45:光
ついにその姿を現したサンライト・ヴァルファリオン。
伝説として語られるほどの力を有する、とんでもない魔物の一匹である。
その強烈な存在感が放つ、圧倒的なまでの風格。
俺は、竦み上がりそうになる気持ちをなんとか抑え込み、内心震えながらも正面から奴と向き合った。
「これが……★8……」
思わず口からこぼれ出た呟き。
あのストレイン以上と目していたワイル・D・ロビンを圧倒するほどの強さ。
想像を遥かに超える現実に、己の甘さ、そして世界の広さを痛感させられる思いであった。
倒れ込んだままのワイルが、大きく溜息をつきゆっくりと身を起こした。
「……っととォ、寝てる場合じゃねェな……グッ……!」
「お、おい、動いて大丈夫なのか」
「フン。こんな傷、大したことはねェよ」
そのまま立ち上がったワイルは、口元の血を乱暴に拭った。
どう見ても軽度では無い傷の数々を負いながら、その声にはまだまだ強い力を感じる。
ただの強がりとは思えない、歴戦の強者ゆえの貫禄だろうか。
「やれやれ、こりゃあ安請け負いしちまったぜ全く。……だがまあ、こんなところで先生を死なせるわけにはいかねェからなァ」
「……?」
どういう意味だ?
ノアの依頼を果たす前に死んでもらっては困る、ということか?
随分と義理堅いことだ。
それとも俺のファンだから?
ワイルの言葉の真意を計りかね、訝しむ俺。
いーや、なんにも、と、ぼそりと呟いたワイルは視線を前に向けた。
視線のその先には、先程からじっとこちらを見つめ、観察しているかのように微動だにしないヴァルファリオン。
奇妙なその様子に、俺は気味の悪さを感じ背筋を震わせた。
「ずいぶんと余裕じゃねェか。ナメやがって」
ワイルが威勢良く、地面に向かって血の混じった唾を吐き捨てた。
自身の負傷なんてなんのその、ヤル気十分といった感じだ。
気配の変化を察したのか、ヴァルファリオンの翼、その六枚のうち一枚がピクリと反応した。
対峙するワイルは腰に差した長剣、ではなく背に担いでいた弓を手にする。
そしてその口元をニヤリと歪めた。
「さァて伝説の犬っコロ。ギャラリーも増えたことだ、第二ラウンドといこうかい……!」
矢をつがえ、弓を構えたそのまま前に向かってワイルが駆け出す。
それに呼応するように、ヴァルファリオンが六つの翼を広げたまま大きな雄叫びをあげた。
こうして、ワイルとヴァルファリオンの激突が再び始まったのだったーー。
(今回の戦い、俺ができることは限られている……)
強者同士の激しい交戦が行われている視界の前方。
そこから少し後退した岩場の影で、俺はリュック片手に戦闘の経過を見守っていた。
そう……この窮地、俺にできることはほとんどない。
はっきり言ってヴァルファリオンとの戦いにおいては、他の三人と違って俺の戦闘力なんてゴミみたいなもんだ。
ヘタに手を出せば、足を引っ張るどころか命すら危ういだろう。
それでも同行して一緒に付いて来たのは、ひとえに図鑑機能《モンスター分布》による目標の捕捉、その為だ。
幻を使うような敵の正確な位置を把握できるというのは、戦いにおいて、特に奇襲をかける場合などではかなりのアドバンテージになる。
(……はずだったんだがな。先手を打たれてこのザマか、情けない。……だが、まだ挽回できるチャンスはある……!)
リュックの中から、いくつかの球体を取り出す。
時間が無さ過ぎたため数個しか用意できなかったが、多少はヴァルファリオンに効果がありそうな火属性の魔法を利用して作った爆発玉だ。
これらを効果的かつ決定的なタイミングで援護に投入するのが俺の仕事になる。
(元々は自分の身を守る護身用に持ってきた物だが……この状況では仕方ないか)
視線を再び前に向ける。
さっきまでは拮抗しているかのように見えた攻防も……形勢は傾いてきていた。
恐ろしく俊敏な動きで攻撃を仕掛け続けるヴァルファリオンに、ワイルは防戦一方になり抑え込まれていた。
化物じみた動きを見せるワイルの、その更に上をいく強さを誇るサンライト・ヴァルファリオン。
やはりストレインとノア、三人揃ってではないとこの戦い、厳しいかーー
(となると、俺のやるべき事は一つ。はぐれた二人に居場所を伝えることだ……!)
ヴァルファリオンの作り出す幻影は、あの六枚の翼がそれぞれ制御している。
モンスター図鑑の図解によると、一枚一枚が個別に光を操作し幻を生み出しているようだ。
つまり奴の能力の真髄は、指定した範囲に六パターンもの異なる幻を用意できるということ。
俺たちが分断された時は四枚の翼を駆使し、四人それぞれに違う風景を見せて、各々個別に誘導したのだろう。
人間にはきわめて困難な芸当で、恐ろしい程の繊細な技と膨大な処理能力だ。
なぜ能力の及ぶ範囲が、図鑑に記載された情報と違って50メートルよりはるかに長い距離まで届くかは謎だが……
(翼の特性を少しの間でも妨害できれば、あの二人にも知らせることができるはず……)
目を凝らして見てみると、ワイルとの闘争の最中でもヴァルファリオンの翼の六枚は光を放ちながら大きく羽を広げている。
どうやら今この瞬間も、特性の及ぶ範囲内で六カ所に幻影を作り出しているようだ。
一つは俺たち周辺の地形。あとはストレインとノアの周囲に一つずつ、か?
他の三カ所はわからないが大体そんなところだろう。
(翼を妨害……ヴァルファリオンの意識が逸れれば可能性はある……だったら)
やるしかないのだ、俺が。
この状況を覆す、命懸けの行動を。
俺はリュックを肩にかけ、両手に爆発玉を持った。
緊張のあまり玉を握る手に力がこもり、誤爆でもしかねないほどだ。
笑い事では済まされない。
たった今、即席で考えた俺の作戦が通用するかは、俺の覚悟と運次第。
失敗すれば、ジ・エンドだ。
ーーふう、大丈夫、やってやる。やってやるぞ。
ついに破られる均衡、ヴァルファリオンのひと際鋭い一撃を剣で受けたワイルが体勢を崩した。
「グッ……! クソがッ、これ以上は受けきれねェか! 先生ェ! 気ぃつけろ!」
ワイルが叫んだのと同時、ヴァルファリオンが目にも止まらぬ速さでその横をすり抜けて俺の方に向かってきた。
後方でコソコソしているのが気に入らなかったのか、狙いを俺に定めたようだ。
抗うことすらできぬであろう、歴然たる力の差。死の足音。
武器らしい武器も持っていない俺が、一対一でまともに相手をするのも無理な話だ。
だが俺とて、ただ眺めていただけではない。
「ワイル! ”上に”!」
「ーー!? コイツは……!」
体勢を崩しながらも、ワイルが俺から投げられていた球体を空中で掴む。
ヴァルファリオンがワイルの横を抜けるそのタイミングで、右手に持っていた爆発玉をワイルの元に放りなげていたのだ。
詳しく説明する時間など無い。俺の言葉を聞いたワイルの判断に委ねる。
ヴァルファリオンは、もう俺の目前にまで迫っていた。
一枚の翼を横向きに寝かせ、まるで鎌のようにして振り下ろそうとしている。
喰らったら終わり。だが、もはやかわすことも難しいだろう。
ならば……
そして俺は、左手に握りこんでいた爆発玉を起動させ、
”自分”の目の前に放り投げた。
俺とヴァルファリオンの距離は目と鼻の先。
この至近距離、まさに俺を殺そうとするその瞬間。
さすがにかわすことはできまい。
お互いに、だが。
「一緒に吹き飛べ」
俺は、背中にではなく腹に抱えたリュックに顔を埋めーー
その直後、激しい爆発が目の前で起こった。
凄まじい轟音と爆風が容赦なく俺の身体を打ち付け、数十メートルほど吹き飛ばした。
耐久性の高い素材で作ってあったとはいえ、緩衝材がわりのリュックはあっけなく破裂。
魔力を展開していたのもむなしくなるような衝撃で俺は全身ボロボロになっていた。
「……う……うぅ……」
うめき声をあげながら俺は懸命に意識を保とうとする。
少しでも気を抜けばあっさり落ちてしまいそうだ。
どうやら手足はくっついているらしい。
幸いなことに、致命傷となり得る損傷はなんとか避けられたようである。
だが、受けたダメージは思ったよりも深刻だ。
体がわずかしか動かない、まだ全身の感覚が麻痺していた。
俺は必死に首を動かしヴァルファリオンの方に視線を向けた。
至近距離、加えて弱点の一つである炎魔法系の爆発攻撃。
立ちこめる煙の中から現れたその姿はーーたいした傷は無かった。
ヴァルファリオンは爆発する直前に、六枚の翼を瞬時に前面へ展開し、体を覆うようにして身を守っていたのだ。
奇襲は失敗。与えたダメージはほぼゼロに等しい。
少しでも傷を負わせようとしたが、ダメだったようだ。
「……だ、だが……やったぞ……!」
俺は全身に走る激痛に堪えながらも、大きく笑みを浮かべた。
周りの風景がさっきまでと変わっていた。
……いや、正確に言えば”戻った”が正しいか。
つまり、一帯の景色をまるごと塗り替えていたヴァルファリオンの幻が、消えて無くなっていた。
爆発による損傷を防ぐため全ての翼を防御に回し、特性の発動が途切れたのだろう。
今、ヴァルファリオンの幻は完全に消滅している。
再度発動するにしても、もう少し時間がかかるはずだ。
一瞬でもヴァルファリオンの気を引きたかったゆえの行動だったのだが、期待以上の成果である。
そして……
「クックッ……先生アンタ、相当クレイジーだなァ。ますます気に入ったぜ」
上空で大きな爆発が起きた。
ワイルが爆発玉を起動させ、真上に投擲していたのだ。
俺の意図したタイミング通り、さすがだな。
空で爆ぜた爆発玉。
幻が消えている今、それは信号弾のようにこの場所を示してくれるだろう。
遠く離れているであろう二人にも、それは伝わったはずである。
ふふ、目論見通り。
……まあ実際は、運任せの出たとこ勝負だったわけだが。
「へっ……ざまあみろ」
ヴァルファリオンを出し抜いてなんとか作り出したこの状況。
確実に流れは変わるはずだ。
諦めるにはまだ早いぞ。
爆発による砂煙が徐々に引いていき、静止状態だったヴァルファリオンが低い唸り声をあげている。
そして、身を覆っていた翼を解き、再び大きく羽を広げた。
するとーー
「うっ……!!」
「ーーぬゥ!?」
あまりの衝撃で体が吹き飛ばされるかと思う程の、大きな大きな雄叫び。
ヴァルファリオンの放つその咆哮に、俺とワイルは体を強張らせた。
「チッ……!? こいつはァ……ぐうぅっ!」
突如ヴァルファリオンが展開した無数の光槍がワイルに襲いかかった。
防御したワイルであったが、強大な光の魔使魔法による衝撃で吹き飛ばされる。
それと同時に周りの景色がまたも歪んでいき、幻によって塗り替えられてゆく。
「く……くそっ……」
ヴァルファリオンがゆっくりとこちらに近づいてくる。
その体から発するプレッシャーは今までの比ではない。
どうやら俺は奴の逆鱗に触れたらしい。
「……いつもこんな状況だな……はは……ぐっ」
まだ体は動かない。
こんな状態で、凄まじい怒気を放つヴァルファリオンから逃げることなどできるはずもない。
もはや奴の攻撃圏内、後はその鎌のような鋭い翼撃が振り下ろされるのを待つのみであった。
「俺を守ってくれるんじゃなかったのか……まったく……」
死を目前にして、俺は呆れたように呟いた。
この場にはいない誰かに向けた言葉。
俺がこの世界でもっとも信頼する男への、ささやかな文句である。
ここまでお膳立てはしてやったんだ。
間に合うかはお前次第だぞ。
なあ。
そして……俺はたまらず声を張り上げて叫んだ。
「いいからさっさと助けやがれ! ストレイン!!」
「仰せのままに」
どこからか声が一つ。
すると、幻で塗り替えられている景色の一部が音を立てて爆散した。
尋常ではない速度で何者かがこの場に乱入したのだ、と思った矢先には目の前にはすでに人影が立っていた。
力強い魔力と、光り輝く粒子をその身に纏わせて。
「ここに来るまでに、かなりの数の魔物に妨害を受けました。おそらく奴の仕業でしょう」
「……ふん……来るのが遅いぞ、バカモンめ……!」
両手に握った紅蓮の大剣を構え、俺とヴァルファリオンを遮るように立ちはだかった。
その男に向かって、俺はボロボロながらも憎まれ口を叩く。
……だが、口元に浮かんでしまった笑みは隠すことができなかったようだ。
「アキュラ殿、後は僕にお任せ下さい」
ここにきて、ようやくストレインが合流したのであった。




