39:不穏
ストレインの仲裁によってセレナリア王女の暴走は止まった。
よほどショックだったのか、小屋を出て行く最後まで、セレナリアは茫然自失といった様子であった。
執事のガウェイグが「何か御座いましたらここに」と、王女達が現在町で寝泊まりしている宿の場所が記された紙を俺に差し出した。
そういえば、宿代とか払えているのか?
なんて思いながら紙を受け取ると、ガウェイグが俺の方を真っすぐ見据える。
「……それではウェムラ・アキュラ様。明日の正午、この場所にて今日の返事をお聞き致します。どうか何卒、よろしくお願いします」
「……ああ。一晩じっくり考えるさ。向こうで惚けてる王女様にもよろしくな」
俺は苦笑しつつ、ストレインに支えられたままのセレナリアを指す。
返事を聞いたガウェイグは頭を深く下げ、セレナリアともども山を下りていった。
それから少しして、アイリスも酒場の準備があるから、と言い、外にいたクマ吉を呼んだ。
気付けば時刻は日没の頃。
王女とのゴタゴタで、知らないうちに時間が経っていたようだ。
アイリスは何か心配している様子だったが、結局何も言わず、町に帰っていった。
さて……。
こちらに手を振るアイリスとクマ吉を見送り、残された俺とストレイン。
俺は横目でひそかにストレインの様子を窺う。
ストレインは、見えなくなったアイリス達の方へまだ手を振っていた。
(……いつものストレインだな。ちょっと抜けた所もあるが、真面目で律儀な男)
とすれば、さきほどの一変した態度は何かの間違いだろう。
虫の居所でも悪かったのかもしれない。
それか騎士時代に、セレナリアによほどの恨みがあったかだが……まさかな。
いや、あの王女のことだからその可能性もあり得るといえばあり得るか。
まあなんにせよストレインは俺を助けてくれたわけであって、疑うなんて馬鹿馬鹿しい。
相変わらず俺への忠義に厚く、頼りになる男だ。
それよりも、今は他に考えることがある。
依頼を受けるかどうか決めなきゃな。
頭に浮かんでいた疑念を振り払った俺は、隣にいるストレインに声をかける。
「ストレイン、俺は今から工房にこもる。俺の分のメシは抜きでいい」
「わかりました。しかしアキュラ殿、食事はしっかり摂らないと、体に良くありませんよ」
「ハハ、母親かお前は。だがまあ肝に銘じておくよ、明日はしっかり食べるさ。ありがとな、さっきの事も含めて」
「いえ……当然のことです。それよりアキュラ殿、お怪我はありませんでしたか?」
「ああ、お前のおかげでなんとかな」
俺は笑って、ストレインの肩を軽く叩いた。
まったく、セレナリア姫は困った御方です、とストレインは苦い顔をしてぼやいている。
ストレインにこんな渋面させるなんて、あの王女の破天荒ぶりも大したものだ。
騎士の頃の王女とのエピソードでもあれば、今度聞いてみるのも悪くない。
面白い話が出てきそうである。
そんなことを考えながら、俺は先に小屋へ戻る。
ストレインはもう少し外にいますと言って、その場に残った。
黄昏れたい気分なのだろう。
俺はセレナリアに対する答えを出すため……
そのまま飯も食わず工房に引きこもったのだった。
……小屋に入る直前。
後ろのストレインから強い視線を感じたが、なんだったのだろうか。
ーーーー
◇現在の魔物討伐数ーー142種類。
《No.893 サンライト・ヴァルファリオン:ランク★★★★★★★★》
《百年に一度、ファリオンの群れから発生する特殊進化体。翼が異常な発達をとげ、それに伴い肉体も大きく成長した魔物。小型飛獣種である本来のファリオンとは隔絶された存在。その翼が持つ特性により、周囲の光を操作して幻を作ったり、姿を見えなくしたり、また、光を吸収して魔力に変換させたりする。光属性の魔法を好んで使う傾向がある》
【素材の持つ特性】
《翼:ーー①:周囲50メートル程度までの光を自在に屈折・遮断する》
《 ②:取り込んだ光を魔力に変換し、蓄える》
《体皮:ーー状態異常攻撃への耐性が高く、効果を大幅にカットする》
《肺:ーー空気を溜め込むと、一時的に飛翔性能が上昇する》
《毛髪:ーー魔力を感知するセンサーになっており、感知する魔力量に比例して逆立つ》
《※対処:ーー光が薄い暗闇の中を苦手とし、幻を作ることができなくなる。また、上空への飛翔は短時間しか行えない。火属性の魔法に対して耐性が低く、特に闇属性の魔法に対しては弱い》
《主な使用魔法:ーー『ウインド』『サイクロン』『エアスラッシュ』『フラッシュバン』『ライトレイ』『ミラージュレーザー』『フォトンレイス』『ハリケーンヴォイス』『イグニクションブラスト』》
夜も更けた頃。
頭の中に映る図鑑のページを眺めながら、俺は作業台に座って手を動かし続けていた。
明日の答えを出すためにじっくり考え込むつもりが、無意識のうちに作業していたようだ。
我ながらなんともはや……製作脳筋と言うべきか。
(でもこうしているほうが落ち着くんだよなあ……)
今は新しい武器を作っているところだ。
前にストレインが討伐した、ランク★6デビライトウータン。
体長3メートルほどのゴリラに羽が生えたような魔物だ。
あまり特殊な特性を持ってはいないが、単純にパワーも強くかなり厄介な奴だろう。
そいつが、火属性の魔使魔法を得意としている魔物だったので、ちょうどいいやと思いその素材を利用しているわけだ。
サンライト・ヴァルファリオンの弱点は火と闇の魔法。
この武器が完成したら、少しは有利に……
(ってオイオイ……。まだ受けるかどうか考えてる途中だろう俺……)
可笑しくてつい自分で笑ってしまった。
依頼を受けると決めたわけでは無いが、ものづくりが絡むとどうにも前のめりになりがちだ。
まあ追々倒さなければいけない相手なので、別に問題は無いが……
今回は慎重に考えて行動しようと決めている。
セレナリアの事情も、王国の背景も含めて、たっぷり悩んでから答えを出そう。
邪眼工房のこれからにも関わることだ……仕方ない。
実を言うと、ヴァルファリオンの素材でものづくりしたくてウズウズしているが、な。
気分転換に外に出ようと思い居間に向かうと、ストレインがまだ起きていた。
剣を片手に眼を閉じたまま、なにやら集中している様子だ。
どうやらイメージトレーニング的な行為のようである。こんな時間にマメなやつだな。
俺の気配に気付いたストレインが、静かに眼を開き剣を降ろした。
「アキュラ殿、早かったですね。もう答えは出したのですか?」
「いや……ちょっと空気を変えようと思ってな」
「そうですか。外は暗いので足下に気をつけて下さい」
ああ、わかったと返事をし、俺は玄関の戸に手をかけた。
そうして外に出て、暗闇の澄んだ空気を胸一杯に吸い込もうとしてーー
すると突然ストレインが、血相を変えて俺の元に駆け寄ってきた。
肩を掴まれて思いっきり引き寄せられる。
うおーーいきなりどうしたーー
「アキュラ殿っ!」
ストレインが叫ぶと同時に、小屋が派手に揺れた。
小屋に何かがぶつかって、大きな衝撃があったようだ。
なんだなんだいったい。
俺は直前まで気配を感じなかったが、ストレインははっきりと捉えていたようである。
しかしこの小屋は、俺が改造しまくってある程度の衝撃には強いはずなんだがな……
どうやら相当の衝撃だったらしい。
魔物の素材を使った改築をしていなかったら、木っ端微塵になっていたかもしれん。
想像するだけで恐ろしい。
俺はストレインを連れて外に出た。
小屋が揺れた原因を探る。
すると、玄関戸の横に、一本の矢が突き刺さっていた。
矢尻に紙が結んである。いわゆる矢文というやつだ。
まさか……さっきの衝撃はこれか? そんな馬鹿な。
ただの弓矢だぞ?
それにこの矢、どこから射った物なんだ?
方向的には町から飛んできたとしか考えられないが……
ここからどれだけ距離があると思っているんだ。
突然の事態に俺が困惑していると、ストレインが刺さった矢を力技で抜いた。
結い付けられた文を俺に手渡し、手にした矢を片手でへし折る。
そして、訝しむようにうっすらと呟いた。
「この矢は……まさか……」
矢の主に心当たりがありそうなストレインを横目に、俺は紙を開いた。
そして、書かれている文字に目を通し始める。
これは……
差出人の正体は不明だったがーー
どうやら矢文の内容は、今すぐ町の一画にある廃屋に来て欲しいとのことだった。
時刻はもう夜遅く、日を跨ぎそうな頃合だ。
さすがに怪しい、が……
「アキュラ殿! これは何かの罠です! 赴くのは危険すぎます!」
文に眼を通したストレインが、声高に叫んだ。
俺の身を心配してくれているのだろう、ずいぶん真剣な面持ちだ。
実際、ごもっともな忠告である。
だがーー
「すまん、ストレイン。今から町へ向かう。俺はこの手紙の主と話をしなければならん」
制止するストレインの言葉に、俺は断りを入れた。
出掛ける支度をするため、そのまま小屋に戻ろうとする。
手紙の最後に書いてあった一文。
その内容が、どうにも気に掛かるものだったからだ。
『ーー私は、あなたの秘密を知っています』
なんだ? 秘密?
実は俺が、金をたくさん持っていることか?
それか、町の広場でたまに小さな子供たちと(お、女の子だけじゃないぞ!)遊んでいることか?
それとも……
俺の脳裏に浮かぶのは、転生や図鑑と言ったワードの数々。
この世界に来て、まだ誰にも伝えたことのない俺の秘密だ。
ーー異世界からの転生による、二度目の人生。
ーーものづくりの為の、神様からの恩恵。
それを、この謎の人物が知っているというのだろうか。
俺にとって、気にならざるを得ない事態であった。
俺の決意を悟ったストレインは、制止することを諦めた様子で、剣に手をかけた。
「それならばアキュラ殿、僕もお供致します。こんな怪しい誘いに、主だけで行かせるわけにはいきません」
「まあ最初からお願いするつもりだったが……ありがとう、ストレイン。頼りにしている。俺一人で危険な目に遭うと、またお前に怒られるからな」
「……!! その通りです、アキュラ殿! 僕に任せて下さればいいのです」
ストレインが少し嬉しそうに、剣を手に俺の後に続く。
こうして俺達二人は深夜の中、山を下り指示された廃屋へと向かったのだった。




