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42:語られる真実

ーーーー

ーーーー 


 ーーなんとも奇妙な集まりができたものだ。

 周りを見渡したストレインは、しみじみとそう思った。

 前方を歩く主君アキュラ。

 その隣にはノア王女、少し離れた所にワイル・D・ロビンがいて、みなが足並を揃えて同じ場所を目指している。

 このまま、かの伝説に聞きし『煌翼獣』に挑むというのだから……

 まったくもって、人生とは何が起こるかわからないものである。


(全てはアキュラ殿がご自身で決められたこと。ならば僕は、為すべきことをするだけだが)


 ストレインは左眼を覆う眼帯を指先でなぞり、脈打つ鼓動を確かめた。

 調子は良い。


 元々、邪眼工房のメンバーだけで挑むはずだったサンライト・ヴァルファリオン討伐任務。

 それが今回急を要する事情で、ノアとワイルを含めた四人での決行となった。

 確かに、魔帝の力、そしてワイルの武力を以て共闘するならば、相手が伝説級の魔物でもかなり善戦できるはずである。

 その辺りも見越してのアキュラ殿の覚悟。

 そして決断によるここまでの采配、見事と言うほかない。

 さすが我が主だ。


 だが……そう思うストレインの表情は、とても晴れやかと言えるものではなかった。

 今まで、アキュラとクマ吉と三人だけでウェムラ邪眼工房を盛り上げてきた。

 そして今回もストレインはそのつもりでクマ吉と共に己を高め合い、主の為のみに剣を振るうつもりであったのだ。


 ストレインにとってはこの状況が、少なからず面白くないのは確かだった。

 

(……しかし理由はどうであれ、僕にとってやるべきことはただ一つ。アキュラ殿に降りかかる危険は全て排除する、それだけだ)


 ストレインは今回の経緯について、事の発端となった廃屋での密談の内容を思い返した。



ーー

ーーー

ーーーー



 深夜、誘われた先に突如として現れた第二王女ノア・ディアスペレッゾ。

 王女でありながら魔帝としてこの大陸を守っているノアがこの場に存在していることは、ストレインにとって衝撃的であった。

 しかも、その彼女の口から出てきた言葉は、さらに驚くべきものだった。


「コルダ王国第一王女、セレナリア・ディアスペレッゾ。彼女を、殺してほしい」


 静かな声。

 一瞬、その場の空気が静寂に包まれる。

 ノアの依頼内容を聞いたアキュラが、怪訝な顔をした。


「……どういうことだ。セレナリアを……殺す?」


 突然の物騒な言葉に意図がつかめない様子のアキュラは、復唱するように聞き返す。

 だがノアは応えず、その代わりにアキュラの左手に視線を向けた。


「それより、少し、いい?」


 言うや、アキュラの指にはめられた指輪めがけて、ノアがソファに座ったまま手をかざす。


(……!! いったい何を!?)


「おおっとォ。それを、抜くなよぉ、ストレイン」


 ノアの挙動を警戒したストレインが反射的に剣に手をかけるが、その動きを牽制するようにワイルがナイフを構えた。

 緊張感が場を埋め尽くす。一触即発の空気。

 すると「安心なさい」と、ノアが落ち着いた声で両者を制した。


「見覚えのある女狐からの視線を感じる。こそこそ聞き耳を立てられるのも不愉快だから、少しの間フタをさせてもらうわよ」


 ノアが小声で何ごとか呟くと、ぼんやりと視認できるほどの魔力のベールが指輪を包み込んだ。

 何を言っている? といった表情で首をかしげるアキュラだが、ノアはそのことについてそれ以上深く言及しなかった。

 

 かざした手を降ろし、短くひと息はいた後、ノアは話を戻した。


「……殺して欲しい、というのは語弊があったわね。正確には、第一王女セレナリアという存在をこの世界から消してほしいの」

「ううむ……要領を得んな。俺はものづくりをするだけの人間だ。暗殺が目的なら、俺に頼むのはお門違いも甚だしい。他を当たってくれ」

「……ふう、ごめんなさい。どうも私は、人に言葉を伝えるのが苦手みたい。普段王宮に引きこもっているせいかしらね。……ええと、そう。つまり、”コルダ王国第一王女を死んだように見せかけ、お姉様が新しく別の人間としてこの世界で生きていくこと”に協力してほしいというワケ」


 なんとか噛み砕いて伝えようとするノアの言葉に、ようやく合点のいったアキュラは腕を組み顔をしかめた。


「……なるほど、そういうことか。最初からそう言ってくれ」

「う、うるさい。いちいち文句言わないで、煩わしい」

「ふん、悪かったな。……それで? 理由を訊いてもいいか」


 妹のノアが姉であるセレナリアを害するつもりはないことが分かったからだろう、今までアキュラの声に含まれていた険が、少し和らぐ。

 アキュラ殿は相変わらず心優しいお方だ、ストレインは自らの主君を誇りに思った。

 ノアもその空気を感じ取ったのか、無表情ながら小さく微笑む。

 言葉の意図が伝わったからだろうか、少なからず安堵している様子だ。

 そのあどけない反応は、歳相応のものに見える。

 王女であり魔帝であるとは言っても、ノアが成人前の年頃の女の子であることに変わりはないのだ。

  


 どうやらアキュラがここへ呼ばれた理由が、姉妹同士の血なまぐさい話などでは無く、何か込み入った事情のものと理解したストレインは、ひとまず警戒心を解いた。

 アキュラに理由を問われたノアは、座っていたソファに腰を掛け直し、相変わらず感情が読みにくい表情で、口を開く。


「ひとつだけ先に謝っておくわ。私の都合で、貴方たちを”王国の闇”に一方的に巻き込んでしまう。ごめんなさい。……でも、私には他に頼れる人間はいない。勝手だけど、話を聞いてもらう」


 無表情なノアの瞳の奥には、しかし決意めいた強烈な意志が垣間見える。

 アキュラもその想いを汲み取り、一言も発することなく黙って頷いた。

 それを見たノアが、ついに本題に切り出した。


「貴方達、『シモンズ』という名前を聞いたことは、ある?」


「シモンズ……? いや、俺は……。ストレインはどうだ?」

「いえ、僕も初めて聞きます」

 

 アキュラとストレインが揃って首を横に振る。

 そのことに対して何か言うこともなく、ノアが言葉を続ける。


「シモンズというのはね、ある組織の名前、名称」

「ある……組織?」


 アキュラが訊き返した。

 それに対して、淡々と答えるノア。


「コルダ王国の裏側に蔓延る、闇の組織。それがシモンズ」



 数百年以上前から存在していると噂されている、秘密組織。

 当時の国王が対内外諜報工作における諜報機関として発足させたのが事の始まりらしい。

 それが長い刻を経て、時代の変化により解体や変遷を繰り返し、現在に至るまで脈々と続いている。

 諜報機関としての体面は残っているものの、実際には秘密組織として非人道的な実験などにも手を出しているという。

 

  

「兵士たちの魔力操作技術を開発・向上させるために、王都にいる浮浪者や孤児を使った人体実験を繰り返しているとも聞くわ。私も詳しくは知らない」


 ノアの説明を受けたアキュラが、顔をしかめたまま大きく息をはいた。


「シモンズというトンデモ組織がコルダ王国にあるのは分かった。胸糞悪い話だ。だがそれが、お前の依頼と何か関係あるのか」


 ストレインも、王国の影にそのような組織が存在していたことに大変驚いたが、それがノアの依頼内容と何か関わりがあるとは思えなかった。

 だが、次にノアの口から出た言葉は、アキュラとストレインの想像を遥かに超えるものだった。


「……お姉様は……コルダ王国第一王女セレナリア・ディアスペレッゾはね。……シモンズが極秘裏に行う、とある人体実験、その被験体なの」


 は……? とアキュラがいささか間抜けな声を上げる。

 ストレインも言葉の意味がうまく理解できず、出そうになった声を飲み込んだ。


 ノアが、低く感情を抑えた声で、アキュラに問いかける。


「ウェムラ・アキュラ。今日実際に会って貴方から見たお姉様の印象、どうだった?」

「うん、無茶苦茶な奴だったな。家族想いなのは良い事だが、自分勝手な傲慢さが鼻につく生意気な娘だ。……あ、いや、すまん」


 アキュラの失言を気にする事のない様子で、ノアは下を俯いた。

 どんな表情をしているのかは、ここからでは確認できない。


「……元々、お姉様はあんな性格じゃなかった。あんな……」


 ノアの声は暗く、その中には悔しさのような感情が含まれているように感じられた。


「あれは、シモンズの実験によって精神を弄くり回されて歪んでしまった、もう一つのお姉様。……とはいっても、もう元のお姉様に戻ることは無いかもしれない。もう一つ、という言い方は適切じゃないかもね……」


 自嘲気味にそう呟くノアの声は、かすかに震えていた。

 それは、ここまでの間でアキュラとストレインに初めて見せたノアの”弱さ”だった。

 そのことが、二人にとって、この話の信憑性が極めて高いということを物語っていた。


 今まで冷静だったアキュラが、大きく動揺した様子で声を張り上げた。


「ふ、ふざけるな。冗談はよせ。セレナリアは王女だろう? なぜ人体実験なんて……」

「魔法の才に恵まれた私と違って、言っては悪いけどお姉様の能力は凡庸。そして時代も国も、武力のみを求めている。アルカダ大陸にとって、お姉様の価値は王女という肩書き”しか”無いわ」

「待て、理由になっていない。なぜわざわざ”王女”を対象にする必要がある? それこそ……その辺の適当な人間でも捕まえて実験に使えばいいだろう」


 自分で言って嫌悪感があったのか、露骨に顔を歪めつつ問いつめるアキュラ。

 するとノアが、少し間を置いて語り始める。


「……十数年前、シモンズが『ある魔物』の捕獲に成功した。当然、秘密裏にね。私にもどんな魔物かは分からない。だけど、相当な戦力を投入して、甚大な被害を出しながら、それでも捕獲に成功したらしいの」

「……? いったい、何の話だ」

「その魔物は、生物の精神や思考に何か影響を及ぼすことのできる能力を持っていた。その能力欲しさに実験を始めたシモンズの研究機関だったけど、結果は惨憺たる有り様。普通の人間には、その魔物による精神干渉はとても耐えられるものではなかった。次々と廃人が生まれ、研究者たちは諦め始めたそうよ」

「だから……! 何の話だと……! ……いや待て、コルダ王国が捕らえた『精神干渉する魔物』……?」


 質問に対しての答えになっていないノアの言葉に、焦れたアキュラが声を荒げるが、何かに気付いたように言葉を止めた。

 その様子は、先程からの話における魔物について心当たりがある様子であった。

 そんなアキュラを横目に、ノアは言葉を紡ぎ続ける。


「ーー『適合者』が現れたの。それが、お姉様。セレナリア・ディアスペレッゾ」

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