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44:ヴァルファリオン、強襲

「ーーくそっ、やられた!」


 俺は忌々しげに吐き捨て、アミール平原の中を懸命に走り続けていた。

 ほんの数分前まで隣にいたはずのノアや、後ろに付いてきていたストレインとワイルの姿はどこにもない。


「まずい……まずいぞ……! まさか向こうから先に仕掛けてくるなんて!」


 逸る気持ちを抑えきれず、一心不乱に足を動かす。

 目指す場所は頭の中に映る赤い点。

 分断され、狙われた誰かが応戦していると思われるその地点へ、だ。


 今回の話、やはり急すぎた。 

 もっと準備と対策を練ってから挑むべきであったのだ。 


 狩るべき標的として見ていた魔物、サンライト・ヴァルファリオン。

 しかしながら、その考えはあまりにも愚慮だったと言わざるを得ない。

 このアミール平原に足を踏み入れた時からーー


 俺たちこそが奴の獲物だったのだ。



ーーーー

ーーーー



 町を出て、歩き続けること一時間。

 俺たちは、リュミエの町から北の山を越え、そこからまっすぐ北に向かうと広がるアミール平原の中を前進していた。

 所々に、背の高い木々やちょっとした丘があるものの、見晴らしも良く、大小さまざまな動物や魔物が生息している平原帯。

 俺の視界いっぱいに、まさしく大自然!といった光景が広がっていた。

 

 頭の中では、エシュタルモンスター図鑑の機能《*モンスター分布》を展開し、標的であるサンライト・ヴァルファリオンの動向をチェックしている。

 今はマップのズーム機能で、アミール平原に焦点を当て、ズームインしていた。

 地図上に無数に点在する赤いポイント、つまり平原全域に生息する全ての魔物達、それらを全部かつ同時に把握することは脳内処理的にも無理である。

 なので俺は他に目もくれず、ヴァルファリオンの現在地だけを注意して観察していた。

 

 俺たちの現在地とヴァルファリオンの現在地はまだ少し距離があるようだ。

 素早くメニューを切り替え、俺はサンライト・ヴァルファリオンのページ項目に再び目を通し確認する。




《No.893 サンライト・ヴァルファリオン:ランク★★★★★★★★》


《百年に一度、ファリオンの群れから発生する特殊進化体。翼が異常な発達をとげ、それに伴い肉体も大きく成長した魔物。小型飛獣種である本来のファリオンとは隔絶された存在。その翼が持つ特性により、周囲の光を操作して幻を作ったり、姿を見えなくしたり、また、光を吸収して魔力に変換させたりする。光属性の魔法を好んで使う傾向がある》 


【素材の持つ特性】

《翼:ーー①:周囲50メートル程度までの光を自在に屈折・遮断する》

《    ②:取り込んだ光を魔力に変換し、蓄える》

《体皮:ーー状態異常攻撃への耐性が高く、効果を大幅にカットする》

《肺:ーー空気を溜め込むと、一時的に飛翔性能が上昇する》

《毛髪:ーー魔力を感知するセンサーになっており、感知する魔力量に比例して逆立つ》


《※対処:ーー光が薄い暗闇の中を苦手とし、幻を作ることができなくなる。また、上空への飛翔は短時間しか行えない。火属性の魔法に対して耐性が低く、特に闇属性の魔法に対しては弱い》


《主な使用魔法:ーー『ウインド』『サイクロン』『エアスラッシュ』『フラッシュバン』『ライトレイ』『ミラージュレーザー』『フォトンレイス』『ハリケーンヴォイス』『イグニクションブラスト』》




 メニューにある《*全国図鑑》と《*モンスター分布》は同時に展開できない(これは俺の脳の処理能力の限界ゆえかもしれないが)ので、一旦《*モンスター分布》の画面を閉じたのだ。


 ヴァルファリオンの翼の特性、”光”への干渉能力は、自身を中心とした半径50メートルまでしか影響しない。

 その間合いを警戒しつつ4人揃って戦闘体勢に入るのがベストだろう。

 注意を怠るわけにはいかない。

 俺は《*全国図鑑》を閉じ、メインメニューに戻って再び《*モンスター分布》を開いた。


(……図鑑の《*モンスター分布》機能、改めて見てもとんでもない能力だ)

 

 とはいえ、図鑑のマップズーム距離にも限界はある。

 正確な縮尺はわからないが、近い距離になると俺の位置を示すポインタと魔物の現在地を示す赤い点が重なって潰れて表示されてしまう。

 この《*モンスター分布》の欠点は、魔物が狭い範囲で密集する場合や、対象と近過ぎる場合、正確な位置や距離を測ることができないところにある。

 それでも充分に便利な機能だし、別段不自由を感じたことは無いが。


(……かなり近づいてきた。標的までおよそ400メートルといったところか?)


 視界の先に映る景色を見ても、今までと大した違いは感じない。

 せいぜい木々がたくさん生えており、隆起した地形が多くなった程度。

 それと日差しがいっそう強く感じられるくらいなものだ。

 肉眼で確認するかぎりは、全くわからない。

 だが……いるのだ、この先に必ず。

 ランク★8の怪物、伝説の魔物の一匹がーー。


 

 俺は注意を促すため、いつからか会話が途切れてしまったがずっと隣を歩いているノア、そして後ろを歩くストレイン達に対して声をあげた。


「お前ら! ヴァルファリオンとの距離が近くなってきた! そろそろ戦闘態勢に……って」


 ぐにゃり。

 突然目の前の景色が歪んだ。

 ノアやストレインの姿が煙のように霧散してゆく。


 いきなりの奇妙な感覚に俺は言葉を呑み込み、その場に立ちつくした。

 周りの景色が目まぐるしく変化する。

 自身の平衡感覚が正常かどうかも判断できない。


「な……んだ、これは」


 めまいにも似た気持ち悪さを覚え、思わず膝をつく。

 それでもなお、周囲の変化は一向に止まらない。

 さっきまで木があった所に丘があり、その丘が形を変え森のように生い茂ったかと思ったらいつのまにか崖に変わっている。

 空には太陽がいくつも浮かびあがり、眩しすぎるほどの光が地上を照らしていた。

 物理法則なんてあったもんじゃない。こんな世界は無茶苦茶だ。


「まさかこれが……ヴァルファリオンの作り出した……幻……?」


 俺は一人呟いた。

 根拠は無いが、状況からしてそれしか考えられない。


 気を取り直した俺は、歪む景色の中、なんとか立ち上がって走り出した。

 そして、脳内に展開してあった《*モンスター分布》にしっかりと意識を向ける。

 目指すはヴァルファリオンを示す赤い点。


(……だが何故だ。マップを確認してもまだ充分な距離が開いている。奴の特性が及ぶ範囲には入っていないはずだぞ。射程は50メートルだったんじゃないのか……図鑑の情報が間違っている?)


 原因はわからない、だが……

 どうやら誰一人として気付かぬ内に、ヴァルファリオンの手によって景色や人物の虚像を見せられ、それぞれが思惑通りの方向に誘導されてしまっていたらしい。

 いつから幻によるメンバー分断を受けていたか定かでは無いが、脳内マップで正しい位置が分かっている俺と違って、他の皆は進行方向の”ズレ”など気付く訳が無い。

 周囲の気配に敏いストレインならば、この異常に勘付ける可能性も高いと踏んだが……


 相手は世界に一体ずつしか生息していないランク★8〜10に属する伝説群の魔物。

 造り出す幻の質、その”次元”がそこらとは比べ物にならないのだろう。


(とにかく今は合流が先決だ! 各個で相手をさせられるのが一番ヤバい!)


 俺は「くそっ、やられた」と悪態をつきながら、足に込める力をよりいっそう高め、焦る気持ちを抑えひたすら駆け続ける。



ーーーー

ーーーー


 

(俺たちは狩る者ではなく狩られる者だった、ってところか。……まったく笑えんぞ、甘く見積もりすぎていた、か)

 

 もう少しで目的地に辿り着く。

 相変わらず視界に入る景色は平原の自然を映しているだけである。

 ヴァルファリオンの姿はどこにも見当たらない。

 だが前方の空間からは、なにやら戦闘音と思しき轟音が響いていた。

 走りながらも俺は、この事態に対して苦い顔で唇を噛み締めた。


 やはり図鑑からだけじゃ魔物の正確な強さ、魔使魔法や特性の”ほど”というものが伝わりきってこない。

 知識だけのイメージと実際の現実では全く異なる場合が多い。

 今まで何度も経験してはいたが、今回は特にその差が強く出ているだろう。

 結局のところ、迂闊、としか言いようがなかった。


「ーー!?」


 ひと際大きな音が響いた、その直後である。

 突然、俺の目の前の空間が歪み、煙のようにゆらめいた。

 するとその中から、もの凄い勢いで人間が飛び出て、俺の横を通り過ぎるように吹き飛んでいく。

 後方にそびえる切り立った崖(さっきまで無かったのに!)に叩き付けられ、崩れ落ちた。

 こいつは……


「グッ……カハッ……。 ……よォ、先生。無事だったかい、クックッ……」

「ワ、ワイル! 大丈夫か!?」


 血塗れになって倒れているワイルに俺は駆け寄った。

 ワイルは手酷い傷を負いながらも、口元に笑みを浮かべている。


「不意打ちとはいえ……タイマンでやったらこのザマだ、情けねぇぜ。ヒッヒッ! あれが噂の煌翼獣ってやつかァ……想像以上だ」


 俺はワイルの言葉に耳を傾けながら、しかし視線は前方、ワイルが飛んできた方向に釘付けになっていた。

 景色は相変わらず平穏のまま。魔物の姿などどこにも見当たらない。

 だが……

 わざわざマップを見るまでもない。

 見えなくとも強く感じる……奴がこちらに向かって歩いてきている。


「……気をつけろ、先生。やっこさん、かなり”ヤバい”ぜェ」


 そしてーー

 景色のカーテンとでも言うべきか。

 何も無い空間が突如として割れ、その向こう側から”そいつ”が姿を現した。


 獰猛な顔つきに、立派なたてがみ。

 体長数メートルにも及ぶ巨躯は、対峙した者をことごとく震え上がらせるだろう。

 初めて見た時の印象は、まさしくライオン、巨大な百獣の王であった。


 だが、ライオンとは明らかに一線を画す、異質なモノが目を引いた。

 それは、背中に生えた、六枚もの大翼。

 その一枚一枚を大きく広げ、眩い光を強烈に放ち、輝き続けていた。

 

(ライオンと言うよりは、前世のゲームかなにかで見たようなキマイラのよう……どっちにしても、恐ろしいことには変わりないがな……)


 サンライト・ヴァルファリオンーー

 図鑑で何度も見た姿そのもの、それが今、俺の目の前に現実として立ちはだかっていた。

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