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37:その名は

 呼び止められた俺は、声の主の方に振り向いた。

 マントを全身に羽織り布を巻いて顔を隠してはいるが、その声や仕草から、この人物が年齢的にまだ若い女性だと推測できる。

 声の感じからするとアイリスと同じ歳頃くらいか? 


 巻かれた布の隙間から覗き見える双眸が、こちらを推し量るかのように睨め付ける。


「あなたが噂の……名も無き名匠? ふうん……なんだか、想像してたよりずっと間抜けな顔してるわね」

 

 呼び止めたかと思ったら、突然の俺への酷評。

 初めて会った人間に対する態度がコレか……。

 どうやらこの謎の少女、相当生意気な性格をしているようだ。


「随分な物言いだな。それに俺にはウェムラ・アキュラという名前がある」


 一応、俺も一言言い返しておく。

 ただまあ、このテの手合いーー無礼な客ーーは、今まで何度も体験しているので、そこまで腹を立ててはいないのだが。


 俺の文句を聞いた少女(?)は、苛立たしげに腕を組んだ。


「ウェムラ、アキュラ。それがあなたの名前? まあいいわ、そんなこと」


 吐き捨てるように呟き、俺の名乗りを一蹴する彼女。

 そのままこちらに詰め寄り、その鋭い眼差しで俺を見つめる。


「急いでるの。あなたは今すぐ、私の言う通りのモノを作りなさい」


 有無を言わさぬような気迫で、凄んでくる謎の少女。

 さすがの俺も、いいかげん怒りが込み上げてくる。

 自分を訪ねてきた人間がこんな高圧的な態度をとったら、普通はブン殴って追い返すところだ。

 が。 

 いきなり命令された俺は、しかし、冷静に対応する。


「だから、君がどんなものを望んでいるのかわからなきゃ、俺も応えようがない。そのために、まずは店の方で話を聞こうと言っているんだ。だいたい、人に物を頼む時は顔くらい見せたらどうだ」


 当り前だろ、といった調子で俺は淡白に答える。

 普段であれば、話も聞かず否応無しに断るところだが……。

 

 謎の二人組。

 上から目線が当たり前の口ぶり。

 なんとなく、以前に自分を襲った貴族のことが脳裏にちらつき、俺は慎重になっていた。

 今も、後方の小屋の入り口から心配そうにアイリスがこちらを見守っている。

 あの時のように、またアイリスに危害が及ぶようなことは絶対に避けなきゃな。


「なによ、じれったいわね。口答えしてないで、今すぐ私の言う通り動きなさいよ」

「あのな……ふぅ。まあいい。ここで話を聞こう。顔も隠したままでいい。それで、どんな物をご所望で?」


 話が通じず仕方なく折れた俺を見て、覆いの上からでも伝わるぐらい勝ち誇った様子で彼女が口を開いた。


「どんな形でもいいわ。『敵の大軍をまるごと欺ける』ような、そんな物を作って頂戴!」


 腰の辺りに手を置き、偉そうなポーズをきめているだろう少女。

 その体を大きめのマントに覆われて、いまいち決まっていないのが残念である。


 ううむ……随分と曖昧な注文だ。まるで誰かの言葉をそのまま拝借したかのような。

 言った本人は、分かるでしょ?といわんばかりの雰囲気だが、全然わかりにくいぞ。

 

 しかし、”敵の大軍”とはいったい?

 ーーやはりこの依頼人たち、かなりキナ臭い事情があるようだ。

 完全に下手に出る気は無いが、もう少し様子を見るか。


 俺は依頼の内容を明確にするため、謎の少女に質問を投げかける。 


「欺く……それは、相手を騙すということだな? 例えば、間違った情報を信じ込ませたり、自分を大きく見せたり、とか」

「う、う〜ん……まあ、そうかもしれないわね。……ん?」


 確認する俺の言葉に、なんて返せばいいか困っているように見える彼女。

 その肩を、今まで黙っていた隣の長身の人物がやさしく叩いた。

 そして顔を寄せひそひそと、謎の少女に耳打ちする。

 ぼそりと聞こえてくる低い声色から、そのマントの下の正体は男のようだ。


「……そうよ! 相手に”敵がその場にいる”と思い込ませる、つまり幻のようなものを生み出す物を作りなさい」


 今度は淀み無く、はっきりと注文をつけてくる少女。

 どうやら隣の男が、彼女に助言したようだ。

 この女の子、マントで隠したその下は、わりとポンコツの塊なのかもしれない。


 依頼の内容は要するに、例えるなら、カカシを人間に見せたい、的なニュアンスのものだろう。

 敵の兵士達が、実際には存在しないものを存在しているように見せる。

 それならば、広範囲に渡って虚像を映しだすイメージが近いか。

 自国の兵士達の幻を映し、敵の進軍を惑わすといった使い方ができるはずだ。

 依頼人の言葉を勝手に解釈するのなら、そんなところが妥当かと思われる。


「ふむ……」


 そこまで考えて、俺はあごに手をやり、さらに深く考え込み始めた。


 しかし、幻……か。

 なんの偶然か、ついさきほどその話題を工房内でしたばかりだ。

 そしてそれは、仮にこの依頼を受けるとしたらば密接に関わってくることだろう。

 今ざっと思いつく限りでもこの依頼、魔物ランク★8サンライト・ヴァルファリオンの”幻を生み出す”という特性を利用するのが一番の解法だ。

 俺たちの掲げた目的とも合致しており、都合がいいのは確かである。

 だが、挑むにしてはまだ準備が出来てなさ過ぎるので、どうだろうか……。


「ちょっと。急に黙り込んで何。はっきりしなさいよ」

 

 考え込む俺に対して業を煮やした少女が、文句をつける。

 俺は仕方なく思考を中断し、彼女の方を向いた。


「……依頼内容はだいたいわかった。素材さえあれば希望に近い物が作れるかもしれない」

「ホント!? じゃあ……」

「だがその前に一つ聞かせてくれ。とりあえず、金はあるのか? どんなものかにもよるが、そう安く見積もられても困る」

 

 俺がぴしゃりと言い放った。

 本来、俺のやり方としては依頼内容や依頼人の事情を聞き、それに見合った報酬の付け方ーー時には無償に近い形のものまでーーをする。

 俺自身が金に執着していないので、基本的にはあまり要求しない。


 だが、こういう場合。つまり不愉快な客が相手の場合。

 なるべくふっかけてやるという俺ルールが存在しているのだ(器の小さい男と笑いたければ笑え)。

 だってムカつくんだもん☆

 それにこいつらの正体が、俺の予想しているような連中なら、金などたんまりあるはずだ。

 問題あるまい。


 しかし、俺の言葉を受けた少女は、目に見えて狼狽えていた。


「お、お金? 卑しい男ね、ふん、ちょっと待ってなさい。……ねえガウェイグ、今、いくら残ってたかしら? ……えっ! それだけ!? そんな……」


 ガウェイグと呼ばれた隣の男とひそひそ会話しながら(声でかいから聞こえてるぞ)、みるみるうちに消沈していく少女。

 どうやら、お金をほとんど持っていないようだな。

 あれ、俺の予想は外れているのかもしれん。



 全身を震わせ何か激しい葛藤をしている謎の少女。

 すると、いきなり彼女が、マントの下から腕を伸ばし俺の方に指を突きつけた。


「名も無き名匠……いいえ、ウェムラ・アキュラ! コルダのしきたりに従い、今からあなたに決闘を申し込むわ! 私が勝ったらこの依頼、タダで受けてもらうわよ」

「……は?」

「嫌とは言わせないわよ。逃げて恥をかくのはあなただわ」


 突然の少女からの挑発を受けて、俺は一瞬唖然となった。 


 手持ちが無いなりにどうするのかと思いきや、まさかこんな無茶苦茶のたまうとは。

 だいたいなんだそのコルダのしきたりって。知るか。

 ふん、だがしかし……

 

 気をとり直した俺は頭をワシワシと掻きながら、ニヤリと笑みを浮かべた。 


 決闘だと……? この俺と?

 ーー面白い。


「なんて言うと思ったかバカめ。依頼なら金を払え。それができなきゃゴーホームだ」


 もうこいつらの正体がなんだってどうでもいい。

 正直、これ以上付き合うのも我慢の限界だった。

 さっさと帰れ。


「なっ! あ、あなた、この私に向かってバカって……」

「もういいわかったわかった。どうもすいませんでした。もう帰って頂いて結構ですよ」


 しっしっ。

 俺があからさまに馬鹿にした態度を見せると、少女の体がわなわなと震え始める。

 どうやら激しい怒りに身を震わせているようだ。

 

「あったまきた! もういい、力づくであなたを服従させればいいのよ……!」


 俺より先に我慢の限界を超えた彼女が、過激な発言と共に動き出す。

 マントの下、腰に手を当て構えをとった。

 ついに実力行使に出るようだ。


(おっ、くるか……?)


 俺は半ばふざけながらも、謎の少女が発する敵意を受けて身構えた。

 どうせたいした勝算も無い突発的な癇癪だろう。決闘とは名ばかりの。

 適当にあしらって帰ってもら……


 一閃。


 俺の頬をかすめるようにして、鋭い剣の切っ先が通り過ぎた。

 血が一筋、頬を伝う。

 目を向けると、それはいわゆるレイピアと呼ばれる細い刺突用の武器のようだった。

 いつの間に抜いたのか、謎の少女が剣をこちらに向けていた。


「今のはほんの挨拶よ。死んでもらっては困るから急所は外すけど……次は当てるわよ?」


 淡々と告げる少女の言葉。

 どうやら決闘というのは本気のようだった。中々腕が立つようだ。


 一気に目が覚めた。

 またもこの展開、俺は即座に意識を集中させる。


「アキュラさんっ!」


 どこか、焦ったようなアイリスの声。

 後ろに目をやると、アイリスの隣には先程まで目の前にいたはずの謎の男、ガウェイグが立っていた。


(くっ! 人質のつもりか? 決闘に応じろと?)


 またもアイリスを巻き込んでしまったことに歯噛みする俺。

 そんな俺に対して、少女は容赦なくレイピアによる刺突を放ってくる。

 迅く、鋭い、鍛え抜かれた突技の嵐。

 俺は身をよじり、なんとか攻撃をかわし続ける。

 

「あら、やるじゃない。職人のわりに多少は体を動かせるのね」

「ハアハア、ま、待て。お前だけ武器を使うのは卑怯じゃないか? せめて俺にも」

「素直に決闘を受けないあなたが悪いのよ! このままさっさと負けを認めなさい」


 大きくかぶりを振って、一段と鋭い突きを繰り出した少女。

 その刺突もすんでの所でかわし、俺は後ろに跳んで距離を置いた。


 俺は短く息を吐き出し、乱れた呼吸を整える。 


(ったく、とんでもない女だな。やりたい放題なんでもありってか)


 どうして俺はいつもこうなるのか。

 ただ好きなようにものづくりがしたいだけなのに……

 命を賭けた勝負だとかはほんと専門外だぞ、いい加減にしてくれ。

 ……だがまあ、


「もう、愚痴ばかりも言ってられないよな……」


 色々と。

 最近、思うことがあった。

 とにかくこの決闘を早く終わらせてしまおう。


 そうして俺は、ポケットの中に手を突っ込んだ。


「何を一人でブツブツと! これで終わりよ!」


 俺の様子を不審に思った少女が、こちらに素早く跳躍し、突きを放とうと構える。

 だが俺は、かわす素振りもせず、ポケットから手を抜いた。 


「遊びは終わりだ、お嬢ちゃん。おとなしくしてろ」


 確かに、レイピアを扱う腕前は中々のものだったが、それはあくまで一般の基準においてだ。

 普段からストレインやクマ吉といった規格外、それとまだ記憶に新しい、恐ろしき狂戦士バルディロイなどの化物衆を目にしている俺にとっては、なんの脅威も感じられない。

 最初の挨拶は心底びっくりしたが……油断していた、それだけだ。


 俺の手から放たれた毛糸玉のような球体が、宙で弾けた。

 その瞬間、玉の中から大量の糸が少女に襲いかかる。

 マントごと糸に絡めとられた彼女は、地面に転がり落ちた。


「んなっ……なーにーよーコレェ! もうっ、ほどけない、クッソー! んっ……ちょっと、変なところに絡まって……やだぁ……」


 粘着性の糸に絡まった少女が、網の中ジタバタともがいている。

 顔の覆いや体のマントが糸に引っ付き、どんどん脱がされていく。 


 蜘蛛の魔物エネルケスの糸を利用した捕縛玉。

 まあ、並の奴には自力でほどくのも難しいだろう。

 なんとあっけないことか。


「ーーおや、アキュラ殿。これはいったい?」


 訓練の間から戻ってきたのだろう、ストレインが木々の奥から姿を現した。

 まったく、遅いぞ。


「申し訳ありません。ついついクマ吉殿と盛り上がってしまいまして……。それでアキュラ殿、この者たちは何者でしょうか」


 ストレインの質問に答える前に、俺はアイリスの方へ視線を向ける。

 見ると、アイリスが笑顔でこちらに手を振っていた。

 俺に無事を伝えるためだろう。

 その横には、ストレインと一緒に帰ってきたであろうクマ吉が立っていた。

 隣にいた謎の男は、なんとクマ吉の手で屈服させられている。

 さすがクマ吉だ、頼りになる。


「うぅ……なんなのよこれ……こんなの卑怯よ……グス」


 視線を足下に移すと、網の中で謎の少女がぐったりしていた。

 どうやら抵抗する気も無くなったらしい。

 覆いも外れ、隠していた顔も露になっていた。


「おや……君は……? いや、あなたは……!」


 少女の様子を観察していたストレインが、その素顔を見て急に驚く素振りを見せる。

 言われて俺もじっくり目をこらす。


 ツンとつり上がった目は、強く気品を感じさせる。

 髪は普段から手入れされているのだろう、流れるように美しい。

 歳相応とは思えないその大きな胸も、日頃の暮らしぶりの良さが窺える。

 

 総じて俺の目から見て、かなりの美少女だった。

 なんでこんな子が…… 


 だが、やはり、俺の予感は正しかったようだ。

 ストレインがおそるおそると言った様子で、口を開いた。


「なぜあなたがここに……コルダ王国第一王女、セレナリア姫……」


 突然訪れた謎の少女。

 その正体は……国のお姫様だった。

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