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16:依頼人の少女事情

 工房の中。

 俺は作業台の椅子に腰掛けながら、床にしゃがみ込んでいるクマ吉の左眼に手をのばしていた。

 俺の手には、新しく組み上げた魔眼が握られている。


「よーし、クマ吉。じっとしてろよ」


 クマ吉の左眼に付いていた邪眼第一号(ただの義眼)はもう取り外してある。

 3日前からツルタケ草を煎じたお茶を飲ませていたので、同化していたワームの組織が死んで、肉体から離れたのだ。

 図鑑に載っている対処法通り。

 ちなみに山に生えているツルタケ草の見分けはストレインに教えてもらっていた。

 

 なぜわざわざ、正常に機能していた眼を取り外したのかというと、クマ吉の左眼をグレードアップさせるためだ。

 グレードアップといっても、ストレインと同じ物に取り替えるだけなのだが。


 実は、初めて作ったクマ吉の義眼と、ストレインに作った2作目の魔眼。

 構造が少し違うのだ。

 ストレインの魔眼は、外殻に包まれたレンズ部ーービー玉のような形・大きさに加工したアダマイトタートルの甲羅の欠片ーーを外から取り外せる仕組みになっている。

 これは、魔眼の特性を手軽に切り替えることができるようにと、製作中に改良し工夫をしたものだ。


 アダマイトタートルの甲羅は主に黄色や緑色、稀に紫色や無色のものも存在する。

 その甲羅の特性で、魔物の特性を吸収すると、色が変化するという性質がある。

 ただし、一度特性を吸収した甲羅は、もう特性を吸収することができない。

 魔眼から発揮される特性は、全てこの甲羅による影響だ。

 アタッチメントパーツのように特性を切り替えることができたら面白いだろうと思い、取り外しが可能になるように改良を加えたのだった。

 

 クマ吉の義眼は、外殻部とレンズが一体となっているため、細かい調整がきかない。

 試作品ゆえに、そうした趣向を凝らす余裕が無かったのだ。

 なので今回、クマ吉にもちゃんとした魔眼を付けてやろうと思い、ストレインの左眼は後回しにして新しく作ってやった。



 しゅるしゅるとワームの体が、クマ吉の左眼に寄生していく。

 何度見ても、ほんのちょっぴり気持ち悪い光景ではある。

 

「そいつは”遠見の魔眼”。魔力を込めると1キロメートルくらい先まで見通すことができる。上手く使ってみてくれよ、クマ吉」


 クマ吉が俺の言葉を受けてグルル……と低く唸る。

 どうやら喜んでくれているようだ。

 ストレインから聞いた報告によると、魔眼を付けてから完全に視界が繋がるまで丸一日ほどかかるそうである。

 


 さて……。

 とりあえず作業を終えた俺は、椅子から立ち上がり隣の部屋へと向かう。

 その部屋は以前、製作した完成品を飾っておくだけの場所だった。

 だが今は違う。


 扉を開けて中に入ると、目の前には腰の位置ほどの高さの机が部屋を横切っている。

 これはお店のカウンターだ。

 そして部屋の両脇の壁には棚が並んでおり、俺がこれまで作った物が置いてあった。

 正面の壁には、外に出入りする入り口の扉も設けてある。

 

 ここがこの工房の製作依頼受付口、及び製品を買う場所だ。

 俺とストレインで急遽、改装した部屋である。

 俺はカウンターにある椅子に座った。

 もうそろそろ、ストレインが依頼人を連れて帰ってくる頃合だ。

 それまでここで待つとしよう。


ーーーー



 ーーあの後。

 俺の口から、やろう、という言葉を聞いたストレインの動きは早かった。

 竜化の魔眼による竜法と、持ち前の魔力で肉体超強化。

 片手で大木を一刀両断しては頂上付近の手強い魔物もあっさり狩り、俺が要求した物を恐ろしい速度で集めてくる。

 流石は魔喰らいのストレインと呼ばれていただけはあるな、と俺が呟くと、


「こんなものでは、全盛期に比べて5割程度といったところです。竜法によって助けられてはいますが、特に剣の腕が錆び付いています。これでは、あの頃のように魔法を斬り裂くのは難しいでしょう。早くあの感覚を取り戻さねば……」

 

 神妙な顔で、自分の手を握りしめるストレイン。

 こいつ化物だった。


 ストレインの提案を了承した俺が言うのも今更だが、とんでもない男を拾っちまった。

 目が見えるようになっただけで、ここまで違うものなのか。

 ストレインは、人生を救ってくれたという俺の事を、今も心から慕ってくれているようだ。

 この先も、さらに強力な邪眼や魔眼をストレインに施し続けたら……。

 その先にある野望にも似た考えが一瞬頭をよぎるが、すぐに振り払う。

 ーーとにかく今は作るのみだ。


 小屋の改装もあらかた完了し、そういえばと思い俺はストレインに尋ねた。


「ストレイン。町の住人ってのは、この山を登ることができるくらいには戦う力を持っているのか?」


 魔物あり魔法ありの異世界だ。

 一般市民が実は強くても不思議ではあるまい。


「いえ、町の人間に戦う力はほとんどありません。戦えるのは、山の魔物に対処する自警団と、王国から派遣されてきている数名の駐在兵くらいなものです。あとは、流れの傭兵などですか」

「じゃあどうする? 今のところ、俺はわざわざ山を下りるつもりは無いぞ」

「そうですね。……わかりました、そっちは僕に任せて下さい」


 そう言いつつストレインはなにやら紙を持ち出して準備し始めた。

 なんだろうと覗いてみると、いかにもうさんくさそうな店の張り紙を作っていた。

 これを町に貼って、依頼人を迎えに行くという算段なのだろう。


 おいおい、これは……。

 隠れた名匠の工房になるのかと思いきや、これでは謎の便利屋みたいじゃないか。


 ストレインに何か言おうと思ったが、その楽しそうな横顔を見て止めた。

 どうやら店づくりに向けてヤル気一杯のようである。


 にしても会った時とはだいぶ印象が変わったなコイツ。

 こんなに無邪気なやつだったか。

 邪眼の影響とかじゃないよな?


 いや、これが本来のストレインの性格なのかもしれない。

 目を失い絶望していた時とはもう違う。

 今、ストレインは第二の人生を楽しんでいるのだろう。


 依頼人とのやり取りはストレインに任せて、俺は新しい邪眼の開発に取りかかった。


 数週間後、初の依頼人からのコンタクトがあったとストレインが報告してきた。

 そして今日が、約束の日である。





(どんなお客さんだろうな。まあ、あの張り紙を見たら、ヤカンが壊れたオバちゃんか、冷やかしにきたチンピラとかだろう)


 カウンターに肘をのせ、頬杖をついてストレインを待つ俺。

 まだかなー。


 すると、外から人の気配を感じた。

 ストレインが帰ってきたようだ。

 部屋の扉が開かれる。


「お待たせしましたアキュラ殿。無事、依頼人をご案内致しました」

「ん。ご苦労さま」


 部屋の中に入ってきたストレインに、手を上げて応える。

 あれ? 依頼人は?

 すると、少し遅れて、部屋の中に人が入ってきた。


 女の子だった。

 めっちゃ可愛い。


「あの、はじめましてっ! アイリス・ハメリーティといいます。張り紙を見たら、何でも直してくれると聞いて……!」


 アイリスと名乗った娘は、ストレインから少し離れた所に、落ち着かなさそうに立っていた。


 アイリスちゃん。

 若く健康そうな体に、活発のある元気な可愛さ。

 さぞや、周りの男も放っとかないだろう。

 ハメリーティはこっちのセリフだバカやろう。

 ……いかんいかん、何を考えているんだ俺は。


 想定外の来訪者に戸惑う俺だったが、すぐに気を取り直す。

 

「俺はうえむらあきら。このウェムラ邪眼工房の、まあ、主人だ。よろしく」

「ウェムラ・アキュラ……さん。少し変わった名前ですねっ。……あっ! ゴメンナサイ!」

「いや、気にしてないさ。呼ぶ時はアキュラで頼む」


 やはり、か。

 和やかな挨拶の中、俺は別の事を考えていた。


 ストレインの耳がイカレていた訳では無かったようだ。

 あの時と同じ、うえむらあきらでは通じない。

 ーーなにかこの世界に秘密があるのか?


 自身の疑問はとりあえず脇に置いて。

 俺はアイリスに尋ねる。


「……それで? 今日はどんな依頼があってここに来たんだ?」


 ちょっと冷淡な雰囲気をかもしつつ、俺は言葉をかける。

 これぞ、できる職人オーラ。

 一回やってみたかったんだよな、こーゆうやり取り。

 フフフ。


 俺の雰囲気が変わったのを感じたのか、アイリスが顔を引き締める。

 

「は、はいっ! 実は……無くなってしまった腕を治してほしいのです」


 え! う、腕っ!?

 いきなりそんなヘビーな物を要求されるとは!

 でも、アイリスには健康的な両腕がちゃんとついている。

 俺の視線の意味に気付いたアイリスが、慌てて付け加えた。


「わ、わたしの腕では無くてっ……父の、ドボルグの右腕を、その、治して欲しいのです……」


 張り紙には体のケガについても一文触れていた。

 その言葉を見て、無茶なことだと思いつつも依頼してきたのだろう。

 健気な娘である。

 しかしーー


「何を期待しているかはわからんが、俺には欠けた腕を再生させる魔法なんてないぞ」

「……!」


 分かっていたこととはいえ、その言葉にショックを受けた様子のアイリス。

 泣きそうな顔で、下を俯く。

 今回の依頼を心寄りにしていたのだろうか。

 すまんな、だがーー

 

「ーーだが、腕の代わりとして機能するものを作ることはできる」


 俺の言葉を聞いたアイリスが顔を上げた。

 俺はアイリスの後ろに控えているストレインに声をかける。


「ストレイン。エシュタルに義手は存在するか?」

「はい。ですが、どの大陸も作れる職人は少なく、相当高価なモノです。それでいて、実用性はほとんどありません。病気やケガで腕を失った貴族や王族専用の装飾品といったところですか」


 なるほど。

 存在自体はするが、技術開発は全く進んでいないようだ。

 ならーーちょうどいい。

 俺の職人魂が燃えるぜ。


 腕を治す、もとい直す依頼。

 つまり俺が作るべきものはーー


「アイリス。俺ならば、失った腕の代わりとなる義手、それも実用性込みオプション機能満載のモノを作ってやることができる。それでもいいならこの依頼、受けてもいい」

「……で、でも、わたし、そんなお金は……」


 この世界の義手がよほど高価なものなのだろう。

 アイリスが怖じ気づいたように答える。


 そういや、報酬のこと、何も考えてなかったな。

 店の棚に並べてある作品も、よく考えたら値段をつけて無えや。

 行き当たりばったりも甚だしい。


 すると、ストレインがこちらに寄って来た。


「すみませんアキュラ殿。張り紙には応相談などと書いてしまいましたが……」

「まあ、しょうがないか。別にそこまで金が必要でも無いんだ。気にするな」


 謝るストレインに適当に応え、アイリスに向き直る。

 俺はもう、報酬よりもさっさと義手を作りたい気持ちでいっぱいだった。

 まさか、邪眼だけじゃなく機械鎧まで作ることになるとは。

 真理の扉を開けてレッツ錬金術士!

 ……違うか。


「アイリス。依頼料は後払いで結構だ。製作にかかった手間や素材を考慮して後で値段をつける。腕が直った後、君の父親と一緒にでもいいから少しずつ返せばいい」


 俺の提案に、パアッっと目を輝かせるアイリス。

 そうそう、君には笑顔がよく似合う。


「あ、あのっ、お願いします! どうか、わたしの父を助けてあげて下さい!」


 アイリスが何度も頭を下げる。

 ーー願いは聞き入れた。

 依頼開始だ。


「聞いたなストレイン。まずはアイリス嬢を町までお送りしろ。その後からさっそく製作に入る」

「はっ、仰せのままに」


 ストレインがアイリスを伴って部屋から出て行く。

 

 邪眼工房の名に反して、初の依頼が邪眼じゃなく義手というのもアレだが。

 いいのだ。とにかく俺だけにしか作れないものを作ってやる。

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