24:奇妙な来訪者
「あら? 人間が住んでいるのね」
夜の山に響いた艶のある声。
山道を登ってきた何者かがフードを外す。
「山が突然キラキラ光るものだから、気になってつい登ってきてしまったのだけれど……。まさか魔物じゃなくて人間の仕業なんてね」
ライトに照らされて映し出されたその顔。
警戒していた気が緩んでしまうほどの衝撃を受けた。
そこにいたのは美女と呼ぶにふさわしい、超がつくほど端麗な美貌の女性であった。
光の陰影により、纏ったローブに女性的な体のラインが浮かび上がる。
しかし、驚いたのはそれだけではない。
目を引くのは彼女のその両耳。
人間に比べて、長く尖った形状をしている。
これはまさか……あのーー
「貴様、エルフか? なぜエルフがこんなところにいる」
俺の気持ちを代弁したかのように、ストレインが剣先を向けて問う。
エルフと呼ばれた女性は、向けられた威圧感を意に介さず平然と答える。
「大陸を渡って旅をしているだけよ。そんなにカリカリしないでちょうだい」
「物好きなエルフもいたものだ。亜人種はみな人間嫌いで、自分たちの大陸からほとんど出ないと聞いたはずだが」
「たしかに否定はしないけど……種族の総意では無いわ。私みたいな変わった亜人もいるってことで納得してもらえないかしら」
睨み続けるストレインに対して、軽い口調で応じる彼女。
エシュタルワールドにエルフ含めた亜人と呼ばれる種族が存在することは以前にぼんやりと聞いてはいたが、詳しい事情は全くわからない俺はこの状況に戸惑う。
どうやら人間とエルフは仲が悪いようだが……。
「だとしても、こんな夜に何故わざわざ山に登ってきた」
警戒を解く気配の無いストレインが詰問を続ける。
「ついさっきふもとの町に着いたのだけれど、突然山に光が灯ってね……とても綺麗だったから、思わず気になってここまで来ちゃったの。そしたらお店があるなんてね、びっくりよ」
長い髪をかきあげて、エルフの女性は答えた。
そんな仕草一つとっても、妙に艶かしく感じられる。
「ーー信じられんな。我が主の噂を聞きつけて現れた、盗人の可能性もありえる」
「頑固な人間ねえ。まあ今のエシュタルじゃ仕方ないのかもしれないけど……」
やれやれと溜息を漏らすエルフの女性。
すると、今まで静観していた俺の方を向き、気怠げに声をかけてきた。
「ちょっとぉ、アナタがこの偏屈なナイト君の主なの? あなたからも何か言ってあげてくれないかしら」
突然話を振られた俺は少し考える。
隣ではストレインが「なっ、だ、誰が偏屈だ!」と喚いていた。
見たところ、そこまで悪い人じゃなさそうだよな。
もちろん、何かしらの思惑を隠しているような雰囲気を感じるのは確かだ。
山を一人で登ってきたことから、その実力も未知数である。
怪しいっちゃ怪しい。
だが、こちらに危害を加えたりするような敵意は見受けられない。
本当に興味本位で山を登ってきたという感じだ。
とある大陸に集まって暮らしているらしい亜人と人間の確執などはわからないが、少なくともこのエルフ個人ならば多少は信用してもいいだろう。
それに……こんな美人、町でもそうそうお目にかかれない。
エルフは皆美しい、とは前世でもよく聞く創作物の定番だったが、まさか本当だとはな。
一度落ち着いて話を聞いてみようじゃないか、ぐふふ。
下心はないぞ。
俺はストレインとクマ吉に、剣を下ろし魔眼を解くよう伝えた。
「いや、失礼した。この山道はさっき完成したばかりでな、突然人がきたもんだからこちらも驚いてしまった。剣を向けたことは謝る」
「あら、話の分かる人間ね。いいのよ、いきなりで私も悪かったわ」
「お詫びといっちゃなんだが、よかったらお茶でもどうだ? ついでに、ウチの工房も見ていくといい」
「それは素敵なお誘いね。お言葉に甘えようかしら」
両手を合わせて、わーいと喜ぶ彼女を連れて小屋へ向かう。
ストレインは何か言いたそうだったが、剣を鞘に収めた。
「私の名前はフィオーナ。さっきも言ったけど、エシュタルの各大陸を旅して回っているの。気軽にフィオと呼んでくれてかまわないわよ」
「俺はウェムラ・アキュラだ。アキュラでいい。まあ見ての通り、山の上に工房をかまえている。依頼さえあれば、なんでも作るぞ」
居間に座って、お互い自己紹介だ。
フィオーナと名乗ったエルフの彼女は、俺の淹れたツルタケ茶(緑茶風)を片手に、興味深そうに部屋の中を観察している。
俺はかまわず続けた。
「後ろにいるのがストレイン。さっき外にいた魔物がフォレストクロウベアのクマ吉だ。どちらも俺の大事な仲間だ、よろしく頼むよ」
壁に背を預け、腕を組んで立っていたストレインがフィオーナの方を向いた。
「……ストレインだ。先程は失礼した。だがもしアキュラ殿に何かしたら、僕は容赦しない」
「ふふ、威勢がいいのね。まあ肝に銘じておくわ。それにしても、ストレイン……か。私の記憶が正しければ、アナタのその名は別の大陸でも耳にしたことがあるくらいには有名なのだけれど」
「……昔の話だ。今はアキュラ殿の為だけに仕える、ただの”剣”にすぎない」
そう言い放ち、ふいっと横を向くストレイン。
その言葉に、フィオーナは少々驚いた素振りを見せた。
ストレイン、なんか機嫌悪いな。
エルフに対して嫌な思い出でもあんのかな。
俺が何気なく考えていると、しばし黙りこんでいたフィオーナが口を開いた。
「”あの”ストレインを従者として仕えさせ、本来は私たち亜人のみが得意とする魔物の隷属・使役を行う……。けれどそんな人間、どこの大陸でも噂一つとして聞いたことが無いわ。アキュラ、アナタかなり興味深く、面白い……そそられる方ね」
フィオーナが体を机に乗り出すように、俺の瞳をのぞきこんでくる。
まるで何かを探り出そうとするかのように、ねっとりとーー
「あ、いや、そ、そんなことないぞ」
こんな美女に妖しく見つめられたら、緊張してキョドってしまうじゃないか。
お茶の誘いはすんなりいったが、俺としてはそこが今の限界だ。
このままじゃ俺がDO貞だとバレてしまうぞ。
話題を、流れを変えねば……!
「そうだフィオーナ、工房内も案内しよう。もっと面白い物が見られるかもしれないぞ」
「あら、まだ楽しませてくれるの?」
慌てたように立ち上がってしまった俺(しまった!)は、居間の奥にある工房への扉へと向かった。
フィオーナとストレインも、そんな俺に続く。
「……何を企んでいる? 悪巧みは貴様たちの得意技だろう」
「なにも? 疑り深い人間ねえ、そんなんじゃモテないわよ? それより私は、アナタのその右眼の方がよっぽど気になるわね。それについても教えてくれるのかしら」
「ふん……アキュラ殿は慈悲深い御方だ。貴様にも教えてくれるだろう、感謝することだ。それと……モテないは余計だ」
後ろで二人がぼそぼそと何か喋っていたが、気にはせず工房へと足を入れた。
「どうだ? ウチの邪眼工房はなかなか”そそる”だろ?」
工房内を一通り案内した俺は、作業台に座った。
フィオーナは俺の説明を聞きながら、工房の中にある作りかけの物や魔物の素材などを興味津々に触ったりしている。
「……ええ。とっても素晴らしいわ! まさかこれほどの技術と発想を持った人間がこの世に存在するなんて。私の見聞の旅も、まだまだね」
大げさに首を振り、自身を省みる様子のフィオーナ。
各地を旅している彼女にそう言わしめるほどなのだから、俺の作る物も大したもんだ。
少しくらい調子に乗ってもいいだろう。
俺が椅子に座りながらニヤニヤしていると、フィオーナが近づいてきた。
「特にアナタの開発した邪眼、いえ魔眼だったかしら。とんでもないわね。革新的な発明といっても過言ではないわ。とてつもなく素晴らしい……そしてーー恐ろしい」
ストレインの右眼を指さしながらフィオーナが呟く。
恐ろしい……か。
たしかに魔物に寄生される前提の”邪眼”は、ハタから見たら気味が悪いのだろうな。
まあこればかりは仕方ない。
フィオーナの恐ろしいという言葉を、気持ちが悪いからだろうと受け取り考える俺。
すると、フィオーナが俺の側に来て、突然体を寄せてきた。
ーー!?
ストレインが向こうで「貴様、離れろ!」と騒いでいる。
「ねえ、アキュラ。もしよかったら、今日一日ここに泊めて頂けないかしら。明日、アナタの仕事ぶりを近くで見学させて欲しいの」
椅子に座る俺の後ろから、かがむようにして密着してくるフィオーナ。
あ、いい匂いがする……。
それと、なにか背中に当たってますけどーー!?
「もちろん、お礼はするわ。あなたが満足するような、すごいもの。それでも……ダメ?」
耳もとで囁かれる甘い声に、ぞくりと体の芯が震える。
頭の中がクラックラしてきやがった。
俺は落ち着こうと必死になって図鑑のメニューを開いては閉じるを繰り返す。
いきなり泊まるだと? 一体何を考えているんだこの女は!
それに満足するようなお礼って、おいおい。
……まさか、そういうことなのか?
俺に、惚れた?
魔法使い特有の短絡的思考で結論を得た俺は、なんとか返事をかえす。
「わ、わかったフィオーナ。今日はゆっくりしていくといい……!?」
言うや否や、後ろから凄い勢いで押された俺は椅子から転げ落ちた。
「わーいやった! ありがとうアキュラ。それじゃ、悪いけれどベッドは使わせてもらうわね。あ、アキュラたちはどっか違うところで寝てちょうだい」
おやすみ、と楽しげに居間に戻っていった彼女の背中を俺はただただ見送る。
工房には俺とストレイン、二人だけが残された。
シーンと静寂に包まれる工房。
ストレインが俺の方をジト目で見ている。
……どうせこんなオチだと思ってたよ、俺は。
受けたショックをごまかすように内心では強がり、床に伏せる俺。
さすがにストレインも手を貸してはくれなかった。
その日は結局、工房の作業台で寝た。




