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43:秘密組織ーーSIMMONS(シモンズ)

「偶然、城の地下に迷いこんだ幼いお姉様は、その魔物と意思の疎通が”できてしまい”、シモンズに目をつけられ、監視下の元、魔物の精神干渉実験の被験体となった」


 ここに至って、ストレインは話の全体がようやく見えてきていた。

 それは、アキュラも同じことだろう。

 それでもなお、ノアの口から溢れ出る言葉は止まらない。


「適合者とはいっても、あくまで”魔物の干渉を受け入れやすい体質”というだけ。魔物の能力を利用した精神実験を繰り返すうちに、お姉様の人格はみるみる変質していった。……幼かった私には、その変化の原因が何であるか見当もつかなかったわ。情けない、本当に情けない話だけどね」


 表情に変化はなく、さきほどから淡々と語っているように見えるノア。

 だが、その仮面の下に隠されている激しい感情は、ここまでのノアを見てきたアキュラとストレインには痛いほど汲み取れてしまう。


「この事実に気付いたのも、実を言うとつい最近のことなの……。まさか、私が頻繁に戦争へ赴かされている裏で、王国ではそんなことが行われていたなんて、ね。……何が魔帝よ、何が国守りの英姫よ……まさしく恥の極みといったところだわ」


 ーー後悔、無念、悔恨。

 たまらず、アキュラが言葉を挟んだ。


「……このタイミングでお前がここに来た、ということは、何か起きるんだな? 近いうち、セレナリアの身に何か……」

「そうよ。実験はもはや最終段階まで移行している。シモンズの連中は、洗脳しているお姉様を利用して魔物の能力を制御し、かつ安易に使用できるようお姉様を『受け皿』にするつもりなの」

「受け皿……?」

「適性の無い人間を廃人に変えてしまうほどの強力すぎる能力を、お姉様という媒介を通すことで抑え込み、お姉様を介して行使する。これならば、相手がどんな人間でも意のままに精神干渉できる、らしい。本当にそんなことが可能なのか、にわかには信じられないけど」



 任意の相手へ精神干渉し、都合の良いように操ることができるのならば……

 周囲はおろか、政治や戦争などにおいても絶大な効果を発揮するだろう。

 洗脳した人間を敵の懐に忍ばせることができれば、戦いの形勢は傾く。

 自軍の兵士たちをくまなく洗脳すれば、死を恐れない最凶の軍団の完成だ。


「つまり、シモンズの最終的な狙いは、お姉様と魔物の『融合』。私は、それを阻止するためにここにやってきた、というわけよ」 


 ノアから語られたおぞましい計画の全貌に、アキュラは絶句した。

 いったい何が、人をそこまでの凶行に走らせるのだろうか。

 ストレインは、胸の内から込み上げてくる薄暗い感覚を抑え込むように、拳を強く握りしめた。



 気を取り直したアキュラが、震える声でノアに問いかける。


「国王……お前の父親は……このことについて……」

「知らない……でしょう。そもそもお父様は軍の指揮や政治に関しては、そのほとんどを下の者に一任している。最終的な決定を下すだけ。今のシモンズの実態を知っているとは思えない。……あの人がもう少し、普段からお姉様に目を向けてくれていたなら、何かが違ったかもしれないけど……」


 町で耳にする噂、国王と二人の王女との関係。

 その内容は、あながち間違いでは無いのかも知れない。


「この凶行は、シモンズの独断によるものか、それとも王国内の大臣や貴族、軍人が裏で手を引いているのか……。黒幕が何者か判然とはしないけど、これだけは言えるわ」


 すると、ノアがソファから腰を上げ、しっかりとアキュラを正面に見据える。


「この計画、なんとしてでも、止めなくちゃいけないということよ。そしてお姉様……いえ、あの優しかったセレナリア姉さんを、必ず救ってみせるわ」


 ノアの決意の眼差し。

 そこには、一片の迷いも見られない。


 国の安全と自身の願いを天秤にかけ、城から黙って抜け出してきたのも、全ては覚悟のもと。

 それほどまでに、ノアがセレナリアを思う気持ちは本物だった。

 

 

 ノアの覚悟を見たアキュラの表情も、何か決意めいた気迫を感じる。

 アキュラは神妙な面持ちで、ノアに尋ねた。


「しかし、ノア。これほどの情報、いったいどうやって手に入れたんだ」

「それは……」


 ノアが視線を逸らし、言葉を濁した。すると、


「クックック、オレだよ」


 この場にいて、今まで黙りこんでいた男。

 ワイル・D・ロビンが前に踊り出る。

 その顔は愉快千万といった表情で、なんとも不気味な様相を呈していた。


 下卑た笑みを浮かべるワイルに、正体の知らないアキュラが不審な様子で呟く。


「あんたは一体……」

「あァ、そういえば自己紹介がまだだったな」


 ワイルがアキュラの方を向き、わざとらしく礼儀正しい姿勢で頭を下げる。


「どうも”先生”。オレの名前はワイル・D・ロビン。そこのストレインとは……昔馴染みの友達みたいなもんだ、ヒヒッ! まァ、王都じゃ騎士なんてやってる。よろしくしてくれや」

「ふざけるな、ワイル! 誰が友達だ、アキュラ殿に適当を抜かすな!」

「クックッ、それより……」


 ストレインの叫びを無視し、ワイルが素早くアキュラに詰め寄る。

 そして、アキュラの手を両手でがっしりと握った。


(あの男、何をーー!)


 遅れながらも構えたストレインだったが、ワイルはアキュラの手をブンブンと上下に振って、愉しそうに笑う。


「お会いできて光栄だァ、先生よ。オレはアンタの大ファンでね。アンタの作った物を眺めるたびに、うっとりとするもんさ」

「は、はあ……そりゃ、どうも」

「どうだい、先生。金ならいくらでも出すからよォ、オレにも一点モノの特別製、作っちゃくれねぇかい」

「ワイル、いいかげんにしなさい」


 ワイルへの反応に困っているアキュラを見かねて、ノアがぴしゃりと制した。

 それを受けたワイルが盛大な溜息を吐いた。


「はいはい、話の続きだったな。そうカリカリしなさんなよォ、姫さん」


 空気を読もうとしないこの男の軽薄さに、ノアもアキュラも顔をしかめる。

 ああ、今すぐその首断ち切ってやりたいーー

 ストレインは心の底からそう思った。


 情報源についてだったか、とワイルは先程までの流れを思い返した。


「オレはこの姫さんが幼い頃からちょっとした付き合いがあってなァ……そのよしみで、今回手に入れた情報を教えてやったんだよ」

「そうなのか? ノア」

「……ええ、まあ、ね。ちょっとした腐れ縁、とでも言えばいいかしら」


 なんだか歯切れの悪いノアの反応に、アキュラは首をかしげる。

 それを見たストレインが、たまらず口を開いた。


「アキュラ殿、やはりこの男は信用できません。この依頼、決断を下すには早過ぎます」

「ストレイン。しかし……」

「おいおい、ひでぇなァ〜ストレイン。オレとお前の仲だろうがァ」

「貴様のような男の言葉、一つとして信用できるものか」


 そもそも自分は以前に、この男に殺されかけているのだ。

 信用しろと言うのが無理な話である。


 ストレインの言葉を聞いたワイルが、しかし今までと打って代わって真面目な顔をした。

 無精髭の生えた顎に手をやりながら、低い声で言葉を発する。


「フン、信じる信じないは勝手だがなァ、時間はもうあまり残されていないぜ」


 たしかに、先程ノアが語った内容が真実なのだとしたら、セレナリアがリュミエの町にいる今しかチャンスは無いだろう。

 それを逃せば、王都に連れ帰らされたセレナリアの未来は確定してしまう。


「オレの私兵の中に何人か、諜報活動に特化させた奴らがいる。そいつらが危険を犯してまで掴んできた裏の情報、まァ、多少は信用してくれてもバチは当たらんと思うがね」


 今すぐ話の裏をとることは、はっきり言って不可能に近い。

 結局、最後に決めるのはアキュラだ。

 自分はそのアキュラを全力で守ることに専念するのみ。

 これ以上、場を乱すことを控えたストレインは、最後に一つワイルに問うた。

 

「だったら一つ聞かせろワイル。なぜ貴様は、ノア王女様の依頼に協力している? 何か見返りでもあるのか」

「なんだァ、そんなことか」


 クックッ、お前は信じちゃくれねェだろうが、と前置きしワイルは笑う。


「オレの目的は先生の顔を一目拝みたかった、それだけだ。姫さんとも知らん仲じゃないし、ちょうど良かったのさ。あとはまァ、影でコソコソ動いている”ネクラ”な奴らどもに、一泡吹かせてやろうかなってェもんだ。ずいぶん昔、一悶着あったのよ」


 そこまで言って、ワイルはそれ以上語らなかった。

 アキュラの答えを聞く方が先決だと思ったのだろう、こういうところでは空気を読むあたり、やはり腹の立つ男である。

 ストレインも、もうそれ以上追求はしなかった。

 


 少し間があって、ようやくノアが口を開いた。


「ウェムラ・アキュラ。答えを聞かせてくれる?」

「ああ……」


 アキュラが、もう答えは決まっているといった表情でノアに向き合う。

 先程の覚悟を見せたノアと同じように、その瞳に迷いは無い。


「俺は……お前を信じる。お前からの依頼、『セレナリアの救出』に手を貸そう」


 ノアが、短く息をはいた。

 その表情は、こころなしか嬉しそうにも見えた。


「それで、条件は? 貴方が、無償で引き受けてくれるほどのお人好しとは、私は思えないのだけど」

「ふん、一言余計なお姫様だ、素直に喜べ。ただまあ、その通り。協力する代わりに、俺からも一つ条件がある」


 

 アキュラは、セレナリアからの依頼に必要な素材を持つ魔物、サンライト・ヴァルファリオン討伐に力を貸して欲しいという旨を、ノアとワイルに伝えた。

 伝説に聞きし魔物を討伐しようとしているアキュラに、二人は驚いていた。


「俺は今日、セレナリアの”本当”の気持ちが、心が、一瞬見えたような気がした。その想いは、お前や父親を助けたいと願う、純粋なものだ。だから、俺はセレナリアの依頼もちゃんと引き受けてやりたいと思う。それに協力して欲しい」


 本当は、元々目標であったヴァルファリオンを魔帝たちの力を借りて倒せるというアキュラの打算も含まれているのだが、それは語るに及ばない。

 アキュラの条件を聞いたノアとワイルが、それぞれ反応をみせる。

 

「ハッハァ〜、マジか! この近くにとんでもない魔物が潜んでいたなんてなァ! なまって仕方がねェこの体も、ようやく本気出して動かせるってもんだ」

「訂正。やっぱり貴方は、底無しのお人好しね。今日会ったばかりの人間に……まったく、しょうがないわ。もちろん、協力しましょう」


 その後は、四人でヴァルファリオンを討伐した後の事ーーセレナリアへの処置や、監視についているシモンズの一員、ガウェイグの対応ーーなど、ある程度決めて話をつけた。

 知らないうちに窓から差し込む光が月では無く、朝日に変わっていた。

 

「まずいな。ストレイン、急いで工房に戻ろう。このままじゃ、あの剣を完成させる時間が足りない」

「はい、かしこまりました」


 そうして、急いでこの場を後にしようとするアキュラが、何か思い出したかのようにノアに声をかける。


「ノア。そういえば、あの矢文に書いてあった『俺の秘密』……あれはいったい」

「ああ、あれね。ちょっとこっちにきなさい」


 アキュラとノアが、部屋のすみでコソコソと何か言葉を交わしていた。

 すると、ワイルがストレインに近づき、ニヤニヤと軽薄な笑みを浮かべている。


「おい、ストレイン、お前……。見ない間に、面白いことになってんなァ。その眼のせいか? まァ、そっちの方がオレは好きだぜ、クックック」

「……一体、何の事だ。僕が、何か変わったとでも言うのか」


 しかしワイルは笑うだけで、それ以上何も言わなかった。

 少しして、用事を終えたアキュラが神妙な顔をして戻ってきたが、何も聞かないことにした。


 そしてそのまま、廃屋を後にしたのだった。

 


ーーーー

ーーー

ーー


 昨晩の出来事を思い返したストレインは、歩きながら空を見上げた。


 騎士時代には恐れ多くもほとんど言葉をかわすことができなかった高貴なる王女達。

 その影に潜みつきまとう、王国の暗部。

 ノアが嘘をついているようには見えなかったし、その心の叫びはしっかりと届いた。

 自分にも、そしてアキュラにも。

 

 心優しいアキュラであればこそ、彼女達を助けるために全力を尽くすだろう。

 それはとても誇らしいことで、全力でその姿を支えたくなるというものだ。


 しかしストレインはそう思いながらも、頭の中にはあるもう一つの可能性について思考を巡らせていた。

 

 この話、情報の出自や信憑性が不明瞭であることは否めない。

 万に一つも、誰かの思惑によって作られた状況で……

 もしもアキュラの身を脅かすような卑劣な罠や策謀であるならば……

 決して許しはしない。

 いかに王女といえども、この手で……


(ぐっ……まただ、また……!)

 

 たまらずストレインが片手で己の顔を覆った。


 両眼が激しく脈打ち、疼く。

 そして頭の中に、何かカァーっと熱いものが広がっていく。

 この感覚は……


(最近……どうにも自制がきかなくなっている)


 理性をすっ飛ばして、本能のまま感情を剥き出しにしてしまう。

 ストレインを襲う謎の衝動。

 ストレインにはその原因が分からず、困惑する。

 いったい、なんだというのだ。


 しばらくすると疼きが治まった。

 ふう、と息を吐き、呼吸を整えたストレイン。

 そうして、顔を上げて周りを見渡した。

 

 ここはアミール平原に入って、まだ少ししか歩いていない位置。

 アキュラによると、もう少し先にヴァルファリオンが生息しているとのことだったが…… 


 顔を上げたストレインの視界には、さっきまで前方を歩いていたはずのアキュラたち、

 その姿が、どこにもなかったーー。

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