29:予兆
「……んー。このパーツはもっと魔力伝導率が高い素材にした方がいいか……そうなると、各部の構造にも少し手を加える必要があるな……どれどれ、と」
工具を手に、多種多様な魔物の素材を次々と加工していく。
武器、日用品、義肢、魔眼……、現在工房への依頼内容は多岐に渡る。
本来であれば、一つ完成させるだけでも常人には膨大な時間を要するほどのクオリティ。
だが、<製作の才能>をMAXで手にし、日々の経験で成長している俺には問題ない。
我ながら手慣れたものだ、この分なら今日中に二つ三つほど完成しそうである。
作業に一区切りつけ、工具を机に置いた俺は大きく伸びをした。
フィオーナが工房を訪れてからはや半年。
舞い込む依頼の数々に、月日は矢のような早さで流れていった。
フィオーナと話していたのが、まるで昨日のことに思える。
あれから色々とあったが、俺の生活自体にたいして変化はない。
工房を出て居間に入ると、ちょうど玄関の扉を叩く音がした。
「アキュラさーん、こんにちはっ。今、大丈夫ですか?」
「おー、アイリス。いらっしゃい。今日はお店休みの日だったか」
いつものように小屋を訪れたアイリスを招き入れる。
今日は珍しく髪を結んでおり、いつもよりさらに活発な印象を受ける。
服装はいわゆるノースリーブといった涼しげな格好だ。
アルカダ大陸には季節がなく、いつも少し暑いくらいの気候なので、こういった姿を見れるのがいい所の一つかもしれない。
季節が無いというのは、元日本人の俺にとって強烈な違和感を感じてしまうものだが。
ふと外を見ると、アイリスの後ろではクマ吉が毛繕いしていた。
どうやら一緒に来ていたようだな、いつの間にこんな仲良くーー
半年前、フィオーナが帰った次の日、なぜか元気のなかったクマ吉を不思議に思っていたのだが、そういうことだったのか……。
クマ吉も可愛い女の子や美人の女性が大好きなのだな……クマなのに。
ならば仕方がない。
俺はそっとドアを閉めた。
「ちゃんとご飯食べてますか? もう正午過ぎですよっ?」
「あ〜、いや、そういえば朝もまだだったな。仕事に夢中になってて、つい……」
「やっぱり! もうっ……ストレインさんが居ないからって、不摂生はいけませんよ? アキュラさん」
文句を言いつつ、持ってきた皮袋からゴソゴソと食材を取り出すアイリス。
どうやら、今日もお昼ご飯をご馳走してくれるようだ。
エプロンを着て調理場に立つアイリスの後ろ姿に、鼻の下が伸びそうになる。
女の子が料理を作ってくれるなんて……転生してよかった。
フィオーナが旅に出た翌日から色々と周りに変化はあった。
その一つが、アイリスである。
酒場が休みの日は、こうして小屋に来てはなにかと世話を焼いてくれる。
ストレインが素材収集に出ている間の、俺の生活を見かねてのことだろう。
整備されているとはいえ、山を登るのも大変だろうに……なんて優しい娘なんだ。
おじさん……勘違いしちゃうぞ?
「そういえば、また右腕の調子を見てほしいと父が言っていました。なんでも、仲の良い常連さんに傭兵だった頃の戦闘訓練を教えるだとかで張り切っていまして……。アキュラさん、お願いできませんか?」
「ん、了解。ドボルグにはいつも世話になっているからな、お安い御用だ」
アイリスの作った手料理を食べながら、俺は快く応えた。
「あっ、それとお店によくいらっしゃる自警団の方々が、ストレインさんに今度剣を教えてくれって。どうやらみんな、アキュラさんに”治してもらった体”を持て余しているみたいですよっ」
お父さんも「負けられるか!」って言ってるんですよ、とそのときの事を思い出したのかクスクス笑うアイリス。
その笑顔を見て、俺はフッと短い息を吐いた。
どうやら町の人間も変わりつつあるようだな。よかったよかった。
周りの変化といえばもう一つ。
町の人間による、ストレインへの対応だ。
この半年の間で、数年前の戦争負傷者たちが負っている傷痕ーー主に肉体の欠損などーーのために、俺は義肢や義眼を作った。
もちろんタダでは無いが、後払いという形で、生活が困窮していた人間にも分け隔てなく施したのだ。
俺の作った義肢や義眼は、失った肉体の代わりになるどころか、以前より遥かに突出した能力を手にすることができる。
まあ俺が勝手に、趣味全開でいろいろ組み込んでいるだけなのだが……。
その結果、心に余裕を取り戻した負傷者たちやその家族は、ストレインへの逆恨みを止めた。
それどころか、人間離れした動きを見せるストレインに憧れて再び剣を握る者や、その端正な顔立ちに参ってファンクラブを作る婦人まで現れるほどだ。
なんともまあ都合のいい事だ、と町人に言いたくなるがこればかりは仕方がない。
ドボルグの時もそうだったが、自分の体の一部を失うということは本人にとって相当なストレスに違いない。
心に余裕が無い者は、正しい判断や他人を許容する心も見失ってしまうのだ。
その変化は周りの人間にも影響し、大きな流れを生むだろう。
何かを”憎む”という形をもって。
俺の作った物によって、その流れを断ち切ることができたのだとしたら……。
俺はこれからも、自信を持って工房での仕事に打ち込めるというものだ。
噂によると、俺が作った武器や義肢を手に入れた者の中で数名は、傭兵として活躍したり王国騎士団に入って名を上げた者もいるらしい。
「ごちそうさま、今日も美味かった。また腕を上げたなアイリス」
「やっ……そんな、お父さんに比べたら私なんてまだまだ……。でも、嬉しいです……ありがとうございますっ」
顔を真っ赤にして照れるアイリス。
その首元には、美しい装飾がされた銀のネックレスがかかっていた。
とてもよく似合っている。
「アイリス。それ、フィオーナから貰ったんだったか」
俺がネックレスについて訊くと、アイリスは自分の首筋に手を添えた。
「はいっ。フィオーナさんが持ってなさいって。こんな綺麗な物……私が身に着けてたら変かもしれないですけど……」
えへへ、とはにかむように照れ笑うアイリス。
フィオーナめ。粋な真似を。
自分の指にはまっているリングを見つめながら、下唇を噛んだ。
俺もストレインが帰ってきたら、頼んである素材を使って、日頃からお世話になっているアイリスのために何か作ろう。
それもとびっきりの特別なヤツをな。
俺がひそかにそう考えていると、店の方で呼び鈴が鳴った。
どうやら客が来たようだな。
俺は立ち上がり、工房を通って店になっている端の部屋へ向かう。
後ろからアイリスも付いてきていた。
こういう時でも彼女は俺を手伝ってくれるのだ、ありがたい。
「いらっしゃい。御用は……」
扉を開けて中に入ると、そこには男が一人立っていた。
見るからに冴えない雰囲気を受ける、中年のオッサンだ。
何を焦っているのか、手にした時計をしきりに確認していた。
どこかで見たことのある顔だが……さて、
「あれ? もしかして町長のペルさん……ですか?」
男を見たアイリスが意外な様子で声をあげた。
あー、そうか。思い出した。リュミエの町の町長か。
一度、町で会ったことがある。まだ俺の邪眼工房が気味悪がられていた頃だ。
その時は不審者扱いを受け、注意をされたりしたものだが……。
今更、いったい何の用だ?
「おお、きたか! すまんが君、今すぐ町に来てくれんか」
俺の存在に気付いた町長が、鼻息荒く近寄ってくる。
いきなりなんなんだ? 何があった?
「実は今、町の方にな……王都から貴族の方がお見えになられておるのだ。長旅の疲れゆえ、町の宿泊施設で休んでおられるが……なにやら、町の噂を聞きつけてはるばるこの地までいらっしゃったようだ」
貴族。
この世界で生活を始めて二年近くになるが、今だお目にかかったことのない人種だ。
ストレインによると、あまり良い話は聞かないようだが……
その貴族サマがなんだって?
「だから、王都から君に話があって来たのだという。君の職人としての噂は、遠く離れた王都にまで聞き及んでいるらしい。わざわざこんな辺境の地まで貴族の方に足を運んで頂いたのだ、さっさと山を下りる準備をせんか。これ以上待たせるわけにはいかん」
業を煮やした町長が、苛立ちを隠そうともせず俺に叱責する。
だが俺はその言葉を聞き流し、淡々と町長に告げた。
「断る」
「なっ……! き、君、何を言っているんだ!」
「話があるのならば、そちらから来いと伝えてくれ。何の用かは知らんが、依頼ならこの店の受付口で聞く、とな」
貴族だかなんだか知らないが、偉そうにするんじゃない。
こっちは別に、金に困っているワケでもないんだ。
無理に依頼を受ける必要は無い。
「そんな……! 頼むよ、このままじゃ、私がどうなるか……!」
俺の強硬な姿勢に、慌てふためく町長のペル。
以前、俺をさんざん罵ったのだ。いい気味である。
すると、一連のやり取りを見ていたアイリスが、俺の隣にそっと近寄る。
「アキュラさん。意地悪はダメですよ? いつも私を町まで送ってくれるついでに、ペルさんの頼みも聞いてあげて下さい」
俺の腕を両手で握って、「ね?」とお願いしてくるアイリス。
まったく、本当に優しい娘だ。しょうがないな……。
結局、アイリスのお願いに折れた俺は町まで下りることにした。
町長は、貴族と聞いても物怖じしない俺に、終始冷や汗をかいていた。
しかし、アイリスも大したものだ。
俺への方便としても、貴族や町長の頼みを”ついで”と称する豪胆さ。
アイリス自身も、貴族という人種にはなにかしら嫌悪感を抱いているのかもな。
複雑な世界だ……。
町へ下り、貴族が泊まっているという宿に着いた。
中に入ると、慌てた使用人がすぐに俺たちを部屋まで案内する。
町長が扉をノックする前に、隣にいるアイリスに声をかける。
「大丈夫かアイリス。先に帰っていてもいいが……」
「いえ、私がアキュラさんにお願いしたわけでもありますからねっ。付き合わせて下さい」
そうか、なら一緒にいくか。
そうして俺たちは開かれたドアをくぐったのだった。




