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35:町からの信頼

「朝早くにお邪魔するっス、アキュラさん」


 訪ねて来ていたのは、町で農夫をしている若者だった。

 被った麦わら帽の下、日焼けして黒くなった顔が覗いて見える。

 特注のクワをオーダーしてきたり、その後も色々と、随分前からのお得意さんの一人だ。

 以前は俺に対して荒い口調だったこの若者も、時間を経て多少は信頼してくれているのか、言葉遣いを変え接してくれているようだ。

 普段からの軽いノリに気が合うのか、町人の中では割と仲良くしている相手である。

 

「昨日から『バットフォン』の調子が悪くって……仲間たちと連絡がとりづらくてさ。悪いんスけど、町まで来て見てやってくれねえスか」


 困った顔をして、拝むように頼み込んでくる若者。

 その頼みを受けて、俺は迷うことなく即答する。

 

「わかった。今すぐ見に行こう」

「ありがてえっス! 修理費もちゃんと払いますんで」


 こういう金銭意識がしっかりしている点も、この男の良い所だ。

 作ったはいいが、報酬金を払おうとしない奴も町にはけっこういるのだ。

 とはいえ、調子が悪い……か。

 バットフォンにも、まだまだ改良する余地が多いな。



 ”バットフォン”とは、今やリュミエの町のいたる所に普及している、俺が作った遠距離通話機器のこと。

 要するに電話みたいな物だな。

 元々、工房とドボルグの酒場間でのみ使用していた、★1スケイルバット型通話器。

 それを簡素化して個体番号設定、量産、そして商品として町に売り出したのだ。


 遠距離での直接的な連絡方法が、魔晶石による念話ぐらいしか無いこの世界では”バットフォン”の存在は画期的なものだろう。

 通話が可能な距離は、町の端から端まで程度だが、町の中だけで使う分には問題ない。

 事実、リュミエでは売り出してから飛ぶように売れ、ほとんどの家が所持しているはずだ。

 町民同士の迅速な連絡ができるのは、世界でもこの町だけだろう。

 

 実は、今の俺ってけっこう金持ってるんだよな。

 なんせ、魔物の素材によって製作にかかるコストは、ほぼゼロなのだから。

 しかし、今の山中生活が気に入っているのもあるし、お金を使う機会がほとんど無い。

 いつか町の中に、金を使って第二の拠点などをでっかく作ってみるのもいいかもな。

 

 訓練の間で打ち込みをするストレインに一声かけ、俺達はさっそく山を下りて町に向かった。

 



 門をくぐり町に入る。

 一面畑が広がる、なんとも牧歌的な風景。

 こんな朝早くにも、多くの人が農作業している。大変なことだ。

 相変わらず南門付近は農村みたいな雰囲気だな。

 

「うおーい、皆! アキュラさん呼んできたっスよ!」

「お、おい……」


 俺の制止しようとした声もむなしく、若者が周りの農民たちに声を張りあげる。

 すると、みなが作業の手を止め、俺の方に駆け寄ってきた。


「ちょうどいいのぉ、ワシのカマを直して下さらんか」

「アキュラさん! コレにも一個能力を追加してくれ! なあいいだろ!」

「ちゃんと食べてるのかえ? これ、持っていきなさい。穫れたては美味しいぞい」

「あらぁ〜相変わらずいい体してるわねアキュラちゃん。私のお店で働かない?」


 わちゃわちゃと俺を囲み、好き放題喋る農民たち。

 変な奴も何人か混じっている気がするが、もうわけがわからん。

 事態を招いた若者の方を見ると、二ヒヒっと悪戯っぽく笑っていた。

 俺は両手を振って、やれやれと嘆息した。


 こいつはノリが軽くて付き合いやすい奴ではあるが、すぐにこういう、人を集めて群れる所は好かん。

 なんでもかんでもレッツパーリィで突っ走れると思ったら大間違いだ。


「ええいッ! 話は聞くからいったん離れろ!」


 俺が怒鳴ると、皆が笑いながら距離をあけた。

 こいつら、俺で遊んでんのか? まったく……

 

 適当に農民たちの相手をしている俺に、若者が近寄ってきた。

 麦わら帽の下には、ニヤニヤと笑みが浮かんでいる。

 

「人気者っスね、アキュラさん」

「……今日はお前ん家ちのバットフォンを直すために下りてきたつもりだったんだが」

「まあそう膨れないでほしいっス! 町との触れあいも大事にしてくれっスよ!」


 若者が冗談めかして俺の背中をバンバンと叩く。少し痛い。

 ……そういえばよく考えたらコイツ、年下のくせしてクッソ馴れ馴れしいな。

 

「……くたびれていたリュミエの町がここまで活気づいたのも、アキュラさん達のおかげなんだ。皆、これでもけっこう感謝してるんス。だから、これぐらい許してほしいっス」


 もちろんオレも、と付け加え笑う若者。

 町の人たちの素直な気持ちを受けた俺は、まあ、悪い気はしなかった。


 ただしお前は許さん。ふん。

 調子のいい若者の頭にゲンコツを一発くらわせておいた。




「そういえば知ってるかい。またセレナリア様が王都から行方を消したって話。もうひと月ほど前の事らし」

「またか……やれやれ、あのおてんば姫は相変わらずだなぁ。第二王女はあんなにもご立派なのに……」

「まったくねえ……この前は近衛兵を引っ張り回して各領地を訪問してたみたいだけど……いきなり王族に来られても私ら庶民にはいい迷惑よねぇ。まあ、さすがの王女もこんな僻地にまで来ないでしょうけど」   


 農民たちの相談を聞き終え、さあ行こうとした頃合。

 ふと、後ろで世間話をする者達の会話が耳に入った。

 王女という単語が気になった俺は、若者と一緒にその話に混ざった。


「セレナリア……たしかコルダ王国の、第一王女だったか」

「あら、アキュラさん。……ええ、そうなのよ。この姫様がまた大したじゃじゃ馬で。突拍子もないことばかりやるから、国中あきれてるのよ」

「もしかしたら注目を集めたいだけなのかもしれんのぅ。なんせ、妹君があれだけの人物なのじゃから」

「はは、案外そうなのかもしれねぇっスね!」


 若者が大きく笑い、みながセレナリア第一王女を話題に上げる。

 俺も王族についてはうっすらと知ってはいたが、こういう、町から得られる情報は大切だ。

 たしか……妹の第二王女は……


「そりゃそうだて。自分の妹が”国守くにまもりの英姫えいき”と呼ばれるほどの、魔帝様の一人じゃあのお……どうしたって比べてしまうものよな」

「国王様も……第二王女への関心ばかりで、第一王女であるセレナリア様への対応は冷淡なものだと噂では聞くなあ」

 

 そう。

 コルダ王国が抱える唯一の十魔帝とは、どうやら王女の一人らしいのだ。

 敵国であるヴァレンティン王国とのパワーバランスを支える、この国随一の魔法使いとのこと。

 以前ストレインが言っていた、気安く話せる立場の人間では無いとはこのことだった。


 その後も、農民たちの世間話は続いた。

 やれ今年の税は昨年より高いのでやってられないだの。

 やれ王都のとある貴族と平民の誰それが駆け落ちしてラブロマンスだの。

 などなど。

 たわいもない話をみな楽しそうに話し合っていた。

 世界は違ってもやはり人間。

 井戸端会議的なものが好きなのは世界共通のようだ。 




 その後、作業に戻った農民たちと別れ、俺達は目的地の若者の家に着いた。

 俺はさっそく、取り付けられているバットフォンの点検を始める。


「お前なあ……あんまり強く腹の辺りを押すなよ。結晶がめり込んでいるじゃないか」

「えっ! あ〜いやあ、すいませんっス。どうにも加減がわかんなくて……」


 バットフォンのお腹に埋め込まれている結晶を一度外し、再度付け直した。

 そんなやわな作りにはなってないはずだが……今度はもう少し頑丈に作ろう。

 俺は感触を確かめながら、正常な状態へ再調整する。


 とそこで、誰かが勢いよく家の中に駆け込んできた。


「こらサント! 朝のコールが無いじゃない! さては他に女が……あ!」


 部屋に入ってきたのは、若者と同じ年頃の女の子。

 三つ編みのおさげが特徴的な、素朴な雰囲気を持つ子だ。

 どうやらこのサント(今まで知らなかったが、若者の名前らしい)の知り合いのようだが……


「山奥の工房の……職人さんだわ。どうしたんですか、こんなボロ家にいらっしゃって」

「おいヘレン、見てわかんねーのかよ。家のバットフォンが壊れたから、アキュラさんに直してもらってたんだよ。ボロくて悪かったな」

「あんたには聞いてないわよ!」

「なにぃ?」


 口喧嘩を始める若者たち。

 その慣れ親しんだかのようなやり取りを眺めている俺に気付き、サントが申し訳なさそうにした。


「すいませんス、アキュラさん。こいつはオレの幼馴染みでして……腐れ縁といいますか」

「なによ! もうただの幼馴染みじゃないでしょ」


 少し恥ずかしそうに頬を染めたヘレンが、サントの腕に抱きついた。

 その手の指にはまっている指輪がキラリと光る。

 ああ、なるほど。


「ええと、オレの婚約者っス。式はまだですけど……挙げたら一緒に暮らすつもりでして」

「なに照れてるのよ! 堂々としてよね!」


 二人ともまだ婚約して間も無いのか、どこか照れくさそうにしている。

 見ているこっちが恥ずかしくなるほど、初い初いしいカップルだ。


 くっくっ。

 まさかこの若者にもこんな一面があるとはな。

 面白いものが見れた、これからネタにしてやろう。


 はァ〜……

 リア充しね。


「ほれ直ったぞ」

「おお! ありがてえっス。それで修理費は……」

「いや、これぐらいサービスしといてやる。彼女と毎日早く話したいのはわかるが、もうあんまり強く押し込むんじゃないぞ」


 俺が忠告すると、サントはまた恥ずかしそうに頭をかいていた。


「わざわざすいませんス、アキュラさん。また、なにかあったらお願いします」

「ああ、せいぜいお幸せにな」


 今度会ったら婚約祝いに何か用意しておくか。

 せっかくだし、このボロい家も綺麗に改装してやろう。




 用事を済ませ、サントの家から出た俺は小屋に帰った。

 工房に入り、作業台の前に腰掛ける。

 台上に置いてあるエセ邪眼が視界に入るが、いつもどおり仕事に移った。


 町に下りたら気分も晴れたな。

 最近どうにもネガティブになっていたが、やはり俺の作った物で喜んでいる人たちの顔を見ると、嬉しいものだ。

 気を入れ直して、俺は俺のものづくりに専念しよう。


 依頼の品を作るためーー

 最高の作品を生み出すためにーー

 今日も俺の作業の手は、止まることはない。

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