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19:ストレインの任務遂行記(後編)

 一団の先頭、弓を手にした男が覆いを外す。

 無精髭のよく似合う、髪を上げ鋭い目つきをした男が素顔を晒した。


「どうしてお前がこんな所にいるんだァ? ストレインの坊ちゃんよお」

「……!! 貴様は、ワイル・D・ロビン!」


 ストレインは嫌な予感の正体に思い当たった。

 町が王国に討伐要請を出したことは宿屋で聞いていたが、まさかこの男が来ていたとは。

 一帯に魔物がいないのも、この男の仕業だろう。


 ワイル・D・ロビン。

 コルダ王国騎士団遊撃隊隊長、別名「射殺す暴威」ワイル。

 弓の扱いに関しては彼の右に出る者は存在せず、ワイル率いる遊撃隊は戦場において中・遠距離に優れた部隊として名を馳せている。

 ワイル自身、白兵戦も得意であり、個としての戦闘力は全盛期のストレインとほぼ同等であった。

 今やコルダ王国の主戦力を担う一角だ。 


 だがワイル本人の気質は、清廉さや潔白さとは無縁である。

 見境なく敵を罠にかけては嬲り殺し、時には味方もろとも矢で射抜く。

 その残虐性は、敵だけでなく味方からも恐れられていた。

 それでもその強さから、王国に重宝される存在となっている。

 色々といわく付きの人物だった。


 なによりストレインにとって不気味だったのが、自分が目を失う直前までワイルが団内で実力をひた隠しにしていたことだ。

 騎士団在籍中に訓練で何度か手合わせもしたが、動きは並程度といったところ。

 遊撃隊に所属する一兵士であり、その気配を微塵も感じさせなかった。

 ワイルがその後に起きた戦争で活躍し、名を上げたと聞いたのはストレインが目を失い王都で絶望に明け暮れていた時である。

 それと同時に、戦争で命を落とした先代に代わりワイルが遊撃隊隊長になったことや殺戮を楽しむ残虐な男であることも伝わっていた。



「おかしいよなァ。戦争の引き金を引かせた大罪人が、なんで砂漠で魔物狩ってんだ? あぁ、すまん、大罪人とは言っても、別にお尋ね者ってワケじゃあ無かったか。ハハハ」

「……貴様ッ!」


 ストレインはワイルを強く睨みつける。

 だが、ワイルは狡猾に嘲笑するだけで、目を合わせようともしない。


 ワイルの言う戦争の引き金。

 しかしそれが奴の言う通り、自身が原因の一つであることをストレインは認めざるを得なかった。


 アルカダ大陸コルダ王国と、コルビニア大陸ヴァレンティン王国。

 2年以上も前に、この2国による大陸をかけた大戦争が起きた。

 侵攻したのはヴァレンティン王国。

 そのきっかけは、コルダ王国の軍事バランスが大きく揺らいだ事によるものだった。

 

 当時のコルダ王国の持つ主戦力は大きく二つ。

 世界に十人しか存在しない、魔術師の更に上、「十魔帝」の称号を与えられた魔法使い。

 その内の一人を王国が抱えていた。

 そしてもう一つ。

 コルダ王国が誇る王国騎士団。

 その中でも特に抜きん出た存在であった、当時の白兵隊隊長。

 ストレイン・アスガルドであった。


 ある事件を原因に、ストレインが戦闘不能になったことを知ったヴァレンティン王国が、今が好機と攻めてきたわけである。

 その侵攻も、コルダ王国が抱える魔帝と、実力を隠していたワイルの活躍で失敗に終わるのだが。

 ストレインの失脚が戦争を招く原因になったことは、明らかな事実であった。


 だからといって、暗殺の被害者であるストレインを責めるのは酷という他ない。

 だが今だに、アルカダ大陸各地の町や村では、戦争負傷者たちによる半ば逆恨みのような感情をストレインは受けていた。



「しかし面白いこともあるもんだ。任務とはいえ、こんなつまんねえ砂漠くんだりまで来て魔物狩りなんて退屈で仕方ねえと思っていたところに、王都からみじめに逃げ出した元王国騎士団白兵隊隊長さんに会うなんてなァ。教会での礼拝はかかさずするもんだぜ」

「……黙れ。任務が済んだのなら、さっさと王都に帰還したらどうだ」


 ワイルの挑発的な発言に、ストレインの語気も強くなる。

 それを受けたワイルは、わざとらしく溜息を吐いた。


「つれねえなあストレイン。オレはお前の代わりに、戦争でアルカダの危機を救った英雄なんだぜ? 感謝くらいしてくれてもいいだろうがァ」

「……ぐっ。その事に関しては……くっ……感謝している、ワイル・D・ロビン」


 ストレインが悔しさを押し殺した様子で、頭を下げた。

 それを見たワイルは笑い叫ぶ。


「つまんなくなっちまったなァ、ストレイン! 昔のお前は、もっとギラギラしていたぜ、まったく。……ふん、お前をからかうのも飽きたな、もう行っていいぞ」


 ワイルの偉そうな上からの物言いに、ストレインは無言で背を向けた。

 リュミエの町で、主が待っているのだ。こんなところで無駄話をしている暇はない。


 少し離れてから魔眼を発動させようと歩き始めたストレイン。

 すると、後ろからワイルが声をかけた。

 

「あァ、ちょっと待てストレイン。最後に一つ、聞きたいことがある」


 ワイルの言葉に、振り向きはしないがストレインは足を止めた。

 

「お前、ケガしたのは片目だったか? オレの記憶では、たしか両目とも使い物にならなくなっていた覚えがあるんだがなァ」

 

 ワイルの質問に何も答えないストレイン。

 すると、さきほどまでヘラヘラしていたワイルの口調が、静かなものに変わった。


「……その眼はどうした」


 その言葉を聞いた直後、ストレインは全身が総毛立った。

 周りの空気が突如、恐ろしいほどの殺気に包まれたのだ。

 

 瞬間、ストレインは右眼に魔力を送り込む。

 そして急旋回、恐ろしく速い踏み込みで後ろから斬りかかっていたワイルの長剣を骨剣で受け止めた。

 ギャリギャリと刃同士が擦れ合う。


「お前らァ! こいつを囲め。ここから逃がすな!」


 ワイルの指示に、周りの兵士がストレインを取り囲む。

 遊撃隊はもはやワイルの私物化。兵士たちは善悪関係なく、ワイルの指示を忠実に守る。


「何のつもりだっ! ワイル!」


 ストレインは叫ぶ。

 油断ならない相手だと警戒していたが、まさか斬りかかってくるとは。


「その右眼、そんなものこの大陸では見た事がない。上流階級のバカ共が使う、装飾品としての義眼とは遥かに物が違う。どうやら視界も繋がっているようだなァ。それにこれは……まさか竜法か?」


 至近距離で、なめるようにストレインを観察するワイル。

 ストレインの体から溢れる光を見て、ワイルは驚いた。

 人間が魔物の特性をその身に宿すなんて、聞いたことがない。


「ストレインお前、どうやらとんでもなく面白い人間と繋がりがあるようだなァ。ここで洗いざらい吐いていけや」

「断る!」


 ストレインは剣を鋭く横薙ぎに振るうが、ワイルは身を屈めなんなくかわす。

 そのままの姿勢で、ストレインの顔目がけて長剣による刺突を繰り出したが、ストレインは首を横にそらした。

 ワイルの剣先が空を切る。

 だが、時間差で出していたワイルの左拳が、ストレインの腹に直撃していた。

 魔眼の効力で、竜の皮膚ほどの硬さに変化しているはずの肉体に、なおダメージを与えるほどの衝撃だった。


「……がっ」

「てめえ、なめんなよ坊ちゃん。昔ならともかく、今のお前がオレに勝てるわけねえだろうが」


 魔力で全身を強化し、人間離れした速度と威力で攻撃を繰り出してくるワイル。

 とはいえ、魔力+竜法で強化した状態のストレインの方が、本来であれば有利なはずだった。

 だが、ギガロックワイバーンとの戦闘による魔力消耗もあり、なにより戦闘技術においてワイルはストレインを圧倒していた。

 白兵戦が得意だったはずのストレインが、弓兵のワイルに負かされるほど、現時点でのストレインの剣技は落ち込んでいる。


 その後、幾度となく襲いかかるワイルの攻撃を、ストレインは受けきるので精一杯だった。

 

(魔眼が無ければ、とっくに死んでいる……! なにが吐けだ、この男、僕を殺す気満々じゃないか)


 ストレインは現状の不利を打開できず、焦っていた。

 ワイル・D・ロビン。その強さは本物だ。

 魔力も残り少ない。このままでは確実に負ける。

 全力で逃げようにも、周り一面を囲む大量の兵士たちに少しでも手間どれば、ワイルに背後から狙撃される。

 この状況でその全てを捌ききる自信は無い。

 捕まって情報を吐かされ、この男のことだ、最悪拷問されて殺されるだろう。


 だがそれはダメだ。

 ストレインは工房で待つアキュラの顔を思い浮かべた。

 主からの任務を果たせぬまま、無惨に散る。

 それだけは許されない。


 骨剣を握るストレインの手に力が入る。

 ストレインは覚悟を決めた。

 




「もうお終いかァ? ならさっさと寝てろや」


 ワイルの強烈な回し蹴りを喰らい、少し離れた場所にストレインは吹き飛ばされた。

 そしてワイルが剣を弓に持ち替え、ストレインに狙いを定める。

 ストレインは剣を構えながら、ゆらりと立ち上がった。

 

「両足を射ち抜けばおとなしくなるだろ。じっとしてろよぉストレインちゃん」


 ワイルが獲物を狩る目つきで、舌なめずりしながら弓を絞る。

 とそこで、周りの空間に突然吹き荒れ始めた強風に気付いた。

 これは一体……?

 見ると、ストレインの持つ剣から凄まじい風が発生しているようだった。

 そしてストレインが、その剣を地面に向かって振り下ろした。


「エアブレイク!!」


 剣から放たれた暴風の衝撃波は、爆発したかのように地面で爆ぜた。

 辺り一面に砂煙が巻き起こり、衝撃の余波で周りを囲んでいた兵士達が吹き飛ぶ。

 

「……ぬう! クソ!」


 巻き起こる旋風の余波をその場で耐えたワイルが、忌々しげに舌打ちする。

 



 徐々に引いていく砂埃と兵士たちの混乱。

 完全に視界が晴れた頃には、そこにストレインの姿は無かった。

 地面には抉りとられた巨大なクレーターが一つ。


 ワイルはそれを見て、ニヤニヤとうすら笑いを浮かべた。


(あれだけ至近距離で衝撃を受けてんだ、ストレインもただでは済まないだろうなァ。まあ、今回は見逃してやるか、クク。意外と根性見せるじゃねえか坊ちゃん)


 ワイルは剣を鞘に収め、弓を肩に担いだ。

 兵士たちに撤退命令を出し、すぐに準備を始めさせる。


 そしてワイルは、今日見た未知の物体に思いを馳せた。

 

(ストレインの右目と、あの骨剣。ありゃあ、本物だ。とんでもない力を感じた。)


 ワイルは2つの武器を思い出し、思わず口から本音が溢れる。


「……ほ、欲しいぃ〜、アレ。欲しいぜぇ、ククク」


 悪魔のような邪悪な笑みを浮かべるワイル。

 それを見た兵士が、ビクリと怯えていた。




 ーーあいつの故郷はたしかリュミエだったな。

 そんなことを思いながら、ワイル一団は王都へと帰還したのだった。

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