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40:その正体とは

「ここか……」


 闇夜の空の下、静まり返った町を、薄い月明かりが照らしている。

 その中で俺とストレインは、問題の矢文に指示された廃屋の前にいた。

 何年も前に打ち捨てられたような佇まいの一軒家。

 明かりは点いていない。

 真っ暗で、中に人がいるかも不明瞭だ。


 しまったな。やはり灯りくらいは持ってくるべきだったか。

 矢文には人目を避けてくれといった旨が記されていたので、変に気を使ってしまった。


「……僕が先に進みます。アキュラ殿は後ろに付いて下さい」


 ストレインが硬い面持ちで、廃屋の中に足をかけた。

 俺もあまり離れないようにと、すぐさま後ろに続く。


 ここに着くまでの間、道中何者かに襲われるようなことはなかった。

 ゆえにこの誘いは罠では無く、純粋な話し合いを望んでいる可能性が高い。と思う。

 己の正体すら明かさぬ一方的なやり方は、不愉快極まりないが。

 

(セレナリアもそうだったが、一切の素性を隠して人に頼み事など、傲慢の極みというものだ。それか、よほどやましい事情を抱えているかだが。どちらにせよ素直に聞き入れられるわけが無いんだよな、ったく)


 半年以上前に工房を訪れた変わり者の女エルフ、フィオーナだって、最低限の礼儀くらい弁えてたというのに……。

 ……いや、どうだったかな。

 俺をからかって遊んでいただけだったかもしれん。

 まあいい。あいつには随分世話になったしな。


 俺は暗闇の中、自分の指にはまっている真紅の指輪に視線を落とした。

 フィオーナから別れ際に、風習だからといって貰い受けた物だ。

 そのお返しとして、俺も使わなくなった邪眼第一号をあげたものだが……

 あのエルフ、今頃、どこを旅しているのやら。

 ふと懐かしい気持ちで、俺はフィオーナのことを思い返したのだった。

 


 用心深く、細い廊下を歩いていると、開けた場所に出た。 

 割れた窓から差し込むわずかな月光が、部屋全体のシルエットを映し出している。

 暗くてよく見えないが、裂けたソファや机がちらほら目についた。

 ここは……リビングだろうか?

 隣の部屋との壁が崩れ落ちているようで、中に広い空間が生まれていた。

 

(謎の差出人がいるとしたらこの場所だが……暗くてよく見えんな)


 ええい、なんか面倒くさくなってきたぞ。

 だいたいなんで俺たちがここまで気を使わなきゃならん。

 ……よし。

 こっちから声をかければいいだけの話だな。

 そうしよう。


 目を失っていた頃から周囲の気配を読むことに長けていたストレインには、この暗闇の中でも状況を把握できているようだったが、このときの俺は全く気付いていなかった。


「……アキュラ殿気を付けて。前方に人の気配が二つありま……」


 前にいるストレインが俺に何かを伝えようとした、ちょうどその瞬間に、

 俺は今日一日の鬱憤を晴らすかのように、わざと大きめの声で周りに呼びかける。


「おおーい! 手紙に書かれた通り、来てやったぞ! 誰もいな……」

「ーー! アキュラ殿、お下がり下さい!」


 突然声をあげた俺にストレインがびっくりしていたが、すぐさま事態を察して前に駆け出す。

 何が起きたのか、その時俺も気付いた。

 前方の暗闇から、人影がこちらに向かってきていたのだ。

 それも強い殺気を放っている。

 さっきまで何の気配も感じなかったのに……只者ではない。

 この誘い……やはり罠だったのか?


 てか、何やってんだ俺は! バカ!


「ストレインッ!」


 俺が叫ぶと、部屋の中央でストレインと謎の人間による肉弾戦が始まった。

 お互い屋内での武器使用は周りへの危険が大きいと判断したのだろう。

 手刀や上段蹴りなど、お互い鋭い攻撃を繰り出しては、受け流す。

 一進一退の攻防、力は拮抗していると見ていいだろう。 

 どちらも相当の化物だ、俺もかろうじて目で追うのが精一杯である。


「クク……やるじゃねえか。あのときより、かなり腕を上げたようだなァ」

「……貴様ッ! なぜここに!!」


 戦っている二人が、激しい戦闘のさなか、互いに言葉を交わしている。

 二人を照らすのは差し込む淡い月の光だけ、その表情までは計り知れない。

 どうやら知己の仲であるようだが……?

 

 互いが渾身の力を込めたストレートを同時に放ち、決着がつくかと俺が固唾を呑んで見届けていたそのときーー


「二人とも、そこまでよ」


 部屋の奥から毅然とした声が一つ、その場に響き渡る。

 その声に合わせて、戦っていた二人の動きはピタリと止まった。

 ストレインと同クラスの化物を従える、もう一人の謎の人物。 

 どうやら声の感じからして女の子のようで、年齢的にもまだかなり若いのではないか。

 しかしその声色から受ける印象は、歳相応とは思えない冷淡なものだった。

 

「炎魔法第一スペル、発動」


 続いたその声によって、机の上に置いてあったランプに火が灯る。

 暗い室内が、揺らめく炎によって赤く照らし出された。


 今のは魔法の詠唱か? 火の、魔法?

 人使魔法……直接見るのはフィオーナの時以来だな。

 こいつが俺を呼びつけた張本人だろうか。

 気を引き締めていかんと……。


「あまり時間が無いのは貴方も承知のはず。遊んでないで、少しはおとなしくして」


 謎の少女が、ストレインと対峙している男に向かって厳しく言い放った。

 無精髭を生やした男が、両手を上げてやれやれと嘆息している。

 あの男が、さきほど暗闇の中で襲ってきた人物だろう。

 背に抱えた弓を見ると、あの矢文を射ったのはこの男に間違いない。

 とんでもない弓手だ、それでいて接近戦すらこなすとは。恐ろしい。


 そして俺は目を凝らして、ソファに腰掛けている少女と思しき方に視線を向けた。

 そこにいたのは……


 綺麗に切り揃えられた短めの髪に、まるで人形と見間違うほど整った顔立ち。

 ドレスのように美しく飾られた豪奢な服装。

 傲岸不遜といった態度で足を組んでこちらを睥睨する様はなるほど、相応の身分を持つ女性であれば大変よく似合っていることだろう。

 声を聞いて想像していた通りの、若く美しい女。

 ただし……

 俺の目に映っているその彼女は、背格好だけで判断するならば、10歳前後の年端もいかない少女(幼女?)だった。

 その小さな体が放つ威圧感は凄いのだが、なんというか、とてもアンバランスだ。

 

 ついに現れた、矢文の差出人。

 場の緊張感をも無視して、ついつい俺の口から本音がこぼれでる。


「……小学生?」

「……その言葉の意味は分からないけど、馬鹿にされているということだけは分かるわ」


 表情を変えぬまま、呆れたように冷ややかな溜息を漏らす少女。

 少し逡巡したのち、何か諦めた様子で、まあいいわ、と呟いた。

 そうしてソファから立ち上がった彼女は、優雅に裾を上げ一礼した。

 その仕草はとてもこなれたもので、そこらの平民が身に付けているレベルでは無かった。

 

「はじめまして、ウェムラ・アキュラ。突然で悪いけど、貴方を呼んだのは私」

「? ああ、矢文は見たぞ。いったいお前は何者だ? 何が目的だ」

「……私の顔を知らないなんて、本当にこの大陸に住んでいるの?」


 心外といった面持ちで、無表情だった顔を不満気に歪める少女。

 その様子を見て、無精髭の男が声を上げて笑っていた。


 いや、知らんよ! 誰やねん!

 ふとストレインの方を見ると、少女に視線を合わせたまま固まっていた。


「なら仕方無いわ……では改めて」


 少女は再びドレスの裾をつまみ上げると、俺に向かってその正体を名乗り始める。

 出てきたその言葉は、俺にとっては本日二度目となる、驚くべき衝撃を与えることになった。


「私の名前はノア……。ノア・ディアスペレッゾ。コルダ王国第二王女と言えば、少しは覚えがあるのかしら」


 俺に怪文書を送りつけてきた謎の少女。

 曰く、コルダ王国が抱える唯一の十魔帝の内の一人であり、

 曰く、”国守りの英姫”と民から呼ばれる、戦場を駆ける華、戦姫。

 そうーーその正体はなんとーー


 今まで何度も耳にした、噂に名高いコルダ王国の第二王女だった。



 俺が目線だけでストレインに問いかけると、気付いたストレインが首を縦に振っている。

 どうやら本物らしい。なんてこった。


 今日はもう、次から次へと急展開が多くて流石に付いていけないぞ。

 だいたい、昼間にいきなり第一王女が現れて依頼の為に決闘、なんて事態だけでも、俺にとってはけっこうな騒動だったというのに……

 夜になったら、その妹が矢文を飛ばしてきて密談を所望するという……

 なんという濃い一日なんだ。

 まるで意味が分からんぞ!

 今日はお姫様が俺に寄ってくる決まりでもあるのか?

 ひょっとして、モテ期?


 などと現実逃避気味に考え込み始めた俺をよそに、第二王女ノア・ディアスペレッゾは話を続ける。


「だいたいの事情は分かっているわ。今日、貴方の所にお姉様がお邪魔したはず。そして、何か依頼を頼んだ、そうでしょ?」


 ノアの真剣な面持ちに我に返った俺は、表情を引き締め直して答えた。


「む……何故知っているのかは分からんが正解だ。たしかに今日、俺の工房にお前の姉が尋ねてきたぞ」

「やはりね……お姉様らしい。なんとも愚直なこと。ともかく……間に合って良かったわ」

「間に合って良かった? どういうことだ」


 ノアの言葉に違和感を覚えた俺は、詳しい事情を聞き出そうとする。


 そもそもこの王女からは、聞きたいことが山ほどあるのだ。

 なんでまた姉のセレナリアと同じようにコソコソと俺に会いにきたのか。

 魔帝がこんな辺境の地に居ていいのか。

 そしてあの矢文に書かれた”俺の秘密”とはなんなのか。

 

 正直今日はさすがに、肉体スペックMAXであるはずの俺も少し疲れてきている。

 なんせドタバタ王女とその妹による、割と強引な展開に巻き込まれているからな。

 この辺りは姉妹なのだろう、王族らしい傲慢なやり方に辟易する。

 できればこのまま俺の秘密だけ聞いて工房に帰りたい所ではあったが……

 明日のセレナリアへの返事にも関わる出来事だ。

 ここはじっくり、ノアの話を聞いてみるべきだろう。


 俺の顔を見て何かを察したノアが、無表情であった口元を少し上げた。

 笑っているのだろうか、判別しにくい。


「色々と気になっているようね。とはいえ、あまり時間が無いのも確か。こちらの事情は話すけど、順を追って簡潔に伝えていくわ」


 俺は黙って頷いた。

 たしかに時刻はもう深夜過ぎ。このままダラダラ喋っていたら、朝になってしまうだろう。

 

 俺が了承したのを見て、ノアが再びソファに腰掛けた。

 そして、語り始めたのだ。


「私がここにいる目的は、貴方にある依頼があって来たのよ」


(俺に……依頼? セレナリアとは別に、何か国の為に作って欲しいというのか)


 セレナリアの依頼内容を反芻し、妹のノアも同じような依頼をしにきたのかと推測する俺。

 しかし、そのあとに待ち受けていたノアの言葉。

 その内容に、俺は今日何度目になるかもわからない、大きな衝撃を受けるのだった。


「ウェムラ・アキュラ。貴方に依頼したいことは一つ……」


 ノアが、俺の瞳をじっと覗き込むように見つめてくる。

 まるで俺を、試すかのようにーー


「コルダ王国第一王女、セレナリア・ディアスペレッゾ。彼女を、殺してほしい」





ーーーー

ーーー 

ーー



 結局、話は朝方近くまで続いた。

 その後すぐに、俺とストレインは周りを見渡しながら、廃屋を後にした。

 この時間になると、早い農夫は起きて仕事を始める頃合である。

 変に不審がられても困るので、俺達は早足に工房へと駆けた。


 セレナリアへの返事を出すまで、時間はもう残り少ない。

 だが、俺の胸の奥には、ある一つの決意が固まっていた。



 この王女二人との奇妙な出会いが、後にとんでもない事態を巻き起こすことになるとは、このときの俺はまだ知る由も無かったーー

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