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31:邪眼使い

 バルディロイのハルバートを受け止めながら、こちらを一瞥するストレイン。

 左眼を眼帯で隠したその表情には、こんな状況だというのに余裕が見える。

 どうやら俺の安否を気にしているようだ。


(……情けない所を見られちまったな。だが……助かった、ストレイン)


 ストレインの視線に応えるように、俺はなんとかニッと笑ってみせた。

 ボロボロの格好で何ともカッコ悪いがな。

 俺の無事を確認したストレインは微笑み、押すようにしてバルディロイを弾き飛ばす。

 先ほどから能面のように無表情だったその顔に、初めて動揺なる感情が見えた。


「まったく……。相変わらず僕のいない時に限って自らの身を危険に晒すのですね、アキュラ殿は」


 呆れたようにため息をつくストレイン。

 さすがストレイン、こんな時でも手厳しい。せいぜい反省するさ。


「町の入口で、王都の貴族が来訪したと聞いて様子を見に寄ったら、まさかこんなことになっているとは……間に合ってよかった」

「ストレインさんっ……これは……私がアキュラさんにお願いしてっ……!」

「大丈夫ですアイリス殿。大方、アキュラ殿が喧嘩でもふっかけたのでしょう。流石我が主、肝が据わっているというかなんというか……フフ。後は僕にお任せ下さい」


 言いつつ、アイリスに俺と安全な所まで下がるように伝える。

 突然の乱入者に、事態を静観していたゼクンツが口を開いた。


「お前は……まさか、ストレイン・アスガルドか?」

「いかにも。いつかの夜会で一度、お会いしたことが御座いますな、ゼクンツ公子」


 ストレインは軽く頭を下げ、挨拶をする。

 どうやら騎士時代に面識があるようだな。

 駆けつけたのがストレインだとわかったゼクンツは、口を押さえて「クックッ……」と笑い始めた。


「"あいつ"の言っていたことが本当だったとはな! これ以上の傑作はあるまい! まさかこんな所で生きていたなんて……救国の英雄ストレイン・アスガルド。この『亡霊』め!」


 何が可笑しいのか、下卑た笑い声をあげるゼクンツ。

 その様子は、とても貴族と呼ぶにはふさわしくない下品さだ。

 こっちがこの男の本性なのだろう。

 

「その眼が噂の"魔眼"とやらか? なるほど、そのために今はそこの男に尻尾を振るっているというわけか。随分と堕ちたものだ」


 先程から発動しているストレインの右眼、真紅に輝く魔眼を見て俺との関係性を察するゼクンツ。

 魔眼のことも知っているのか。

 一体王都ではどこまでリュミエの町のことが伝わっているのだろうか。

 

「フ……どうかご容赦下さい、ゼクンツ公子」


 あざ笑うゼクンツに、ストレインは穏やかな声色で返す。

 その涼しげな態度にゼクンツは苛立つように唇を噛み締めた。


「ふん! 相変わらず不愉快な男だ。もういいバルディロイ、さっさとこの愚か者どもを処分しろ。アルカダ大陸での貴族への無作法、その報いをしっかりと刻み込んでやれ」


 ゼクンツの命令に呼応するように、魔力を展開し身に纏う黒衣の戦士、バルディロイ。

 周りの空気が一段と重くなったように感じられる。

 ストレインに訓練をつけてもらっている今だからこそわかるが……

 相当な魔力の質だ。魔力操作による強化値もかなりのものだろう。

 

「クク……コイツは王国闘技場で"狂戦士"として恐れられていた剣闘士奴隷でな……。あまりの暴虐ぶりに闘技場の人間も持て余していた程の野獣、そこを私が買い取ったのだ」


 バルディロイの後ろで勝ち誇ったような顔を見せるゼクンツ。

 確かにこれほどの戦闘力を持つ人間を側に従えているのならば、荒事に対して余裕の態度も頷ける。

 

「ほう……この魔力練度、大したものだ。僕も本気でかからねばな」


 ストレインが関心したように呟いた。

 驚いてはいるが、とても落ち着いている。

 その態度すらも気に入らないといった様子で、ゼクンツが叫ぶ。


「ゆけっ、バルディロイ! ひねり潰してやれ!」


 バルディロイが自身の腕と脚に魔力を集中させていくのがわかる。

 超速度での跳躍、からの鋭い一振り。

 来るのが分かっていても、反応するのは至難の技だろう。


「……人に試すのはこれが初めてだが……悪いが手加減はできん、ゆくぞ」


 今にも飛びかかろうとしたバルディロイの機先を制するように、ストレインは己の左眼を覆う眼帯に手をかけた。

 外した眼帯の下に現れたのは、右眼とは少し違った装飾の、澄んだ翡翠色の瞳。

 その異様なストレインの風貌を意に介さず、バルディロイは跳び出し襲いかかる。

 そして、迫る敵を正面に見据えたストレインがただ一言、告げた。



 僕 を 見 ろ



 その直後、ストレインと目を合わせたバルディロイがその場に倒れ込んだ。

 ストレインの目を見てしまったゼクンツも「カッ……カッ……」と喉詰まった声をあげ倒れる。

 遠巻きに見ていた民衆も、ストレインと目が合った途端にバタバタと倒れていく。


「アイリス、ストレインと目を合わせるな」

「は、はいっ」


 俺はすぐに目をそらすようアイリスに指示する。

 あのバカ、こんな町中で使いやがって。


「あが……か、体が、動かんーー!?」


 ゼクンツが、地に這いつくばりながらかろうじて声を出した。

 何が起こっているのか把握できていないようだ。


 ストレインのあの左眼ーー

 あれこそが俺の作りあげた、魔眼ではない、正真正銘の”邪眼”。

 大陸の東にある渓谷、そこを生息地としている魔物ランク★6、ボボリアンガルーダが好んで使う麻痺魔法、それを利用し組み上げてある。

 さしずめ《パラリシス・アイ》ーー痺縛(ひばく)の邪眼といったところか。

 あの邪眼と目を合わせた者を、強制的に麻痺状態にさせる効果を持つ。

 その効果はストレインが左眼を開けている間、ずっと続くのだ。


 状態異常魔法に対して耐性の高い者や治癒魔法による回復などで効果は薄れる。

 だがあの麻痺効果は、邪眼の機能とストレインの魔力によってオリジナルのそれより威力が増幅されている。

 よほどの者で無いと、動くことすらかなわないだろう。


「ぐっ……ぬぐ」


 痺れる体を魔力で無理矢理動かし、バルディロイが呻きながら立ち上がった。

 だが、完全にレジストできてはいない。

 武器を握る手も地を蹴る足も、今だ痺れて満足に動かないだろう。


「立ち上がるか、やるな。だがロクに動けまい。そこでおとなしくしていろ」


 ストレインは痺れるバルディロイを無視し、ゼクンツの元まで歩み寄っていく。

 

「ぶ、無礼者が! 私に近寄るな!」


 近づくストレインに恐怖を感じたのか、倒れながらもゼクンツは声を荒げた。

 喚くゼクンツの頭を片手で鷲掴み、持ち上げるストレイン。

 至近距離で目を合わせ、淡々と告げる。


「アインシュトルム家、ゼクンツ公子。我が主が貴公に働いた無礼の数々、代わりに僕がお詫び致します。申し訳ありません。……ただ」

「あ……あががッ!」


 ストレインが握った手に力を込める。

 頭を締めつける痛みにゼクンツは顔を歪めた。


「今の僕は王国に身を捧げる騎士でも、目を失い路頭に迷う敗者でも無い。我が主、ウェムラ・アキュラ殿の為だけに振るわれる”剣”ただそれのみ。次、また我が主の身を害するようなことがあれば……たとえゼクンツ公子といえども、命の保証はできません。どうかご了承下さい」


 そうして、ストレインは掴んだ手を離す。

 痺れて体が動かないゼクンツは、無様に地面に叩き付けられた。

 ……あれは痛そうだ。



 その後、ストレインが左眼に眼帯を付け直すと麻痺の効果が消え、体の自由が解放された町の人間たち。

 バルディロイもすぐにゼクンツの元に駆け、その身を抱えた。

 どうやら分が悪いと見て撤退するようだ。


「……『名無し』『亡霊』。お前たち、絶対に許さんぞ。アインシュトルム家に逆らったんだ、必ず身の程を教えてやる」

「……次は……負けん」


 ゼクンツとバルディロイは、それぞれ一言ずつ捨て台詞を吐いて去っていった。

 あれが貴族か……もう二度と関わり合いたくない連中だ。


「アキュラ殿、ご無事でしたか」

「ああ、なんとかな。それよりお前、こんな所で邪眼使っちまって……」


 周りを見ると、麻痺にされていた町人たちの目には、恐怖の感情が窺える。

 当然だ、突然麻痺になった人間からしたら怖すぎる体験だろう。

 せっかく町での信頼を取り戻してきていたのに、バカめ。


「この町中で派手な戦闘をするわけにもいかなかったものですから……つい。それによいのです。僕はアキュラ殿の為ならば、このリュミエの町の人間を敵に回しても構いません」

「バカ野郎。それじゃ俺が困るんだよ……ったく」


 呑気に笑顔を見せるストレイン。

 その笑顔に毒気を抜かれた俺は、ストレインの胸板をドンと叩いた。

 

「ただまあ、よくやった。助かったよ、ストレイン。ありがとう」


 その言葉に心から嬉しそうな表情を見せるストレイン。

 そのあとは、アイリスと一緒に酒場まで行き、傷の手当てを受けた。

 手当てしながら、アイリスは何度も俺に謝っていた。

 俺が貴族を舐め過ぎていただけなんだけどな……すまん。

 

 なにはともあれ、これが俺にとって、この世界に来てからの貴族とのファーストコンタクトなのであった。

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