38:国を懸けた想い
アルカダ大陸、コルダ王国の第一王女、セレナリア・ディアスペレッゾ。
町でも幾度か耳にした、跳ねっ返り気はアルカダ随一と名高い問題児の王女様。
噂によると、王国を抜け出し、各地をフラフラと放浪しているようだったが……
まさか、南の果ての町の、それもこんな山奥に現れるなんてな。
彼女のマントの下は、動きやすいようにか薄着であったため、絡んだ網とその豊満な胸があいまって、なんとも目の保養……いや、目に毒な光景となっている。
疲れ果てて反逆の意志は無いようだったので、王女に絡まっている糸をほどいてやった。
ただし、また暴れられても困るので、その糸を使って両手首だけは拘束させてもらったが。
そうして、店のカウンターまでストレインに連行させる。
両手を抑えられ、最初こそブツブツと文句を言っていたのだが……
セレナリア王女は、自分を引いている男がストレインであることに驚いている様子だった。
ちなみにクマ吉に押し倒されていた連れの男、ガウェイグの正体は、どうやら王女付きの執事だったらしい。
眼鏡をかけた白髪の、いかにも老紳士といった風貌であり、少々寡黙ではあるが笑みを絶やさぬ柔和な雰囲気を纏っている。
アイリスの隣にいたのも、戦闘から避難するためで、危害を加えるつもりは一切無かったそうだ。
俺が早とちりしてしまったようだな。すまん。
セレナリア王女と執事ガウェイグを店の椅子に座らせ、俺やアイリスも腰掛ける。
ストレインは壁を背に立ち、クマ吉はまた外に出掛けていった。
「さて、と……それじゃあ、話してもらおうか」
突然やってきたと思ったら一方的に話を進め、挙げ句の果て、決闘なんて事態にまで発展させられた。
大事にこそ至らなかったが、実際に剣を向けられ、身の危険を感じたのは確かである。
ここは厳しく追及しなければ、俺の腹の虫も収まらんというものだ。
ーーそもそも、なぜ身分を隠していたのか。
ーーなぜ、俺の所に依頼をしに来たのか。
色々と浮かぶ疑問、その思いを込めて、セレナリアを強く睨みつける。
少し怒気を含んだ俺の声に、セレナリアは一瞬身をひるませた。
だがすぐに元の調子に戻り、偉そうに腕を組んでは、頬を膨らませてそっぽを向いた。
拗ねた子供のような態度だ。ガキかよ。
まあ体の方は、態度とは裏腹に幼さの欠片も感じられないが。
組まれた腕にその大きな胸が下から押し上げられ、さらに一回り大きく見える。
「むぅ〜……納得いかないわ」
「……何がだ。決闘で俺はお前に勝った。それが全てだろう」
「さっきの糸の! あんなの隠し持っていたなんて、ズルイわ! 無効よ無効!」
この小娘は……。
もういっぺん痛い目に遭わなきゃ、自分の立場を理解できないのか。
「金が無いくせに依頼をしに来たのはお前らの都合だ。俺は別に、このまま話も聞かずにお前らをここから追い出しても一向にかまわないんだがな」
「なっ……ぐぬぬ」
俺の言葉に、王女がわかりやすいほど悔しそうに唸った。
決闘で負かされたことがショックだったようで、認めたくない気持ちで一杯なのだろう。
「王女様がこんなにもわんぱくな方だったなんてっ……」
「なによ、そこの町娘! 言いたい事があるならハッキリしなさいな!」
「ひいっ……!」
隣でぼそりと呟いたアイリスに、耳聡く反応するセレナリア。
誰にでも噛みついて……犬じゃないんだから。
少しは落ち着け。
本音を言えば、いきなり現れた王族の人間を、事情を聞かず追い返すなんてことはしたくない。
お忍びの来訪とはいえ報復の可能性も捨てきれない以上、慎重にならざるを得ないことは事実だ。
言葉とは裏腹に、この馬鹿王女がどうやったら素直に喋るかを俺は考えていた。
まあ俺もすぐ感情的になるから、ホントにこのまま追い出しかねんがな。
さて、どうしたものか……。
なんとも悩ましい状況に、俺が内心頭を抱えていると……
「お嬢様」
とそこで、今まで黙って俺とのやり取りを見ていた執事のガウェイグが、セレナリアに声をかけた。
「どうやら事情だけでも聞いて頂けるご様子……。彼に素直に話せば、もしかしたら願いに応じて下さるかもしれません」
「そう……ね。わかっているわ……」
優しく諭すような声。
その声を聞いたセレナリアは、先程までと打って変わって、素直に返事をした。
よほどの信頼関係なのだろうか、今までもこうしてこの王女の暴走を制御してきたのかもしれない。
どうやらガウェイグの言うことには素直に反応するようである。
あまりにも聞き分けが良いので、一瞬違和感を感じたが、ただの気のせいだろう。
「……仕方ないわね。ちゃんと話すわよ。依頼、引き受けてくれるんでしょうね?」
そんな約束はしていない、とりあえず話を聞くだけだ。
勝手なことばっかり言うんじゃない、まったく。
観念したかのように肩を落としたまま、セレナリアは事の顛末をぽつりぽつりと語り出した。
「お父様がね……とてもお辛そうにしていたのよ」
話を聞いてみると、重大な事実が明らかになった。
セレナリアの言うお父様……つまりコルダ王国の国王が、長く続く敵国との戦争に、ついに終止符を打つ決意をしたという。
近々、とはいっても何年も先の話だが、軍備が整い次第こちらから打って出る算段とのことだ。
だが頻発する敵国との小競り合いの中で、思うように準備を進めることができていないようである。
「玉座の間で宰相と話しているところを偶然見かけたのよ……。その時こっそりと聞いてしまったのだけど、お父様が憔悴したご様子で『何か、敵の大軍をまるごと欺けるような物さえあれば、時を稼ぎ、機を制することができるのだが』と仰っていたわ。それを聞いて私、なんとかしなくちゃって……」
思い詰めた表情で、訥々と語るセレナリア。
その瞳は、憂いに満ちていた。
敵国との大規模な戦争と聞いて、アイリスとストレインがそれぞれ不安な表情を見せている。
数年後には、国同士の因縁に決着をつけるほどの戦が起きると聞かされたんだ。
過去の戦争によって人生を滅茶苦茶にされかけた二人には、特に関心の強い話だろう。
しかしなるほどな……親を思っての行動だったか。
だが、それならば何故、隠れてこそこそと訪ねてきたんだ?
国王からの正式な依頼として、堂々と姿を見せればいいものを……
「そ、それは……」
セレナリアが気まずそうに言葉を濁す。
すると、隣のガウェイグが代わりに事情を説明し始めた。
「お嬢様は只今、謹慎中の身なのでございます。本来であれば、城から一歩も出ないように厳しく言いつけられているのですが……今回も、半ば脱走するような形でここまで参った次第なのです」
眼鏡をクイッと押し上げ、淡々と言うガウェイグ。
温厚な老紳士といった雰囲気に似つかわしくない、どこか疲れた様子である。
ここに来るまでの苦労を思い出したのか、その声にやや険が含まれているように聞こえるのは俺の気のせいでは無いはずだ。
セレナリアが頬を真っ赤に染めて、下を俯き押し黙った。
今更何を恥ずかしがってんだコイツは、もう恥塗れだろうが。
「お父様も、ノアも、この大陸を守る為にいつも頑張っているわ。私も第一王女として、立派に責務を果たすべきだと思ったのよ。ノアには、余計なことはしないでと叱られるかもしれないけどね……」
ふふっ、と歳相応にあどけない笑みを見せるセレナリア。
決闘とか言い出して乱痴気騒ぎを起こした人物とは思えないほど、セレナリアは慈愛に満ちた顔をしていた。
その様は、まるで絵画に描かれた女神のような美しさを映し出している。いや、ちと言い過ぎか。だが……
この子にも、こんな表情を作れる相手がいるのだな。
ノアという名前……たしか……
「姉としては誇らしいけど……ノアが魔帝として戦場に赴かなければならないのは、やっぱり怖いわ。早くヴァレンティン王国を倒して、この国も、あの子にも平和な生活を取り戻してあげなきゃね……」
セレナリアが、妹を思い決意を秘めた顔で呟いた。
ノア・ディアスペレッゾ。
コルダ王国第二王女でありながら、『国守りの英姫』と呼ばれ崇められる、王国が持つ唯一の十魔帝、国家最重要戦力の一人。
そんな妹を、少しでも戦場から引き離してやりたいと願うひたむきな気持ち。
そして、国王である父親の苦悩を、解消してあげたいという強い願い。
やり方は乱暴で、自分勝手な行動が目立つ彼女ではあるが……
ここにきて、この第一王女セレナリアという女の子の大切にしているもの、その秘めたる思いがはっきりと見えた気がした。
話を聞き終えた俺は、短く息を吐き出した。
自分の中で、依頼を受けるかどうかの判断に迷っていた。
「事情は分かった。依頼品の構想も、話を聞くうちに固まったと言っていい」
「ふうん、それでどうなのよ。私がここまで喋ったのよ、もちろん首を縦に振ってくれるのかしら」
「…………」
俺は答えられず、悩み抜いた末、一言だけ絞り出すように口を開いた。
「一日だけ、考えさせてくれ」
セレナリアの思いを全て聞いた。
この大陸の行く末を決める一大事に関わってくることも。
そして、この依頼が工房のさらなるステップアップに都合が良いことも理解している。
だが……
そもそも依頼を完成させるために必要な素材、★8サンライト・ヴァルファリオンとの戦闘だって、満足に準備ができていない現状、命がけになるだろう。
王女からの依頼とはいえ、わざわざ自分たちから死に急ぐような真似をする必要があるか?
それに……
自分の作った作品が、明確に”戦争”という大勢の人間による殺し合いの中で使われることが前提となっている今回の依頼……俺の心に躊躇いが生まれていた。
いや、わかっている!
今まで剣や弓等の武器、殺傷効果のある魔眼、恐ろしい性能を内包させた義肢など数多く生み出してきたのだ、もうとっくに人殺しに使われている物だってあるだろう。
何を今更……と言いたいところだが、何故だか俺にも引っかかりを感じて仕方なかった。
俺の言葉を聞いたセレナリアが、両手を縛られているにもかかわらず立ち上がった。
「ダメよ! お願い、急いでるのよ! いつ王国から近衛兵が連れ戻しに来るかわからないの」
「いや、ダメだ。今日一日、しっかり考えてから答える」
「……このがんこものぉ〜……」
我慢できず、といった様子で身を震わすセレナリア。
すると突然、腰に差したレイピアを素早く抜いた。
その流れるような動作に、一瞬、反応が遅れる。
(なに!? 自力でほどいていたのか!)
どうやら密かに拘束を解いていたらしい、セレナリアがレイピアの剣先を俺の首元に近づけた。
横にいたアイリスが驚き、短く悲鳴をあげた。
俺は身動きがとれなくなる。
「悪いけど、脅してでも従ってもらうわ! さあウェムラ・アキュラ。今すぐ依頼を受け……」
そこまで言って、急に言葉が途切れた。
俺に剣を向けて優位に立っているはずの彼女が、息を呑む。
俺自身を人質に、なんとか俺を従わせようとしていたセレナリア王女。
彼女のその首筋に、宝石のように透き通った鋭い刀身が、ピタリと押し当てられていた。
透き通る長剣……極光宝剣を抜いたストレインが、セレナリアの後ろから剣を向けていた。
「次だ……」
部屋の中が、ストレインの渦巻く殺気に埋めつくされる。
誰も身動きがとれない。動いたら斬られるのではないかと思うほどの威圧感。
その中で、ストレインがゆっくりと口を開く。
「次、その剣先をその人に向ければ、ーー殺す」
低く、憎しみがこもったような声が、部屋に響く。
その冗談とは思えない殺気に当てられて、セレナリアは床にへたり込んだ。
恐怖のあまり、腰が抜けたようだ。もらしたか?
「……ス、ストレイン?」
普段とは違う様子のストレインに、俺が恐る恐る声をかける。
いったい、どうしたんだ……?
するとストレインはいつものようにニコッと微笑み、剣を鞘に納めた。
部屋を埋め尽くしていた殺気は、いつの間にか消えていた。
「セレナリア姫。冗談にしてはやりすぎですよ。アキュラ殿は僕にとって大切な我が主、くれぐれも変な真似はお控え下さい」
そう言いながら、座り込むセレナリアを起こし、付いたホコリを払ってあげている。
セレナリアは、まだ半ば放心状態であった。
「アキュラ殿も仰っていた通り、今日のところはお引き取り下さい。明日になれば、答えは出ますとも」




