ありませんアキュラ殿。僕もどうやら限界のようです……」
「いや、よくやってくれた。お前がいなかったら皆死んでいたさ、ありがとう」
「そんな……アキュラ殿こそ。あの声が聞こえなかったら僕は今頃……」
己を闇から引きずり上げたアキュラの声。
あれが無かったら、自分は完全に理性を失った獣と化していただろう。
称えられ、感謝されるべきはアキュラの方だ。
溢れるその想いをストレインが言葉にしようとして、
「おい、先生とそこのアホ。まだ何も終わっちゃいねェぞ」
ワイルが心底呆れた様子でストレイン達に声をかけた。
言われてストレインとアキュラがハッと顔を見合わせ、横を振り向く。
すると少し離れた場所に、血を流しながら荒い息を立てるヴァルファリオンが、必死の形相でアキュラ達を睨んでいた。
冷静に考えたらヴァルファリオンの放った魔法を破っただけで、本体を斬ったわけでは無い。
流石に魔力は相当量消費したはずだが……
手負いの獅子、とはいえそれでも依然として脅威なのは変わらない。
なにをやっとるんだ、俺(僕)たちは。
自分達の浮かれ具合を恥じながらも、アキュラが震える唇で短く舌打ちをした。
「く、くそ……まだ……」
「アキュラ殿……お下がりください……。ここは僕が……」
剣を片手に、立ち上がろうとするストレイン。
だが、魔力の尽きたストレインの体はそれ以上言うことを聞いてはくれなかった。
立ち上がれないストレインは膝をついたまま、悔しさに唇を噛みしめる。
「まずい……このままでは……」
「チッ、さすがにキツいぜェ……」
ストレインとワイル、それぞれの肉体は限界を迎えていた。
そんな二人を前に、ヴァルファリオンが六枚の翼を器用に動かしながらジリジリと近づいてくる。
よほどグラウニカの爆炎が堪えたのか、警戒するように歩みは遅いが……
こちらに戦うだけの体力が残っていない以上、時間の問題だった。
(ここまできて……! 考えろ……どうする……どうする!!)
アキュラが現状を打破するための解決策を絞り出そうと必死になって思案し始めた……その時である。
美しい音色のような声が、染み渡るように空に響いたのだった。
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ヴァルファリオンとの戦いは次で終わりです。




