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36:更なる高みへ向けて

「えー、それでは第一回、魔物ランク★8攻略に向けての対策会議を始めたいと思う」

 

 ある晴れた日のこと。

 工房の中、俺は作業台の前に立ち、声をあげた。

 俺の視線の先には、ストレインとクマ吉が並んで立っている。

 ランク★7の魔物を狩るようになってから、毎回こうして二人を集めては如何にして攻略するかを話し合っているのだ。

 そして今回は初の魔物ランク★8に対しての会議。

 二人とも、俺の言葉に静かに耳を傾けていた。

 まず始めに……と俺が喋り始める。


「邪眼工房設立から幾年月……俺たちの努力が認められ、この工房は今やふもとの町から信用される会社へと成長した。俺はその事実を、素直に嬉しく思う。二人とも、ありがとう」


 俺は二人に軽く頭を下げ、所長として感謝の意を伝える。

 ストレインとクマ吉も、俺に倣って頭を下げた。


 まあ幾年月と言ったが実際は1年ほどしか経っていないし、接客対応から資金管理・運用、他、何から何まで、とても会社と呼べたものでは無いが……。


「そしてこれからも、さらに多くの人に満足してもらう為に、我らが邪眼工房は歩みを止めることはない。俺自身、客からの際限無い要求に応えるため、さらなる高みを目指してものづくりに励むつもりだ」


 俺は拳を握りしめ、力強く宣言した。

 そんな俺の言葉に感極まったのか、ストレインが眼を閉じ、天(井)を仰ぐ。

 その横でクマ吉がウォウ!と唸り吠えた。


「しかしそのためには……まだ足りない。現在、俺達が狩れる最高魔物ランク★7までの素材では、どうしても”届かない領域”が存在しているのも事実だ。いずれ来る、客からの超高難度の要求、そして俺のものづくりへの欲望を満たす上で、この問題は避けて通れない」


 よほど俺の言葉に聞き入っているのか。

 ストレインは天井を見上げたまま、微動だにしない。


 ーーまさか寝ているわけではあるまいな?

 

「よって……我らが邪眼工房では”先”を見据えて、そろそろ本格的にランク★8の魔物攻略に向けて動いていこうと思う。今回の会議はそのための第一段階だ」


 とはいっても、最近ようやく★7の魔物を素材利用して武器などに活用し始めた現状。

 ストレインの剣技も、出会った頃に比べて格段に洗練されているが、本人によると今だ全盛期には劣るとのことだ。

 このまま★8の魔物に突っ込んでも返り討ちに合うのは間違いない。

 つまりこの会議は、★8を倒す下準備中の下準備。

 対等に戦える土俵に立つには、各々何が必要かを話し合うためのものだ。



 そこまで言い終わったところで、ストレインが手を上げた。


「アキュラ殿。”★8”とは、以前教えて頂いた魔物の危険度を格付けした数字、でしたね? 曰く、★8以上の魔物は、現代ではその姿をほとんど確認できていない、伝承や伝説で語られるほどの魔物達、でよろしかったでしょうか」

「そうだ。その認識で正しい」


 以前からストレインには、俺がエシュタルの魔物全てに精通していること、その生息地に至るまで網羅していることは伝えてある。 

 俺が異世界から転生してきたことや”図鑑”や”才能”について直接的に伝えたことはないが、俺のこの世界に対する反応や距離間を見て、”異質な存在”としてある程度察してはいるだろう。

 ストレインがそのことについて言及してきたことは無いが。

 

「お前は知っていると思うが、この大陸内に生息している魔物で例を挙げると、★8に分類されているのは『天空の使者』『煌翼獣』などと呼ばれているサンライト・ヴァルファリオンや、『深淵」という異名をもつヌエ・ラ・デリウスあたりかな」


 一度、リュミエの町の図書館で魔物の伝承本などについては目を通している。

 俺の頭の中にある図鑑の詳細と食い違っていたり、曖昧な情報ばかりで内容としてはスカスカだったがな。

 その際に、伝え語られている魔物がどんな呼ばれ方をしているかはチェックしてある。

 

 ストレインが自分の手のひらを見つめ、不安げに口を開く。


「ヴァルファリオン……デリウス……。伝え聞いたことしかない、伝説の魔物たち……。アキュラ殿、はたして今の僕に勝てるのでしょうか」

「大丈夫だ、そのために俺も全力でバックアップする。ストレインは今まで通り、己の腕を磨いてくれ。なあに、お前が本来の力を取り戻したら俺の邪眼魔眼と合わせて敵無しだ」


 俺はストレインの肩に手を置き、安心させるよう言い聞かせる。

 それを受け、ありがとうございます、とストレインが笑った。


「わかりました、アキュラ殿。伝説と呼ばれし魔物共、なんとしてでも斬り伏せてみせましょう。我が主の剣として、僕もさらなる高みへーー」


 ストレインの声に、もはや迷いは無いようだ。

 

「★8の討伐には俺とクマ吉も同行するつもりだ。ストレインだけではなく、俺たちもサポートとして万全の装備で挑まなきゃならん。作らなきゃいけないものが多いな……」


 俺自身が直接、今までよりも遥かに強大な魔物と対峙するなんて……正直怖い。

 本音を言えば戦闘に参加したくはないが、なんせ相手は初の伝説クラスの魔物。

 ストレインだけに任せるのは無責任と言うものだろう。

 今回ばかりは、流石に俺も踏ん張る所だ。

 

 覚悟はいいか、クマ吉? と俺が視線を送る。

 クマ吉は気合い十分のようで、ガウッ!と吠え、左眼の魔眼が呼応するように光った。

 俺の足下に放たれた電撃が落ちた。危ねぇなコラ!

 

 ともかく、俺のやらなきゃいけないことが見えてきた。

 ストレインの両眼とクマ吉の左眼のグレードアップ。

 戦闘を補助するための小道具作成。

 他にも防具や武器の作成などなど、山盛りてんこ盛りだ。

 だが燃える。やってやろうじゃないか。


 俺は今一度作業台の前に立ち、ストレイン達に向かって叫んだ。


「標的は……北のアミール平原に身を置く、サンライト・ヴァルファリオン! 狙うはその魔物が持つ、”太陽の翼”と呼ばれる羽だ!」


 俺の言葉を聞いた途端、ストレインが盛大に驚いた。


「ア、アミール平原!? ここから北に向かってすぐの場所じゃありませんか! 危険な魔物はほとんど生息していないはずの場所ですが……本当にそこに?」

「ヴァルファリオンの翼には様々な特性があるんだが、その中の一つに周囲の光を屈折させ幻を作り出すというものがある。おそらくはその特性を利用して普段身を隠しているのだろう」


 ストレインはあごに手を当て、考え込むような仕草で、うーむ、と唸った。


「そういえば……町の人によると、アミール平原では度々、不思議な現象が確認されていました。真っすぐ歩いていたはずなのに元の場所に戻ってきたり、行方不明のまま帰ってこない者がいたり……。まさか、魔物の仕業だったとは」

「伝承では”神の使い”、”光の聖獣”などといったニュアンスで崇められているようだが、俺の見立てでは正反対だ。光で己の姿を眩まし、影から獲物を捕食する。暗殺者と呼ぶにふさわしい魔物だ」


 無駄な争いが嫌いなのか、力を持ちながら常に身を隠し一方的に弱者を狩る魔物。

 ざっと図鑑を見て、俺が感じたイメージだ。

 目標にサンライト・ヴァルファリオンを選んだのは、別に義憤に駆られてとかそんな甘い理由ではない。

 素材としては素晴らしい特性をもつ翼。なによりもこれに尽きる。

 この素材を使ったら今までに無い物が作れると考えると、やる気も出てくるものだ。


 まあ、本当はもう一つ理由があるのだが。




「クマ吉殿、この後時間があるようでしたら、僕と手合わせしていただけませんか。幻を仕掛けてくる魔物、その想定で体を動かしたいのです」


 会議が終わった後、ストレインがクマ吉を伴って工房を出て行く。

 自身の全盛期や★8の魔物と比べて、まだ力不足だとは先程言ったが、それでも今のストレインに敵う人間や魔物など、かなり限られてくるだろう。

 あいつが化物クラスなのに変わりはない。

 それに付き合うクマ吉も、たいがい化物染みているのかもしれないな。

 図鑑では★5扱いのイビルアイベアではあるが……。

 強くなればなるほど、図鑑の★も変わる可能性がありそうだ。


 工房に一人残った俺。

 何気なく、頭の中にある図鑑を開いた。

 そしてメニューの《モンスター分布》を選択し、ある魔物に意識を向ける。


 討伐目標にサンライト・ヴァルファリオンを選んだもう一つの理由。

 それはーー


(ヌエ・ラ・デリウスの現在生息位置が、明らかに不気味すぎる……)


 俺が意識を向けて確認していた魔物、★8『深淵』ヌエ・ラ・デリウス。

 素材の持つ特性としては、ヴァルファリオンと同じくらい魅力のある魔物だ。

 だがその魔物の生息地を示すカーソルが、遥か北にある、とある場所。

 ”コルダ王国”のド真ん中に位置していたのだった。


(元々、街中に生息するような魔物だったのだろうか? いや、図鑑を見るかぎり、そんなことは)


 俺は作業台の片隅に目を向けた。

 そこには、今も懸念事項の一つである”エセ邪眼”のパーツが置いてある。


(まったく、考えなきゃいけないことが多くて嫌になるな……) 


 町の新聞を確認しているが、今のところはミネキシワームに寄生された人間の事例は出ていない。

 だが正直なところ、目標を★8打倒に移したことだって、逃避のようなものだ。

 自分の目の届かない所で起きている事態に対処するのが怖いだけ。

 邪眼を創り出した俺に、原因の一端があるのは確かなのだから。


 俺はさっきのストレインと同じように目を閉じ天井を見上げ、しかし込めた気持ちは全くの別物で、大きく息を吐いたのだった。





「アキュラさーんっ。来ちゃいました」


 しばらくすると、アイリスが小屋にやってきた。

 こんな時間に珍しいな。


「なんだかですね、町中でアキュラさんを探している方々と出会いまして……。せっかくなので、ここまで案内させてもらいました」


 よく見ると、アイリスの後ろにはマントで顔を隠した二人組の人間が立っていた。

 片方は長身、もう片方はアイリスと同じくらいの小柄な体格だ。

 こっちは女か?


「ごめんなさいっ、迷惑でしたか?」

「いや、大丈夫だ。ありがとう。わざわざご苦労様だったな」


 案内の為に山を登ってきたアイリスを労い、俺は二人組の前に立った。


「いらっしゃい。それで? どんな用件だ? とりあえず、店のほうまで回ってもらっていいか」


 俺が店の入り口まで移動するように促し、先に向かおうとすると……


「待ちなさい」


 小さい方が凛とした口調で一言発した。

 どうやら女のようだった。

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