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30:凶戦士

「よく来たな、貴様が噂の『名も無き名匠』か」


 部屋に入ると、向かいの椅子に男が一人座っていた。

 年は二十代後半といった所だろうか。まだまだ若い。

 とても質の良い、きっちりと仕立てられたスーツのような服が、気品の高さを窺わせる。

 足を組み、膝の上に手を置くその姿は、優雅というよりは尊大といった印象を受ける。


 どうやらこいつが俺に会いにきた貴族の人間らしいな。

 名も無き名匠、というのは俺のことだろうか?

 王都ではそんな呼ばれ方しているのか、どんな意味があるんだ?


 俺が黙っていると、男が片手を上げた。


「ご苦労だったな、長の者。下がれ」

「は、はいぃ! 失礼致します!」


 俺たちと一緒に入ってきていた町長は、男の言葉にすぐさま反応する。

 しきりに頭を下げ、部屋から出て行った。


 部屋の中は、俺とアイリス、そして眼前に座る貴族の者。

 三人だけの空間となった。

 少しウェーブのかかったブラウンヘアをかきあげ、男は言う。


「挨拶も無し、それに横にいる女はなんだ? ふん、これだから田舎猿は……」


 苛ただしげに息を吐き、人を蔑むような目で見下す男。

 その威圧的な態度を受け、アイリスの足が震えているのが見えた。

 相手は貴族、一般市民たるアイリスが感じるプレッシャーも相当なものだろう。


 しかしなるほど……

 これがこの世界におけるの民衆の貴族像か。

 アイリスが嫌な感情を持つのも理解できる。

 人を見下すことが前提になっているかの如き振る舞い。

 なんて胸糞悪い野郎だ。

 

「まあいい……一度までは無礼を許そう、時間が惜しい」


 男はそう吐き捨て、傍らに置いてあった金のステッキを手に持った。

 そして俺の方を向き、杖をこちらの眼前に突きつけた。


「私は無駄話は好かん。”名無し”よ、今すぐ都に上り私の元で働け」

「……はぁ?」


 なにいってだこいつ。

 突然の言葉に、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。

 こいつの元で働け、だと?


「聞こえなかったか? 愚民が。コルダ三大貴族が一柱アインシュトルム家の公爵ライオスの嫡男である、このゼクンツ・アインシュトルムが貴様をお抱えにしてやろうと言っているのだ」


 居丈高な姿勢で、誇るように己の名前を名乗り上げるゼクンツ。

 よほど自分に自信があるようだ。


「聞いているぞ。なにやら面白い物を作るらしいな。市場に出回っている貴様の作品のうち何点かはアインシュトルム家が所有しているが、たしかに”アレら”は中々面白い」


 町の人間や旅の者に売った依頼品などが、人の手を渡り王都にいくつも流れているとは。

 自分の知らない所で、俺の作品が大陸全土に広がっていたことに驚いた。


「なに、報酬は弾むぞ? 貴様ら庶民が一生味わうことのできない贅沢を尽くすがいい。我が一族の為、その腕をもって奉仕しろ」


 これは命令である、と付け加えたゼクンツ。

 ーー貴族の権力。

 この大陸においては誰もが従わざるを得ない程、力のあるものなのだろう。

 隣ではアイリスが不安そうに俺を見つめている。


「……アキュラさん。王都に行ってしまわれるんですか……?」


 震える声で、俺に問いかける。

 確かに辺境の地で働く者が、貴族のお抱え職人として抜擢されるなど、市民から見たら夢のような出世物語だろう。

 そうでなくとも貴族直々の勧誘、その威光を無下に断れる者はほとんど居ないはずだ。

 アイリスも、俺がこのままゼクンツに付いて王都に行くと思っているのかもしれない。


 俺は震えるアイリスの頭の上に手をのせた。

 安心させるようにポンポンとやさしく叩く。

 大丈夫だ、何も心配するな。


 アイリスの表情が笑顔に変わった所で、俺は向けられていたステッキを払った。


「悪いが……俺はアンタに雇われるつもりは無い。他を当たってくれ」

「……なに?」

「聞こえなかったか? ウェムラ邪眼工房の所長たる、このウェムラ・アキュラはアンタら貴族の言いなりにはならんということだ」


 力強く睨むかのように、俺はゼクンツに向かって堂々と言い放った。


 俺が求めているのは金でも権力でも贅沢な暮らしでも無い。

 作りたいものを作りたいから作る、そういった”自由なものづくり”だ。

 そのために二度目の人生を、今もこうして生きている。

 それだけは譲れない、俺の存在意義でもあるのだ。

 貴族にいいように使われて生きていくなんて、まっぴらごめんだ。



 俺の返答を聞いたゼクンツが、ゴミでも見るかのような目で俺を見据える。


「……無礼は一度までと言ったはずだがな。まさか、アインシュトルム家の勅令を蔑ろにする者がいるとは」


 そう言うや、椅子から立ち上がり金のステッキを床につくゼクンツ。

 足を揃え、背筋を伸ばしたその姿勢は、身分の違いを感じさせる洗練さだ。

 

「これでは周りに示しがつかん。家の信用問題にも関わる重要事項だ。次期当主としては、黙って見過ごすわけにはいかん。早急に対処せねばな」

 

 なんだ、やるのか?

 見た所筋肉もあまりついていないようだし、隠された実力があるようにも見えない。

 俺ひとりであっさりノックアウトできそうだ。

 ただ隣にはアイリスもいる。

 なるべく穏便に済ませたいところだが……。

 

 アイリスの手を引きながら、俺はゼクンツとの距離をじりじり離す。

 もうこのままさっさと部屋から出るのがはやーー


「ーー消せ、バルディロイ」


 冷酷なゼクンツの一言。

 すると突如、ゼクンツの背後に人影が現れた。

 黒衣を身に纏い、短く逆立った黒髪に屈強な肉体。

 巨大なハルバートを手に、膨大な殺気をまき散らす男がそこに立っていた。

 

 まるでいきなりこの場に現れたかのように感じるが……違う。

 この男は始めからこの部屋に居たのだ。

 そういう魔法なのか戦闘術なのか分からないが、先程まで一切の気配を遮断していたようだ。

 今までまったく気付かなかった。なんて奴だ。

 

 その全身から発せられる強烈な存在感で、戦わなくても分かる。

 ーーコイツはやばい。


 

 事態の危険を察した俺は、瞬時にアイリスの手を引きドアへと駆け出す。

 とにかくここから逃げないと。

 このままじゃ本当に二人とも殺されてしまう、くそっ。

 

 後ろを振り返る。

 すると、バルディロイと呼ばれた男が俺たちの真後ろで、その大きなハルバートを振りかぶっていた。


(い、いつのまに……!) 


 今にも放たれそうな、死の一撃。

 喰らったら俺はともかく、アイリスはひとたまりもないだろう。


 俺は慌ててアイリスを床に押し倒す。

 その直後、俺の頭上で振り抜かれたハルバートが空を切り、物凄い音をあげた。

 あまりの一撃に、衝撃でドアのある壁が丸ごと吹き飛んだ。


「キャアッ!!」「ぐおっ!」


 かがんでいる俺とアイリスに破壊された壁の破片が降り注ぐ。

 コイツ、む、むちゃくちゃだ。

 

 俺は服の中に手を突っ込み、持ってきていた護身用の発明品を取り出した。

 魔物の毛で編んである、毛糸玉のような球体だ。

 そしてバルディロイ越しのゼクンツに向かって、それを投げつけた。


「目をつむれ! アイリス!」

 

 アイリスは俺の指示に従ってすぐに目を閉じた。

 バルディロイが、ゼクンツに向けられたボールを恐ろしい反応速度で真っ二つに斬る。

 すると、激しい光が爆ぜ、部屋を埋め尽くすかのように炸裂した。

 魔物の素材で作った、俺特製の閃光玉だ。

 ある魔物が使う光属性の魔法を利用して作ってある。


「よし、今だ!」


 閃光に一瞬ひるんだバルディロイから離れ、全力で宿の出口まで駆ける。

 貴族が滞在していた為か、宿には幸い、客の姿は無い。

 使用人たちも別室で待機していたようで、どうやら怪我人はいないようだ。


 

 出口が見え、先行させていたアイリスが外に出た。

 俺もその後ろから出口まで一気に駆ける。

 よし、このまま町中まで逃げれば……

 

(……くっ!!)


 だが俺はそこで体の向きを反転。

 全力で魔力を展開し、体の前で腕を交差させる。

 背後から超速度で追いかけてきていたバルディロイの蹴りを受け、俺は宿の出入口もろとも数メートル先まで吹っ飛ばされた。


「……がっ! ぐうぅ!」


 地面を何度も転がり跳ね、壁に叩き付けられる。

 ストレインとの訓練で多少覚えた魔力による防御法だが、奴の攻撃を全て受けきることは到底無理だった。

 なんとか折れてはいないようだが、受けた両腕とも痺れて指一本動かない。


(……くそ……まさかこんなことになるとは……)


 あまりの衝撃に意識が飛びそうになるが、なんとか堪える。

 ここで気絶なぞするわけにはいかない。

 騒ぎを聞いた周りの町人たちは、何事かと遠巻きに見ている。

 

「アキュラさんっ!」


 地面に横たわっていると、アイリスが俺の元に駆けつけた。

 その直後に、バルディロイを従えたゼクンツが宿から姿を現し、俺とアイリスの前に来る。

 倒れている俺を見て、ゼクンツが嘲るような笑い声をあげた。


「ちょうどいい。アインシュトルムに逆らう者への見せしめとしては最高の演出だ」


 傍らのバルディロイが、ハルバートを構える。

 

「ま、待って下さいっ! どうか……」

「ーーやれ」


 かばうように前へ出たアイリスを無視し、無慈悲に告げるゼクンツ。

 バルディロイが、手にしたハルバートに力を込めた。

 

(まさか……俺はこんなところで死ぬのか……?)


 自身の迂闊さが、また命の危機を招いたというのか。

 さすがに笑えない。

 俺はなんてバカ野郎なんだ。


 せめてアイリスだけでも……

 そう思うが体が動かない。くそ……。


「さらばだ。愚か者には、死を」


 ゼクンツの言葉に合わせて、バルディロイが槍斧を振り下ろす。

 迫りくる死に、アイリスがぎゅっと目を閉じた。

 


「ーーそこまでにしてもらおう」


 ガキンッ!と金属同士がぶつかり合う音が響いた。

 突如その場に現れた何者かが、ハルバートを剣で受け止めたのだ。

 外套に身を包んだその男からは、光の粒子が溢れ出ている。

 こいつはーー


「ス、ストレインさんっ!」


 目を開けたアイリスが嬉しさに涙を流す。

 俺たちを助けたのは、任務から帰ってきたストレインだった。

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