46:覚醒 ①
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音が響いた。
それは遠く離れた空で起こった突然の爆発音ーー。
声が聞こえた。
それは己が心から信奉し、最も敬愛する者の叫びーー。
地を駆ける脚に、剣を握る腕に、さらなる力がこめられる。
全身から溢れる光の粒子は最高潮に煌めき、道を阻まんとする大量の魔物の群れ達は目が合うだけで崩れ落ちていく。
真紅と翡翠ーー赤と緑に輝く左右それぞれの邪眼は、眼前に立ち塞がる障害の一切を寄せ付けることはない。
そして辿り着く、今までもそうしてきたように。
主君の窮地を前にして、ついにストレインは間に合ったのだ。
「さて……」
ストレインはサンライト・ヴァルファリオンを前にして、ちらりと後ろを振り向いた。
翡翠色に輝く左眼の《痺縛の邪眼》と目が合わないように、顔の右側だけ首を回す。
そこには全身傷だらけで満身創痍となったアキュラが、意識も絶え絶えに微笑んでいた。
(よくぞ……ここまで……)
自分の到着までに、ここでどれほどの戦闘があったのかは詳しく分からない。
だが上空での爆発や、覆われていた幻影が一時的に消えたこと。
そのどちらもが、アキュラが状況を打破するために命懸けで為し得た事だとストレインは直感した。
命懸けでーー文字通り、決死の覚悟で我が身を犠牲にしてまでーーだ。
「アキュラ殿、後は僕にお任せ下さい」
ストレインはアキュラに小さく微笑み返し、前を向き直った。
眼前には強烈な威圧感を放ちながらこちらを睥睨するヴァルファリオンが悠然と佇んでいる。
その威を一身に受けながら、ストレインはひるむこと無く相手を睨み返した。
そして静かに唇を噛みしめる。
(……この魔力量、凄まじいな……こんな怪物を相手にアキュラ殿は……)
あの時、自分がアキュラ達から目を離さなければーー
幻影の気配にいち早く気付いていればーー
ストレインの頭の中は、今も自責の念で一杯だった。
だが……
「貴様は、許さん……」
それ以上に強い感情が、ストレインの全身を支配していた。
ぐつぐつと煮えたぎるように内側から熱くこみ上げて来るモノ。
その熱に突き動かされるように大剣を構え、ストレインは正面を見据えた。
己が命より遥かに大切な、主君アキュラの命を脅かしたヴァルファリオンに対しての感情。
”怒り”。
「絶ッ対に……許さん!!」
ストレインの怒号に呼応し、両の邪眼がいっそう眼光を増した。
合わせたようにサンライト・ヴァルファリオンも大きく吼え返すと、戦闘態勢へ。
そして今再び、戦いの火蓋が切られたのだった。
たぎる胸の内とは裏腹に、ストレインの頭は冷静に状況を分析する。
先程からヴァルファリオンと目を合わせているのに、麻痺にかかる気配をみせない。
これは事前にアキュラから聞かされていたヴァルファリオンの高い状態異常耐性によるものだろうとストレインは推察した。
(ならば……)
真紅色に輝く右眼の《竜化の魔眼》が光の粒子を伴って使用者であるストレインに人外の力を与える。
その力ーー竜法ーーにより増幅された膂力を以て、ストレインは手にした紅蓮の大剣を勢いよくヴァルファリオンに振り下ろした。
一瞬とも言えるほど俊敏なストレインの一撃に、しかしヴァルファリオンは即座に対応。
六枚のうち二枚の翼を素早く重ね合わせ、ストレインの剣を軽々と受け止めた。
「ふん……だが少し離れてもらおうか!」
近くにはまだアキュラがいるのだ。
このままでは戦闘に巻き込まれてしまう危険性が高い。
ストレインは叩き付けた大剣に魔力を込めた。
すると大剣の刀身が赤黒く光を放ちーー爆発した。
「さらにもう一撃!」
突如襲い来た爆撃、そして身を包みこむ激しい爆炎にヴァルファリオンがひるんだ。
その一瞬の隙をストレインは見逃さない。
続けて大剣を横薙ぎに振るい、剣圧と爆風によってヴァルファリオンの巨体を吹き飛ばした。
辺りに黒煙が立ちこめる。
(素晴らしいな……これがアキュラ殿から授かりし新たな剣、かーー)
剣先から指向性をもって放たれる業火の爆炎が、爆発を伴い斬りつけた相手だけを襲い包み込む。
いわゆるエクスプロージョンソード、爆発する剣だ。
その名を爆炎大剣グラウニカ。
製作途中だったある刀剣を、今回の為に急遽改良したアキュラ渾身の一品。
光を吸収するヴァルファリオンの特性上、現在自陣最強の武器である極光宝剣の光属性攻撃では通用しないと踏んだアキュラがストレインに与えた新しい武器である。
以前北の山を襲った★6デビライトウータンを中心に、炎属性の魔使魔法を得意とする魔物たちの素材を利用して作られている。
爆発の衝撃で数メートルほど後ろに下がったヴァルファリオンがたまらず叫び声をあげた。
燃え盛る炎はいまだその身を焦がし、黒煙がもうもうと立ちのぼっている。
ストレインは、ヴァルファリオンに体勢を立て直す暇など与えぬよう神速の踏み込みで近づき追撃を試みた。
「好機……! 畳み掛け……!?」
だが、ストレインは言葉を止めた。
そしてすぐさま地を蹴り後ろへ跳んでヴァルファリオンとの距離を離した。
すると次の瞬間、立ちこめた煙の中から三本もの太いレーザーがストレイン目がけて襲いかかる。
ストレインは身を翻し、すんでの所でこれを回避する。
(この威力……そこらの魔物が使う『ライトレイ』の比では無い……! こんな……まともに喰らうわけにはいかない!)
ストレインは大剣を構え直し、再度踏み込むタイミングを計った。
辺りの煙が徐々に晴れていく。
すると、爆発によるダメージを負ったサンライト・ヴァルファリオンが姿を見せた。
どうやらグラウニカによる炎熱攻撃は有効、それも想定以上のようだ。
しかし視界を遮る黒煙が完全に晴れた時、ストレインは眼を見開いた。
ヴァルファリオンの周囲には、いつの間にかいくつもの光球が宙に浮いておりーー
「ぐっ……!!」
ストレインが忌々しげに呻くと、光球がレーザーへと姿を変えてゆく。
次々と放たれる極太の『ライトレイ』。
限界を超える反射神経と、竜法と魔力により強化した肉体を無理矢理動かしストレインはレーザーを避け続ける。
どれも紙一重。
研ぎ澄まされた集中力が為し得た奇跡とも言える所業である、がーー
(しまっーー)
発射されるレーザーと共に、ヴァルファリオンの翼による攻撃がストレインを狙う。
巨大な鎌のように振り抜かれるその翼は、喰らえば体が真っ二つになるほどの威力と鋭さである。
レーザー回避に専念せざるをえないストレインにとって、この同時攻撃は対処が困難であった。
(マズいーー死ーー)
無理な体勢でレーザーを避けてしまったストレイン。
その死角を狙うように、今、ヴァルファリオンの翼が襲い迫る。
ストレインの脳裏をよぎるのは、無惨な姿となった己の死体。
だからといって、もし無理矢理にでもこの翼を大剣で受け止めたら、動きが止まったところをレーザーで蜂の巣だ。
絶対絶命のこの状況。
しかし、ストレインは知っていた。
この空間には自分とアキュラの他にもう一人、ある人物の気配が潜んでいることを。
不本意ながらも、しかしワラにもすがる思いでストレインはその男の名を叫んだ。
「ワイル!」
「もう放ってる。オレ様に指図するんじゃあねェ、クソガキ」
その声はどこからかーー
ストレインを襲うヴァルファリオンの翼が、突如激しい衝撃を受け大きく弾かれた。
衝撃の正体ーー超高速で飛来した弓矢ーーが、翼とぶつかって宙を舞う。
「かってェ羽だなァ、ったく。オレ様の弓で貫けねぇとはな」
矢を放った男、ワイル・D・ロビンが離れた茂みから愚痴をこぼした。
気怠げな口調でぼやきながらも、次弾の矢を引き絞り狙いをつける。
「ようやく弓兵らしい働きができるぜ。……あの坊ちゃんのお守りってのが最悪だが、な!」
血で汚れた口元をニヤッと浮かせ、第二・第三の矢を次々と放つワイル。
凄まじい速度と強度で放たれるワイルの矢は、恐ろしいほど正確にヴァルファリオンの翼だけを捉えていた。
ヴァルファリオンの翼による攻撃は、ストレインに届く前に全て宙で弾かれる。
「……礼は言わんぞ」
ワイルの援護を得たストレインが防戦から一転、前進する。
(ーーーー駆ける!)
今こそ絶好の機。
ストレインはヴァルファリオンの周囲から放たれる数多のライトレイをかいくぐり、ついに懐にもぐりこんだ。
翼を使って対応しようとするヴァルファリオンだが、ワイルの矢がそれを許さない。
ストレインは振りかぶり、手にした剣に目一杯魔力を込めた。
「ハァッーーーー!!」
重く、鋭い一撃。
ヴァルファリオンが咄嗟に体をひねるが……。
勢いよく振り抜かれた大剣グラウニカがヴァルファリオンの首元から少しズレた場所、肩口の辺りを深く切り裂いた。
そして……
「爆ぜろ! グラウニカ!」
ストレインの叫びと共に、大きな爆発が巻き起こった。
巨体からおびただしい血飛沫を撒き散らし、ヴァルファリオンが悲鳴にも似た雄叫びをあげる。
誰の目に見ても明らかな、致命傷となり得る可能性の一撃。
ついに伝説の煌翼獣サンライト・ヴァルファリオンに深手を負わせたのだった。
そして、猛火に焼かれ煙に巻かれたその姿めがけて、ストレインがトドメの一撃を放った。
「これで終わりだ……!」
袈裟切りに大剣を振り抜いたストレイン。
その風圧により、辺り一帯に漂う煙が一瞬にして掻き消える。
剣はヴァルファリオンの翼の上から胴体を丸ごと通過し、体を真っ二つに引き裂いた。
だが剣を握るストレインの手には、何の感触も伝わってこなかった。
(……幻!?)
ストレインの手によって二つに分かれたヴァルファリオンの肉体が陽炎のようにゆらめいて消えた。
一体いつの間に入れ替わったというのか。
ならば本物はどこにーーストレインが即座に気配を探る。
すると、
「……これは……」
空間一帯にどんどんと膨らんでいく強烈な魔力の気配。
ストレインは上を見上げた。
そこには光の翼を広げ空に悠々と羽ばたく獅子が、口を開け魔力を収束させてゆく姿があった。
ぼたぼたと肩から大量の血を流しながらも、膨大な魔力を練り上げていく。
あまりの事態に、ストレインは空を見上げたままその場に立ちつくす。
幻に気をとられた一瞬の隙を突かれて、上空に逃げられてしまった。
もはやあの魔法の発動を止める隙が無かったのだ。




