41:姉妹の邂逅
「さあ! 約束の刻はきたわウェムラ・アキュラ! 答えを聞かせてちょうだい!」
ウェムラ邪眼工房、店内カウンターの前。
昨日の約束通り、正午過ぎにセレナリア第一王女と執事のガウェイグが工房へやってきた。
着いて早々、セレナリアが机に突っ伏した状態の俺に向かって指先を突きつけながら声を張り上げる。
相変わらずの元気の良さだ、まったく。
ただし、よほど昨日の一件がこたえたのだろう。
壁にもたれたまま眼を閉じ直立しているストレインの動向を、横目でチラチラと窺っていた。
ありゃ完全にビビってるな。無理もないか。
しかし当のストレインは全く意に介さず、眼を瞑ったままである。
今日は本当に寝ているかもしれんなアイツ……。
セレナリアの騒がしい声を内心疎ましく思いながら、俺はゆっくりと体を起こした。
「……よく来たな。まあそこにかけてくれ」
「……? 何よ、気の抜けた返事ね。やる気あるの?」
「いや、すまん。ちょっと寝不足気味でな。気にするな」
俺は背筋を伸ばして大きく息を吐き、気持ちを入れ替えた。
そして姿勢を正し、しっかりと目を開け、セレナリアと正面から向き合う。
セレナリアも俺の様子を見て、律儀にも姿勢を正した。
「さて、待たせたなセレナリア。依頼の返事、俺は決めたよ」
「むうぅ、ホントに待ったわよ〜。……それで? どっちよ」
「そうだな……まずは結論だけ言おう」
セレナリアが息を押し殺すようにして、俺の返答を待つ。
もったいつけるように言葉を溜めた俺は、ついにその答えをはき出した。
「今回お前の願う、幻影発生装置の製作なーーこの依頼、引き受けることにした」
途端、セレナリアの表情が咲いてゆく花のように満面の笑みに変わっていく。
昨日あれだけの恥にまみれながら通した依頼なんだ、心から嬉しいのだろう。
その後ろにいるガウェイグも、俺の言葉を聞いて小さく安堵しているようであった。
今にも歓喜の声を上げて走り回りそうなセレナリアを微笑ましく思いながら、しかし俺は流れを変えるかのように言葉を続けた。
「た だ し、条件がある」
セレナリアの表情が枯れてゆく花の如く、みるみる不満に満ちたものに変わる。
喜んだり怒ったり、コロコロと忙しない奴だ。
腕を組み(やはり胸はでかい)拗ねたように頬を膨らませながら、精一杯俺を睨みつけている。
怖くないぜ。
「な、なによ。条件って」
強がってはいても、内心不安そうに話の続きを促してくるセレナリア。
彼女自身、依頼人として払うべき報酬金を持ち合わせていないことは自覚している。
俺の言う”条件”が、そのための対価として意味していることを理解し、どんなことが待ち受けているか不安でたまらないといった様子だ。
そんな王女に向けて、俺は依頼の報酬代わりに、ある一つの条件を要求した。
それは……
「依頼の品が完成したあかつきには、一つだけ、”絶対に俺の言う事に従ってもらう”」
そう。
これがタダで依頼を受けるための条件。
色々と考えた結果、俺が出した答えだった。
俺の要求を聞いたセレナリアが、その意図を計りかねて怪訝な顔をする。
「あ、あなた……何考えて……。あっ、まさか」
すると何を思ったのか、彼女が突然両手で自分を抱きしめた。
そのままこちらをジト目で見つめてくる。
……なんだ?
よく見ると、頬が赤く染まっていた。
「え、えっちなのはダメよ……」
「しねーよ馬鹿か!」
恥ずかしそうにモジモジしているセレナリアに、俺は全力でツッコミをいれた。
何考えてんだこの能天気王女! いいかげんにしろ!
まったく、今日はアイリスがこの場にいなくて良かった。
あらぬ誤解を招くところだった。
危ない危ない。
しかし……いや待てよ。
冷静になって考えてみると、確かにそういうシチュエーションはあり得るな。
性格はともかく、外面は文句無しの超美少女。
その魅力的すぎるボディーは言わずもがな。
しかも王女様というステータス付きときた。
そんな女の子相手に、一つだけ言う事を聞け、だなんて……
前世のゲーム等であれば、その後の展開が容易に想像できてしまう所だ。
これは……チャンスなのか?
俺の人生において数少ないであろう、スケベチャンスなのか?
いくしかないのか?
いくか?
(……落ち着け俺。馬鹿なこと考えている場合じゃない)
本来の目的を思い出し、頭の中にある邪念を追い払う。
先程セレナリアに対して言った能天気な馬鹿というのは他ならぬ自分の事だったと深く反省しつつ、俺は我に返った。
「だったら、この私に何を命令するつもりなの?」
改めて、セレナリアが俺のつけた要求の内容について尋ねてくる。
後ろに控えるガウェイグも、緊張した面持ちでこちらを注視している。
当然だろう、彼女達からしたら何を要求されるかわからないのだ。
事前に命令の内容について知りたいのは必然である。
だが……
「む……いや、それは……まだ言えない」
俺は目をそらし、言葉を濁した。
「はあ? なによそれ! 私これでも一国の王女なんですけど! そんなに軽々しく扱われても困るわ!」
俺の曖昧な返事に、セレナリアが怒りをあらわにし文句をつける。
予想通り……とはいえ、向こうの言い分ももっともではあるので、なんとも耳が痛い。
今まで口を挟んでこなかったガウェイグも、この無茶な要求にはさすがに何か思う所があるようで、少し焦ったように、僭越ながら……と口を挟んだ。
「アキュラ様。それではあまりにも……」
ぬう……。
なんて言えば納得してくれるだろうか。
かといって、あまり迂闊なことは喋れないし……。
どうするーー
「その殿方の要求を黙って飲んで下さいませ、お姉様」
店の入口、声と共に扉が開く。
王女達をなんて言いくるめたものかと焦りながらも考えていた俺の目に映ったのは、昨日会ったばかりのある人物。
氷のように冷たくも美しい美貌と、背も胸もとにかくちんまいのが印象的なーー
コルダ王国第二王女、セレナリアの妹であるノア・ディアスペレッゾだった。
その後ろには昨日と同じく無精髭を生やした男、王国騎士団遊撃隊隊長という肩書きを持つらしい、ワイル・D・ロビンも同行していた。
店に入ってきた二人を見て、セレナリアが口をパクパクさせている。
あまりの出来事に、パニック状態に陥ったようだ。
執事であるガウェイグも、突然の事態に心底驚いたといった様子である。
無理もない。
「な、ななな、なんであなたたちがここに!?」
「ごきげんよう、お姉様。お会いするのはひと月ぶりですわね」
ノアが優雅に一言挨拶を交わすと、口を開けたままのセレナリアを素通りしそのまま俺の方に近寄ってくる。
俺は手を挙げて応えた。
「よう。早かったじゃないか」
「ごきげんよう、ウェムラ・アキュラ様。……最後に一目、お会いしようと思いまして」
「……そうか」
姉の前だからであろうか。
昨日話したときと違って、若干言葉遣いが丁寧に感じる。
さては猫被ってやがるな、このロリっ娘。
未だ状況が飲み込めていない様子のセレナリアが、慌てたようにノアの肩に手をかける。
肩にかかる手を一瞥しながら、表情一つ変えずにノアは後ろを振り返った。
「ノ、ノア。あなた、ワイルを連れて王都を離れいったい何をしているの……? 今、ヴァレンティン王国が攻めてきたらコルダ王国は……!」
「落ちる……かもしれませんわね。魔帝と騎士団のエースが揃って辺境の地にいるのですから。今頃城の中では、お父様が必死に私達の事を探していることでしょう、クスクス」
「勝手に抜け出してきたの!?」
「なにを驚いているのですかお姉様。いつもお姉様がなさっている事を、妹のわたくしが真似しているだけですわ」
「うっ……!」
痛い所を突かれたセレナリアが、言葉を詰まらせる。
その様子を見たノアが、口元だけつり上げて愉しそうにしていた。
どうやら、この姉妹は普段からこんな調子らしい。
日頃から無表情で冷ややかなオーラを出しているノアも、セレナリアをからかうときは愉悦を感じているようである。
イヤな妹だな。
「それに、そんなに慌てないで下さいませ。目的を果たしたら、すぐにでもお城に帰還致しますわ」
「目的……?」
「ええ、ただ今からそこな殿方ーーアキュラ様とご一緒に、魔物討伐に赴くつもりなのです」
ノアの言葉を聞いたセレナリアが、ますます意味が分からないといった感じで頭を抱える。
「はあああ? なんでノアがわざわざ……」
「わたくしの望む依頼を受けて頂ける条件として、そのような約束を交わしたのですわ」
「ノアの……依頼? なにがなんだか分からないわよ……」
「そういうことだセレナリア。ノアからの”ある依頼”を受ける条件として、お前の依頼に協力してもらう話になっている。だからさっきの俺の要求、黙って聞き入れて欲しい」
もういいだろう。
どの道セレナリアには、なんとしてでも従ってもらわなければならない。
会話の途中だったが、俺は腰を上げ立ち上がった。
そして、準備してあったリュックを背負い、部屋の中を見回した。
その力今だ未知数だが、全ての魔法使いの頂点たる十魔帝の一角ーーノア。
ストレインと同格かそれ以上の、コルダ王国が誇る騎士団の一騎当千ーーワイル・D・ロビン。
そしてクマ吉と共に、俺の最も信頼する最高の相棒の一人ーーストレイン。
当初の予定とは違うが、サンライト・ヴァルファリオン討伐における戦力としては今これ以上の面子はそうはないだろう。申し分ない。
そのパーティーも揃ったことだ、さっそく出発といこう。
工房の留守はクマ吉に任せてある。何も問題あるまい。
俺の気配に反応したストレインが、眼を開き、剣を手にした。
寝てたのかどうか判別しにくいところだが、まあいい。
「お前もノアもあまり時間が無いのだろう、俺たちは今すぐ魔物の元へ向かう。完成したら知らせるから、町で待機していてくれ」
一方的に言い放ち、俺たちは店の出口へと向かう。
すまんなセレナリア。
事が済んだら全てを伝えよう。
その中でノアが、いまだ混乱状態にあるセレナリアに近づき、その手をとった。
そして、今まで見せたことのないような儚い表情で、小さく呟いた。
「さようなら、姉さん」
触れた手を離し、出口へと向かっていく。
普段からあまり感情を出さないノアの、短い別れの言葉。
果たしてその胸中に渦巻いているのは、どんな思いなのだろうか。
「……ノア?」
妹のその後ろ姿に、何か感じたのだろうか。
セレナリアは引き止めることもせず、ただ呆然とその場に立ち尽くしていた。
隣では、ガウェイグが恐ろしく険しい顔でこちらを睨んでいたようだが……その問題は、後々対処しなければいけないものだ。
とりあえずは無視しておくことにする。
そうして俺たちは、標的のサンライト・ヴァルファリオンを倒すため、山を下りて、目的地であるアミール平原へと向かったのだった。
ーーーー
リュミエの町を抜け、北の山を越え……。
俺たち一行は、すぐ北にあるアミール平原に向かって歩を進めていた。
隣を歩くノアに、俺は声をかける。
「本当にあれでよかったのか? もう会うつもりはないんだろう」
「……いいのよ。これで、いいの」
さきほどのセレナリアとの別れについて、ノアはもう自分の中で決着がついているようだった。
ならばもう、何も言う事はないだろう。
「ワイル! 今回だけだ。今回だけ、アキュラ殿の令によって仕方なく貴様と共に戦ってやる。ただし、少しでも妙な真似をしてみろ。僕がその首、真っ二つにしてくれる」
「クックック、少し見ない間にずいぶんと粋がるようになったなァ、ストレイン。せいぜい背後から飛んでくる弓矢には気をつけるこった、ヒャッヒャッ!」
後ろでは、ストレインとワイルが騒がしく言い争い(?)をしている。
なんとまあ……緊張感の無い奴らだ。これから伝説の魔物と戦うってのに。
ピクニックにでも行くのかといいたくなる雰囲気だ。
ただし、ストレインから色々と聞いてはいる……
ワイル・D・ロビン。
ノアはともかく、この男だけは要注意人物だ。
油断せず、気を引き締めていこう。
しかしあいつら、あんな調子で大丈夫か?
「大丈夫よ。戦闘になったら、しっかり仕事はこなすでしょう。それより問題は貴方よ。私の依頼を果たす前に死ぬなんて、許さないわ。気をつけて私達に付いてきなさい」
ノアが、キッと鋭い目つきで、下から睨みつける。
それを受けた俺は苦笑いをし、空に向かって大きく溜息をついた。
本当に……どうしてこんなことになってしまったのか。
ちょっと前まで、工房のさらなるステップアップのため魔物ランク★8討伐を画策し、そのための準備を進めていこうとかそういう流れだったのに。
気がついたらこんな所にいて、いきなり★8サンライト・ヴァルファリオンに挑むってんだから……
こんな無茶は、もう今回限りで勘弁してもらいたい。
俺はものづくりがしたいだけなんだ。
とはいえ、そうしなきゃいけない理由があるのも確かだ。
コルダ王国第一王女、セレナリア。
コルダ王国第二王女、ノア。
会ったばかりの関係とはいえ、それぞれの事情を深く知ってしまった以上、見て見ぬフリなんてできない。
セレナリアはアホでバカの娘だが、秘めた想いはまっすぐでひたむきで……心から憎めない奴である。
ノアだって無表情で何考えてるかわからないものだが、姉に対しての想いだけは、俺にも伝わってくるほど優しいものだ。
だから……
今回はノアの言葉を信じ、セレナリアをーー”助ける”。
俺はそう決めたのだ。
なんとかやり遂げてみせようじゃないか。
抱いた決意を胸に、俺はしっかりと前を見据え、目的地までの歩みを速めたのだった。




