18:ストレインの任務遂行記 (前編)
リュミエの町、その北門入り口。
町から外に出てある程度歩くと、ヘヴンズドアと呼ばれる北の山に差し掛かる。
この山を越えた先、大陸が広がっているのだ。
ストレインは今、北の山のふもとにいた。
背中には魔物の皮で作られた背負い袋、つまりリュックサックを背負っている。
(アキュラ殿より手渡されたリュックなるもの、なかなか背負い心地が良い)
背にかかるわずかな重みを感じながら、感触を確かめる。
腰に差したアキュラ殿自作の骨剣・テツサイガリバーも問題ない。
旅の準備中、アキュラ殿から使ってくれと渡されたものだ。
「では、ゆくか」
ストレインは目を閉じて、体内で魔力を高める。
その魔力を全身に覆うように纏い、維持する。
それと同時に、自身の右目にも魔力を送り込んでいく。
(アキュラ殿には10日以内と見栄を切ったのだ。最初から全力でいかねば間に合わないだろう)
次第にストレインの右目は赤光し、体からは光の粒子が溢れ出てくる。
竜化の魔眼による、竜法が発動したのだ。
ストレインの肉体は今、普段とは比べ物にならないほど強化されている。
竜種と同等の力を得ていた。
そうして、ストレインは足に力を込める。
ストレインにとって、竜法状態で長距離を移動するのは初めてのことである。
未知の期待を胸に、思い切り地面を蹴り跳ね、走り始めた。
ーーーーーーうおっ。
思わず、ストレインの口から、らしくもない声が漏れる。
数分前まで山の前にいたはずなのに、すでに下山し、大陸の平野を駆けていた。
周りの景色があっという間にストレインの視界を流れていく。
しかし、足への負担は一切感じられない。
ストレインは己の現在の状態に、驚きを隠せなかった。
(竜種といえど、竜法とはこれほどまでに強化されるものでは無かったはず。ましてや、この魔眼のベースは、僕の知る竜種の中でも弱少な雑種竜コドモドラと聞いた。これでは、あまりにも別物すぎる)
となると、これはアキュラ殿の作り出した魔眼の効力なのだろう。
どんな構造なのか詳しくは聞かされていないが、どうやら発揮される魔物の特性を増強する効果があるようだ。とんでもない代物である。
もし、コドモドラよりも遥かに格上の竜、特に、ある大陸では悪魔と恐れられているレギアス系統の竜種を素材にしたら……。
ストレインは、この邪眼、いわく魔眼を作った主の顔を思い浮かべる。
(あの人は一体何者なのだろうか。創り出すものはそのどれもが規格外、もはや人智を越えている。神か、はたまた悪魔か。いずれにせよ、僕の理解を越えた領域に存在しているのは確かだ。その正体が気にならないと言えば嘘になる。だがーー)
ストレインは走りながら目の前に広がる景色を、そして空を見上げた。
世界が広い。
目が見えるというのはこんなにも幸せなことだったのだ。
ストレインにとって、ウェムラ・アキュラの正体が例えこの世界に災厄をもたらすような恐ろしい存在であっても、一向に構わなかった。
一生をかけてでも恩を返す。
あの人のために、この剣をふるうのだ。
それほど、ストレインにとって、アキュラから与えられたものは大きかった。
(余計な詮索はもうしない。僕はあの人の剣、ただそれだけで十分だ。だからこそ今回の任務、必ず命令通り遂行してみせる!)
ストレインはさらに魔力を練り上げた。
森を抜け丘を越え、ひたすら走り続ける。
狩るべき獲物を求めてーー。
出発から7日目の朝。
ストレインは、とある町の宿屋にいた。
背中に背負ったリュックの中は、パンパンに膨らんでいる。
(さすがに魔力が尽きかけるまで毎日全力疾走を繰り返すのは疲れる。回復しきれて無い状態でのワイルドシャークとの一戦、少し肝を冷した。気をつけねばな)
だがこれでほとんどの素材が集まった。
予定以上に早く進めている。
この任務も、次のギガロックワイバーンが最後である。
並の兵士では歯が立たない程強力で危険なモンスターとして大陸では恐れられているが、騎士時代には楽に倒している魔物である。
今の衰えた自分ならば苦戦は免れないが、魔眼もある。倒せない相手では無いはずだ。
この町から砂漠地帯はすぐ近く、さっさと済ませてしまおう。
ストレインが清算を終え、宿屋から出ようとした時、店主に声をかけられた。
「おい旅の兄ちゃん。最近、砂漠の方で魔物が異常発生してるらしい。町から王国騎士団へ討伐要請が出たみたいだが、今はまだ危ねえから砂漠には近寄らない方が身の為だぜ」
「ご忠告、感謝致します」
ストレインは頭を下げ、町の外に向かった。
砂漠対策の準備は、この町でもう済ませてある。
魔物の異常発生か……ちょうどいい。
アキュラ殿に言われた通り、魔物狩るべし、だ。
竜法による疾走で、あっという間に砂漠に入ったストレイン。
ギガロックワイバーンは普段、適当な岩場に擬態している魔物。
だが、砂漠地帯の空を牛耳るだけあって体も大きく、5メートル程はあるか。
砂漠の中、擬態していても分かりやすい。
ストレインはさっそくそれらしい岩の巨塊を見つけ、戦闘に入った。
擬態状態を解き、その大きな岩の翼を広げ、戦闘態勢に入るギガロックワイバーン。
ストレインも魔眼を発動させたまま、骨剣を正面に構えた。
ワイバーンの翼がゴトゴト動き出し、鋭く尖った岩柱がストレイン目がけて飛んだ。
大量の岩柱はまるで雨のようにストレインに降りかかる。
魔眼発動状態のストレインでも、まともに喰らえば致命傷になりかねない。
ストレインは右足に力を込め、ワイバーンの懐に向けて跳躍する。
魔眼により強化された踏み込みは、降り注ぐ岩の雨を掻い潜り、瞬間移動したかのような速さでワイバーンの前に着地した。
ストレインはそのまま上に跳び上がり、ワイバーンの胴体目がけて袈裟斬りを繰り出す。
だが、ワイバーンの体を覆う岩に傷が付いただけで、本体にダメージは無かった。
(ーーふん。岩も切れないほど鈍っているとは。僕の剣技も、もはや見る陰も無い……か)
ワイバーンの噛み付きを上空でかわし、着地したストレインは一歩二歩と距離をとる。
わかっていたこととはいえ、ストレインは自虐的にならざるを得なかった。
実戦で強敵を相手にしての、自身の剣の衰えは致命的だったのだ。
だが、ワイバーンを前にしたストレインの顔に、悲壮感は微塵も感じられない。
(この戦いで勘を取り戻すしかない……岩を斬れなければ死ぬのは僕だ。これはアキュラ殿からの試練、なんとしてでも超えてみせる!)
笑みをも浮かべて再度突撃するストレイン。
相手に何かただならぬ気配を感じたのか、ギガロックワイバーンは翼を羽ばたかせ上空に急飛翔した。
そしてそのまま上空から、灰色のブレスをストレインに吐き出した。
(これは……ストーンブレス!)
地属性の魔法だ。
触れたものを石化させる効果を持つ。
喰らえばひとたまりもない。
人間では限られた者しか扱うことのできない魔法だが、魔物は別だ。
持って生まれた体内器官によりその種族特有の魔法を生成し、詠唱無しのノータイムで放ってくる。
魔物が恐れられる要因の一つだ。
ストレインは全力でブレスから遠ざかる選択肢を選ぼうとしたが、思いとどまる。
このまま上空からの攻撃をかわし続けていても、埒があかない。
突破した上で、叩き伏せるのみ。
ストレインは剣を頭の上、上段に振りかぶり構える。
だが昔ならいざ知らず、今の自分には降りそそぐブレスを斬り裂くことはできないことをストレインは分かっていた。
(今の僕は弱い……しかし、僕にはアキュラ殿の作った武器がある!)
ストレインは手にした骨剣・テツサイガリバーに魔力を込める。
その瞬間、ストレインはズズッと魔力が吸い取られる感覚を受けた。
すると突然、刀身から凄まじい暴風が吹き荒れ始める。
ストレインはそのままワイバーンに向けて剣を振り下ろした。
これがアキュラ殿の仰っていたーー
「エアブレイク!!」
荒れ狂う風の衝撃波がストレインの剣から放たれる。
衝撃波はストーンブレスを掻き消し、そのままワイバーンの片翼に命中した。
翼の岩がボロボロと剥がれ落ち、ワイバーンは地面に墜落。
しかし、片翼にダメージを与えたのみで致命傷とはいかなかった。
だがストレインにはそれで十分だった。
飛べなくなったワイバーンに向かって急接近するストレイン。
怒り狂うワイバーンの岩攻撃をかわし、またも懐に潜り込んだ。
剣を握る手に力が入る。
今度こそーー斬る!
ストレインは剣を振り下ろした。
ストレインが繰り出した決意の斬撃は、ギガロックワイバーンを覆う岩を両断し、その奥に守られている本体をも両断した。
体を真っ二つにされたギガロックワイバーンは、そのまま息絶えた。
ストレインは魔眼の効力を解き、その場に座り込む。
そして大きく息を吐き出した。
「……フゥウ。危ないところだった。だが、岩ごと斬ることができた」
昔の感覚を少し取り戻せたことに、充実感を感じたストレイン。
僕はまだまだ強くなれる。
手を握りしめ、強くそう思うのであった。
ストレインはその後、ギガロックワイバーンを解体し、必要な部位を切り分けリュックにしまいこんだ。
これにて任務完了である。
先の戦闘でだいぶ消耗しているが、残った魔力で一度町まで帰り、回復した後は一気にリュミエの町を目指すことにしよう。
町に帰ろうとしたストレインだが、ふとあることに疑問を抱いた。
周りに、魔物の気配が感じられなかったのだ。
ギガロックワイバーンとの戦闘前から、同じ状況だったことに気付く。
(宿屋の主人が言っていたような、魔物の異常発生が見られない。それどころか、辺り一帯狩り尽くされた後のような……!)
思考を巡らせていたストレインは突如、鋭い殺気を感じた。
骨剣を抜き、飛来する殺気の元をはじき落とす。
見てみると、その正体は弓矢だった。
これはーー
「お〜? どんな魔物かと思ってみたら、これはこれは懐かしい顔が出てきたもんだなァ」
蜃気楼で歪む視界の先から現れたのは、全身にマントを被った一団だった。
顔を布で覆っているので、その素性は計れない。
だが、ストレインはそのマントに描かれた大鷲をあしらうエンブレムに見覚えがあった。
それはアルカダ大陸コルダ王国が誇る最強の軍。
王国騎士団のマークだった。
長くなってしまったので、半分に分けました。




