22:繁栄の兆し
ある昼下がり、工房内に「ヴァヴァヴァヴァ」と魔物の声が鳴り響いた。
その声を聞いて一旦作業の手をとめた俺は椅子から立ち上がり、正面の壁に向かう。
そして声の発生源であるコウモリのような形をした物体に近づき、そのお腹の部分に埋め込まれている赤い結晶を指で押した。
「うーい、ウェムラ邪眼工房です」
『おー、アキュラさん。またアキュラさんを紹介して欲しいってお客さんがウチに来てるぞ!』
コウモリの口から町にいるはずのドボルグの声が響いた。
これは仲間同士で長距離間でも意思を取り合うことができる★1の魔物、スケイルバットの特性を利用して俺が作ったものである。
まあ、電話みたいなもんだな。
魔物の声帯を介しているため、声が少し濁るのが欠点だ。
「了解。明日の昼、そっちに向かうよ。」
『わかった。お客さんにはそう伝えておく! アキュラさんが店に来るなら、アイリスも喜ぶだろうぜ』
「ハハ、いつも悪いな。今も店の仕込みで大変だろう」
『遠慮はいらねえよアキュラさん、そういう約束だ。それにアキュラさんとの仲介役っつーことで、店に来る客だって増えてる。こっちとしちゃ願ったりだ』
通話器の向こうでガハハっと大きな笑い声が聞こえてくる。
どうやらうまくやっているようだな。
ドボルグに依頼の仲介を頼んでよかった。
それにこのコウモリ型通話器も機能しているようでなによりだ。
ちなみにこの世界、電話のような物が存在しないわけでもない。
どうやら魔晶石と呼ばれる特殊な鉱石が存在しており、魔力を通すと離れた相手に意思を飛ばすことができるという代物だ。
この世界の人間は、その石を使って遠く離れた人間とやり取りをしているらしい。
しかしその魔晶石は稀少なものらしく、軍や貴族の間でしか普及していないようだ。
(この電話コウモリ、大量生産して安価で町の人間に卸せば結構な商売になりそうだな……)
ドボルグの店と連絡をとるために作ったこの通話器。
今は計2台しか無いが、電話番号のような個体識別機能もつけて、町の各家に設置すればーー
なんてことを考えながら、ドボルグと世間話などをして過ごした。
ドボルグに義手を届けてからひと月ほど経つ。
町の情報や依頼人との窓口など、彼には色々と世話になっている。
これからも良い関係でいたいものだ。
その後、通話を終えた俺は工房から出た。
居間を通り、そのまま外に出る。
ストレインとクマ吉の様子を見にいこう。
そう思った俺は、とりあえず近くの水汲み場に向かい山を下り始めた。
「おつかれさん。調子はどうだ?」
小屋から山を少し下りたところで、ストレインは見つかった。
ストレインは俺が作った工具を手に、作業に励んでいた。
俺を見て手を止めたストレインに汲んできた水を渡す。
ストレインは「ありがとうございます」と言いながらグイッと水を飲んだ。
「山道の整備、完了まであと少しといったところですね。今日中には終わるかと」
「早いな、さすがだ」
「ええ、帰ってから今まで大してお役に立ててなかったですからね。もう怪我も治りましたし、全力で作業するのみです」
そう言ってニカッと爽やかな笑顔を見せるストレイン。
その額に流れる汗すらも眩しい。
こいつはいつでも一生懸命だな。
俺も見習いたいもんだ。
本当はもっと休ませても良かったが、ストレインが頑として聞かなかった。
まったく、プライドの高いやつだ。フフ。
だがこれで山のふもとから工房に繋がる、人が通れる道ができる。
そうすればわざわざ俺やストレインが町に下りる手間なども減るだろう。
もちろんドボルグを通して仲介された依頼は優先するつもりだ。
「そういえばストレイン、クマ吉はどこにいるか知らないか?」
「クマ吉殿ですか? 先程、訓練の場にいるのを見かけましたが」
「そうか、サンキュー」
作業を始めたストレインに手を振りその場を後にする。
近くにある木々の開けた場所、ストレイン達が訓練の場と呼んでいる方向に俺は向かった。
少しして着いたその場所にはクマ吉がいた。
ただしクマ吉だけではない。
クマ吉の同族であるフォレストクロウベア、その魔物たちが大量に集まっていた。
俺に気付いたクマ吉がウォウと吠え、近くに駆けてくる。
こちらに近づいてきたクマ吉には汲んできた水を全身にかけてやった。
気持ち良さそうにブルルっと体を震わせるクマ吉。
だが後ろに控えているフォレストクロウベアの集団は、微動だにしなかった。
「おー、よく統率がとれているな、クマ吉も大したもんだ」
クロウベアの一団を見た俺は、感心の声をあげた。
ストレインが現在作業している工房までの山道。
山道の途中で魔物に出くわす危険性については、クマ吉に任せることにした。
義手を作ってた時にクマ吉の姿があまり見えなかったのだが、なんと山にいるクマ吉の同族、フォレストクロウベアたちをシメてボスになっていた。
なんてやつだ、番長かよ。
俺の狩りを手伝い左眼には魔眼を付け、特にストレインの訓練によく付き合っていたクマ吉は、もはや本来のランク★2の魔物とは一線を画しているらしい。
そのクマ吉率いるクロウベア集団が、山道周辺を魔物から持ち回りで警備するというのだ。
にわかには信じがたい話ではあるが、クマ吉がやると言っている以上任せてみたいと思う。
他のフォレストクロウベアたちがどこまでクマ吉に従うかは現状定かでは無いので、さすがに始めのうちはストレインにも監視を頼むつもりだが、安全性が確認でき次第クマ達に一任する。
クマ吉も警護の訓練を徹底すると言っていたので信用していいだろう。
ん? クマ吉はしゃべれないぞ、当たり前だ。
でもクマ吉の気持ちは俺には手に取るようにわかるのさ、へへっ。
警護にあたって何か必要なものがあれば、すぐに俺に伝えるように言ってある。
今は何も必要ないようだが、鎧や武器などはいくらでも作ってやれる。
いずれは俺特製の武器を手にしたフォレストクロウベアたちが、山を登る人間を守る姿が見られるのかもしれない。
俺とクマ吉の絆があってこそできる、奇跡のような光景だろう。
それからクマ吉への挨拶もそこそこに、訓練の場を後にした俺は工房に戻った。
作業台の椅子に腰をおろし、現在抱えている依頼の製作作業を始める。
ストレインやクマ吉も頑張っているんだ。
俺もちゃちゃっと終わらせてしまおう。
ウェムラ邪眼工房は順調だ。
ここ一ヶ月ほどの間にある程度町人からの依頼を受けたりこなしたりしている。
農民の使う農具の修理・改良や、家庭で使う便利な調理器具の開発。
旅に出ようとしている依頼人が扱える護身用の武器。
材料が足りないので保留中だが、ドボルグの義手を見て訪れた依頼人の義肢製作。
そしてまだとりかかってはいないが、魔眼の依頼も一件入っている。
始めのうちは魔物のみで作られた物を見て、金を返せと喚く奴もいた。
お気に入りの器具が修理されるだけかと思いきや、魔物の素材で改良された姿で返ってきて泣き出す婦人もいた。
だがどんな客も実際に使ってみたら、その素晴らしい出来映えに文句も言わなくなった。
さらには周りに見せびらかし、オーダーメイド品であることを自慢しているようだ。
(ドボルグから聞いた話では、邪眼工房の信用性が町の中で徐々に広がりつつあるらしいな)
嬉しいことだった。
俺とストレイン、クマ吉で始めたこの工房は、今やリュミエの町の人間に認められつつある。
努力が報われた思いで、俺の胸は熱くなった。
だが心配事もある。
それは町の外の問題、アルカダ大陸全土に関わることだ。
(大陸間の国同士による戦争、貴族と庶民の身分・貧困の格差、そして……ストレインを襲ったという王国騎士団)
どうやら俺が思っている以上にこの地は問題があるようだった。
町で噂になっている俺の製作物がいつか、大陸に大きな影響を与えるかもしれない。
それだけの物を作っている自負はある。
このまま好きなようにものづくりをしていて大丈夫なのか?
俺に一抹の不安がよぎる。
それにストレインには強く注意されている。
コルダ王国には気をつけろと。
数年前まで渦中にいたストレインの言葉だ、肝に銘じておく他ない。
俺はどうするべきなのだろうか……。
ま。
考え過ぎてもしょうがないけどね。
俺は作業の手を動かしながら、真剣に考えるのを止めた。
不確かな可能性に怯え、やりたいことへの手を止めるなんてアホらしい。
なるようになれ、だ。
対処はそれから考えればいい、俺にはストレイン達も付いている。
そうして手にしていた工具を置き、付いた粉をフッと息で飛ばす。
気付けば夕暮れ時になっていた。
そろそろストレインたちも帰ってくる、飯の準備をするか。
俺は完成した依頼品を机に置き、居間に向かった。




